町へ向かう途中ゼロス達は遠くにぼやけた何かを見た。砂漠に立つ塔。
「あれは?」
カイ=サが説明を始めた。
「『時の塔』ね。摩天楼であり蜃気楼。辿り着けるかもわからない伝説の場所。もし頂上に登れたら死者蘇生の奇跡すら起こせると伝説になっているわ」
「あ、エズリアルって人の手記で読みました」
ソフィアがぽんと両手を叩く。
「彼の話によると頂上によぼよぼの爺さんがいるだけで思ったより普通だったそうです」
「嘘でしょ? 本当に登りきったの!?」
「彼はそう書いてます。お爺さんは魔法使いなんですけど、時間に干渉する魔法で死ぬ前に肉体を戻すことができるんだって」
「仮に彼が塔に登ったのが事実だとしても死んだ人間が生き返るなんて聞いたことないわ。例え魔法だとしてもね」
「ただ手記によるとお爺さんの魔法には致命的な欠点がありました」
「自我を失うとか?」
「いえ。『お爺さんの目の前で死んだ人』しか生き返らせられないそうです」
「意味ないじゃないそれ!」
「ですよね。……夢は叶わないから夢なのかもしれません」
ソフィアは優しい声で言う。カイ=サは答えた。
「大切な人に生きてほしいと願うのは永遠の夢。……そうね、夢だわ」
「父さんがいたんだ」
町へと向かう途中、カイ=サは自分の過去を話してくれた。
「私の住んでた村ごと滅ぼされて、でもその時父さんは村にはいなかった。多分、幸運だったんだと思う。今どうしてるかはわからないけど、生きてたらいいなと思ってる。いつか確かめたいの」
「会えたらいいな」
ゼロスは思ったことを素直に口にする。だがカイ=サは、こう言ったのだ。
「違うのよ。会うつもりはないわ」
娘は悲しげにそう語る。
「何で?」
「化け物だからよ。生きるためには仕方なかった。でも、もし化け物だって面と向かって父さんに言われたらと思うと怖いの」
「そんなこと言うかな。向こうから見たらある日故郷が滅んでたんだろ。それでもし1人だけでも生きてるって知ったら、それが自分の家族だったら。会えてよかったって、思わないかな」
記憶がないなりにゼロスは考えた。
「あなた、変わり者ね。この姿になった私に綺麗なんて言うし」
「本当に綺麗だと思っただけで」
「それが変わり者だって言ってるのよ。ソフィアはどう思う? もし父さんが私を見たら」
「……わたしは、わたしにはわかりません」
ソフィアはこう話す。
「血の繋がった家族だというだけで無条件に愛してくれるとは限らない。血の繋がった化け物って、いるから。でも、あなたの話を聞くと、ちゃんとあなたは愛されてきたんだろうって思う。だからお父さんが話すのを聞かない限り断言はできないです」
町が見える距離まで案内されたためカイ=サに別れを告げる。
「本当にサンキューな、助けてくれなかったらどうなってたか」
「ビームがぎゅーんって出てきてかっこよかったです」
「……た、助かった」
案内人も複雑な気持ちでありながら礼を言った。
「ありがとう」
カイ=サは照れながら見送ってくれた。
***
とある遺跡に鍵を置く。
これはポータルの行き先をある程度(完全に思い通りにはならないのであくまである程度)変化させる為のものだという。
壁画についてソフィアがゼロスにところどころ解説する。
「この犬とワニって兄弟なんだよ」
「えっと、何と何が?」
「だからこの犬とワニだよ。元々は人間だったんだけどシュリーマの守り神になったんだって」
「詳しいんだな」
「色々調べるのもわたしの仕事だから」
ソフィアは書いてある文字をすらすら読み上げる。ゼロスには内容が理解出来ないが。
「それどういう意味なんだ?」
「兄弟の絆の力が奇跡を起こしました、だって」。
「ソフィアって古代語もできるんだ」
「えへへ」
少しずつ進んでいく2人。特にヴォイドの化物などに遭遇することもなくたどり着いた。
遺跡の奥にあった部屋。そこには台座がひとつ。上には赤い水晶玉が置いてあった。
「これは?」
「何百年も前にシュリーマの占い師が使ってたものなんだって。すごい魔法使いなら占いできるかもね。魔力がすごく多い人になら」
ゼロスはその玉を手にとる。右手が痛む。彼の頭に見知らぬ光景が入り込んできた。
***
「ノクサス帝国の領土拡大に最も貢献した男は誰か? 昔だったらダリウスかジェリコ・スウェインと答えたところだけれど。今ならゼロス・ミュラトールを無視するわけにはいかないわ」
瓜二つの姿をした妖艶な美女が話し合っている。双子かな。
「彼が戦場に現れただけで相手が降伏していくのはなかなか滑稽だったわ」
「ダリウスやスウェインではああはいかなかった」
そこに黒髪の青年がドアを開けて入ってきた。肩ほどまでのさらさらとした髪はやけに艶がある。ゼロスはその男についてどこかで見覚えがある気がした。
「こんなところにいたんだ」
優しそうな声で双子に話しかける。
「あらゼロス。その様子だと上手く行ったようね」
ん、あれ俺だったのか。成長したらあんな風になれるのかな。ちょっとカッコいい、と思った。
「うん。思ったより楽だった。イレリア相手は俺一人じゃどうにもならなかったけど他の仲間が協力してくれたから簡単に捕らえられたし」
「その女、よく名前出してるわよね」
「昔から気をつけろって言われ続けてたんだ」
「まあ……そうでしょうね」
「俺じゃ相性悪いのかなって思ってたんだけどそんなことなかった。拍子抜けだよ。ケインだっけ? あっちの方がずっと苦戦した。魔法で作った壁無視して入ってきたからなあいつ。そうだ、壁といえば前フレヨルドに行った時にさ、」
***
ノクサスに舞い降りた天才。盾の魔術師。ゼロスは様々な名前でもてはやされていた。
それを見つけ出したバイロンは今やノクサスでも政治の中枢にいた。
アレックス・バイロンの評価はこうだ。あらゆる嘘を見抜く天才。
厳密には少し違うのだが、すっかり嘘を見抜く力があると知れ渡った今ではバイロンに嘘をつこうとする不届き者などいない。何せ絶対に騙せないとわかりきっているのだから。
「それは嘘だね」
眼鏡をかけるようになったバイロンの眼光は敵に絶望をもたらす。
あの眼鏡に嘘を見抜く魔法がかけられているのだと人々は噂している。
「言っておくけど眼鏡を壊そうとしても無駄だよ」
実際、一度眼鏡が壊れたことはある。だがバイロンはすぐに新しい魔法の眼鏡を手に入れていた。何個あるんだろうと人々は噂した。
本体が従者の少女だとは夢にも思わなかった。
***
また、それとは別の世界線。
ソフィアは人々に愛されていた。彼女はその見返りを要求しなかったが、皆は恩を返してくれた。
「危ないけど、それでもついてきてくれる?」
断るものは誰もいなかった。
その夜、ひとつの部隊が貴族の汚職を暴いた。その中心にいたのは一見すると何の力もなさそうな女性だった。彼女の名は知れ渡った。別け隔てなく接する彼女に庶民は癒されていた。
ある者は言った。あのような女はノクサスを弱くするだけだと。ソフィアはその言葉にも笑って答えるだけだった。
「前線で戦う兵士の人たちのことは尊敬してる。でも、そういう人たちに食糧を供給するような人だって必要だよ。わたしは、わたしなりの力で戦う」
しかし彼女は後ろで支えるに留まらずまたたく間に人々を巻き込み、それをまとめるようになった。彼女が告げるのは全てを見透かす言葉。それを崇拝する者も現れた。
だがしかし、彼女の幸せは続かなかった。
第二次アイオニア戦役で予想通りの奇跡的な勝利を迎え凱旋したゼロスに知らされたのは残酷な真実だった。
「ソフィアが処刑? 嘘だよな。……嘘だって言ってくれよダリウス!」
詰め寄るゼロスに、男は真実だとだけ告げた。
「ソフィアが殺される理由なんてないはずだろ」
「遅かれ早かれこうなっていた。あの女が持つ力はあまりに大きすぎた」
「なんだよ、それ。力さえあれば受け入れられるんだろ?」
「彼女を邪魔に思った勢力がいたんだろう」
「……なんで、だよ」
視界がぼやける。心の中が真っ赤に染まったようだった。
***
それは、もしかしたらあり得たかもしれない未来の「もしも」達だった。
ゼロスの涙が水晶に落ちる。異変に気づいたソフィアがゼロスの手に優しく触れる。
「お兄ちゃん、何が見えたの? 聞かせて、全部」
「……ソフィアが殺される夢」
「誰に?」
「ノクサス帝国の決定で処刑された、だってさ」
一瞬時間が止まったかのように沈黙が走る。
「大丈夫だよ、わたしはそうならない。占いって『絶対』じゃないもの」
ゼロスの右手に唇を寄せる。ゼロスの心音が少しずつ落ち着いていく。
「うん。そうだ、そうだよな。お前は死なない。俺も」
それは自分に言い聞かせるように。ゼロスは心を落ち着かせようとしていた。
「そうだ。この水晶ってね、何故か台座から取れないんだって」
気分を明るくしようとするソフィア。
試してみたゼロスだが実際その通りだ。びくともしない。おかしい。
「台座ごとはがして持っていこうとした人もいたんだけど、駄目だったみたい。不思議だよね」
そんなこと試そうとした人いるんだ。
ソフィアの話が、心を落ち着けてくれた。
***
またあの夢を見た。黒髪の乙女がゼロスの手を取る。
目覚めると夢の内容は詳しく思い出せないけど、そこに誰かがいたような記憶だけは残る。
夢を見るたび、ゼロスの文様は薄れているような気がした。
けれど、彼はまだ気づかない。その文様が薄れるという意味を。