ある日俺は散歩に誘われた。バイロン曰く村の人に紹介も兼ねて、だって。
家を出るとすぐ近くに広場が見えた。広場で遊んでいたらしい子供たちが駆け寄ってくる。
「バイロンさん! その人だれ?」
「拾った」
「海から流れてきたの?」
人を何だと思ってるんだろう。
「俺は流れてきたわけじゃ……あるのか?」
何も知らないし違うとは言い切れないなと気づく。
「そんな感じだよ。奇跡的に拾ったのさ」
「そっか! ぼくも拾われたんだ。よかったね」
「お、おう」
「あたしも!」
「ちなみに彼は我が部隊の仲間だ」
「えー? ぼくまだ『ぎしき』してもらってないのに!」
「アレ少々時間かかるんだ。許しておくれ」
「……はーい」
子供は少々寂しがりながらも納得したようだけど。
「儀式って?」
「部隊の者には魔法を授けてるんだ。君にかけたのはあのベッドで目覚める前の事だから覚えていないのも当然だが」
「その魔法って、どんな?」
「説明するのは難しいね。だがあえて言うなら誰もが持つ力。敵に恐れず立ち向かう意思を強めるもの」
「……ありがとう」
「ははっ、だから別に礼を言われるようなことじゃないんだが……そこまで言われてしまうと私としても笑みが抑えられなくなる」
喜んでるならいいや。
「それにしても綺麗なとこだな、この場所」
「ありがとう。よく何もないって言われるから」
「え?」
「都会と比べたら見劣りするのは事実なのだけれど」
でも俺都会知らないしなあ。
「お魚は美味しいですよ」
連れられるままたどり着いた浜辺には何かがあった。巨大な黒い塊が太陽光を浴びてきらめいている。
「この魔力は……お、来てるね」
見回してご機嫌なバイロンはそれに近づいていく。俺もついていくと、塊の正体に気づいた。
「魚?」
「どうやらそのようだ」
俺の身体よりも大きい。見上げる必要があるくらい。
「今日の食事は決まったかな」
「これ食べきれるのか?」
どう考えても三人前では多すぎる。
「勿論村の皆で分け合うのさ」
「それでも余るんじゃ」
「その時は塩漬けにでもすればいい。早速皆を浜辺に呼んでこよう。勿論さっきの子たちもね」
呼びかけた後、しばらくして人々が集まってきた。この村の住人には若い人が多いようだ。
「また海から流れてきたの?」
「ああ。だから皆にも食べてほしいと思って。流石に一人でどうにかできる量じゃないからね。でもその前に一人紹介しておこう。ゼロス、前へ」
「俺?」
「君だよ。軽く自己紹介しておいておくれ」
そういえば紹介したいって話してたっけ。
「記憶がないことを知らずに接してしまったら驚くだろうから」
なるほど。
「えっと、ゼロスです。ゼロス・ミュラトール。目が覚めたら何も覚えてなくて、皆に迷惑かけると思うけどよろしくお願いします。……これでいい?」
辺りがざわついた。
「ミュラトールってどういうことだ」
「ソフィアは俺の妹なんだって」
覚えてないからこういう言い方しかできないけど。
マジ? ソフィア姉ちゃんって兄貴いたんだ、なんていう子供たちの声が聞こえてくる。
「ありがとう。あとソフィアからも一言くれるかい」
「はい。彼はわたしのたいせつなお兄ちゃんなの。……これからよろしくお願いしますね」
ソフィアは相変わらず暖かい笑みだ。
「さて、早速食事と行こうか」
そこからは至福の始まりだ。魚を切って木の棒に刺し、起こした火にくべる。焼き加減はお好みで。適度に塩をふりかける。酒のつまみにピッタリなんだよとバイロンは言っていた。
いくつかのたき火を人々が囲んでいる。両隣にソフィアとバイロンが座っている。二人に挟まれながら切り身を火に通す。右手に刻まれた印が目に入った。
「そういえばさ、俺って記憶なくす前何してたの?」
「私の研究を手伝ったりとかだね。いずれ元気になったらまた頼むよ。ところでゼロスそれ焦げかけてないかい?」
「あっ」
ともかく食べよう。しっかり焼いてみたり、生でも大丈夫と聞いたのでそうしてみたり。塩加減も調整してみる。色々試していたが結局軽く炙るくらいが一番好きという結論に達した。あと、あまり塩辛すぎるのは苦手かな。溶けるような赤身を丁寧に噛みしめる。軽くかけた程度の塩が魚の味を引き立てている。ちなみにこの塩も村の特産品だという。海が近いからねとバイロンは語ってくれた。
この魚は素直に美味しいと感じた。
「お兄ちゃん、ほんとに幸せそう。口元ゆるみすぎだ」
「仕方ないだろ」
「そうだね」
「あれ、ふたりとも飲まないのかい?」
バイロンはすっかり顔を赤くしている。
「もう、バイロンさんったら。お兄ちゃんを見つけられて嬉しいのはわかりますけど酔いつぶれるのはどうかと思いますよ」
「まだ大丈夫だよ」
「……まだ、ですか」
「じゃあ俺もちょっとだけ」
飲んでみたけど苦くてあまり得意な味じゃないかもしれない。
「お兄ちゃんが飲むならわたしも」
せっかくだからと三人で酒を楽しむことにした。飲みながら昔の話とか聞いてさ。
あれ、頭がふわふわする。
「お兄ちゃん酔ってる?」
「んー? ないよー」
「もう、お兄ちゃん。嘘ついても駄目だよ、わたし絶対見破っちゃうから。……わたしの肩に寄りかかっていいからね」
「ん」
「お兄ちゃんお酒弱いね」
「ソフィアが強すぎるんじゃないか」
バイロンが首をかしげる。
「そうですかね? 少ししか飲んでないですよ」
会話が遠く聞こえる。視界が黒に落ちる。
だけどそれが何だか心地よかった。