とある街を占領するための魔術師としてゼロスはバイロンに推薦された。ソフィアも同行している。ウィルとアニーはバイロンのいない間に村を守るという。疲れを知らない骨なら深夜に流れ着いた刺客にも対応できる。いやそもそもアンデッドというのは夜に活発になりやすいらしい。いろいろ難しい魔法理論があるようだがゼロスは聞くだけで眠くなってしまった。
ゼロスは出発前に本を読んでいた。バイロンが公開していた図書室(他に非公開の図書室もあるらしいが、入るなと言われているので命令には従っている。逆らおうという気持ちは起きない)にあった一冊の本だった。表紙は黒くて外には何も書かれていない。中身をぱらぱらめくると興味深い内容であった。バイロンにこれ借りていい? と聞いたら表紙を見て即答された。子供向けの童話だが、この世界を知るためには良いんじゃないか、ゼロスには記憶がないことだしねとバイロンは言っていた。
タイトルは『リーグ・オブ・レジェンド』。世界にたったひとつの円形大陸ルーンテラで、サモナーと呼ばれる魔術師がチャンピオン、各地域の有力者を召喚して代理戦争を行うという物語だ。
しかし妙だ。聞いていた話と違う。ルーンテラは世界に一つだけの大陸じゃないよな。いや、ある意味一つか? 確かピルトーヴァー・ゾウンで細くだけど繋がってたはずだ。ああいう場所を地峡っていうらしい。
だがこの本に書いてある地図は違う。綺麗な円形なのだ。この世界地図は何だ。ノクサスという名前のノクサスではない何かがそこにあった。
『魔法で世界が滅ぶことを避けるため戦争は管理されるようになった』。という内容の物語だ。ゼロスはその世界に魅了された。様々な才能の持ち主が現れる闘技場。目立ちたがりのドレイヴンは観客の熱狂を喜び、兄に軽く流される。またある時はカタリナとカシオペアの姉妹が熱い1vs1を繰り広げた。
「あ、お姉さま! ガレンが見てる」
「なっ……。そのような手には乗らん!」
カタリナとカシオペアの姉妹は実在の人物である。なんかノクサスの凄い貴族の娘だったはずだ。この物語でのカタリナはデマーシアの戦士に惚れたという話らしい。相手のガレン・クラウンガードって男のことはよく知らない。そもそもこれを今読んでいるのは記憶喪失の人間なのだ、知らないことだらけだ。
物語は中盤に差し掛かり、とある名前にゼロスは視線を止めた。
「……イレリア?」
時々この本では知ってる名前が出てくる。実際とちょっと違ったりすることはよくあるけど。
イレリアという女の噂だけは何度も聞かされている。空飛ぶ刃を操って戦うアイオニアの女剣士。長い黒髪の美女だという。その女についてソフィアは「わたしなんて一瞬で首がスパッだよー」と笑っていたし(ちっとも笑い事ではないのだが)バイロンは「出会っただけで死ぬ」とまで言っていた。
何か違和感がある気がする。何か忘れてる? 思い出せないなら大したことじゃないんだろう。
一度は死の淵を彷徨い、祖国を守るために立ち上がった防衛者。『本』ではそう書かれていた。だがこの本はソフィアの嘘発見機構のように信頼できるわけじゃない。出てくるのは名前が同じだけの別の何かだ。
全てのノクサス人を殺そうとする冷酷な鬼。ザン・イレリアという女は人の姿をした悪魔だ。だって『右腕』の主がそう言っていた。ソフィアの首を落とそうとするならそれはどんな姿だろうと間違いなくゼロスにとっての悪魔だ。
宙に舞う刃で全てを奪うだろうと言われたその女の、ある記述に目が行った。ゼロスという名前の兄弟がいるんだ、という話を彼女がしていたのだ。アイオニア軍の要職なのだという。
「何だよこれ」
所詮物語の中の話ではあるがなんとなく不快だった。だってゼロス・ミュラトールはノクサス人なのだ。よりによって皆に恐れられているような女の身内と同じ名前に。官能小説の相手の名前がソフィアとかだと反応に困る、これはちょっと理由が違うか。
ともかくそこでゼロスは本を閉じた。理由はないけど、なんか嫌だったから。右手の文様がまた傷んだ。
***
ゼロスが『戦争』をするのは自身の記憶にある中で初めてだった。戦いは何度か経験していても。
とある街がノクサス領となることを拒んだ、ただそれだけの話。
「まあよくある話さ。利害の計算もできない愚か者はどこにでもいる」
「でもわたしたち、今まであんまり戦いで目立ってませんよね」
バイロン自体は命令に従う優秀な魔法使いを育成するとして一部で恐れられていた。だがあくまで『一部で』。それにバイロンに仕えている魔法使いは癖が強い傾向にある。多対多の戦争で役立つ能力者というのが実はそれほど多くないのだ。どちらかというと少数で動く方が都合がいい。
それはゼロス・ミュラトールの名を広めるための戦いだとバイロンは語る。バイロン隊のメンバーは成果の割に目立たなかった。そろそろ目立つときだろう、と。
「断るなら……貴様らに待つのは破滅のみだ」
「せいっ!」
魔法で軍の前に強大な魔法壁が生み出される。
「なんだあれは」
「一人でやってんのかよ……」
後ろからは驚きの声が聞こえてくる。
「あいつ一人でいいんじゃないかな」
「占領して拠点にするための場所を跡形もなく破壊するわけにいかないだろう」
「そんな感じだから皆に頑張って欲しいんだ。できる限り守るけど入ってからは俺も全部は対応できないから」
自身の周りをすべて壁で覆う術はあるがそうしてしまうとこちらからの攻撃も届かない。板や球形は作れるが複雑な形の壁は作れないのだ。複雑な形を作れない、だから家のどこかにいるはずの居場所がわからない女性を守りきれず、彼女は足を失う結果となった。そんな過去を思い出す。もっと自分が強ければ違ったのかもしれない。
城壁からの敵襲に備えてゼロスは魔法の壁を展開する。その間に他が正門から強行突破する手筈だ。それは、あまりにも簡単に終わった。
「恭順すれば良し、逆らったものには容赦しないってね」
「ここまでやる必要あったのか」
「ナメられるのが一番いけないから」
なるほどそういうものらしい。
どういうことかというと、『サモナーがチャンピオンを召喚して代理戦争をしている』という設定が『フィクション』であるという設定です。