外で鳴り続ける水の音。人々が寝静まる時間の中、バイロンの自室だけはランタンの光が灯されていた。バイロンは夜に起きるのが好きだった。静かな中で自分の考えだけに浸れるから。
「しかしアニーか。『右腕』を拒まれるのは面倒だな」
熊を連れた少女に思いを馳せる。妨害には意思が感じられた。アニーにその自覚はない。彼女じゃない何かが忠誠を拒んだ。
『アニーちゃんのお母さんが魔法使いで、その人が心を込めて作ったらしいですよ。その人はもう死んじゃったけど』ソフィアの話が本当なら少々困る。アニーの母とやらに許可を得てティバーズとかいう熊を抑えることもできない。継母はそもそも魔法使いじゃないし。
「火を出せるのは色々と便利だけどね」
アニーの魔法は、魔法の中ではオーソドックスといえるだろう。火という分かりやすい形ゆえに応用しやすい。油等を利用して補助しやすいのも良い所だ。
部下の魔法の中でならウィルの動く人骨部隊も悪くない。ただの骨なのでいくらでも捨て駒にできる。同胞にやらせるには反感を買いすぎ、奴隷に強制させようとしても自発的に動かないだろう所業も簡単だ。見た目が恐怖を呼び起こすのは時に欠点にもなるけれど。
その一方でソフィアとゼロスの評価はこうだった。嘘を見抜く能力は有用だがあまり彼女の存在を公にしたくない。戦闘能力は普通の少女と変わらないから暗殺などされても困る。
一方で防御特化の魔術師。魔法の壁を作り敵からの攻撃を防ぐ。その壁をおとぎ話の魔法の絨毯のようにして空を飛べる等使い勝手は悪くない。テーブルにだってなる。ただ攻撃力が低すぎる。別に良いんだけどね。
思考している間に窓を叩く音が聞こえた。普通の人間はここまで登ってこないが、バイロンはそれが何であるか理解していた。
「開いてるよ」
本当は仰々しい敬語で対応するのが筋かもしれないが、彼女自身がいつも通りの貴方でと言ったからバイロンはその通りにしている。
窓のほうを見やる。窓は動かないままだというのに、女の影は窓をすり抜けそのままバイロンの部屋に立つ。彼女はそういうものなのだ。どこにだって現れるし、同時に違う場所にいることだってある。少しも濡れた気配がないが、『幻惑の奇術師』ならそれくらい容易にやってのけるだろう。
「調子はどう?」
「順調だよルブラン。ゼロスも『右腕』の完成に近づいているし」
「死の瞬間までノクサスに忠誠を誓う?」
「ああ。彼にはとある任務についてもらおうと考えているよ」
「良い趣味してるじゃない」
ルブランは自分一人の時にしか姿を現さない。ソフィアさえいれば、と思いつつもこの女は恐らく彼女がいないから目の前に出てくるのだろうとバイロンは思考する。いや、そもそもソフィア・ミュラトールが通用するのか。バイロンにそうした疑問さえ抱かせる唯一の相手だった。
「あの子、少し気になるわね」
「どういうことだい」
「ゼロスって、不思議と気になるのよね」
わかる気がする。
女の話をバイロンは興味深く聞く。話し終えると、彼女は窓から溶けて消えていった。