「お前は何者なんだ?」
2人の前に現れた男は淡々と答える。
「ウィルと申します。バイロン隊の『右腕』です。長らく帰還できずにおりましたがようやく戻れました」
ずっと無表情だ。
「俺はゼロス。ゼロス・ミュラトール」
「……ミュラトール?」
意外、という顔でウィルは首をかしげる。
「うん。わたしのお兄ちゃんなんだ」
「ですが貴方には」
「うん。わたしのお兄ちゃんなんだ」
「……ああ、そういうことですか。了解しました。よろしくお願いします、兄上」
「お前の兄貴じゃねえよ」
「それとね、これは言っておかないといけないんだけど。お兄ちゃん過去の記憶がなくなっちゃってるの」
「そうですか」
おそらく戻らないと思う。でも、未来なら一緒に見られると信じてる。ソフィアは悲しみと希望を忍ばせた表情でそう言っていた。
「なあ、『右腕』ってことはお前も模様があるのか?」
「当然です」
ウィルは無表情で右手を見せた。手の甲にはくっきりと模様が描かれている。
「良かった。薄くはなってないね」
ソフィアはそれを見て安心した様子だ。
「はい。消えかけていたら悠長に会話などせず真っ先に帰る方法を聞いていましたよ」
「この調子なら大丈夫そうだね。じゃあちょっと寄り道してもいい?」
「問題ありません」
「なあ、それ薄くなると問題あるのか?」
ゼロスはふと疑問を口にする。
「それは……ソフィアさん、言っても構いませんか」
「大丈夫」
ソフィアに了承を取ってからウィルは淡々と事実を告げる。
「文様が完全に消えると死にます」
それを聞いて、ゼロスは言葉を失った。
「ゼロス死んじゃうの?」
アニーの言葉。
「まだ大丈夫だよ」
ソフィアはアニーの頭を撫でながら言った。あたしもと言いたげにデイジーが頭を差し出してくるので彼女の事も撫でる。
そしてソフィア達はある場所へ向かう。
***
「すみませーん」
ソフィアはアニーの家へと向かっていた。アニー達を送り届けるのと、それから。
「誰かしら」
女の人が現れる。多分彼女がアニーの言っていた継母だろう。名前はリアンナというらしい。
「ああ、帰ってきたのね。この人たちは?」
「はじめまして、わたしソフィア・ミュラトールといいます。……アニーちゃんのことで話があるんですが」
「何よ」
「ご家族は旦那さんと、あとは娘さん2人だけですか?」
「そうだけど」
何なのよこいつ、と若干面倒そうにリアンナは答える。
「旦那さんともお話させていただきたいんです。大事な話なので」
ソフィアは、アニーをバイロンの元へ連れていこうとしているのだ。魔力の才能を集めている、『瞳』の持ち主に。
アニーの家族の話をしよう。
元々アニーを産んだ母親アモラインには魔法の才能があって、力が遺伝したのかもしれないらしい。だが彼女の生みの母親は訳あって亡くなってしまいアニーの父であるグレゴリは再婚した。その再婚相手、リアンナの方の娘がデイジーだという。
「連れ子持ち同士の再婚で相手の子と相性が悪かった、ということですか」
無言の肯定にソフィアは続ける。
「責めてるわけじゃないんです。苦手な人がいるのは別に悪いことじゃないですから。それに、その子が特別な力を持ってたらなおさら複雑になるのも仕方ないですし」
少しリアンナの顔が歪む。ビンゴ。ソフィアはそのまま話を続ける。
「アニーちゃん、動く骨に狙われた時に炎の魔法を使って撃退したんですよ。ぬいぐるみが魔法で大きくなって、あの子を守ってくれたんです」
「何言ってるのかしら」
「さすがに見ないと信じられないですよね。だけど、たぶん。彼女はまだ自分の能力が制御できていないんです。それができれば、彼女の力はきっと役に立ちます」
「どうやって?」
「魔法使いの育成をしている知り合いがいるんです」
「だがまだアニーは小さい」
グレゴリが止めようとするのも、概ねソフィアの想定の範囲内だ。
「いいんじゃない。才能があるっていうなら有効活用できる場所に行くべきじゃないの」
妻の方が先に同意した。言外に邪魔だ、と言っているような気がした。ソフィアはその視線の意味を知っていた。
「だがアニーを一人でというのは」
躊躇うグレゴリにソフィアが助け舟を出す。
「時々状況は報告しますよ。数日はこの地に留まりますので決まったら是非。アニーちゃんが行きたいと決めたならわたしはいつでも歓迎してますから」
「最後にひとつだけ。わたしも魔法使いなんです。生まれた時から持っている力で苦しみました。でも、自分を制御することを覚えたことで前より幸せに生きられるようになったと思っています」
嘘ではない、はずだ。
***
娘たちを送り届けた後、3人で話している。
「あれってどうしたんだソフィア、なんでいきなりアニーを」
「えっとね、バイロンさんから言われてたの。使えそうな人間がいたら連れてきてくれって」
「どう? あいつ来そう?」
「わからないけど、明日もう一押ししてくるよ」
「大丈夫ですか?」
「アニーちゃん以外は魔法使いってわけでもないみたい。普通の人だし」
「ソフィアさんが交渉ごとに強いのは知っています。しかし万が一物理的な手段に出られたら」
「お兄ちゃんが守ってくれるよ。ね、そうでしょ?」
「当たり前だろ」
泊めてくれる家があるとソフィアから聞いている。そこへ向かい歩き出したその時、ソフィアはつまづいた。ゼロスが気づいて身体を支える。それがなければ地面に倒れていただろう。
「ソフィア?」
触れた箇所が熱い。
「大丈夫か? やっぱり熱あるんじゃ」
そう言われ、ソフィアは首を横にぶんぶん振る。
「ち、違うもん。わたし」
「顔赤くなってるような」
「大丈夫だから!」
ソフィアは助けてとばかりにウィルをちらりと見る。
「病気ですか?」
「そう言えないこともないんだけど、人にうつるようなものじゃないから安心して」
「だそうです」
「……無理するなよ」
ソフィアは誰にというわけでもなく心の中で呟く。
(わたし、おかしくなっちゃったかな。お兄ちゃんが来るまでこんなことなかったのに)
***
その夜はバイロンの息がかかったとある家に泊めてもらった。ウィルが迷う前に一度泊まった場所で、家主はウィルの帰還を喜んでくれた。
「ウィル、お前生きてたんだな」
「なんとか」
「手は大丈夫か」
「はい。消えてませんよ」
「逆に消えて生きてたら騒ぎなんだが」
***
深夜、ゼロスは外から聞こえる騒ぎ声で目を覚ました。外は赤色に染まっている。
どうやら火事が起きたらしい。
そして、その方向は、昨日訪れた。
ゼロスは2人を起こす。寝ぼけているらしいソフィアと相変わらず無表情のウィルを集めゼロスは端的に告げる。
「火事だって。アニーの家の方。確かめてくる」
ゼロスは答えを待たずに走り出した。ソフィアとウィルもゼロスを追いかけ急いでその先へと向かっていった。