次の目的地は砂漠地帯として知られるシュリーマ。ノクサスから見て海を挟んで南。そこが2人の目的地だった。
この辺りは北部シュリーマとは言っているがノクサス領だ。というのも、ノクサス帝国に歯向かって殺されるくらいなら従った方がマシだと考えたから。つまりそれは抵抗など無駄だと思わせる程の力があったということで、ちょっとゼロスは誇らしいと感じた。彼は少なくとも自覚している範囲では何もしていないのだけれど。
「で、どうしようか」
目的地はこもう少し先なのだ。ポータルの都合上ここからは歩く必要がある。
砂漠を抜けるのは簡単ではない。砂漠に住んでいるわけでもない人間が2人だけで抜けるのは難しい。
魔法の壁で迷子は防げないし嘘をつきうる人間は砂漠のど真ん中には普通いないのだ。案内人を雇うことにした。ゼロスの手を見せることがここでは効果を発揮した。
砂漠の旅。しかし、通る道を少し間違えれば、あるいは間違えなかったとしても運が悪ければ。……ここでは化物に襲われる可能性があるのだ。
突如裂けた地面から虫のような生き物がぞろぞろと這い出てくる。ヴォイドと呼ばれるそれは生命を脅かす災厄であった。
「嘘だろ……この道に、何で、あり得ない」
この案内人は間違いなく嘘はついていなかった。それでも奴らの食欲はそんなことを配慮などしてくれない。
ゼロスは壁を作り出す。自分たちを囲うように。ゼロス達の周りを複数の板が囲った。
「これで時間は稼げると思う」
案内人の男がパニックになったようで、逃げ出そうとして壁にぶつかる。
「貴様! 何をする」
「閉じ込められちゃったよ? どうするの」
ソフィアは疑問を口にした。男は助けてくれと怯え続けている。
「助けるよ。一回閉じ込めたのはバラバラにならない方がいい、から」
「なっ……!?」
「化け物のこと何か知ってる?」
「ヴォイド。全部食い尽くしちまう。サボテンも、ラクダも、勿論人間も」
ソフィアを見ると彼女は頷いた。どうやら真実らしい。
「わかった。引き返せたらいいんだけど」
「どうやって?」
「それは……今から考える」
「お兄ちゃん!?」
その時壁が齧られた。そう、ヴォイドは『何でも食べる』のだ。魔力で作られた壁は簡単に食べられるものではないが、食いちぎることさえできれば奴らの栄養になってしまう。それはきっと、普通の食糧よりもずっと魅力的な。
その時、ゼロス達を囲む壁が攻撃を受ける。今までの歯全てより遥かに高威力なそれから守る為にゼロスは全神経を集中させる。
たった一撃。一撃で周りの化け物たちが半分ほども消え去っていた。
紫の影が目の前に飛び込んできた。女だ。その全身は未知の物質で包まれている。異形の肩当てが光る。
「まさかお前、カイ=サか!? 化け物め」
案内人は叫んだ。
シュリーマにはこんな噂があった。『ヴォイドに飲み込まれ化物になった娘がいる』。人々がその娘を恐れている事は紛れもない真実だった。ソフィアが言うから間違いない。ということは彼女がこのヴォイド達の親玉だろうか?
ソフィアは一歩引いて叫ぶ。
「こないで」
しかし返ってきたのは意外な反応だった。
「傷つけるつもりはないわ。むしろ逆。助けに来たの」
「そうだったんですか。ごめんなさい勘違いしてて。ありがとうございます」
「信じてくれるの?」
助けに来たと自分で言ってはいるがこうもあっさり信じられるのは予想外の反応だったらしく目の前の娘は呆気に取られている。
「だって、あなたが本当にそう思ってるのわかったから」
ゼロスはソフィアの言葉を聞いて安心した。この女性は大丈夫だ。
「ソフィアのことは信用できるなら。えっと……カイサ、でいいの?」
「……ええ」
『戻ってきた娘』。彼女の肩から放たれた光線がヴォイドの怪物達を追尾する。数匹がまとめて潰えた。
化け物にまた壁が齧られた。
「この壁、あなたの魔法?」
ゼロスは頷く。
「壁ごと撃ってもさっきくらいの威力なら大丈夫だから」
「そう。それなら……いや、ちょっと待ってて。すぐ蹴散らしてくるわ」
その言葉を発するなり娘は一瞬のうちに敵地に飛び込んだ。ゼロスは彼女の行動に驚きつつも慌てて追いかけるか迷う。あの大群に、たった一人で飛び込むなんていくら何でも無茶じゃないか。
彼女の後ろを狙う化け物。このままじゃ駄目だとゼロスは直感した。
「2人ともそこで待ってろ」
ゼロスは自分だけ出られるように一か所だけを開け壁から飛び出した。勿論中に潜り込まれないように注意を払ってすぐに閉める。
「ちょっと、お兄ちゃん!」
走った。何とか壁を貼れる距離まで追い付き娘の背に壁を貼る。
「後ろは俺が守る」
「そう……助かるわ」
レーザー弾が浴びせられ、敵の数は瞬く間に減っていく。
非戦闘員を守る壁を消さずに一つ壁を増やす。疲労は当然増すがゼロスは彼女を守ろうと決めた。彼女さえ無事なら倒せる。文句なくそう思ったからだ。
***
彼らのコンビネーションで随分と敵の数は減っている。ソフィアはそれを見ながら思う。初対面の相手がゼロスとあれだけ以心伝心で動けているのはちょっともやもやする。非常時にそんなことも言っていられないけれど。
できることはないか。ソフィアは考える。だが気づく。何もない。出られたとしても今は外に出るべきじゃない。わかっているからこそ、ソフィアは2人を眺めることしかできなかった。
何もしないのが最善。頭でわかってはいても心は休まらない。
「お兄ちゃん……がんばって、応援してるから」
その時何かうめき声のようなものが聞こえた。ひときわ大きな個体だった。全身紫色、四つ足で動いている。
「あれを倒せばみんな消えるはずよ」
娘の声が聞こえる。
「わかった」
カイ=サと呼ばれた女性がレーザーを浴びせかける。彼女を狙い親玉が足で払おうとうする。
「まあそう来るよな?」
だがその足は阻まれる。ゼロスの壁だ。動きが止まっている間にさらにカイ=サが親玉を撃ち抜く。足の一本を撃たれ動きが緩慢になる。
理想的な動きで2人は追い詰めていった。
だがその一方でソフィア側に向かう群体の数が増える。
向こうが親玉を倒すまで持ちこたえればいい。わかっていてもその時間はあまりにも遠かった。ドームを食らう大群。すべてが終わるのも時間の問題だろう。
それに気付いたゼロスは動きを変える。
「あいつ1人で行けそう?」
「これだけ消耗させれば充分よ」
「頼んだ。……ソフィア、今行く!」
ゼロスの叫び声が聞こえた。
ついに壁が食い破られる。一か所が消えれば他も崩れるのはあまりに早い。複数から同時に攻め込まれる。
ソフィアの背後から一体が飛びつこうと空に舞い上がった。奴らの生体は謎だが噛みつこうとしている事だけは確か。奴の軌道はソフィアの首の後ろに辿り着こうとしていた。
口を開けた化け物。しかしそれがかじりついたものはソフィアの首ではなかった。
空中で口を開けたまま化け物は固まる。何かを食べようとしたのだ。それは、透明で硬くて、つまり。
「離れろ! たった一人の妹なんだよ!」
化け物は壁に激突して止まった。
カイ=サを狙う親玉は再度足で攻撃しようとするが見失った。姿が消えたのだ。辺りを見回すような動きをするが親玉は気づけない。気付けば彼女は背後に移動していた。姿を隠す捕食者としての能力だ。
「これで終わりよ」
親玉の急所を見抜き狙い撃つ。消耗していたそれは動かなくなり砂になって消えていった。
その瞬間、全ての敵が砂に溶けた。
***
「そういえば私の事どうして信じてくれたの?」
「えっと、あなたは嘘ついてないと思ったから。それとあの人がごめんなさい」
恐怖にまだ動けずにいる男の代わりにソフィアは代わりに謝る。
「別にいい。化け物って呼ばれることには慣れてるから」
「カイサこんなに美人なのに」
「お兄ちゃん、それナンパ?」
「そういうつもりじゃないんだけど」
本心だ。当然ソフィアには伝わった。
「ちょっとからかっただけだよお兄ちゃん。下心なんてひとつもないのわかってるよ」
「あら兄妹だったのね。それにしては似てないけど」
「似てないかな」
「そうね、兄妹というよりはむしろ」
「助けてくれてありがとうございました!」
遮るかのようにソフィアは叫ぶ。何かを感じ取ったのかカイ=サがそれ以上追及することはなかった。
「……ところであなた達旅人よね。この姿だから街までとはいかないけど街が見えるくらいまでなら送れるけどどうする?」
「あ、ありがとうございます」
断る理由はない。
「街はこっちよ」
歩き出すカイ=サ。それに続き一見何も変わらない景色が続く砂漠を進んでいった。