夢を見ていた。今までのこと。
わたしは生まれたときから人の言葉には2種類あると知っていた。世界がみんな同じように見えていると思っていた。でも本当は世界がこんなふうに見えるのはわたしだけだった。
この感覚を他の人に伝えるのは難しい。生まれつき目が見えない人に色とは何か理解させるようなものだから。わたしにとっては当たり前にそこにあったもの。それが『嘘』であるという確信。それだけがわたしの武器。
わたしが生まれて何回目かの夏。
父さんと母さんはわたしを捨てた。幼いわたしが何も考えず口にした言葉のせいで。
母さんの恋人の存在を知って父さんは激怒した。でも父さんだって人の事いえないじゃない。
もしあの時に戻れたらもう少しうまくやれると思う。だけど、そうしたらたぶんゼロスに会えなかった。どっちの方が良かったかはわからない。知らなければ、苦しまなくてすんだのかもしれないし。
それを拾ったのがバイロンさんだった。国中から、ううん、外国からだって魔法使いを集めているらしい。
わたしは戦場の魔法使いじゃない。もっと別の。
「だから私はカシオペア嬢を尊敬しているのだがねえ」
バイロンさんはそう言っていた。人を言葉巧みに操るという生き方もありだと思う。剣を振るうよりはわたしに合ってる。
『右腕』という小規模でありながらも忠実な魔法部隊を率いているという。拾われてすぐの幼い頃、その証となる入れ墨をわたしの右手の甲にも入れようとしたバイロンさんはそれをやめた。
どうやらそれを入れるとわたしの魔力は変質する可能性があるらしい。バイロンさんは嘘を見抜けなくなるのは困ると考えた。敵兵を殺すだけの魔法使いに代わりはいてもわたしは珍しかったから。
村に来た。今でこそ別の家を与えられたけどはじめは他の子供達と一緒に育っていた。彼らは親を亡くしたり、あるいは生きていても捨てられたりして行き場を失っていた子供たちだ。わたしと同じ。
「ソフィアは面倒見が良いよね」
「ありがとうございます」
まだ捨てられる前に一度言われた『ひまわりのような笑顔』。その言葉は今でも覚えている。その通りになるように笑顔を向ける。できるだけ無害であるように振る舞う。生きるためには何でもしよう。彼の求める女にだってなってみせる。
とさえ覚悟を決めていたけど、彼はわたしを『女』とは一度も扱わなかった。だからといって別に男が好き、っていうわけでもないみたいだけど。
「次はここに向かう」
何かの話し合いをする時、彼に同行するのが仕事だった。ただの忠実な部下。そこにいることを許されない場合以外はいつも控えていた。忠実な部下であるように努めた。何か間違いがあればわたしがこの場にいることにそれ以上の意味があると思われるかもしれないから。多分相手はわたしをバイロンさんのおまけとして見ていたと思う。
バイロンさんは嘘を見抜く魔法の品を持っているという噂が流れたことがある。それを聞いた時バイロンさんは笑っていた。だって誰もその魔道具が人の形をしているなんて思いもしてないんだから。
振り返ってみると見捨てられることはなかった。日々の糧にも困らなかった。だってわたしは嘘を見抜く便利な道具だから。これがわたしにできる唯一のことだから。
わたしはこの村の庇護なしには生きていけない。この力がなければ誰もわたしを必要となんてしない。
嘘を見抜く機械になること。それが課せられた役目。
だけど、力をすべては見せない。切り札は簡単には切らないものだから。
最初は怖かったバイロンさんだけど、わたしがちゃんと言うことを聞いていたら優しくなった。
でも、まだ足りてない。もっと頑張らないと。
嘘を見破ることは呼吸をするのと同じくらい簡単だけど、嘘をつくことが特別に得意なわけじゃない。だから怪しまれないように練習した。気は抜かない。見た目に気を使って、魅力的だと思われるように。本当はもっとセクシーでダークなお姉さまになりたかったけどバイロンさんにも村に来た子供たちにも全然似合ってないと言われたのでやめた。
エプロンが似合うといわれた。家事は楽しかった。料理を褒められて、またおいしいもの食べさせたいと思った。
そしてあの日。
流れ星の落ちた先。浜辺に倒れる男。
手櫛がすんなり入りそうな黒髪。肩に届かないくらいだけど男の人の中では長い方かな。もっと伸ばしたらバイロンさんみたいにさらさらのストレートになりそうでちょっとうらやましい。わたしは伸ばしてもふわふわしちゃって手入れが大変だから。
色々あって、彼は今日からわたしの兄になるのだという。バイロンさんがどうしてそう決めたのかわからないけど。
ゼロスと出会ってからわたしの立ち位置は変わった。彼を見るのがわたしの役目。今までの記憶を全て失い、妹のことも知らないと言った彼。でもわたしが妹だよと言ったら素直に信じた。わたしと同じ力があるわけじゃないのに。
お兄ちゃん、と呼ぶと彼は優しく応えてくれた。得た魔法を惜しみなく使い、わたしを全力で守ってくれた。どうして守ってくれるのかはわからなかった。祖国の為の命令だからかもしれない。
「たった一人の妹なんだよ」
後少しで食い破られそうだったわたしをヴォイドの怪物から守ってくれたときも。
「大丈夫か? やっぱり熱あるんじゃ」
放っておいても発動してしまう魔法の使いすぎで体調を崩したときも。
「俺は生きて帰るつもりだから。守りには自信があるんだ」
ノクサス人の一家を救うため火に飛び込んだときも。
彼はいつだってまっすぐだった。そんな姿をもっと見ていたいと思った。
無数の人が右手に文様を刻み、そして死んでいくのを見ていた中でも初めてだった。どうせすぐ死んでしまうのだから感情を寄せるのは無駄だと思っていたのに。
ノクサス人らしくない兄妹だ、と言われることも多かった。彼らが『らしい』と考えるのは、例えば戦場の殺戮者や男を惑わす妖艶な美女、そういったもの。だからわたしは実力主義のこの国に相応しくないようにも映るんだと思う。
背が高くて、スタイルもボンキュッボンで、派手な化粧が似合って、スリットの入った体のラインがくっきり出るドレスとか着こなしちゃう人。そういうのが、たぶんノクサスで求められる美女像。でもわたしはそうなれなかった。
その。胸も小さい方だし。似合うって言われたの純白のワンピースとかだし。『守りたくなる儚げな少女』って感じだってバイロンさん言ってたし。わたしみたいなタイプはこの国に求められていないんじゃないかと感じてしまうけど、ここにしかわたしの居場所はない。出ていったってやっていけるわけがないってバイロンさんも言ってたし。
バイロンさんはわたしみたいな変わり者を、嘘を許さない化け物を置いてくれた。それだけで感謝しないといけないのに。どうして涙が出てくるんだろう。
一方ゼロスがノクサス人らしくないと言われるのはわたしとは全然違う理由。彼は知りもしないはず。
でも彼はノクサス人だよと答えるから、他の人たちはそれならノクサス人だと認める。血筋は別に大した問題じゃないから。でも、彼がそう答えるに至る経緯を知りたがる人もいる。なにもないよ。なにもね。
記憶を失い、その身体に忠誠の証を刻み込まれ、彼は何も知らずにわたしのことを守ろうとする。
可哀そうだけどわたしは今日も笑顔を振りまかないといけない。
わたしは彼の妹、ということになっているのだから。