白を基調としたオフィスの中、大きな机に備え付けられた革張りの椅子に、軽くウェーブのかかった長い茶髪の女性が座っている。身を包む白いスーツ、柔らかな輪郭の目から清純な雰囲気を醸し出している。
穏やかな音楽が流れる中、窓というよりはガラス製の壁から、女性は高層ビルの寄り集まる浜永の中心街を見下ろしている。そして手に持った紅茶のカップを、形の良い唇に運んだところで、規則的な四回のノックが鳴る。
「入りなさい」
ノックの音に、女性がカップから口を離して入室許可を出す。すると、撫でつけ髪に紺のスーツを乱れなく着こなした男が、資料を片手に入ってくる。その立ち振る舞いは、どこかしつけの行き届いた猟犬を思わせる。
スーツの男は未だに外の景色に目を向ける女性の目の前まで進むと、資料に目を通しながら口を開く。
「社長、Ah-01がスパイダーと交戦。これを撃破しました。やはり、マシンに機能を分割したのは正解のようですね。安定感が00とは段違いです」
男はそこで資料を捲ると、自身が社長と呼んだ女性に視線を向ける。女社長は何も言わず、紅茶のカップに口をつけている。男はそれに構わず、資料に目を戻して報告を続ける。
「00と言えば、01とスパイダーの交戦中に01の援護に入ったようです。しかし、連続的な協力関係には至っていないとのことです」
「なるほど、立ち上がりとしては良好ね、天海」
そこまで聞いて、女社長はカップを置いて男、天海を見る。その唇には満足げな笑みが浮かんでいる。
「はい……では、01のデータ収集は予定通り続行。そして、不幸にもテロ組織の襲撃を受けた病院にも、予定通り修理費を渡しておきます」
天海の言葉に、女社長は笑みを浮かべたまま頷いた。
「ええ、私たちの街の傷を癒す為、支援を惜しんではなりませんからね」
※ ※ ※
《……先日の聖三坂丘病院に対する「テンペスト」のテロ行為を受け、ブルーローズ代表取締役社長・神崎明日香氏は、病院への資金援助と警備部隊による街の治安維持への協力を行うことを発表……》
『……ブルーローズ、か……』
リビングのテレビに映る、軽くウェーブのかかった長髪の女社長の姿に、健はソファに体を預けながら眉根を寄せる。
ブルーローズ。浜永を本拠として活動する世界的規模の大企業である。数年前に浜永に本社ビルを移転し、今なお続く急速な発展の先導役を担っている。今やブルーローズを敵に回すということは、町そのものを敵にするも同然と言っても過言ではない。表だって敵対行動を取っているのは、怪人を従えると噂されるテログループ「テンペスト」くらいのものだ。
町を牛耳る巨大企業であると同時に、健にとっては自身の変貌の一端、いや全てを握っている疑いのある存在である。
『どうしても好きにはなれないな……』
ブルーローズに対しての感情を、そう締めくくる健。そこへ、白いファー付きのジャケットを羽織り、ジーンズをはいた薫がやってくる。
「お待たせ、お兄ちゃん。準備できたよ」
楽しげな笑みを浮かべた薫の呼びかけに、健も表情を緩めて、ソファから腰を上げる。
「よし、じゃあ行こうか?」
「はぁい!」
『薫や亮子さんに心配かけちゃいけないな』
健は心中でそう呟くと、薫の頭に手を乗せて愛車の眠るガレージへ向かった。
※ ※ ※
「これ、かわいいなあ……あ、これもいい!」
大型ショッピングモール「シャウト」。その中にあるファンシーショップで、薫が色取り取りの雑貨や小物に、眼鏡の奥の目をきらきらと輝かせている。
このシャウトもブルーローズ傘下の施設で、2年ほど前にオープンして以来、周辺地区から客を猛然と吸い上げている。
『俺が中学生の頃よりずっと便利になったよなぁ……』
片腕に荷物を抱えた健は、人のあふれる店内を見回してから、猫の置物を見比べる薫に目を向ける。普段は年齢以上に大人びている従妹の真剣な眼差しを見て、健は思わず頬を緩めて目を閉じる。
『それにしても、薫がまた笑えるようになって、本当に良かった……』
健のまぶたの裏には、眼鏡をかけた若い男の遺影の前で、自分の胸に抱きついて泣く薫の姿が浮かんでいた。
『俺が叔父さんと同じ事故死なんて、シャレになってないよな……俺がまた薫を泣かせるところだった』
「……ちゃん……お兄ちゃんってば!?」
その呼びかけに目を開けると、紙袋を持ってこちらを見上げる薫の顔がそこにあった。
「どうしたのお兄ちゃん? 疲れてるの?」
心配そうに上目づかいで見上げてくる薫に、健は問題ないと主張するために笑顔を見せる。
「大丈夫。ちょっと考え事してただけだよ。それよりお腹空かないか?」
それを聞いて薫は、小首をかしげて左腕の腕時計を確認する。
「うん、もうけっこういい時間だったんだね」
「ん、じゃあ飯にしようか。何が食べたい?」
訊きながら健は、薫の手を取る。すると、薫はつないだ手を見て、目を大きくする。だが、すぐに頬を赤くした柔らかい笑顔で頷く。
「オムライスがいいかな」
「オッケー、オムライスな」
そうして二人は手をつないでフードコーナーへと足を向ける。
二人がフードコーナーのあるフロアへ入り、目的の店に近づくと、店の前に人だかりができている。
「……マジかよ」
「あの人、大食いのチャンプ?」
そんなどよめきの中、健はちょっと背伸びして店の中をのぞいてみる。
「あ、あの人……ッ!?」
明らかに騒ぎの根源である人物を見て、健は絶句した。赤いジャケット。黒くて真直ぐなセミロングの髪。そして目の前に築かれた皿の塔。満足げに眠るその女性は、間違いなくスカーレットジョーカーでドカ食いしたあの女性であった。
「どうかしたの?」
「いやぁ……まだ営業してる……というかできるのかな?」
健が言い淀み、それに薫が首を傾げる。すると、赤いジャケットの女性が小さく欠伸をしながら目を覚ます。
そして、店の入口からの視線に気がついたのか、こちらへ目を向けると、一瞬驚いたような顔をしてから、にっこりと笑みを浮かべてこちらへ手招きをする。
「えっと……俺、でいいのかな?」
その手招きに、健が躊躇いながら自分を指さす。赤いジャケットの女性はそれに頷きながら手招きを続ける。
「まだ、材料残ってます?」
近くにいた店員が、健の問いに苦笑交じりに頷く。その返事に、健も苦笑を浮かべて薫と一緒に店内へ入る。そして手招きする女性の隣の席へ着く。
「やあ、奇遇だね。スカーレットジョーカーのコックさん?」
笑みを浮かべた女性の挨拶に、健もにこやかに返す。
「はい、本当に。ええっと……」
「ああ、前は名乗らず仕舞いだったね。轟茜(とどろき あかね)。茜で構わないよ」
「はい、茜さん。俺は伊吹健。こっちは……」
「浅井薫です……」
心なしかむくれてそっぽを向く薫。健は、普段は礼儀正しい薫の意外な態度に、額を掻きながら声をかける。
「おい、どうしたんだよ薫。急にヘソ曲げて」
「どうもしてない」
しかし薫は、そっぽを向いたまま頬杖をついて健たちを見ようとはしない。
『ホントにどうしたんだ薫……』
薫の態度に、健が額を掻きながら眉根を寄せていると、茜が不意に割り込んでくる。
「ああ、もしかしてお邪魔だったかな……? しかし健君、キミ……ロリコンだったのかい?」
その言葉の衝撃に、健は弾かれたように茜を見る。
「ちょッ! いきなり何言いだすんですかッ!? 薫は従妹ッ! 妹みたいなモンですッ!?」
慌てて自分たちの関係を説明する健。そんな健に、茜はクスクスと堪え損ねた笑いを洩らす。
「フフッ……ごめんよ。ちょっと冗談が過ぎたね」
笑いながら謝る茜に、健は浮かしかけた腰を下ろす。
「ひどい冗談ですよ。まったく……妹を連れて遊びに来てロリコン呼ばわりとか、堪ったもんじゃない」
健がそう言った次の瞬間、乱暴に椅子が動く音がする。そちらを見ると薫が椅子を蹴って立ち上がったところであった。そして健が声をかけようとするや否や、何も言わずに踵を返して走り去って行ってしまった。
「……薫?」
「ごめん……怒らせる気はなかったんだ」
その声に振り向くと、伏し目がちにうつむく茜の姿があった。そして顔を上げると、射抜くような眼差しでこちらを見る。
「とにかく、急いで追いかけた方がいい。私も手伝う」
「そうします」
健は茜の言葉に頷いて立ち上がる。そして座ったまま財布を取り出した茜に疑問の視線を投げかける。
「さすがに食い逃げはできないからね。先に行っててくれ」
「あ、ああ……! じゃあ先に行きます!」
苦笑交じりの茜の返しに、健は慌てて店の外へ駆け出して薫を追いかける。
※ ※ ※
「……やっぱり携帯には出ないか」
繋がらない携帯電話を耳から離して、健は周囲を見回す。するとそこへ、健と同じように周囲を見る茜の姿が現れる。むこうもこちらに気づいたのか、小走りに駆け寄ってくる。
「そっちも、見つかってないみたいだね……」
茜の確認に、健は携帯を胸ポケットにしまって頷く。
「はい。携帯も繋がらないし……いったいどこへ……」
そう言って健が、もう一度周囲を見回した次の瞬間、小さな影が二つ、二人を目がけて飛びかかってくる。
「ハッ!」
「セヤアッ!」
健は裏拳、茜は後ろ回し蹴りで、各個に叩き落とし、背中合わせの姿勢を取る。
「やるね、健君」
「いや……体が自然に……ウッ!?」
健は自然に取れた連携に驚きながら、叩き落としたものへ目を向ける。そして、そこにあったモノに思わず呻いた。飛びかかってきたモノの正体は、鳴き声を上げて悶える不気味な大ネズミであった。
「……こいつらは、テンペストの怪人の使う分身体……」
茜のその言葉に、健は先日の蜘蛛男の放った子蜘蛛を思い出す。その直後、周辺から悲鳴が上がり始める。
「いやあああああああっ!?」
「よせ! やめろぉッ!?」
「た、助けてええええッ!!」
健たちを襲ったものと同じ大ネズミに襲われ、他の客がパニックを起こし始める。そんな中健は、逃げまどう人々に紛れて、奥へ逃げる薫を見つける。
「薫ッ!?」
人に紛れて飛びかかってきた大ネズミを叩き落としながら、健は薫を呼ぶ。しかし、薫の姿はそのままショッピングモールの奥へ消えてしまう。それに歯噛みして、健は混乱する人々を掻きわけて薫を追いかける。
「健君ッ!?」
「茜さんは逃げてくださいッ! 奥へは俺が行きますッ!」
健はそう叫ぶと、茜の返事を待たずに薫の向かった通路へ駆けだした。
※ ※ ※
「薫ッ! どこだ薫ッ!!」
薫を探して立体駐車場にまで出た健。薫の名を呼ぶ声に反応して、頭上から大ネズミが襲ってくる。だが、健はそれらを一蹴して奥へ進む。
いくつかの太い柱を横切ったところで、こちらへ向かっていたらしい薫の姿が正面に現れる。
「お兄ちゃんッ!?」
「薫!? よかったッ!」
互いの顔を見て、駆け寄る二人。しかし次の瞬間、不意に天井が音を立てて軋み始める。そしてパラパラとコンクリート片が落ちたかと思えば、薫の上の天井が崩落する。
「ッ!? おおおおおおッ!!?」
反射的に駆け出す健。そのまま崩れる天井を仰ぎ見る薫へと飛び込み、その体を腕で包むようにして二度、三度と転がる。
「お、お兄ちゃん……?」
腕の中から聞こえた薫の声に、健はホッと安堵の息をついて体を離す。そして崩落した瓦礫を背にして妹分の顔を見る。
「無事でよかった……本当によかった……!」
健がそう言った次の瞬間、背後で何か重いものが落ちたような音が鳴る。その音に振り返れば、今にもこちらに掴みかかろうとするネズミ怪人の姿があった。
「逃げろッ!?」
健はとっさに薫を突き放すものの、自身はネズミ怪人に掴まれ、宙へ放り投げられてしまった。
「ウッ! グッ……!!」
どうにか受け身を取って急ぎ顔を上げる。目の前には大きな穴が開いており、おそらく上階へ投げ飛ばされたのだとわかる。健は急いでリバースドライバーを取り出すと、腰に取りつける。同時に、バックルの左から伸びたベルトが、ドライバーを腰に固定する。その間に、ネズミ怪人が大穴から飛びだし、その勢いに乗って飛びかかってくる。
「セェヤアッ!」
健はその突進を紙一重でかわし、すれ違いざまに背中を蹴りつける。そしてそこで生じた隙に乗じて、右手でドライバーの左端を掴み、右へ振り抜く形で上下反転させる。
「変身ッ!!」
《Ride ON》
ドライバーが機械音声を発すると共に、中央部が展開。健の体を、腰を中心に渦を巻くように光が包み、赤い目を持つ黒と濃緑の戦士、仮面ライダーリバースへと変える。
リバースは頭部クラッシャーから熱気を吐き出すと、両腕を大きく回して左肘を前、右拳を顔の横にして身構える。
「人々の平和な営みを乱す貴様の行い……俺が叩き返すッ!!」
そう叫んでリバースはステップで間合いを間合いを詰め、肘を基点とした左拳で牽制する。
「ヤッ! ヤッ! イヤァアッ!!」
一発目、二発目は後退しながらであるがかわされてしまう。しかし三発目がかわされた瞬間、ネズミ怪人がわずかに姿勢を崩す。その隙にリバースは右足でネズミ怪人の足を刈りながら、両腕で上体を薙ぎ倒す。
「ゲエッ……!」
背中を打って甲高い声を吐き出すネズミ怪人。投げ倒した勢いを利用してその上を乗り越えたリバースは、前回りに受け身を取ってすぐに構え直す。しかしそれと同時に、頭上から軋む音と小さなコンクリート片が降ってくる。
「ク……ッ!?」
とっさにその場から跳び退くと、一瞬前にリバースの立っていた場所が瓦礫で埋まる。しかし崩落はそれだけに止まらず、リバースを追うように続く。
「チィッ!!」
バックステップや左右の横転を繰り返して崩落から逃れるリバース。そして一際大きく跳び退いて着地した瞬間、左側から鋭い歯を光らせたネズミ怪人が襲来する。とっさに左腕で殴るものの、腕を戻す前にネズミ怪人に抱え込まれる。そしてリバースの左肩へ、その鋭い歯が食い込む。
「グゥアアアッ!?」
左肩から火花を散らしながら、リバースは喰い付いたネズミ怪人を振り払おうと、右腕で殴り、膝を胴へ打ち込む。何度目かの打撃で限界に達したのか、ネズミ怪人の顎の力が緩む。その機を逃さず、リバースは前蹴りでネズミ怪人との距離を開ける。そして転がるネズミ怪人を見据えながら、右腕にリバースドライバーを装着、展開する。
《Full Open》
ドライバーの発声と同時に。リバースの右腕を渦巻くエネルギーが包み込む。そして右腕を大きく後ろに引いて踏み込む。
「デェイィヤアアアアアアッ!!」
ネズミ怪人目がけ、砲弾のように突き進むリバース。
「ひ、ひいいいいっ!?」
しかし、怯えて身をすくめるネズミ怪人との間に、天井から降ってきた大ネズミ共が壁を作る。リバースはその壁もろともにネズミ怪人に右拳を叩き込む。
「ギヤアアアアアアアアッ!!?」
輝く拳の痕を腹に刻んで宙を舞うネズミ怪人。リバースはその姿を睨みつけながら、展開したクラッシャーから全身に渦巻くエネルギーを吐き出す。
「ライダー……パンチッ!!」
クラッシャーが音を立てて閉まる。それと同時に、ネズミ怪人に刻まれた拳の跡が爆発する。
「……何ッ!?」
しかし、爆発が治まった後に現れた光景に、リバースは驚きの声を上げる。
「ヒィッ!? 痛ェ……痛ぇえよぉおおッ!」
爆発の後に現れたのは、ボロボロになりながらも、体を引きずって逃げようとするネズミ怪人の姿であった。リバースは追撃をかけようと足を踏み出そうとするも、エネルギーを使いきった直後であるためその場に膝をついてしまう。
「くっそぉ……! また逃がして、誰かを危険に晒すわけには……ッ!!」
鉛のように重い体を引きずってでも追いかけようとするリバース。そのリバースの耳に、風切り音が届く。
「詰めが甘いね……リバース君」
その言葉と共に、白い尾を引いた赤い烈風が、リバースの横を吹き抜ける。風切り音と共に滑走する赤い風、ミゼンは大ネズミを蹴散らしながら、ネズミ怪人へと迫る。その動きはどこかフィギュアスケートを彷彿とさせる。そして一瞬身を低くしたかと思えば、その脛の側面でリバースドライバーのバックルによく似たパーツが展開していた。
《Full Open》
続いて、リバースドライバーとよく似た機械音声がなるや否や、ミゼンがアクセルスピンで跳び上がる。そしてそのまま回転の勢いを増してネズミ怪人へ突っ込んでいく。
「ヒギャアアアアアアアアアッ!!?」
怪人の腹部を貫き、着地したミゼンは、その場で数回転して静止する。それと同時に右脚の関節部から熱気が噴き出る。
「ハイマニューバアクセルスピン……」
ミゼンが静かに技の名を告げると、ネズミ怪人の体は今度こそ爆散する。
「すごい……」
ミゼンは怪人の爆散を見届けると、感嘆の呟きを洩らすリバースへ向き直る。
「奇遇だね、リバース君? でも、次も偶然助けられるとは限らないよ?」
そう言ってミゼンは踵を返し去っていく。リバースはその背中に何も言い返せず、ただ拳を強く握りしめた。