浜永湖に臨む崖の上、煌く水面を見下ろすように佇む白い建物。それを囲む、天辺に鉄条網の張られた高いフェンス。その前に、黒いバトルスーツに黒いフルフェイスヘルメットを被った戦闘員が二名、並んで立っている。
潮を含んだ風が吹く中、二人組の戦闘員はライフルを提げながら、研究所から崖下の道路へつながる唯一の道を見据える。
そこで不意に甲高い風切り音が鳴り、二人組の戦闘員の頭上で、硬質な破壊音が鳴る。
「何だ!?」
その音に戦闘員達が顔を上げれば、粉砕され、煙を上げる監視カメラの姿があった。
戦闘員の意識が逸れたその刹那、フルフェイスのヘルメットを被った健が躍りかかる。
「ギ……!?」
腹、顎へと左右の拳を叩き込み、一人を沈める。さらにもう一人が反応するよりも早くその体を掴み、足を払って側頭部から地面へ叩きつける。
健は動かなくなった戦闘員を一瞥し、フェンスの向こうにある施設を見据える。
『……市の研究所に偽装した、最大級の改造人間製造プラントがあるわ。私たちの大半もそこで改造を受けたわ。基地も兼ねているから、ここを廃棄することはまずないはずよ』
南から聞いた情報を反芻しながら、健は倒れた戦闘員らから、カードキーを奪う。
『基地の大部分は地下になるわ。改造の被検体候補もそこに居るはずよ』
奪ったカードキーをリーダーへ通し、開いたゲートを素早く潜り抜ける。
『……お前を許したわけじゃないわ。ただ、近藤が信じ、茜が全てを託したライダーに、今回の借りを返しただけよ』
そのまま建物の入口へ駆け寄り、再度カードキーを読みこませる。そして開いたドアから内部へ潜り込む。
奥を目指し、廊下を走る健。そこで前方から近づいてくる数多くの足音が、健の耳に届く。
それに健は息を呑み、とっさに右の通路へ身を隠す。そのまま真直ぐに建物の出入り口を目指す戦闘員集団をやり過ごす。そして足音が十分に遠ざかると、再度奥へ続く廊下へ戻り、奥へ駆け込む。
地下へ続くエレベーターに取りついた健は、下矢印の描かれたスイッチを押す。横に滑ったドアを潜り、エレベーターに乗り込む。そして素早くボタンを押してドアを閉める。
「一番下の階は……」
健は呟き、地下三階へのスイッチを押す。続いて上へ引かれるような力がかかり、エレベーターの下降が始まる。
動いていく階の表示を見ながら、深呼吸をして呼吸を整える健。
「フゥゥー……」
しかし、健が一際深く息を吐いた瞬間、地下二階で表示が停まり、ドアがスライドを始める。
「なッ!?」
開いた扉の隙間から見えた待ち構える戦闘員の集団に、健はとっさに操作パネルの影へ身を隠す。
直後、開き切ったドアから鉛玉が雨霰と降り込んでくる。
「ク……ッ!?」
絶え間ない銃声と甲高い着弾音の合唱が響く中、健は身を隠したまま歯噛みする。そうして物陰で身を縮めている内に、ドアが閉まり始めて銃撃が止む。
『発砲を止めた……? そうかッ!!』
心中で一人叫ぶや否や、健は身を低くして閉じかけたエレベーターから飛び出す。閉まりゆくスライドドアとの隙間を掻い潜り、同時にいくつかの手榴弾が頭上にすれ違う。
背後に籠った爆音を聞きながら、健は前回りに受け身を取り、片手片膝をついて着地する。
「セェアッ!」
そして間髪入れずに、左側の戦闘員へ肘を打ち込む。そのまま右手で襟首をつかみ、腰のひねりに乗せて右へ振り回す。
「エアアアッ!」
気合一閃。戦闘員で周囲をなぎ倒した健は、右手に掴んだ戦闘員の体を投げ捨て走り出す。
前方のT字路を左へ曲がろうと体を傾ける健。そこへ背後から銃声が鳴り、健はとっさに体を切り返して右へ跳ぶ。銃弾が健の足を包むジーンズを掠め、壁を穿つ。肩越しにその様を一瞥し、健は舌打ちと共に迫る足音から離れんと床を踏み込む。
健がそのまま真直ぐに通路を駆け抜ける。左への曲がり角を曲がったところで、こちらへ走ってきていた戦闘員とはち合わせる。
「なぁ!?」
間の抜けた声を上げる戦闘員の頭を健は右拳でヘルメットごと揺さぶる。
「ギィ!?」
奇声を上げてよろける戦闘員。それを左肩で押し退けて走る健。
やがて直進と左に分かれた分岐点が目の前に現れる。だがその分岐点の先に続く通路を塞ごうと、シャッターが降りはじめる。
「クッ!」
前方には塞がれゆく通路。後方からは数多くの足音。健は狭まる逃げ道に歯噛みし、後ろ、前と視線を巡らせる。
『後ろには敵。前は塞がりかけの道……だったらッ!!』
素早く決断した健は前だけを見据え、床を蹴る足により力を込める。
「セア!」
そしてその勢いのまま踏切り、頭から降りかけのシャッターの下を潜る。
足の方からシャッターの落ち切る音を聞きながら、腹ばいに滑り込む健。うつ伏せの姿勢から両手をついて立ち上がると、肩や胸を手ではたきながら後ろを見る。そこには退路を塞ぎ、追手を阻むシャッターがあった。
「なんとか奥に進むことはできたけど……」
呟きながら健は、廊下の先へ視線を向ける。緩やかな下り坂となっている一本道。その最奥に構える一枚の扉。無骨なそれを見て、健は軽く鼻を鳴らして再び口を開く。
「誘い込まれた……と見るべきか」
健はそう言って、ヘルメットのバイザーを上げる。すると、扉を見据えながら迷いなく足を踏み出して行く。
扉の目の前に立った健は、その傍らにあるコンソールを操作し、扉を開ける。横にスライドする扉の向こうにあったのは、鉄骨やコンクリートの柱の並ぶ空間であった。
「ここは……?」
周囲を見回しながらその空間へ踏み込む健。
コンクリートの床に描かれた方向を指示する線。規則的に並ぶコンクリート柱に書きこまれたアルファベットと数字。地下駐車場と思しき空間に、健は注意深く視線を巡らせる。
「ようこそ……リバースライダー」
その渋みのある低音に顔を向ける健。すると蛇の仮面を被った黒衣の男、ヴァイパーが柱の陰から踏み出てきていた。
「ヴァイパー……!」
身構え、ドライバーを取り出す健。だがヴァイパーの背後から出てきた男の姿に、健の手が止まる。
「……あなたは」
光沢のあるスーツに身を包んだ恰幅の良い体。大きな顔に黒縁眼鏡をかけ、黒い髪を後ろへ撫でつけた中年男性の顔を見て、健はその人物の名を呟く。
「中田島市長……何故あなたが!?」
現浜永市市長、中田島は、目を泳がせながらヴァイパーの後ろへ下がる。ヴァイパーは剣を抜いて市長の姿を隠すように立ち塞がる。そしてヴァイパーが空いた手で指を鳴らす。すると細身の剣やサブマシンガンを携えた戦闘員が柱の陰から次々と湧き出てくる。だが通常の戦闘員が黒一色のアリを思わせる姿なのに対して、今周囲を覆う戦闘員たちは、黄色交じりのハチを思わせる姿をしている。さらに軽装のバトルスーツに浮かぶ丸みを帯びたボディラインは、それら全員が女性であると主張している。
「市長をお連れしろ……彼にはまだ、改造人間の素体を売って貰わねばならない」
そのヴァイパーの言葉に、二名の女戦闘員に護衛される形で中田島が離れて行く。そのやり取りに、健は軋むほどに左拳を固め、奥へ消えて行く市長の背中に怒りの声をぶつける。
「市長あなたは! 市民を、人々をコイツらに売っていたのかッ!?」
健の叫びに、市長は怯えたように身をすくめてこちらを振り返る。だが、それを遮るように、ヴァイパーと残った女戦闘員たちが健の視界を遮る。
「我等からの援助を代金にな……」
そう言ってヴァイパーは口元に嘲笑を浮かべる。
「……民衆によって選ばれた選良と言っても、所詮はこの程度だ……自分の地位欲しさに、人を家畜のように売り払う……それが現実だ」
嘲笑を浮かべるヴァイパーに対し、健は眉根を寄せてドライバーを腰に装着する。
「その歪みを深め、利用しておいて……ふざけるなッ!!」
そしてV字を描いた右腕の先で、拳を固く握りしめる。
「変……」
右腕を腰だめに、左腕を斜め上へ伸ばして、大きく回す。その左手が真直ぐに上を向くと、左と前、それぞれのバックルに手をかける。
「……身ッ!!」
二つのバックルを同時に反転。左腕をV字にした姿勢を取る。
《Ride ON》
バックルから声と共に溢れ出した光が、繭のように健の体を包み込む。
「やれ!」
ヴァイパーの号令に従い、女戦闘員らが光に包まれた健へ一斉に躍りかかる。
突剣を突き出してくる女戦闘員たち。それを光を吹き飛ばすエネルギー刃が押し返す。
「ギャン!?」
女戦闘員たちから悲鳴が上がる中、リバースはエネルギーの渦を蹴散らした右足を下ろす。
「セェヤッ!」
そして気合の声と共に踏み込み、マシンガンを構えた女戦闘員へ左拳を突き刺す。
「人の心を惑わし! 利用しようとする貴様らの行い!」
リバースは叫びながら、右から迫る女戦闘員へ右蹴りを叩き込む。つづいて左から突き出されるレイピアを首を逸らしてかわし、カウンターの左肘で敵の鳩尾を打ち抜く。そこへ前方から伸びてくる蛇腹剣。それを潜り抜け、背後から迫る女戦闘員らを、真紅のマフラーを翻しながらの右後ろ回し蹴りで蹴散らす。その背中を目がけ、ヴァイパーの剣が振り下ろされる。剣を握るその腕へ、リバースは振り返りざまの左肘をぶつける。
「……俺が、ひっくり返すッ!!」
腕と肘とで競り合いながら、クラッシャーから熱と共に言葉を放つリバース。
「フン……」
対してヴァイパーは、鼻で笑いながら剣を握った腕を引き、逆の手で拳を振るう。
「我らの介入が有ろうが無かろうが変わらんさ」
リバースはヴァイパーの拳を上体を逸らして、続いて振り下ろされる刃を左へ半歩ずれてかわす。そして左後ろから迫る女戦闘員を左蹴りで迎え撃ち、素早く体を切り返して右背後の女戦闘員へ右裏拳を叩き込む。
「大衆は踊らされるままに政治を任せる者を選び、権力を握った人間はその欲望に囚われ、おのれの責務を忘れる」
リバースは言葉と共に共に突き出される切っ先を、腕の装甲に滑らせ、反撃の右拳を突き出す。それを受け止め、袈裟切りに剣を振り下ろすヴァイパー。リバースはその剣撃と、背後からのレイピアの突きをバク宙で避ける。着地と同時に女戦闘員の背を蹴り、ヴァイパーへ押し込む。
「甘いな」
だがヴァイパーは躊躇なく戦闘員を切り伏せ、剣を鞭状に切り替えながら踏み込んでくる。床を火花を上げて切り裂き迫る刃。リバースはそれを胸の装甲に掠めながら、左のステップでかわす。
「セィイヤッ!!」
そしてすかさず踏み込み、ヴァイパーの腹へ右拳を叩き込む。
「ウグッ!?」
「セ! セェ!」
苦悶の声を漏らすヴァイパーへ、立て続けに右拳を打ち込むリバース。
「グ!」
呻きながら反撃の突きを繰り出してくるヴァイパー。左肩を刃が切り裂き火花が散る。だがリバースは突き出された手を掴み、それを支えに飛び上がって両足でヴァイパーの横面を蹴り抜く。
「イヤアッ!!」
「ぐあ!?」
そして着地と同時に左足を突き出し、ヴァイパーの胸を蹴り飛ばす。
「セェイヤアアアッ!!」
「ごっふ!?」
苦悶の声を漏らしながら吹き飛び、背中から柱へぶつかるヴァイパー。リバースはその姿を睨み据えながら構え直し、蓄積された熱をクラッシャーから吐き出す。
「例えそうでも……街を食い物にする行いを許すわけにはいかないッ!!」
叫び、両足を揃えて跳躍するリバース。
「ッ! おのれ!」
対するヴァイパーは空いている手をポケットに入れ、リモコンを取り出し操作する。
だが、何も起こらない。
「そ、そんなバカなッ!?」
「デイヤアアアッ!!」
なにか仕掛けが動くわけでも、自身の肉体に変調が起きる訳でもない。なんの妨害も入らぬまま、リバースの蹴りが驚きの声を上げるヴァイパーへ突き刺さる。
「うごああッ!?」
コンクリート柱を粉砕し、吹き飛ぶヴァイパー。剣を杖代わりに、胸を抑えて立ち上がろうとしながら、驚きの声を上げる。
「バカな……行動掌握信号を受け付けないだと……? 耐性がついた所に、ミゼンドライバーを得たことで、無効化出来るようになったとでも言うのか!?」
リモコンを投げ捨てるヴァイパー。そこへ、リバースは左右のパンチを顔、胸へと叩き込む。
「セアッ!」
リバースが追い打ちに左拳を突き出す。だがそれはヴァイパーの腕に受け止められてしまう。そこから両者同時に繰り出すローキック、立て続けの膝蹴りが激突する。その反動に乗って後ろへ跳ぶ二人。その横を、大型のトラックが通り過ぎる。その周囲には白いアントライダーに乗ったディミオスと、それに従うアントライダーに乗った戦闘員たちが護衛するかのように並走していた。
「なっ! あれは、まさか!?」
離れ行くトラックを目で追うリバース。そこへヴァイパーの刃が襲いかかる。
「ぐあッ」
胸の装甲が右肩から左脇にかけて裂け、火花が走る。熱く鋭い痛みに仰け反るリバース。その隙にヴァイパーの蹴りが突き出される。
リバースはかろうじて腕を盾にするものの、その勢いに押され、背中から床に倒れ込む。そこへ振り下ろされる刃をリバースはとっさに白羽取りの要領で受け止める。
「……クッ!?」
自分を上回る力で上から押し込まれる刃。それをギリギリの位置で受け止めながら、リバースは呻く。
「お前の動きが早く、この程度の準備しか出来なかったが……ここで仕留めてしまえば被検体は追えないな」
そう言って、剣を持つ手に更に力を込めるヴァイパー。
『……オーバーカムッ!!』
リバースは心中で愛車の名を呼び、押し込まれる刃の向きを顔のすぐ傍へ流す。
視界の隅に刃が煌く中、リバースは上体を跳ね上げてヴァイパーのあごを頭突きでかちあげる。
「うぎ!?」
仰け反るヴァイパーを押し退け、立ち上がるリバース。そこへ女戦闘員らが武器を手に殺到する。
「セェ! イヤァッ!」
左から迫る女戦闘員のヘルメットを左拳で叩き、続けて右拳を腹に叩きこんで殴り飛ばす。更に背後から掴みかかる者へ右蹴りを打ち込み、そこへ右側から突き出されるレイピアを捌いて、銃を構えた戦闘員ら目掛け背負い投げる。
女戦闘員が仲間たちへ投げ込まれる中、鋭いエンジンの咆哮が響き渡る。聞きなれたその声にリバースが振り返れば、二つの赤い楕円形のヘッドライトを輝かせた相棒が駆けつけてくる。
「オーバーカムッ!」
リバースは相棒の名を呼びながら、踊りかかる女戦闘員を殴り、蹴り飛ばす。
そして右の水平チョップと左拳の連撃で右手側の戦闘員を蹴散らすと、すかさず両足を揃えて跳躍。空中で身を捻り、疾走する愛車へと飛び乗る。そのまま後輪で路面を削りながら、弧を描いて停止させる。
「逃がすなッ!」
正面から迫る女戦闘員とそれを指揮するヴァイパー。それらを見据え、リバースは前面のバックルを展開、すぐさま右手をハンドルに戻してスロットルを捻る。
《Full Open》
直後、オーバーカムが螺旋を描くエネルギーを纏って唸り、走り出す。
「なッ!?」
「ギィ!?」
「ギャン!?」
驚きの声や悲鳴が上がる中、オーバーカムは女戦闘員たちを撥ね飛ばし、集団を切り裂いて駆け抜ける。
その勢いのまま、リバースはトラックを追ってオーバーカムを走らせる。
広いトンネル状の通路。通路の両脇に小さな光が灯る中、闇を切り裂いて走るオーバーカム。その前方から不意に大振りの弾丸が迫る。
息を呑み、オーバーカムを傾けて弾丸をかわすリバース。立て続けに放たれる弾丸を、オーバーカムを蛇行させてかわす。立て続けに起こる爆音を背中で聞きながら、リバースは弾丸を掻い潜って進む。
やがて大きな光へ向かって抜け出ようとする集団の尻尾を、リバースは視界に捉える。それを見据え、スロットルを捻って愛車を加速させるリバース。
トラックが外へ抜け出た瞬間、その真後ろで白い手が挙がる。直後、こちらを向いていたバズーカの銃口が天井に向く。
出口近くの天井が爆ぜ、リバースの前で瓦礫が落盤のように降り注ぐ。
「クッ!」
リバースは歯噛みし、頭上へ落ちてきた大きな瓦礫を車体を傾けてかわす。そして塞がれゆく通路を、リバースは愛車に体を密着させて駆け抜ける。しかしそのトンネルを抜ける直前、その眼前に、一際巨大な瓦礫が降ってくる。
「セェヤアアアッ!!」
リバースの叫びとオーバーカムの咆哮が共鳴。瓦礫を突き破って日の光の下へ飛び出す。
着地の衝撃に弾む車体を受け止め、リバースはオーバーカムにトラックを追わせる。
加速するオーバーカムは最後尾を守るアントライダーに並び、リバースはそれに跨った戦闘員と拳をぶつけ合う。やがて前を走る戦闘員から拳銃が向けられ、それを一瞥したリバースは、隣り合ったアントライダーを右足で蹴り飛ばす。
「ギィ!」
バランスを崩し横転するアントライダーとリバースの間を銃弾が貫く。
すぐさま体とオーバーカムの傾きを切り返し、続く射撃をかわして追撃をかけるリバース。
前方から放たれた銃弾を、上体を倒してかわし、加速をかけて一息に肉薄。その勢いを乗せた左肘でアントライダーのカウルを撃ち抜く。
倒れ、回転しながら後ろへ流れて行く戦闘員。その一方で、白いアントライダーに乗ったディミオスが、銃を左手に減速。リバースとオーバーカムの右側を並走する形になる。
「ハァッ!」
「セェッ!」
銃を握った白い左腕と、武器を持たぬ赤い右腕がぶつかり合う。
「フ! ハ! ハア!」
「セ! ヤ! セア!」
並走しながら肘、拳の底、腕と連続でぶつけ合う二人。
「ハアアアアッ!!」
「セェアアアッ!!」
そして同時に腕を引き、同時に繰り出した蹴りが激突する。
「ウッ」
「ク!」
道路の端と端に離れ、それぞれに自身の跨るマシンのバランスを取る二人。立て直しを終えたリバースはトラックへ向けて愛車を加速させる。しかしディミオスは右手側に広がる湖面を一瞥すると、左手の銃を構え、引き金を引く。
「な!?」
放たれたエネルギー弾はリバース。ではなく、その横を通り過ぎてトラックを打ち抜く。
二発、三発とディミオスの放つ弾丸が立て続けにトラックを穿つ。
その銃撃に、トラックが横転、周囲を走る戦闘員らを巻き込んで滑ってゆく。
「クッ!?」
それにリバースは横滑りにブレーキをかけ、トラックの一歩手前で停止する。そして顔を上げ、後方から速度を緩めつつ走ってくるディミオスを睨みつける。
「天海、貴様ッ!?」
怒りの声をぶつけるリバース。対してディミオスは肩をすくめ首を横に振る。
「少し落ち着きなさい」
そう言ってディミオスがリバースのすぐ横を銃で指し示す。
「何を……」
リバースはディミオスを警戒しつつも、指示された方向を一瞥する。
「! これは!?」
そこにあった光景にリバースは息を呑む。大きく破損したトラックの荷台からは、戦闘員の上半身がはみ出ており、その穴の隙間から中を覗いても、倒れた戦闘員ばかりで、攫われた市民らしき人影は何処にもなかった。
「攫われた人たちは一体……!?」
「アレを見なさい」
再度ディミオスの指し示す方向を見れば、湖の上に、研究所の真下に空いた洞窟とそこから出てきたと思われる一艘の船があった。
「あの船……あっちが本命!?」
「その通りです。我々は囮……ここしばらくで集めた市民は全て、あの船で運んでいます」
リバースの推測を肯定するディミオス。それに対して、リバースはその赤い目でディミオスの青い目を睨みながら問う。
「……何故、それを俺に教える?」
その問いかけに、ディミオスは目を逸らすことなく答える。
「彼らの行いは社長の意志にそぐわぬ独断のものです。しかし、私が表だって粛清するよりは……あなたを利用した方が得だと判断したまでです」
その答えを聞いて、リバースは無言でオーバーカムを湖へと向ける。そしてスロットルを捻り、眼下に広がる湖へ向けて発進させる。
ガードレールを飛び越え、落下するオーバーカム。そしてタイヤが水面を割り、飛沫を上げて着水。それを背に負いながら、オーバーカムは湖面を蹴って船に向けて疾走する。
潮を孕んだ風を切り裂き、駆け抜ける黒いマシン。その下で、船へ接近するオーバーカムを追うように動く影が動く。
やがて水面を割り、黒と白の体を持つ怪人が、腕に付いた刃を振りかざして踊りかかってくる。
「チッ!」
リバースは舌打ちを一つして、その一撃を頭を下げてやり過ごす。再度水中へ消える襲撃者を見送り、リバースは船へと愛車を急がせる。背後を一瞥すれば、水面を引き裂く黒い背ビレの下に影が走っている。
「サメの怪人か!?」
背後から迫る背ビレと、先程水上に見せた姿から正体を推し測るリバース。リバースがそう口にするや否や、水上に突き出た背ビレが鋭い輝きを帯びる。
「まずいッ!?」
背後から徐々に追い立ててくる刃に、リバースは車体を右に大きく傾ける。右膝と水面がぶつかって飛沫があがり、その点を軸にして、ほぼ直角に曲がるオーバーカム。リバースが背後を確認すれば、まるでレールに乗っているかのように、寸分違わぬ軌道で追跡してくる背ビレの姿があった。
今度は左に大きく傾け、左膝を軸に曲がるリバースとオーバーカム。だが、サメ怪人の背ビレは先ほどと同じようにぴったりとこちらを追跡してくる。
じりじりと差を縮め、オーバーカムの後輪に今にも触れようとする刃を持った背ビレ。リバースはそれを一瞥し、正面を見据えてハンドルを握る手に力を込める。
「だったら!」
叫ぶと同時に愛車のハンドルを上へ引くリバース。それに吊られる形で湖面を踏み切るオーバーカム。その真下から、湖面を割ってサメ怪人が飛び出してくる。
「ふっ!」
直後、リバースは一瞬だけオーバーカムに空を踏ませ、空中でブレーキをかける。それにより、サメ怪人のみが前方に飛び出る形となる。
「なッ!?」
後ろを取られたことに驚きの声を上げるサメ怪人。
その声と柔らかく曲線を描いたボディラインは女性を素体としていることを主張している。
「デェイィヤアアアアアアッ!!」
リバースの裂帛の気合と共に、甲高い駆動音を上げるオーバーカム。そして前輪で空を踏み、大きく右に車体を振る。その勢いに乗った後輪でサメ女を蹴り飛ばす。
「アアアアアッ!?」
船に向けて飛んでゆくサメ女。リバースは車体を一回転させ、機首の向きを整える。そして着水と同時にスロットルを捻り、サメ女を追う。リバースは愛車と共に湖上を駆け抜け、迫る船の横腹を目の前に、オーバーカムを跳躍させる。
甲板の上に上がり、横滑りに火花を上げながら止まるオーバーカム。低く唸り続けるそれに跨りながらリバースは、眼前で胸を抑えて立ち上がるサメ女を見据える。
リバースは愛車に跨ったまま、サメ女は胸を抑えたまま、微動だにせずに睨み合う。
「らぁッ!」
沈黙を破る掛け声と共に、サメ女が下目蓋からのシャッターで眼球を覆い飛びかかる。鋭い牙と腕ビレの刃を突き出した突撃を、リバースはオーバーカムから転がり降りてかわす。
左腕からの前転から、すぐさま振り返るリバース。すると、すでに体を切り返したサメ女が、腕のフィンブレイドを構えて駆けこんでくる。
「セェア!」
そこへカウンターの水面蹴りを繰り出すリバース。だが、その蹴りはサメ女の跳躍により空を切る。
「もらったァッ!!」
覆いかぶさるように襲い来るサメ女。それを背中越しに見上げながら、リバースは左足で蹴りあげる。
「イィヤアッ!!」
「あぐぅッ!?」
鳩尾を打ち抜く一撃に、鋭い牙の隙間から苦悶の声を漏らすサメ女。吹き飛ぶそれを正面に見据え、リバースは素早く立ち上がって構える。そしてたたらを踏むサメ女に向けて踏み込む。
「セ! イヤア!」
掛け声と共に左右のワンツーパンチを繰り出すリバース。
「ぐ! あ、ああ!」
頬、顎と拳を受けながら、左のフィンブレイドを振り上げるサメ女。首を逸らし、空を裂くその一撃を横目に見るリバース。そこへ白いシャッター、瞬膜で眼球を覆ったサメ女の牙が迫る。
「グ!」
リバースはとっさにその口に両手を突っ込み、喰らいつこうとする顎をこじ開けながら受け止める。
「グゥッアッ!?
そこで不意に、深く鋭い痛みが腹に交差する。
「らぁあッ!」
その隙にサメ女は鋭い牙の並んだ顎をリバースから放し、足ビレの刃を振り上げる。
「が!?」
赤く大きな目の間を刃が駆け抜け、火花が散る。
「く、うう……!」
痛む顔を右手で抑え、半歩後退するリバース。その間に甲板の端へ駆けだすサメ女。その姿を指の間から覗きながら、湖へ飛び込むサメ女の背に左手を伸ばす。だがサメ女は水音を立てて湖の中に逃げ込んでしまう。
顔から手を放し、身構えて周囲に視線を巡らせるリバース。
リバースは今一度、サメ女の消えた方向へ顔を向ける。その瞬間、逆の方向から水音が上がる。
「くっ!?」
とっさに振り返り、腕を盾にするリバース。刃が腕の赤い装甲に滑って火花が走る。
直後、背後から水音が鳴り、立て続けに右斜め後ろから水音が鳴る。そちらに振り返ったリバースの胸を突撃の勢いを乗せた刃が切り裂く。
「ぐ! う!?」
再び背後で水音が鳴り、その後も感覚を開け、様々な方向から連続して水音が鳴る。
『俺を撹乱するつもりか……』
自身を囲むように鳴り続ける水音。それにリバースは敵の狙いを推し量り、展開したクラッシャーから、深く熱気を吐きだす。
気を静め、鳴り続ける水音に神経を集中するリバース。そこで一際大きな水音が鳴り響き、弾かれる様に振り向くリバース。そして眼前へと迫ったサメ女の首を掴む。
「セェアアアアッ!!」
そして気合の声と共に、サメ女の突撃の勢いを上乗せして甲板へと叩きつける。
「あ、がッ!?」
甲板をへこませ、体を弾ませるサメ女。その背が再度甲板に付くよりも早く、リバースは足を揃えて跳躍する。
空中で身を翻し、再度相棒に跨るリバース。そしてスロットルを捻り、片手片膝をついて立ち上がろうとするサメ女へ突撃する。
「セェイィヤアアアアッ!!」
爆音を上げて駆け出すオーバーカム。その機首がサメ女の体を捉え、撥ね飛ばす。
「がっ……ふ!?」
苦悶の息を漏らし、宙へ舞うサメ女。その姿を見上げ、リバースはオーバーカムを空へ走らせる。そして前腰のバックルを取り外し、右脛に取りつける。
《Full Open》
サメ女を真直ぐに見据えたまま、渦巻く光を纏った右足を、左足と揃えてシートに乗せて跳躍、飛翔するリバース。
「デェイィィヤアアアアアアアアアッ!!」
そして輝く右足を突き出し、サメ女の胸を貫く。
「あ、が、あああああああああッ!?」
胸から光の亀裂を広げ、悲鳴を上げるサメ女。その体から、爆ぜる蹴りの反動に乗って跳ぶリバース。
そのまま空中で愛車に跨ると、船の甲板へ降り、タイヤと右足から火花を散らして横滑りに停まる。そして愛車の停止と同時に、頭部クラッシャーを展開、熱気を吐きだす。
「ライダー……キックッ!」
「ぎぃやあああああああッ!?」
渾身の技の名を告げ、クラッシャーを閉じるリバース。同時に一際大きな悲鳴を上げて、サメ女の体が空中で爆発する。
リバースはマフラーを靡かせ、四散するサメ女の姿を見上げる。
「はっ……はっ……はあっ」
そこへ左側からバタバタと重い足音が寄ってくる。それにリバースが顔を半分だけ向ける。そこには、顔中に汗を流して駆け寄ってくる中田島市長の姿があった。
「り、リバースライダー! よくやってくれた……ッ! これで私も彼らに協力を強要されずに……」
リバースは皆まで言わせじと、市長の汗まみれの鼻先に左掌を突きつける。
「ヒィ……ッ!?」
息を呑み、後ずさる市長。そして唇を慄かせながら震える声を吐きだす。
「な、なにを……!? ま、まさか私を、裁く……殺すのかッ!?」
恐れ慄く市長に対し、リバースは左手をかざしたまま、静かに答える。
「俺はあなたを裁かない……」
そのリバースの言葉に、震える唇を笑みの形に引きつらせる市長。そこへリバースは言葉の続きを口にする。
「あなたを裁くのは法と……あなたに売り渡された、この船に押し込まれた市民たちだ」
リバースの告げたその言葉に、市長はその場に尻もちをついてへたり込む。
腰を抜かし、震え続ける市長。それを尻目に、リバースは未だ囚われている市民たちを助けるため、愛車を降り、甲板の上を歩いてゆく。
潮を孕んだ風に、赤いマフラーを靡かせ歩くリバース。その上に強い日差しが降り注いでいた。