Zelos - the Dreamer   作:Moa

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迷いの森

 妹の病を治す薬草を手に入れるため、ゼロス・ミュラトールはバイロンから行くなと言い聞かせられた敵地アイオニアに降り立っていた。

 

 右手の文様さえ見られなければ隠し通せるんじゃないか。ゼロス・ミュラトールの現地人に紛れるアイデアは思いの外上手く行った。

 

「この花と同じもの知りません?」

「さあ。役に立てなくてすまないねえ。どこから来たんだい?」

「あ、いや、ちょっと遠くから」

 こんな感じだった。

 

 彼は情報を求めいくつかの集落を巡った。花の場所を知る者はなかったが、同じ花を探している集団を見たという話は聞くことができた。その集団を追いかけることにした。バイロン達かもしれない。

 

 

 疑われることなく情報を集めたゼロスはついに大きな手掛かりにたどり着いた。それをもたらしたのは中性的な風貌の銀髪だった。高めの位置で結んだ髪、鍛え上げられた身体。胸部に膨らみがなければ男性だと思ったかもしれない。美形の男を見慣れていたからだろうか。その男が無事かどうか確かめることも今回の旅の目的のひとつだ。見つかるといいのだけれど。

 手掛かりとなるその女は若干ノクサス人らしい顔立ちかもしれないとも感じた。その点でゼロス・ミュラトールとは逆だった。

 ともかくゼロスは女に一輪の花を差し出した。勿論求愛行動などではない。病に倒れた妹の特効薬を探しているのだ。

「これと同じものが必要で」

 女はため息をつく。残念ながら無理だと言った。

「昔はどこにでも咲いていたらしいが最近は自然環境の変化で咲いている場所も少なくなった、って」

 戦争のせいかと女は苦しげな表情を浮かべる。

「少ない、ってことはなくなったわけじゃないんだよな」

「森の奥ならあるいは」

「これと同じ花を探してる集団って見た?」

「私は直接見ていないが来たらしい。森に入るかで揉めて結局やめたそうだ」

 時々右手がちくちく痛むが何でもないように振る舞うことを心掛ける。手袋を外されでもしたら何をされるかわからないから。目の前の女は強そうだと直感しているから余計に。

 

「教えてくれてありがとう。じゃあ俺行くよ」

「森にか?」

「そのつもり」

「迷うぞ。獣に食われるのが落ちだ」

「でも行かなきゃ」

 ゼロスは迷わなかった。死を恐れていたらそもそも初めからこんな場所に来ているはずがない。『右腕』にとって最も大切な物は忠誠であり死など恐れはしない。圧倒的な献身。手に描かれた文様がある限り。

 ウィルはバイロンを庇って一度は行方不明になっていた。前の戦争で死んだという『右腕』もほぼ一人で村を制圧したりと多方面で活躍した。彼らは死ぬまで裏切らない。絶対に。そもそも偽りの忠誠など見抜かれるに決まっているのだ。例えいつもと完全に同じ表情で口にしたとしても、それが本心と矛盾した内容である限り。常時無表情のウィルだろうとそれは変わらないはずだ。もっとも、ゼロスにはもしウィルが嘘をついたとしても見破れる気はまったくしなかったが。

 

「止めても無駄だから」

 折れないゼロスに女は忠告だけした。

「武器くらいは持っておけ。無駄に死ぬ必要はない」

「大丈夫」

「……この森は人を惑わす。撤退の選択肢は常に心に留めておいた方が良い。死ぬまで同じ場所を彷徨う前に」

 

 最奥には空に開けた広い空間があるという。そこに咲く花は他の同種のものと比べて強い力を秘めている。花畑で育てていたものが効果を発揮せずともこっちなら可能性があるだろう。

 

 ソフィアと過ごした日々を思い出す。

 家事や園芸が趣味だという優しい雰囲気の少女。わたしのこと守ってくれる? と上目遣いで見つめられるとゼロスは弱かった。

 ゼロスはソフィアを魔法で守ったが、ソフィアは偽りからゼロスを守った。ソフィアの事を知らないものほど墓穴を掘っていく。ソフィア・ミュラトールはか弱いだけの乙女ではない。真贋のブラックボックスを打ち破るには箱ごと壊すしかない。とはいえ箱自体は頑強とは言えないのだが。

 倒れる少し前に体調が悪かったようにも見えた。どうして気づけなかったんだろう。大丈夫だというのは嘘だったのか。それとも自分が思ったより悪い状態だと理解できていなかったのか。ともかく助ける。その意識だけがゼロスの中にあった。

 

 人を惑わす森とやらを眺める。見えるのは無数の木だけだった。暗い。ただただ暗い。一度踏み込めばそう簡単に戻ることはできないだろう。迷った挙げ句に獣に食われるという忠告も最もだ。

 

 たどり着いた者は少ないが森の奥には陽の光に照らされた広い幻想的な空間が広がっているという。まるでそこだけ切り取られているかのように木の生えていない空間が。その場所に、花は咲いている。

 しかしそれを見るためには森を抜けねばならない。獣も多く何より森自体が人を惑わせる魔力を持っている場所を。敵を惑わせる力を秘めた場。防衛に利用され森ごと焼き払われるようなことがなかったのが不思議なくらいだとか。戦争で跡形もなく焼かれたが10年も経たずに復活したとも前の戦争で焼かれることはなかったとも、10年前にこの森はなかったという説さえある。人によって認識が違う。

 

 あるいはアイオニア人も森にとっての外敵とみなされたことでこの森は防衛に使えないと判断したのかもしれない。攻める側にしたって焼く森は選ぶ必要がある。火薬も無限ではないのだから。

 

 森の状況をイメージする。もしこのまま無策で森に入れば暗い木の群れに飲まれ、狼にでも噛まれて死ぬのだろう。だが死ぬわけにはいかない。花を持ち帰り妹を目覚めさせるために。

 

 ゼロスは自分の中に眠る魔力を呼び起こす。失敗したら死ぬ。集中し続けろ。どれだけの時間続ける必要があるだろうか。予測できないという事は消耗をもたらす。だがやるしかない。

 頼りは身を守る透明な板。球体も生み出せるが消耗が大きいので今回は板だ。地面と水平に。太陽光に照らされた板は一部がまぶしく輝いている。

 

 妹を救うため敵地に飛び込んだ男は一歩踏み出す。そしてそのまま森に入る……ことはなかった。

 

 足をつけた先は宙に浮く透明な床。その上に座る。魔法は高度を上げ、木を見下ろせるまでの高みに上り詰める。暴力から身を守ってきた板は今、重力からゼロスの身を守っている。

 真下を見ることはしない。足が震えることはわかりきっているから。二階の窓から下を見るだけでもちょっと怖いのに、透明な板となるとなおさらだ。かといって森に開いているはずの空洞がわかる程度には地面を認識する必要がある。前方を見るように意識すると流れていく景色が心地よかった。

 

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