『……私が逃走した以上、私の後に改造された人には、何らかの処置がしてあるとは思っていたけれど……』
目の前で苦しみながら目を黒く変えていくリバースに、ミゼンは半身になって軽く膝を曲げて相対する。
「う、ぐ……あ、ああああああッ!!?」
やがて、リバースの目が完全に黒に染まり、淀みのない動きで右足に装着したバックルをベルトへ戻す。
『奴らの思い通りにはさせない……せめて彼のことだけでも!』
一拍の間。そしてミゼンとリバースは両者同時に、弾かれたように踏み込む。
「あああああッ!?」
「ハアッ!」
リバースの大振りの右ストレートを紙一重でかわし、ミゼンはカウンターの形で右掌低を打ち込む。つづけてがら空きになった鳩尾に、回転の勢いを上乗せした左肘を打ち込む。
「……ごッ!?」
腹の中身を吐き出すように呻くリバース。ミゼンはその隙をついて、伸びきった腕を掴んで背負い投げる。
「フゥ……ッ!」
『やはり、単純なパワーなら彼の方が数段上か……しかし……』
先ほどのパンチの風圧を思い出しながら、軽く息を吐き出して構え直すミゼン。そこへ受け身を取ったリバースが、腕をついた姿勢から獣のように飛びかかってくる。
「がああああああッ!!」
クラッシャーを開き、獰猛な咆哮と共に突っ込んでくるリバース。だがミゼンは、それをあっさりと闘牛士のようにかわす。
「……暴れるだけの獣ならば、脅威ではないな」
そして、かわした流れに乗せて背中を蹴りつけながら、冷静に呟く。
『幸い戦闘後で、健君は体力を大幅に消耗している。限界はすぐに来るはず』
その予想を裏付けるように、身構えるリバースのクラッシャーからは荒い息が漏れ、足元もふらついている。
表に出るほどの疲労とカウンターへの警戒心からか、リバースは先ほどまでのように突撃してこない。
『呼吸を整えさせるわけには、いかないな』
ミゼンはそう判断して、今度は自分から踏み込んでいく。右、左とフェイントを織り交ぜて接近し、右拳を引く。
《Full Open》
「な……っ!?」
しかし、機械音声と共にリバースの周囲を包んだエネルギーに、ミゼンは踏み込みを阻まれる。
『まさか、こんな短時間で二度目のフルオープン……ッ!?』
たたらを踏む形になったところへ振るわれた拳を、ミゼンは寸でのところで避ける。その拳を包むエネルギーの暴風は、ビリビリとミゼンのボディを震わせる。しかしそれと同時に、ミゼンはリバースの腕が軋むかすかな音を捉えていた。
『連続のフルオープンの負荷に、この速さと威力……時間をかけるわけにはいかなくなったか……』
続く暴風を纏った拳と蹴りの連撃をかいくぐりながら、ミゼンは差し迫った状況に、早期決着へ方針を切り替える。
「おおおおおおっ!!」
「ハアアッ!」
リバースの繰り出す大振りの後ろ回し蹴りに合わせ、バク宙で距離を取るミゼン。宙を舞いながら踵を打ち合わせる。
「レディ……」
ミゼンが呟きながら両足を揃えて着地する。それと同時に、ミゼンの両足「タイフーンライダー」から風が猛然と巻き起こる。
「スタート……!」
静かな掛け声に続き、風に乗って滑走を始めるミゼン。リバースの周囲をスケートのように旋回し、仕掛けるような素振りを見せて混乱を誘う。そのうちにリバースのドライバーが閉じ、クラッシャーからの強制廃熱が行われる。
「そこッ!!」
廃熱による一瞬の硬直を逃さず、ミゼンは鋭い声と共に体を捻って跳ぶ。スピンの勢いを乗せたローリングソバットがリバースドライバーに突き刺さる。
「あ……が……ッ!?」
二歩、三歩と後ずさりながら、目を赤と黒に明滅させるリバース。やがて目が完全に赤く戻ると、変身が強制解除されて血まみれの健の姿へと戻る。そしてその場に崩れ落ちるように倒れる。
「……よかった、生きている……」
ミゼンは倒れた健へと駆け寄り、呼吸を確かめて安堵の息を洩らす。
「とりあえず、手当てと後始末を……ウ、グッ!?」
健に肩を貸す形で立ち上がろうとしたところで、ミゼン自身も苦悶の声を漏らして膝をつき、変身が強制解除されてしまう。
「……クッ……こんな時に……だが……ッ!」
歯を食いしばり、健を支えて立ち上がる茜。そして、そのまま自分自身も引きずるようにして歩き始めた。
※ ※ ※
「……ここ、は……?」
瞼を上げ、最初に飛び込んできた見知らぬ天井に、思わず身を起こす健。その瞬間、体の節々を激痛が襲う。
「……ッ!? 痛ッ……」
高温の油に潜らせたかのように痛む体を押さえると、湿布薬や赤くにじんだ包帯といった応急手当の跡に触れる。
「これは……?」
そこで健は意識の途切れる直前に見た、ミゼンへと変身する茜の姿を思い出す。そして、ミゼンとぶつかり合った途切れ途切れの記憶も。
「やあ、目は覚めたようだね」
その声に視線を巡らせると、開け放しのドアから右足を踏み込んだ茜の姿があった。
「茜さん……?」
名前を呼ばれたことに返事をするように頷くと、茜は左足も部屋に踏み込んで健に歩み寄ってくる。そして布団の中で半身を起した健を、腰に手を添えて見下ろす。
「さて、健君も混乱しているだろうけれど……私から説明したいこともある。準備をするから、布団を畳んで避けておいてくれ」
「……は、はい」
茜から差し出された手を、健は戸惑いながらも、出されたままに取って立ち上がる。
そうして健が布団を畳んで部屋の隅にどけていると、茜は鍋と炊飯器を三つずつ、大皿のサラダ、麦茶のポットに二つのコップとを次々と部屋に運び入れて、低い食卓を整える。
「さあ、座ってくれ」
『カレー……?』
鍋から漂ってくる匂いから中身を推測しながら、健は勧められるままに座布団の上で胡坐をかく。そしてその向かいでは、茜が大皿にライスとカレーを盛っている。その間、健は部屋の中を軽く見回していく。飾り気は無く、必要最低限度のものを揃えただけという印象を受ける。
「まあ食べてくれ。君には及ばないが、私が自分で合格点を出せるものだよ」
「い……いただきます」
目の前に出された山盛りのカレーライスに、健は若干引きつりながらもスプーンをつける。カレーを絡めた白飯を口に運び、程良く辛味の効いたそれを噛みしめる。そして呑み込んだ次の瞬間、グンッと増した食欲に思わず手が動く。
「お、うまい……!」
二口、三口と続けて口に運ぶ健。茜はそこで自分のカレー山を崩していた手を一度止める。
「時間も惜しいし、本題に入ろうか。食事を続けたまま聞いてくれ」
その茜の言葉に、健はスプーンを咥えたまま頷く。茜はそれに頷き返すと、話を始める。
「まず最初に、キミの暴走について謝らせてくれ」
そう言って頭を下げる茜に、健は慌てて食事をちゅうだんする。
「そんな、暴走を止めてくれたのは茜さんじゃないですか! こっちが申し訳ないくらいで……」
健が言いきるより前に、茜は首を横に振って否定する。
「いや……キミに暴走を起こすようなシステムが組み込まれたのは……プロトタイプである私が、奴らの下から脱走して刃向ったからだ」
「プロトタイプ……やはりあなたは……」
その健の言葉に茜は頷く。
「そう……私はブルーローズによって造られた、キミと同じ改造人間」
茜はそこで一度言葉を切ると、コップに注いだ麦茶を一息に飲み干して、再び口を開く。
「私たちは連中、ブルーローズによって肉体を弄ばれ、常人ではなくなってしまった。人間離れした五感や身体能力に加え、多少の傷は食事と睡眠によって活性化する自己修復で簡単にふさがる」
「……だから、食事を取りながらなんですね?」
茜の異様な食欲と、睡眠中に出くわすことの多さを思い出しながら、確認を取るために問いかける健。茜は静かに頷いて、自身のカレーライスを再び口に運び始める。それに倣って、健も止まっていた手を再び動かし始める。
「……続けようか。それほどの能力を持たせた私が反乱したことで、連中は後継であるキミを制御する方法を切り替えた。普段は自由に泳がせておいて、何らかの方法で主導権を奪えるようにね」
自分自身を押さえこまれていく感覚を思い出して、健は思わず食事の手を止める。
「その方法って……?」
強張った声での問いに、茜は首を横に振る。
「わからない。だが、ブルーローズの敵対者に顔を合わせただけで暴走することはないようだよ。私とこうして顔を合わせて食事ができるのがその証拠だね」
そこで一度区切ると、茜は自分の皿に再びカレーライスを盛り始める。
『警戒はしても、気に病むなってことかな……』
飾り気は無いが、決して冷たくは無い茜の物言いから、彼女の言わんとすることを察して、健もサラダ、カレーと続けて口に運ぶ。そして自身もおかわりをよそおうとしたところで、ある疑問が浮かぶ。
「ところで茜さん。ブルーローズの敵といえばテンペストがいますが……彼らも、俺たちと同じ……」
その疑問に、またも茜は自分のおかわりをよそいながら頷く。
「ああ、私よりもさらに前……ブルーローズによって怪物に変えられた人間たちだな」
「やっぱり……そうですか」
自分が殺したのが人間であったことにショックを押さえきれず、持っていたスプーンを握りつぶす健。
力を込めて震える健の肩に、そっ……と柔らかに触れるものがあった。それにつられて健が顔を上げると、そこには真直ぐにこちらを見据える茜がいた。
「健君。自分を責めるなとは言わない、割り切れとも言わない。だが……うう……」
茜はそう言いかけて、不意に頭を重たげに押さえる。その様子に健は思わず立ち上がる。
「ど、どうしたんですかッ!? どこか悪いんじゃあ!?」
混乱する健を手で制しながら、茜は頭を押さえたまま答える。
「だ、大丈夫だよ……プロト、タイプの……問題点って奴だね。も、もう……ね、眠らないと、いけないようだ……」
茜は額を押さえながら、一目で無理矢理に浮かべているものとわかる笑みをこちらへ向けてくる。
「た、健君……キミが助けた、ひとがいる、こ、とを……」
言い終わるより前に、茜は睡魔に引きずり落とされて、テーブルに体を預ける形になった。
「思ってたより、ずっと華奢なんだな……」
静かに寝息を立てる茜を眺めながら、健は小さく呟く。
「こんな華奢な人に世話になって、俺がやってきたのは……」
そして健は茜の背中に毛布をかけると、悔しさに歯を食いしばって天井を仰ぎ見る。
※ ※ ※
「社長、Ah-01の行動掌握実験ですが、掌握そのものは成功、しかし直後に00によって鎮圧。ロジックの見直しが必要のようです」
浜永市中心街を一望するブルーローズ社長室にて、猟犬を思わせる男、天海が女社長、神崎に報告している。それを聞いて神崎は深く頷く。
「そう……まずまずの成果ね。ところで、例の件は順調かしら?」
「はい、問題ありません。01が盗まれた計画書を破壊したため、テンペストの戦力集中は避けられるでしょう」
それを聞いて、神崎は口元に笑みを浮かべる。
「では、次のステップに移りましょう。私たちの街のために」