「心悟くんを預かって欲しい?」
開店間もないスカーレットジョーカーの中、息子の手を握った金原大悟に聞き返す健。それに金原は頷き、目を伏せる。
「ああ、妻も仕事で、頼れる人はみんな都合がつかないんだ。夕方まで頼めないだろうか……?」
金原の少ない表情の中に浮かぶ、心の底からの困惑。健はそれを見取って、亮子、そして茜と目配せする。小さく頷く二人に、健は口元を緩めて口を開く。
「分かりました。迎えが来るまで、ウチの店で心悟くんをお預かりします」
健が了解の返事を伝えると、金原が表情を和らげて頷く。
「ありがとう。夕方には、妻が迎えに来ると思う。本当にありがとう」
何度も礼を言う金原に笑みを返して、健は小走りに寄ってきた心悟の手を取る。
「よろしくおねがいします!」
「うん。お母さんが来るまで、ウチで遊んでいってね」
笑顔でこちらを見上げる心悟に、健も笑みを向ける。きちんと挨拶をする息子の頭を撫で、金原は外に通じるドアに足を向ける。
「急な話で本当に申し訳ない。腕が治った途端に、仕事を押し付けられてね。状況からすれば、仕方のないことだが……」
苦笑交じりにそう言って、顔をドアへ向ける金原。
「そう言えば、場所はどこなんです?」
その背中に健が質問を投げかける。すると、金原は首だけを動かして、左の横顔をこちらへ向ける。
「河川公園の先にある研究所だ……よく分からないが、警備を集中させていてね」
「河川公園の先……」
金原の口にした立地条件に、健はブルーローズのトラックに撥ねられた、あの日のことを思い返しながら呟く。
※ ※ ※
窓の外が明るく照らされる正午。健はハンバーグランチセットとオレンジジュースを乗せたトレイを持って、テーブルに置いた画用紙の上でクレヨンをぐりぐりと動かす心悟へ歩み寄る。しかし、心悟はこちらに気づいた様子もなくクレヨンを動かし続ける。
「はい、心悟君。お昼だよ」
そんな心悟の様子に、健は笑みをもらしながら声をかける。すると、そこでようやく健に気がついた心悟が顔を上げる。
「あ、ありがとう! おにいちゃん!」
笑顔で礼を言う心悟に頷く健。
「夢中で描いてたけど、何描いてたの?」
そう言って、心悟が熱心に画用紙に描いていたものを覗き込む。そこには顔が赤、腕が黄色、足が緑の上下三色に分割されたヒーローらしき姿があった。
「へぇ……かっこいいね。今やってるマスクドシリーズだったっけ?」
「うん! マスクドキマイラ!」
健の褒め言葉に、得意げな笑みを浮かべる心悟。しかしその笑顔は、ある一点を見て苦々しく歪む。
「? ……どうかした?」
健がその視線を辿ると、そこにはハンバーグに添えたニンジンのグラッセがあった。
「ニンジン……いらないよ?」
縋るような心悟の顔と声に、健は心悟の視線の意味を悟って軽く鼻を鳴らす。
「う~ん……甘くておいしい作り方したんだけどなぁ……」
健は味を教えて、食べる気になるように誘導しようとする。だが、心悟の表情は変わらない。
『まあ、そりゃあそうか……』
自分も子どものころにシソの葉が大嫌いで、見るのも嫌だったことを思い出し、心中で呟く健。ちなみに健自身は食べられる程度には克服している。
『さて、どうしたものかな?』
他所の子供に強くは出られず、しかしなんとなく放置することも出来ずに健が思案に暮れていると、茜がその横をすり抜け、心悟の向かいに座る。
「健君。私にも一回目の昼食をくれないか?」
椅子に背を預ける茜の目は、「この場は任せてくれ」と物語っている。
「分かりました。すぐに持ってきます」
茜に何か考えがあるようなので、健はとりあえず心悟の分をテーブルに置き、キッチンへと下がる。
そして大振りのハンバーグに、大量のニンジンのグラッセを添えて健が戻ってくる。すると、茜と心悟の間に、ニンジンだけには全く手の付いていないハンバーグランチがあった。
「はい、茜さん」
健が茜の分のハンバーグランチを出す。すると茜は口元を緩めて満足げに頷き、心悟は山盛りのニンジンに顔をしかめる。
「……ニンジン……」
嫌いなモノの名を呟く心悟。しかし、そんな心悟をよそに、茜は両手を合わせる。
「いただきます」
そしてフォークとナイフを取ると、目の前で湯気を上げるハンバーグとニンジンを猛然と口に運んでゆく。
途中にライスも挟みながらも、吸い込むような勢いで食事を続ける茜。その姿に、心悟はただ口を開け、目を丸くしていた。
あっという間にランチセット一組を平らげてしまった茜。その前に、健はあらかじめ用意していたおかわりを出す。すると茜は、再び目の前に現れたハンバーグランチのグラッセの一つにフォークを突き刺し、口に運ぶ。
「うん……やはり健君の料理は素晴らしい」
「ありがとう、茜さん」
満足げな茜の褒め言葉に、照れくさく思いながら額を掻く健。それを聞きながら、茜は片目で呆然とする心悟を見やる。
「見ての通り、おいしい食べ物だよ? 何も怖いことは無い」
茜がそう言うと、心悟は視線を落として茜の目から逃げる。そこで、茜は心悟の描いたクレヨン画のヒーローに手を伸ばす。
「ところで心悟君は、このヒーローが好きなのかな?」
茜の質問に心悟は黙ったまま、しかし、はっきりと頷く。それを見て、茜は小さく頷く。
「私の知っているこの街のヒーローは、怖かったり辛かったりしても絶対に諦めない強い人だが、キミの好きなこのヒーローはどうなのかな?」
その茜の言葉に、心悟は顔を上げてフォークを取る。そしてグラッセの一切れを恐る恐る目の前に持って行く。しかし、勇気が出しきれないのか、その一切れとにらめっこしたまま固まってしまう。
そんな心悟へ、健が手を伸ばす。だが、茜の右手がそれを遮ると、そのまま心悟の頭にそっと乗せる。
「え……?」
「じゃあ最後の手段だ。これから、嫌いなものでも食べられようになる、秘伝のツボを圧してあげよう。私も昔やってもらったから、効果は確かだよ?」
そう言って茜は、右手を心悟の首に滑らせ、首筋を親指で軽く指圧する。
「さ、頑張ってみようか?」
茜がそう言って心悟の頭を軽く撫でる。すると、心悟は唾を一呑みし、意を決したようにニンジンの刺さったフォークを口に入れる。そこからフォークだけを口から出し、目と口をしっかりと閉ざして、もぐもぐとあごを上下させる。そして音を鳴らして口の中のものを呑みこむと、ゆっくりと目を開く。
「……おいしい」
心悟の口から漏れ出した小さな声に、健と茜は揃って手を叩く。
「心悟君の勇気に、ハッピーバースディ」
「頑張ったね!」
小さな勇気の誕生を拍手で祝福する茜と、頭を撫でて褒める健。それを受けながら、嬉しそうにニンジンをもう一切れ口に入れる心悟。そんな三人に釣られるように他の客からもまばらに拍手が上がる。
そんな中、ドアベルのさわやかな音色が鳴る。その音に吊られて入口を見れば、二人の少女が店内に入ってきていた。
「ただいま。お昼食べたら手伝いに……って、え?」
「おや、これは……?」
店内の状況に頭が追い付かず、首を傾げる眼鏡の少女薫。その後ろから店内をぐるりと見回すベレー帽の少女文香。そして文香と健たちの視線が交差する。
「主夫と嫁さんと似てない息子ッ!?」
その文香のコメントに、健と茜は、揃って曖昧な苦笑いを浮かべるばかりだった。
※ ※ ※
「ほうほう、好き嫌いをなくすツボ、ですか? 興味深いですな、一つ私にも試してみてくれませんか?」
すっかり日も傾き、オレンジがかった光が窓から差し込む夕方。昼時の出来事を改めて聞いた文香が、客にカフェラテを出す茜に首を出して見せる。その首に茜は親指による鋭い突きを見舞う。
「フハハックックックッ……ヒヒヒヒヒ、ケケケケケ……ノォホホノォホ……」
その直後、およそ女子中学生らしからぬ奇妙な笑い声を上げ始めた文香を見て、茜は首を傾げる。
「ん? 間違ったかな……?」
「ヘラヘラヘラヘラ……アへ、アへ、アへ……ま、間違ったって……?」
笑い転げながら尋ねる文香に、茜は後ろ頭を掻きながら謝る。
「ゴメンゴメン。好き嫌いを無くすツボって言うのは心悟君を勇気づけるためのデマカセなんだ。たまたま変なツボに入ったみたいだけど、そっちも試してみて、なんて悪ノリしたからってことで、勘弁して?」
「フホホ……そ、そんな……アハハハ」
「もう、茜さん。冗談でも変なことしないでくださいよ」
笑い続ける文香を椅子に座らせながら健が言う。
「いや、ホントにゴメンね?」
そう言ってそそくさと下がる茜。その背を見送って、健は軽く鼻を鳴らす。そして長椅子に横になって寝息を立てる心悟へ視線を向ける。
「まったく……心悟君が起きてたらどうするつもりだったのやら……」
健が軽く肩をすくめると、不意にドアベルが鳴る。
「ああ、いらっしゃいませ」
向き直り、ドアを潜って入ってきた客を一礼して迎える健。その客、ストレートの髪を長く伸ばした女性客は、店内を繰り返し見回す。
「どなたかお探しですか?」
健が尋ねると、女性客は首を縦に振る。
「はい。私、金原円といいます。こちらで息子を預かって下さっていると主人から……」
「ああ、やっぱり心悟君の。今、ちょうど寝ちゃってたんですよ」
円と名乗った女性客を心悟の眠る席に案内する健。円は寝息を立てる息子を起こさないように抱き上げる。そして、健に向かって深く頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、心悟君がいい子だったので俺達は特に何も……」
健がそう言いかけたところで、不意に店内に置かれたテレビの画面が切り替わり、武骨な施設を背にしたアナウンサーが映し出される。
《臨時ニュースです。現在、浜永市北区にあるブルーローズ所有の施設が、怪人物の襲撃を受けています。すでに多数の負傷者が……》
状況を伝えるアナウンサーの背後の施設、そして周囲の景色を見て、円が目を剥く。
「ここ……主人が、大悟が警備している施設です!」
それを聞いた瞬間、健はエプロンを外して投げ捨てると、ガレージに向けて駆けだす。そしてガレージで眠っていたオーバーカムを引きずり出し、店の前でキーを捻り、叩き起こす。そしてヘルメットを被ったところで、茜がタンデムシートに舞い降りる。
「お兄ちゃんッ!? ドコ行くのッ!?」
茜に予備の渡したところで、店の外に薫、文香、そして息子を抱いた円が駆けだしてくる。
「金原さんを助けに行く!」
バイザーを上げ、薫に応える健。その言葉に健自身と茜を除く全員が目を見開く。
「そんな! お兄ちゃんが行ったって……ッ!?」
引き留めようとする薫の言葉を、足を引きずって出てきた亮子の手が遮る。
「健、やれるんだね?」
真剣な表情での亮子の問いに、今度は健も目を見開く。だが健は、直に目元を引き締めてはっきりと頷く。
「ああ!」
それに対し、目元を引き締めて頷く亮子。
「よし! 無事で帰ってこなかったら承知しないよ!?」
「分かってる! じゃあ、行ってくるッ!」
亮子の言葉に、健は再度頷き、バイザーを下ろして愛車のスロットルを捻る。
「行ってきなッ!」
「お母さんッ!?」
亮子のエールに後押しされるように、オーバーカムが唸りを上げて駆けだす。
※ ※ ※
報道関係者などで封鎖されているであろう表口を避け、裏手側の堤防を駆ける二人乗りのオーバーカム。施設のすぐ傍まで辿りつくと、機首を切り返し、砂利を巻き上げながらブレーキをかけ、三階建ての建物の背面に臨む。
オーバーカムが武者震いをする中、健が振り返り、タンデムシートの茜に目配せをする。すると、茜は無言で頷きドライバーを取り出す。健もそれに頷き返し、リバースドライバーを装着する。
「変身ッ!!」
《Ride ON》
声を揃え、ドライバーを上下反転させる健と茜。直後、渦巻く光を纏ったままオーバーカムが宙へ跳ぶ。
「デェイヤアアアアアアアッ!!」
気合の声と共に渦巻く光を引き裂いて現れるリバースとミゼン。二人を乗せた黒いマシンは、跳躍の勢いのまま、二階部分の窓を周囲の壁ごと突き破り、建物へ踏み込む。照明の落ちた広い通路へ踏み込んだリバースは、突撃の反動で暴れる愛車の手綱を取り、前方で獲物を追い詰めようとする追跡者に向かいアクセルをかける。
大きな唸り声を上げ、床のみならず壁を踏んで駆けるオーバーカム。その姿に追跡者、黒尽くめの戦闘員はこちらに銃を向ける。しかし、すれ違いざまに振るわれたミゼンの拳が戦闘員に突き刺さる。突撃の勢いを上乗せした拳に、戦闘員の体は窓ガラスを突き破り、半ば闇色に染まった夕焼け空を舞う。
外へ落ちて行く戦闘員を見送り、リバースは床との間で甲高い擦過音を鳴らしながら、愛車を停止させる。
「無事ですかッ!?」
停車と同時に振り返り、追跡されていた者の安否を問うリバース。
「あ、あんたは……仮面ライダーリバースッ!?」
声を上げたのは金原の同僚の青年であった。乱れた息を整えぬまま駆けよってきた青年は、足をもつれさせながらもリバースに縋りつく。
「大丈夫ですか!?」
愛車を支える足に縋りついてきた青年に気遣いの声を駆けるリバース。だが青年は顔を上げ、首を左右に振る。
「俺のことはいい! それより金原さんを助けてやってくれッ!! あの人、捕まった連中を助けに降りてっちまったんだよ!?」
「なんだってッ!?」
聞き返すリバースに、青年はおぼつかない足取りで立ち上がりながら応える。
「二匹の虫の化物と、黒尽くめの連中がいきなり襲いかかってきて、仲間たちが何人か捕まっちまったんだ。俺達は何とか三階まで逃げてそこで立てこもってたんだけどよ……金原さんは捕まった仲間を助けるって、俺も追い掛けたけど、この様だ」
そう言って悔しげに眼を伏せる青年。リバースはそんな青年の肩に軽く手を乗せる。そして顔を上げた青年に向かってはっきりと頷いて見せる。
「任せてください。俺達が助けて見せます。あなたは他の皆さんと一緒に身を隠していてください」
そのリバースの言葉に、安堵の息を吐いて頷く青年。そしてリバースは近づいてくる足音を頼りにオーバーカムごと向き直り、ミゼンと目配せをする。その直後、一息にスロットルを捻り発進させる。
轟音を上げ、疾走するオーバーカム。車体を倒して角を曲がり、下り階段と待ち伏せをしていた戦闘員を視界に収める。
「茜さんッ!?」
「ああッ!」
ミゼンからの鋭い返事と同時に、風がオーバーカムの車体を押し上げ、タイヤが壁を踏んで加速する。直後、リバースたちのいた場所がハチの巣になる。前方から迫る銃弾を掻い潜り、後方から響く甲高い着弾音を置き去りにするリバースたち。
「セェヤアアアアッ!!?」
その勢いのまま、階段を塞ぐ戦闘員の壁を突き破る。
「ギィッ!?」
「ガアァッ!?」
戦闘員らの悲鳴が響く中、オーバーカムは床を踏み切って跳躍。左に傾いた形で壁を踏む。階段を上りかけた状態でこちらを見上げ、足を止めた戦闘員を見下ろしながら、壁、天井へと螺旋を描くように駆け降りる。
壁走りのまま階段を抜け、大きく開けたホールへ出るリバースたち。
「ッ……フゥッ!」
着地の衝撃でバウンドし、横滑りにタイヤ痕を残して停止するオーバーカム。顔を上げれば、気を失って倒れる金原たち警備員の姿があった。
「金原さんッ!?」
リバースが叫んだ次の瞬間、両サイドから何者かが躍りかかる。
「ぐあッ!?」
「あうっぐッ!?」
火花を散らしながら、リバースは左、ミゼンは右側へ投げ出される。前転の形で受け身を取り、広げた両足と右手の三点で勢いを殺すリバース。すると太い四本の腕に、重厚な赤い甲冑、そして雄々しい一本角を持ったカブトムシの怪人の姿が飛び込んでくる。オーバーカムを挟んだその向こう側には、青い細身の甲冑と二本の鋭い大顎、大振りの鉈を二本持つクワガタムシ怪人の背中、そしてリバースと同じような姿勢でそれと対峙するミゼンの姿があった。
「また貴方達ですか……よくも懲りずに邪魔をしに来るものですね」
不意に耳を打つ声に、二人が揃ってそちらへ目を向ける。するとそこには、戦闘員を従える、白いバトルスーツ姿の天海がいた。
「貴様ッ! 天海ッ!?」
天海は怒気を含んだリバースの声を受け流し、右手を軽く挙げる。
「まあいいでしょう。貴方達の乱入は想定済みです。やりなさい」
そう言って天海が右手を下ろすと同時に、戦闘員と二体の怪人が弾かれたように動きだす。
「おらぁッ!?」
カブトムシの体重の乗った右ストレートを、身を反らしてかわすリバース。続く左フックもバックステップで避ける。そこへ背後から戦闘員がナイフを振りかぶって迫る。
「セェアッ!」
「ギエッ!?」
だが、リバースはそれを右の裏拳で迎撃。
「おォらぁッ!?」
続いてカブトムシの振り下ろした両拳をサイドステップでかわす。空を切ったその一撃は床を窪ませ、建物を揺るがす。
『なんて威力……パワーは近藤と同等か、それ以上か……』
カブトムシ怪人の力を心中で評しながら、リバースはミゼンを一瞥する。すると、風を纏った蹴りで群がる戦闘員をなぎ倒し、クワガタムシが横薙ぎに振るう鉈を宙返りでかわすミゼンの姿があった。
「よそ見してんじゃねぇ!?」
そこへカブトムシ怪人の拳が迫る。だがリバースは眼前へ迫る拳を取ると、勢いを殺さぬまま投げ飛ばす。
「だが、性能が上でも技量は近藤に遠く及ばない!」
背中から床に落ち、轟音を上げるカブトムシ怪人。それを前に構え直すリバースへ、戦闘員が両脇から迫る。
「セイ! セイッ! イヤアッ!」
左から迫る一体目を左拳の連撃で迎え撃ち、二体目を右拳で沈める。
「セェヤッ!」
そして背を向けた形になった戦闘員には、振り返りざまの水面蹴りで迎え、その勢いを上乗せした左拳をお見舞いする。その隙に後ろから右肩を掴まれる。
「デイヤアッ!!」
だがリバースは素早くその腕を取り、気合の声と共に背負い投げる。
「おりゃあああッ!?」
そこへカブトムシが角を突き出して突っ込んでくる。僅かに体をずらし、両腕を交差して防御するものの、腕が軋むほどの衝撃にリバースは吹き飛ぶ。
「ぐッ!?」
着地と同時に両足を踏ん張り、踏みとどまるリバース。そこへ構え直す間も与えずにカブトムシの拳が迫る。
「おらあッ!」
「クッ! あれくらいでは堪えないかッ!」
右へ顔を逸らし、紙一重でかわすものの、その拳圧はビリビリと装甲を徹ってくる。
「おらおらぁッ!?」
続く拳を逆側へ避け、更に続く拳をまた逆へかわす。
「おおりゃああッ!?」
「そこォッ!?」
そしてさらに続いた大振りの一撃を潜り、左拳を腹へ叩きこむ。
「ゴッ!?」
カブトムシから苦悶の声が上がる中、リバースは拳を振りかぶる。
「セイ! セヤ! セエア! セイ! セアッ!」
そこから立て続けに、左右のラッシュを猛然と打ち込んでいく。
「セイヤアアアッ!?」
そしてすかさず、右の膝蹴りを腹に突き刺す。
「グオエッ!?」
腹の中のもの全て吐き出すような声を上げ、後ろへたたらを踏んで下がるカブトムシ。そこを目がけ、リバースは深く腰を落とし、右拳を腰だめに大きく引き絞る。
「デイヤアアアアアッ!?!」
気合の声と共に放つ拳から、集束したエネルギーが飛び出す。空を走るエナジーショットは吸い込まれるようにカブトムシを捉え、弾ける。
しかし爆発で生まれた煙が視界を遮る中、煙を突き破ってカブトムシの角が現れる。
「何ッ!?」
眼前に迫る扇形に広がった角を、跳躍してかわすリバース。そして着地と同時に振り返り、がら空きの背中へ向けて右蹴りを繰り出す。
「セイヤアッ!?」
だがその蹴りは、振り返りざまに出された盾状の腕甲に受け止められる。
「クッ!?」
鈍い激突音の中、リバースはすぐさま足を引き、左のローキックを繰り出す。だがそれを無視してカブトムシの腕が伸びる。迫る腕を掻い潜り、再度懐へ踏み込むリバース。だが、それを見越していたかのように、主腕よりは小ぶりな副腕が爪を立てて突き出してくる。
「チィッ!?」
左は右腕で跳ねのけたものの、右の爪が頬をかすめ、視界の隅に火花が散る。そんな中、伸びきった右副腕の甲冑の隙間を狙い、左の手刀を切り上げて腕を落とす。
「があッ!?」
腕の一本が落ち、カブトムシが苦悶の声を上げる。そこでリバースはすかさず、跳ねのけた左副腕を右腕で肩と挟み込むように抱え込み、テコの原理で圧し折る。
「ぬぐおあッ!?」
顔に密着した副腕から鈍い音が響く。さらに追撃をかけようと抱え込んだ腕を離すリバース。しかしその体を、太い主腕が抱え込む。
「なッ!?」
「やってくれたな、仮面ライダーッ!?」
怒声がホールに響き渡るや否や、リバースは浮遊感に襲われ視界がひっくり返る。直後、全身を衝撃が襲う。
「グッ!?」
「うぐ!?」
首を左へひねれば、同じように床に叩きつけられたミゼンと目が合う。
「トドメだッ!」
「死ねいッ!」
追撃に飛びかかってくる二体の姿を確認すると、二人はすぐさま起き上がり、背中合わせに駆け寄ろうとする。だがそこへ、横合から銃弾の嵐が降り注ぐ。
「ぐあ!?」
「ああ!?」
足並みが乱れたその瞬間を狙い、クワガタの双剣がリバースを切り裂き、カブトムシの拳がミゼンに叩きこまれる。
「ぐうあッ!?」
「がっ……はッ!?」
腕と胸の装甲を深く刻まれ、火花を散らすリバースと、体をくの字に折るミゼン。それぞれにダメージを受けた個所を片手で庇うようにして、ぐらつく膝に力を込めて立ち上がる二人。
「ハンッ! 随分派手にやられたな、アーマー?」
「フンッ! テメエこそ、そんなポンコツ相手に随分時間をかけるじゃねぇか、セイバー?」
そんな短いやり取りの後、構え直すクワガタとカブトムシ。そして同時に、リバースへはクワガタが、ミゼンへはカブトムシが躍りかかってくる。振り下ろされる鉈を右にかわすリバース。続く横薙ぎの鉈もバックステップで避ける。更に続く逆袈裟を左腕の装甲で受け流し、右蹴りで迎え撃つ。
「セエヤッ!」
「ハッ!?」
だが、クワガタはリバースの蹴りを装甲で滑らせ、その勢いに乗って回転、頭の大顎を横薙ぎに振るう。
「クッ!?」
辛うじてそれは腕を組んで防御するものの、足が床から離れて吹き飛んでしまう。
「グッ!?」
「あぐ!?」
背中から響く衝撃とミゼンの声。正面からクワガタが躍りかかる中、リバースは背後のミゼンと背中越しに目配せをし、頷きあう。
「ハアアッ!」
そして激突の瞬間、リバースは身を低く屈め、ミゼンはその背を踏んで跳ぶ。
「何ィッ!?」
「なんだとッ!?」
二人の怪人から揃って驚きの声が上がる中、リバースは頭上に覆いかぶさるクワガタの大顎目がけ、両の手刀を切り上げる。
「セィイヤッ!!」
「ぎゃああッ!?」
根元から折れ、宙を舞う大顎に仰け反るクワガタ。
「レディ……スタート!」
その一方、頭上からミゼンの声が響くと同時に、風が吹き荒れる。
「セイッ! ヤアアッ!!」
クワガタの腹に左右の拳を打ち込む。振り返れば、ミゼンがカブトムシの頭を踏みつけ、走り始めていた。ミゼンの高速滑走をカブトムシが目で追う中、リバースは落ちてきたクワガタの大顎を取り、両脇の怪人へ左右それぞれに突き出す。
「デイヤアアアアアッ!!?」
「ギィヤア!?」
「グアアア!?」
甲冑を突き破り、胸を深々と貫く大顎に苦悶の声を上げる二人の怪人。リバースはカブトムシの胸から突き出た大顎を蹴りで右蹴りで押し込み、バックルを取り外す。
「ゴオッ!?」
足をバタつかせて退がるカブトムシ。その背を蹴り、ミゼンが横回転して跳躍する。同時に、リバースは外したバックルを右足に取りつける。
《Full Open》
「ハアアアアアアアッ!!?」
「デェイヤアアアアアッ!!?」
揃って鳴り響く声。それに続いてリバースの飛び蹴りがカブトムシの胸に突き刺さり、ミゼンのスピンキックがクワガタムシを貫く。
「ギャアアアアアアアアッ!?!」
「グオオアアアアアアアッ!?!」
二人の怪人の苦悶の声が響く中、反動で宙返りしたリバースは、ミゼンと背中合わせに着地、クラッシャーから熱を吐き出す。
「ハイマニューバアクセルスピン……ッ!」
「ライダー……キックッ!」
二人が揃って技の名前を告げる。それに続いてリバースのクラッシャーが音を立てて閉まる。同時に、二人の怪人の体が内側から爆ぜる。
「……ッ!」
「……ハァッ!」
爆風が収まり、息を吐き出しながら立ち上がるリバースとミゼン。その姿に、天海は悔しげに歯噛みして踵を返す。
「撤収!」
短く、鋭い声での指示に従い、戦闘員たちが天海の後に続く。
それを見届けた二人は、ドライバーを外して変身を解除する。
「……い、伊吹君か……?」
「え……ッ!?」
その声に二人が弾かれたように振り向く。するとそこには、呆然とした顔でこちらを見る金原の姿があった。
《……では次に、仮面ライダーと呼ばれる人物に関するニュースです》
その翌日のスカーレットジョーカー。健が普段通りに仕事をしていると、不意にテレビから聞きなれた名前が耳をつく。顔を上げテレビに顔を向ければ、そこには戦闘員を叩きのめす、変身した自身の姿が映っていた。
『いつ撮られたんだ……?』
心中でひとり呟く健をよそにニュースは続く。
《警備にあたっていたブルーローズの特殊部隊を襲撃、施設を破壊していた人物が、このリバースライダーとも呼ばれる人物であったとブルーローズ代表取締役、神崎明日香氏が発表》
「なんだって……ッ!?」
アナウンサーの語る内容に、思わず目を剥く健。
《テンペストの脅威から、街を守ってきた謎のヒーローの正体がテロリストであったことに、神崎氏を始め、浜永の市民たちから嘆きの声が上がっています》
『なんてことだ……疑惑の矛先をこっちに向けられた……ッ!?』
悔しさに歯噛みし、額を抑える健。
「そんな……リバースライダーが……?」
文香の呆然とした呟きに続き、他の客からも微かなどよめきの声が上がる。
「そんなのウソだッ!」
そこで不意に上がった声に振り返れば、そこには椅子の上に立つ心悟の姿があった。
「仮面ライダーはおとーさんをたすけてくれたんだッ! わるいヤツなんてウソだッ! ね、おとーさん!?」
店中の注目を集める息子に、金原ははっきりと頷き、心悟の頭に大きな手を被せる。
「ああ、そうだ……あの仮面ライダーがお父さんを助けてくれたんだ……彼こそが俺達のヒーローだ」
そう言って金原はこちらを見て、口元を和らげてあごを引く。それに健も、微かな笑みを浮かべ、小さな会釈で応える。
『そうだ、誰がどう思おうと関係ない……俺は俺の信じるようにこの街を守るだけだ!』