「……学ぶというのは素晴らしいことです。未来の自分を造り、高め、無限の可能性を生み出す手段なのです」
冷やりとした空気に満ちた体育館の中。背後に天海を従えた、白いスーツの女社長、神崎明日香は壇上から多くの中学生に向けて語りかける。
穏やかで染み込むような声に、集った生徒たちだけでなく教員たちもじっと壇上に注目している。大多数の視線を一身に受けながら、神崎は演台に飾られた青いバラに注目を誘うよう、右手と目線で誘導する。
「御覧ください。この青いバラを……自然界には決して存在しない青いバラ。私たちは、この一つの不可能を可能にするために学び、研究し、そして実現させました」
神崎はそこで視線を学生たちへ戻す。
「今は大きな目標に力及ばないこともあるでしょう。しかし、学ぶことで「出来る」ことは増えるのです。皆さんの可能性を広め、高める力になりたい。そしてこの街を共に豊かにしていきたい。それが私の願いなのです……!」
神崎はそう言って、両の手を大きく迎え入れるように開く。その次の瞬間、轟音と共に天井が割れ、巨大な影が降ってくる。
「うわああッ!?」
「何!? 何なのッ!?」
「社長ッ!?」
生徒たちから悲鳴が上がる中、神崎の傍らに控えていた天海が、巨大な塊や落下物から社長を庇うように押しのける。その際、携帯電話に9、6、1とコードを入力して送信する。
「かぁんざき、あすかあぁッ!?!」
その一方、壇上に着地した巨体から、騒ぐ声をかき消すかのような怒号が上がる。
「て、テンペストの怪人ッ!!?」
誰かが叫んだ通り、咆哮と共に丸太のような両腕を振り上げた巨体の正体は、テンペストのリーダー・銀背のゴリラ怪人、近藤であった。
「ぬぅうああッ!!」
問答無用とばかりに、神崎たちへ躍りかからんとする近藤。しかしそこへ壁になるように、三人の黒いヘルメットとスーツを着た戦闘員が割り込む。
「そこをどけぇッ!!」
怒号と共に振るわれた剛腕は、戦闘員の一人を捉える。巨大な拳が直撃した戦闘員は砲弾のような勢いで宙を飛ぶ。そしてその体は、壁を打ち砕いて館外へと飛び出す。
しかし残った二人が、神崎と天海を庇うように立ち塞がり、構えたライフルの引き金を引く。
「チィッ!」
二名の連携でとめどなく放たれる弾幕を左腕で受け止めながら、近藤は膠着した状況を切り替えるため、自分が戦闘員で開けた穴から外へ出る。
※ ※ ※
怪人に潰された戦闘員の遺体が三つ転がる中、リバースは頭部クラッシャーから熱気を吐き出す。そして右手を腰だめに、左手を頭上に掲げる。その左手で斜め十字を描くように空を切り、右手と入れ替える形で腰だめに持っていく。
「仮面ライダー、リバースッ!!」
名乗りを上げながら、両腕を大きく回し、左肘を前、右拳を顔の横に添える。
拳を強く固め、構えをとるリバース。それに対し、ゴリラ怪人も肩を右左と順に回して腰を落とし、両拳を地につけた相撲の仕切りに似た姿勢を取る。
一拍の間。相対した両者の間で冷たい風が吹く。風が吹き抜けた瞬間、ゴリラ怪人が地を叩き、踏み込んで来る。
「来たッ!?」
グンッと膨らんで迫る拳を、リバースは左腕で受け流す。
「うおわッ!?」
しかし、弾いたリバースの左腕は怪人の拳の勢いに巻き込まれ、姿勢を崩されてしまう。そこへ間髪いれず右側からのフックが迫る。
「グウ……ッ!?」
とっさに右腕を盾にするものの、その防御ごとリバースの両足が地を離れる。
横飛びに殴り飛ばされたリバースは空中で身を捻り、左手と両足で地面を抉りながらブレーキをかける。
「捌ききれないか……ッ!」
痺れの残る右腕を一瞥して呟いた瞬間、頭上に影が差す。背筋に走った悪寒に、リバースは反射的に横に跳ぶ。次の瞬間、さっきまでリバースのいた地点を上から降ってきた怪人の拳が砕く。
飛び退いた先で一回転し、膝立ちになるリバース。
「何か、何かないか……? これはッ!?」
使える物を探して視線を巡らせていたリバースは、目に付いた手近なマンホールの蓋を外す。
「デエエエエエイッ!!」
リバースはそのまま、重たい金属の円盤をフリスビーの要領で投げつける。
「イヤァッ!!」
それに続けて、両足を揃えて跳躍。ゴリラ怪人へ向けて足から飛び込む。
「ぬうんッ!!」
しかし投げつけたマンホールの蓋は、怪人の拳に弾かれ、正確にリバースを迎え撃つ形で戻ってくる。
「クッ!?」
リバースは跳ね返ってきた金属盤を右足で蹴り飛ばし、左蹴りを怪人に叩きこむ。しかし、その蹴りは怪人の左腕に軽々と受け止められる。
「ぬうりゃあッ!」
「イヤアッ!」
だが振り払われる勢いに合わせて後ろへ跳び、左手と片膝をついて着地する。そして地面に指を食い込ませ、腕一本の勢いも加えて踏み込む。
「イイヤアアアッ!!」
地面すれすれの低い姿勢から、左拳を振り上げる形で怪人の胴に叩きこむ。押し返されるような反動を拳に感じながらも、リバースは左拳を再び打ち込む。
「デエヤアアアアア!!」
更に三発、四発、五発と連続で左のボディブローを叩きこむリバース。しかしゴリラ怪人はそれらを腹筋のみで受け止めて、大きく振り上げた両腕を真正面へ叩き落とす。
「ぬおりゃあッ!?」
「うおっ!?」
リバースは横に跳び退き、半ば吹き飛ばされる形で剛鎚をかわす。間近で炸裂した衝撃が装甲を叩いてビリビリと揺らす。
『なんてパワーだ……だが、これだけの大振りならッ!!』
着地の衝撃を膝を曲げて殺し、踏み込みの為のバネに変える。そしてようやく痺れの取れた右腕を構え、怪人が構え直す間を与えずに飛び込む。
「デイヤアアアッ!!」
リバースのパンチは吸い込まれるように、ゴリラ怪人の顔面を捉える。反動で後ろに下がるリバースは、仰け反る怪人の頭と拳に残った感触から、確かな手応えを感じ取る。
『よしッ! たたみ掛けるッ!!』
着地と同時に頷くリバース。そこへ掴みかかるように伸びてきた怪人の腕を、右ステップでかわす。そしてがら空きになっている左脇へ右蹴りを叩きこむ。
「……何ッ!?」
だが、蹴りが当った刹那、伸びきった右足を怪人の腕と胴に挟み込まれる。そして仰け反ったままだった怪人のあごが引かれたと思った瞬間、リバースの体に怪人の丸太のような両腕が巻きつく。
「勇敢ではあるが、未熟だな! 仮面ライダーッ!?」
そのまま巻き付いた両腕に力が込められ、締め上げられたリバースの全身が軋む。
「グゥアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?!」
全身の悲鳴を吐き出すかのように、リバースが叫ぶ。
※ ※ ※
「……足止めにしかなりませんでしたか。しかし、廃棄予定の欠番を再利用したものですから、妥当な結果でしょうか」
生徒たちの避難が進む中、天海は壁に空いた穴を一瞥して戦闘員への評価を下す。その手元には、ゴリラ怪人に締め上げられるリバースの姿を映す携帯電話が握られている。その画面をじっと見つめていた神崎がおもむろに口を開く。
「01の行動掌握が出来なかったようだけど、どういうことかしら? 持ってきていた増幅装置も作動させているのでしょう?」
唇に人差し指を添え、柔らかな声音で質問する神崎。それに天海はあごを小さく引いて頷く。
「はい。中継装置を内蔵したオーバーカムも付近にありますし、装置は問題なく作動しています。おそらく抵抗されたのかと……」
「そう、テスト体だけでなく、01でも改良した行動ロジックを試したかったのだけれど……」
神崎は天海の推測に頷き、軽く目をつむる。そして数秒の沈黙の後、目を開いて再び口を開く。
「出力を上げてもう一度発信なさい」
「承知しました」
神崎の指示を受け、天海はすぐさま手に持った携帯に指を走らせる。
※ ※ ※
「あぐぅあッ!?」
リバースを圧殺しようと締め上げる近藤。そこで不意に腕の中から上がった一際大きな苦悶の声と、不快な波長に眉根を寄せる。
「この電波……雑魚どもが出る前にも……」
締め上げる力を緩めることなく、近藤は穴の空いた体育館に視線を向ける。すると突然、腕への反発が弱まる。
「む……?」
不審に思った近藤は、腕の中にいるリバースに視線を戻す。
「ぐがあああああああああッ!!?」
そこには目を漆黒に染め、顎を開いて荒れ狂う一匹の獣がいた。
「ぬうッ!? これはッ!?」
近藤が行動を起こすよりも早く、黒目のリバースは大きく開いたクラッシャーで肩に喰らいつく。
「ぬっ……ぐう!?」
食い込む顎と、そこから流れ込む高熱に近藤は低く呻く。しかし、力を緩めることは無く、噛みつかせたまま息を大きく吸ってあごを引く。そして渾身の力を込めて腕の中の獣を締め潰す。
「ぐげあッ!?!?」
リバースから苦悶の声があがると同時に、肩から顎が離れる。
「ぬうあッ!」
その隙をついて、近藤はリバースの体を投げ飛ばす。地面に叩きつけられたリバースは、二度、三度とはねて転がっていく。しかし勢いの死なぬうちに、リバースは身を捻って四つんばいの姿勢を取る。
「アアアアアアアアアアッ!!」
そして獣じみた咆哮と共に、近藤へ跳びかかる。だがその突撃は、気合の声もなしにあっさりと合わせられ、その勢いを利用されて体育館方向へ投げ飛ばされる。
「ギィッ!?」
空中で猫のように身を捻り、両手足を外壁にめり込ませて止まるリバース。そしてその姿勢のまま、顔を近藤へ向け、右手を腰のバックルに伸ばす。
《Full Open》
瞬間、電子音声と共に、腰から渦巻く光がリバースを包み込む。その刹那、壁から離れたリバースは、エネルギーの尾を引いてジグザグに近藤へと迫る。赤熱したクラッシャー内を露わにし、先程よりも大幅に加速して突進してくる。
「……ぬうりゃあッ!!」
だが、近藤は空を割るような気合の声と共に振り下ろした拳で、リバースを爆音と共に地面に沈める。
「う……が……」
近藤の巨大な拳の下では、白目を剥いた、血まみれの健が呻いている。それを見下ろしながら、近藤は静かに腕を振り上げる。
「恐怖を知りながら向かってきた男であったが……このザマでは、雑魚どもと同じ……ノミの同類だな」
近藤はクレーターに沈む健へ、低い声で吐き捨てる。すると振り上げた手を音を立てて握り固め、拳を作る。
※ ※ ※
「……なんです? あの無様な戦い方は。あれではテスト体の方がまだマシではないですか」
画面の向こうで力任せに暴れる黒目のリバースの有り様を、神崎は目元を険しく引き締めて見据える。そんな女社長の様子にひるむことなく、天海は画面に目を落としたまま自身の見解を述べる。
「装置に異常はありません。どうやら、素体の意思に抵抗され、暴走状態に陥っているようです」
そうしているうちに、画面の向こうでは、リバースが突撃を叩き落とされ、クレーターの中でボロボロの正体を晒している。その様子を、神崎はまるで遊び飽きた玩具を見るような目で見る。
「02の候補を選定なさい。まだ完成の為にはデータが……」
神崎がそう言いかけたところで、不意に天海の握る携帯の画面が赤く明滅する。
「いったい何が……ッ!?」
急いで携帯を操作し、警告の発信源を画面に映す。
「なっ……これはッ!?」
そこには掌握電波増幅装置を内蔵した寄贈品のパソコンに、ライフルで零距離射撃を行っているミゼンの姿が映し出されている。その足元には、ライフルの持ち主らしきテスト体の一体が転がっていた。
ミゼンは最後の一基を破壊すると、画面越しにこちらを見て、空いた手の親指で首を掻っ切る真似をして見せる。その次の瞬間、ミゼンは自分に向けて放たれた無数の弾丸から、ライフルを放り出して画面の外へ逃げ出す。
「……つまらない抵抗をしてくれますね。00」
その映像に、神崎は目の険しさを強めて呟いた。
※ ※ ※
「……ハッ!?」
正気に返った健の目に飛び込んできたのは、今まさに振り下ろされんとする巨大な拳であった。あれが振り下ろされれば、ミンチが出来上がるのは想像するまでもない。しかし今、健の体は深いダメージを負っている上、クレーターの中にあり、回避はほぼ絶望的である。
『……このまま、黙って、やられるものかッ!!』
しかし健は、諦めることなく、腰のリバースドライバーを起動させる。
「変身ッ!!」
《Ride ON》
「! ぬうッ!?」
変身時に出る光が目くらましとなり、拳の落ちるタイミングが僅かに遅れる。
「イヤァアッ!!」
その隙にクレーターから抜けだしたリバースは、体育館と怪人の間で膝立ちに着地する。そして全身を襲う苦痛と脱力感に、肩で息をしながらも、笑う膝に鞭打って構えを取る。
「ぬうう……仮面ライダーが戻ったか……」
怪人は眩んだ目を慣らしながら呟くと、右、左、両手と短いドラミングを行い、両腕を掲げる。距離があっても、はっきりと音が聞こえるほどに筋肉の張りつめるゴリラ怪人の両腕に、リバースは息を呑む。
「一気に仕留めるつもりなのか……」
大技の予感に身震いしつつも、リバースはドライバーのバックルを右足に取り付ける。
「察しがいいな、仮面ライダー。お前の勇敢さに敬意を表し、この学校もろとも葬ってやろう!!」
ゴリラ怪人はそう宣言すると、頭上に掲げた両腕を、二転三転と外側へ捻りながら腰だめに持っていく。そして四股を踏むように両足を踏ん張る。
「いくぞ……! 避けようが避けまいが、お前の後ろにあるものはバラバラだッ!!」
怪人は咆哮と共に、捻ったゴムを戻すように右腕を左回転、左腕を右回転させて突きだす。瞬間、怪人の足元で砂埃が巻きあがり、巨大な二本の竜巻が生まれる。
「な……ッ!?!」
ゴリラ怪人の放った二本の竜巻は、先を争って獲物へ喰らいつこうとする大蛇のようにぶつかり合いながら、リバースとその背後にある建物たちへ迫る。
衝突する二つの渦に巻き込まれれば、リバースの体であってもバラバラになるのは目に見えている。
「それでも、何もしないわけにいくかあぁッ!!」
《Full Open》
だがリバースは、その場から逃げることなく、右足に取りつけたバックルを引いて展開する。
「う、グゥウ……ッ!?」
瞬間、力を吸い出されるような感覚がリバースを襲う。しかし絞り集めた力の籠る右足で体を支え、躊躇いなく二つの渦の接触点へ飛び込む。
「デェエイヤアアアアアアアアアアアアアアッ!!?」
リバースは雄叫びと共に、竜巻の接点へ渾身の跳び蹴りを打ち込む。衝突の瞬間、二つの竜巻の侵攻が停止する。しかし、微かな軋みの直後、竜巻が爆発四散する。
「ぐうぅああああああああッ!??」
爆ぜた暴風に吹き飛ばされ、空中でコマのように回転するリバース。高速回転する世界の中、リバースは不意に襲いかかる衝撃に意識を手放した。
※ ※ ※
「健君ッ!?」
荒れ狂う暴風の中、錐揉み回転しながら落下するリバースに、ミゼンが駆け寄る。しかし僅かに及ばず、リバースの体は地面に叩きつけられる。うつ伏せに倒れたその姿は、ボロボロの健のものに戻っていた。
「……見事だ、仮面ライダー」
その声をした方へ振り向くと、両腕を突き出したゴリラ怪人、近藤が立っていた。
「やはりお前だったか……近藤!」
ミゼンは右掌を前に出し、半身になって身構える。それに対し近藤は右、左と肩を回し、ゆっくりと両腕を下ろす。
「……こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、ミゼン」
左手を握り、拳を作るミゼンに、近藤は首を横に振る。
「止めておけ。すでに“足”を使えない程に消耗しているのだろう?」
「それはそちらも同じだろう? さっきまでの戦いで随分と疲れているようだが……?」
ミゼンのその言葉に、近藤は深く息を吐き出して踵を返す。
「神崎は……?」
「逃げられたよ。黒い奴らに数人に特攻されて……完璧にしてやられたよ」
ミゼンはそう言って構えを解くと、腰に手をやってドライバーを外す。変身を解除した茜は倒れた健の側にしゃがみ込む。
「……我々に残された時間は少ない。奴との決着は近いうちにつける」
近藤は低い声で呟くと、拳をついてゆっくりとこの場から立ち去る。その背を見送りながら、茜は倒れた健の顔をそっと指で撫でた。