遠くに見える赤色。火事が起きたとの知らせを聞きゼロスはただ走る。
走り続ける彼の脳裏には、昨日魔法の炎を放ったアニーの姿が焼きつく。
彼女かもしれない。昨日の炎がなければ結びつくことはなかったであろう直感。走った。逃げるためじゃなくて、今度は追いかける為に。
唐突に訪れる白昼夢。
あの女なんて嫌い。あたしは化け物なの? ひとりぼっちは嫌。アニーはそう言ってティバーズを抱きしめる。視界を埋める赤。アニーと目が合った。
燃え盛る炎。それは直感通りの場所で暴れ狂っていた。昨日見た場所が火に包まれている。既に灰になった場所もあり倒壊は時間の問題だろう。
「4人だけ、だよな?」
ソフィアがそう言ってたはずとゼロスは自身の記憶を探る。
夜だしいるなら寝室だろうか。それなら多分奥に行けば見つかるかな。
「バイロンだったらこういう時どこにいるか見えるのかな」
魔法使いというのならなおさら。魔法的な火であればどこから現れているか読み取り最短距離で止めに行けるかもしれない。
「ソフィアは、今すぐっていうよりはもうちょっと後で役に立ってくれるか」
原因究明の時にそれは真実ですかと聞けばいいだけだ。
家に飛び込む。カーテンから木造の家具や調度品、火が移りそうなものばかりだ。ただまあ、そうなるのも土地柄仕方ないのかもしれない。
「誰かいるのか? いるなら返事してくれ!」
ゼロスは叫び辺りを見回す。一部の壁は既に燃え崩れている。声が聞こえた。
「今助けるから!」
障害を取り除くと幼女と目が合った。
「……デイジー、だっけ。後で説明するから乗っててな」
即席担架に乗せる。要するにただの魔法壁を水平に浮遊させたものだ。傍目には横たわったデイジーが宙に浮いているように見える。
空中を滑る壁は障害物を避けながら入口へと向かっていく。外まで彼女を連れ出した所で遅れてきたソフィアたちと合流する。
「お兄ちゃん!」
「何かと思えば彼女は昨日の」
「こいつを頼む」
ゼロスはそれだけ伝えてまた燃える家の中に入っていこうとする。
「ねえ、お兄ちゃん。無茶したら」
「俺は生きて帰るつもりだから。守りには自信があるんだ」
真実だけを告げ、ゼロスはまた燃え盛る家へと入っていった。
「お兄ちゃん!」
「ゼロスさん……僕は入ったほうがいいのでしょうか」
「その骨って火に弱いんだよね。入っても邪魔になっちゃいそう」
「それは」
「家の中狭いし、その中でたくさん骨を出せてもあんまり意味ないと思うよ」
「……そう、ですね。見守ることしかできないのでしょうか」
***
もう一度飛び込み、まだ見ていない場所を探す。この極限状態に嘘はなく、魔力そのものを見ることもできないゼロスには自分の力だけが頼りだった。
「アニー!」
自分ではない男の声に気付きゼロスはその方を見る。アニーの父親だった。彼はアニーを抱きかかえて走ってきた所でゼロスに気付く。
「守るから外に出て、俺魔法使いだから」
2人を先に行かせつつも焼け崩れて落ちてきそうな場所をいくつか魔法防壁で抑える。
なんとかたどり着けそうだな。ふっと笑みを浮かべたゼロスだが、背後から響く音にハッとなる。
複数方向から同時に落ちてくる外壁。死の臭いがゼロスに近づいた。
だが2人は自分の壁の効果もあって無事に外に出られるだろうと思うと妙に安堵している自分がいる。
不思議と恐怖は無かった。
父子が家から飛び出した正にその瞬間、アニーの家だったそこは崩れ落ちた。
「お母さんは? どこ?」
ソフィアはデイジーの頭を撫でる。
「……大丈夫、大丈夫よ」
もし立場が逆だったら彼女はきっと全てを察してしまっただろう。それでも、ソフィアはそう言うことしかできなかった。
***
幻覚が脳内に叩き込まれる。また夢だ。ゼロスは声を聞いた。女だった。デイジーの母親だと言っていた女とは違う。誰だ。
「何故助ける?」
「ノクサス人だからかな」
「……何故ノクサス人なんかを」
やけに不機嫌そうだ。舌打ちまで聞こえた気がする。どこかで聞いたか?
「だって俺『右腕』だし。死の瞬間までノクサスに忠誠を誓うって決めたから」
「自分の命はどうでもいいのか」
「ん、そんなつもりはないんだけど」
長い黒髪を揺らし、女は睨んできた。
「ただで死ぬつもりはない。生きて戻ってみせるよ」
ゼロスは笑って答えた。
「ああ、そうだな」
女の声。
一瞬とも永遠ともつかぬ幻影からゼロスは現実へと舞い戻った。
どうやら咄嗟に魔法防壁を展開していたようだ。自分を包み込むように。家の残骸に囲まれているゼロスだが周りだけ円で遮られたかのように空間が生まれている。
円ごと動かしてゼロスは外に出ることを試みる。円の先に映るものは焼けた家だけだ。もう1人、いたはずなんだけど。無事に避難できていたんだろうか。それとも。
内側から瓦礫をどけるよう魔法で壁を動かす。何とか外との接点を見つけ出す。ゼロスに声が聞こえた。
「……デイジーは」
力ない女性の声が聞こえる。彼女の母親だった。上半身だけが出ているが下半身は家だったものに押しつぶされている。
「助けたよ」
「ありがとう、それなら思い残すことはないわ」
「今から死ぬみたいに言わないでほしいんだけど」
「もう無理よ」
「俺ならできる」
と思う。ゼロスは水平にした壁の上に別の壁で瓦礫を乗せては除けるように魔法を操作する。あまり重い物を乗せるとゼロス側にも負担があるが、それでも。
「俺はノクサス人の味方だって。そう決めたんだ」
多分、ずっと昔に。ゼロスがいつそれを決めたのかは定かではないが、彼の右手に入れられた文様はノクサスを愛するという証なのだ。それが手にあるということはつまりはそういうことなのだろう。
「あの子、大丈夫かしら。私がいなくても」
「いなくならないって」
ゼロスは薄々感じてしまう。間に合うのかな。ずっと重量に押しつぶされている状態だ。
「ゼロスさん。僕も手伝います」
骨達が瓦礫を運び出していた。あの骨何処から湧いて出るんだろう。
「ん、助かる」
ウィルは骨を指揮しグレゴリは骨と共に瓦礫を運搬する。ソフィアはそれを見て思う。骨が動くという非常事態を受け入れて対応している。勿論妻の危機だからというのもあるだろうけれど、彼はひょっとしたら魔法と縁があったのかもしれない。
一方でソフィアは娘たちへのケアを行っていた。アニーの心をあまり刺激するべきではない、落ち着けた方がいいだろうと判断した結果だ。
アニーはほぼ無傷、グレゴリは腕に傷を負っている、デイジーは軽いやけど程度か。
とはいえ命の危険はない。ゼロスの魔法が機能したからなのだろう。
(ただ、何かあるとしたら)
一番危険なのは誰か、疑いようもない。
ソフィアは深呼吸してゼロス達の成功を祈った。
***
結果として死者は出なかった。だがリアンナは両足を切断せざるを得なかったという。
「……どうして私だけこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」
突然降りかかった事故。現実を受け入れるには時間がかかるのだろう。
「どうして助けてくれなかったの」
最善を尽くしたとは思う。それでも、ゼロスが完全な形で助けられなかったのは確かだった。だから何も言えなかった。
右手の甲に入れ墨を宿した魔法使い。その話はグレゴリも実は知っていた。深すぎる忠誠心を持った魔術師達の噂は。そして、こうも聞いていた。彼らに嘘をついてはいけない。彼らは嘘を簡単に見破ってしまうのだという。
アニーは、スカウトされることになった。火が燃え上がってしまうまではグレゴリはアニーをバイロン隊、つまり軍属にすることには否定的だったがソフィアの言葉が現実だと思い知ってしまったゆえに送り出さざるを得なかった。『彼女はまだ自分の能力が制御できていないんです。それができれば、彼女の力はきっと役に立ちます』そうソフィアは言っていた。
3人は、こんな話をしていたという。
「でもあの人さ、娘を助けたかっただけじゃないかな」
「そうですか」
「わたしも見ててわかったよ。自分の子供が大事って言葉は本当。『自分の』って意味だけど。でも、仕方ないのかな。血が繋がってたって親子関係って難しいもん」
なんて話しているソフィアは少し俯いていた。
「ねえお兄ちゃん」
「何だソフィア」
「もしわたしがお兄ちゃんと。……ううん、なんでもない」
「どうしたんだよ」
「なんでもないよ、大丈夫」
ほんの一瞬だけ眉を下げたソフィアはまたいつも通りの天使の微笑みに戻った。