戦争の後処理の中、ソフィアの様子が妙だった。
「……」
ソフィアはぼんやりと前を見つめる。ゼロスはそれに気づき声を掛ける。
「どうした? やっぱり疲れてる?」
「えっと、わたしは」
「ずっと嘘見破り続けるの疲れるかなって。俺も魔法使い続けたら疲れるし。ちょっとの間でも止めたら楽になるんじゃ」
ソフィアはゼロスの言葉に驚いていた。
「えっ」
「誰もいないときくらいはさ」
「この力が使えなくなったらお兄ちゃん困るでしょ」
「ソフィアが元気でいることの方が大事だよ」
「ふふ……変なお兄ちゃん、ありがとね」
***
帰還後。ゼロスはバイロンに黒い本を返した。
「あれ面白かった!」
「そうかい。子供向けの童話も馬鹿にできないだろう」
ただバイロンの本棚から借りた『リーグ・オブ・レジェンド』が子供向けの童話と言われてゼロスは少し違和感があった。人は容赦なく死ぬし、あれに出てきたイブリンという女悪魔はセクシーで少々子供には刺激が強すぎないだろうか。
「結構人も死んでたから子供向けって感じはあんまりしなかったけどな」
「成立の段階から戦いの国だからね。モルデカイザーとの戦いに惹かれる男の子は多いよ。うちの村でも」
「え?」
ゼロスは首を傾げる。
「モルデカイザーって誰?」
「書いてあっただろう。ノクサス首都にあるイモータル・バスティオン。あれの遥か昔の居住者で」
そんなことはあの本に書いてなかったはずだ。
「そんな話書いてあったっけ」
「……お前が読んだのは何だ?」
バイロンはゼロスから渡された本のページを見る。
「『ノクサス建国神話』じゃない……何故だ?」
バイロンは悩み始める。
「ゼロス、手を見せてくれ」
***
それからしばらくして。2人の女の子が部屋で遊んでいた。
「いっけーティバーズ! てきをやっつけちゃえ!」
アニーがティバーズを持ってソフィアが持っているぬいぐるみをぺしぺししている。
「うわー! なんてつよいくまなんだ! やられたー!」
ソフィアの人形が倒れる。ごっこ遊びをしていたらしい。
「えっへん、ティバーズは強いんだから!」
「ぐわー」
案外アニーはこういった戦争ものの話も好きなようで、ソフィアは村の子供たちと遊ぶ時と同じことをしていた。
魔法の修行も怠らない。威力は申し分ないので魔法制御を主体に行っている。前にアニーが家ごと燃やしてしまった時は魔法を使っているのを見られ化け物と言われたのを聞いてしまったという経緯があるらしい。それで、感情が昂ったと。
ぬいぐるみティバーズが実母の手作りだと聞いたのでティバーズが実体化するのは彼女の魔法的な守りによるという説も考えたがソフィアはそれには懐疑的だった。
というのもあの夜アニーは全てを焼き尽くしたからだ。多分あのままだったら全員死んでたんじゃないか。そしてアニーに養母への恨みはあったかもしれないが、少なくとも父親を焼き殺そうという意思はなかったはずなのだ。そして実母にも。
「ソフィア、考え事?」
「ちょっとね。大したことじゃないよ」
勝手に力が暴走してしまっただけ。ソフィアはアニーの件をそう結論付けた。
ノックの音。
「……はい」
部屋に入ってきたのはバイロンだった。深刻そうな声で彼は言った。
「少し時間もらえるかいソフィア。大変なことになった」
「えっと……。アニーちゃん、ちょっとお留守番できる?」
「うん!」
天真爛漫な笑顔で答える。アニーは結構ソフィアになついているようだった。
「何があったんですか?」
「ソフィア、この本読んでくれないか」
「はい。……『リーグ・オブ・レジェンド』?」
ルーン戦争で世界が滅びの危機に瀕した時、世界を滅ぼさない為にルーンテラで戦争は管理され、『リーグ・オブ・レジェンド』という組織が生まれた。という話であった。
宙に舞う刃を操る剣士。そう言われていたイレリアの名前が出てきたためにソフィアは身構える。実際会ったことはないのでそのイレリアとかいう女が実際どんな奴なのかはわからないが。
この小説の世界にイレリアがいて、しかも彼女にゼロスという名前の兄弟がいると書かれていた。これがバイロンの焦っている原因だろうとソフィアは理解する。
「……よりによってどうして?」
兄と呼ぶ男を思い出しながら思考する。
小説で描かれたその世界は、実際のルーンテラとは似ていて少し違う。
スウェインの髪の毛が減量されていたことは些細な話だ。
世界地図が現実と違うのも別に良い。ここまで別の世界を書くなら名前も変えちゃえばいいのにとは少々思ったが。現実の偉人がいることがポイントなんだろうか。ルーンテラという名の異世界だった。
妻を殺した亡霊と共闘させられた男が言葉の銃弾を浴びせながら皮肉にも息ピッタリで完璧なコミュニケーションと言われる話もなかなか面白い。ちょっと可哀想になってくる。
あとはジャンナも立ち位置がかなり違った。ゾウンのスラム育ちの娘で、魔法の才能に目覚めた結果人々に風魔法という怒りをぶつけている、らしい。スラムにいた頃のジャンナは金に困り果てた結果意味ありげな言葉で男を誘っていた、とか。
「女神さまのことこんな書き方してバチが当たらないかなあ」
実はあのジャンナじゃないのかもしれないという疑問もあったが、風で人を守る力の使い方は紛れもなく彼女だった。やはり名前が同じだけの別人だろうか。
後書きに差し掛かった。作者はこう言っていた。
「『何故人々は破滅しか待っていないと知りつつ争うのか。戦争で世界が滅ぶ事を誰も信じてくれない』」
もしそのレベルの兵器がこの世界に眠っているのなら一刻も早く確保する必要があるけれど。
「『断っておくがこの物語は実話である。信じてもらえないだろうがこの世界は私の知るルーンテラではない。世界はルーン戦争で一度滅びかけ、ルーン戦争は世界を滅ぼしかける原因となった。世界を滅ぼさぬ為リーグ―全ての地域を統括した世界議会のようなものである―の管理に置かれたのだ。』……え?」
ソフィアは記述の意味を自分なりに飲み込もうとする。
「世界議会。世界がひとつの国になった? ルーンテラ全部がノクサス領に? 違う」
戦争を管理するという発想。じゃあそれを管理するのは誰だ。ノクサスが覇権を取った世界かとも思ったが、この物語ではあくまでノクサスはひとつの国に過ぎなかった。じゃあこの小説に出てくる『サモナー』という存在が関係しているのか。各地の有力者らしい。
「ただの召喚魔術師にしては強い。でも召喚される英雄が彼らに劣るとも思えない。数の暴力? それに、どうして皆直接戦わないって合意できたんだろう。洗脳……を全人類にって流石に無理があるよね。……世界に共通の敵が生まれたとか?」
この先も似たようなことが連ねられていた。作者は人の死なない―いや、死ぬが生き返る―戦争をする世界の話を延々と続ける。
この話は、彼女にとって少々刺激が強すぎた。
ソフィアは最後の一文を読み終え本を閉じる。熱を帯びた額に手を触れる。
そして彼女は、地面にそのまま倒れた。