「次の所で最後だよな」
「うん」
話している間に偶然手が触れあってしまった。熱い? ゼロスはソフィアの手についてそう感じた。
「あれ、熱い」
「え?」
「ソフィア、身体は大丈夫か? それにちょっと顔が赤いような」
「だ、大丈夫だよ。なんでもないから」
そういってソフィアは自分の頬をぺたぺた触る。
「でも」
「大丈夫! わたしの言葉、信じて?」
「……体調辛くなったらすぐ言えよ」
「うん」
紆余曲折の旅を終えたゼロス達。この先だ。
辿り着いた先でゼロス達はこんな話を聞く。元々はごく普通の辺境であったはずだが妙な話を聞く。死んだ人間が生き返るとか。ただの噂だし、信じていない人の方が多いけど。
気にせず遊びまわっている子供もいるくらいだ。
「そんなことあるのか?」
「時の塔とは違うよ。多分こっちは死霊術。完全な形で生き返るわけじゃないの」
「死霊術か」
死者を何らかの形で繋ぎとめる黒魔術だ。あまり表舞台に使い手が出てこないため詳しく知る者は少ない。
「前の『右腕』も死霊術が得意だったんだよ」
「どんな感じなんだ?」
「あの人は動く骨を召喚してた。ただの骨だから痛いとか感じないで魔力がある限り戦えるんだよ。すごいよね」
すごいのか。ソフィアが言うなら凄いんだろう。
「他の国から来た人はあんまりそういう魔法好きじゃないみたいだけど、わたしは力の種類に良いも悪いもないってそう思うし」
ノクサス人にとって大事なのは力があるかどうかだからね、そう言ってソフィアは笑った。
***
そのまま2人は森の奥へ向かおうとする。
川を渡ろうとしたそこでゼロスは女の子が遊びまわる声を見つけた。見つけた。少し遠く、川の少し上流で2人の少女がはしゃいでいるのを。彼女たちは川の上で飛び跳ねている。恐らく飛び石を渡っているのだろう。
「ん……あいつら危なくないか? あんなにはしゃいだら。あっ」
少女の1人が落ちた。もう片方が少女を助けようとしているのは間違いないけどこのままだと2人とも流されるんじゃないか。
今にも走り出そうとしたゼロスの服の袖をソフィアが軽く掴んで制止する。
「待ってお兄ちゃん、お兄ちゃんまで溺れたらわたし」
「大丈夫、溺れないから」
ソフィアはそっと指を離す。ゼロスは川にまっすぐ向かっていった。
2人は引き離され片方の少女は川に流されていく。それを見たゼロスは、決めた。
ゼロスは走り、川に飛び乗った。それが当たり前かのように川の上に立った。
ゼロスは壁を床にして川の上に立ったのだ。そのまま上を歩き少女が流れてくる場所へ先回りする。
「ナイスキャッチ、俺」
そのまま壁(存在する位置を考えると床と形容する方が正しいかもしれない)を飛ばしてゼロスは上流の方の少女へ飛んでいく。彼女の方も空中を舞う板(船と呼ぶにはあまりにも簡素すぎる)に乗せてソフィアの方へ戻る。
地面に下ろしてから詳しい話はしようか。
「えっと、助けてくれたの?」
「ん。まあ、そんなとこ」
「どうして?」
「アレックス・バイロンって名前知ってる?」
「知らない」
そりゃそうか。こんな小さな女の子が、同郷でもないバイロンの話を知るわけないか。軍人の中でも実はバイロンという名前の知名度だとそんなに高くないし。流石にダリウス辺りと比べちゃうとね。どちらかというとバイロンは『知る人ぞ知る』という形容が似合う。
バイロンは言ってた。ダリウスの部隊と比較すると戦闘能力では劣る部分もあるけど忠誠心だけなら誰にも負けないと。彼らは祖国の為の死を恐れない。いつだったかダリウスの女さえも彼を裏切ったとかいう話があるが、『右腕』にそれはない。あるはずがないのだ。
「俺は死の瞬間までノクサスに忠誠を誓うと評判の特殊部隊『右腕』。その名もゼロス・ミュラトール」
「あれ? アレックス・バイロンじゃないんだ」
「別の人だよ。バイロンは俺の上司みたいなもんでさ」
「兵隊さん?」
「まあそんな感じ。こっちはソフィア。俺の妹なんだ」
さっき掴んだ下流の少女はデイジー、上流の方がアニーというらしい。アニーはクマのぬいぐるみを大事に抱えている。
「気を付けて帰れよ」
「帰りたくない」
ぎゅっとぬいぐるみ(ティバーズという名前だと彼女から聞いた)を抱きしめてアニーはそう言った。
「なんで?」
ゼロスは理由を聞く。あまり話したがらない様子だ。
「えっと」
「じゃあわたしだけに内緒で教えて?」
警戒心を薄れさせるソフィアの笑顔。それはアニーにも効果的だった。
しばらくして、アニーはソフィアにだけ話してくれた。
「いじわるするんだもん。ママのことなんて忘れなさいって」
ソフィアは息をのんだ。
「……ねえ、アニーちゃん。それはどんな人?」
「パパが連れてきたの」
「ひょっとして新しいお母さん?」
「うん」
話を終えたソフィアはゼロスに尋ねた。アニーの事を助けられないかどうかと。
「子供をいじめるの、よくないと思うの。だからなんとかできないかなって」
「それってノクサスの為になる?」
ゼロスはそう聞いた。
「あ。『右腕』らしい言葉が出てきた。うん。そっか、そうだよね。……わたしの中で考えてることがひとつあるから、その通り行けばいけると……きゃあっ!」
叫び声の理由。それは、彼女の足元にあった。
地面から生えた白い骨が、少女の足を掴む。既に掴まれているこの状態だと壁を出しても効果がない。ならばとゼロスはその骨を蹴飛ばした。骨は飛んで行って川に落ちる。続けてもう片方も蹴飛ばす。こちらは川の近くの石にぶつかって甲高い音をあげた。
「あ、これ、わたし知ってるかも! みんな落ち着いて」
だが白い影はそれひとつだけではない。別の骨、それも複数が今度はアニーに飛び掛かる。ゼロスは壁を出そうとしたが間に合わなかった。
視界がスローモーションになる。このままだと彼女は骨達に叩きつけられて怪我を負うだろう。即死ってことは流石にないと思うけど。いや、あまり楽観視するのもよくないか?
その時目の前に巨大な何かが見えた。何だこれは。熊。そうだ熊だ。その熊によって骨たちは皆動きを止められる。
アニーを守るように熊は骨を投げ飛ばす。そして骨は熊が触れた所から燃えていった。
「なあ、何が起こってるんだ」
戸惑うゼロス。
「ティバーズ! ティバーズだ!」
アニーはそう言った。あのぬいぐるみか。確かによく見ると面影がある気がする。
「いっけえ!」
アニーが指をさすと指の先から火が沸き上がる。それは骨へとまっすぐ飛び焼き尽くした。
その様子を見て、木の陰から1人の男が現れた。白骨を引き連れている。
「やっちゃえ!」
すかさず炎を飛ばそうとするアニー。だがそれを止める声があった。
「やっぱり! 待ってアニーちゃん。攻撃止めてもらえるかな。わたし、あの人のこと知ってる」
「え?」
「あの! わたしです! ソフィア・ミュラトール!」
男は敵意はないと示し手を振ってこちらに向かってきた。