超常の予言
お兄ちゃんが女の子と喋ってる夢を見た気がする。ちょっと妬けちゃうな。
随分と長い間寝ていたような気がする。ベッドの上。いつも通り。目を覚ましたとき部屋に人がいることだけが違う。
「あ、えっと、バイロンさん。どうしてわたしの部屋に?」
「君は特殊な魔法病で倒れていたから薬を与えたんだ。やましいことは何もしてないし、これからするつもりもないよ」
「そうですか、ありがとうございます」
安心した。
お兄ちゃんじゃなくてよかった。寝起きの姿なんて見せられないからね。理想の妹であるために日々努力は欠かさない。って、そんな話はともかく。
でも、安心したのもつかの間だった。アレックス・バイロンはこう言ったから。
「ウィルは死んだ。ゼロスも死体を目撃したわけではないが絶望的な状況だ」
心臓が跳ね上がる。こういう時普通の人間は心を保つ為に疑うのだろうか。わたしには決して許されない思考だけど。そのまま倒れこんでしまいたかったけど耐えて話を聞き出す。
「お兄ちゃんは行方不明ってことですか?」
動揺している自分と、そんな自分をどこか冷静な目で見ている自分がいる。道具が死んでゼロに戻っただけ。そこにまた誰かが増えて減って。ただそれだけのはずなのに。
「そうだ。私を逃がす為にたった一人で立ち向かった」
同じように散る人は無数にいた。
「……お兄ちゃん、もう殺されちゃったかな?」
「わからない。ただ少なくともゼロス・ミュラトールが裏切ることはないから向こうも決断するかもしれないね。『右腕』は死ぬまで忠誠を誓うのだから」
殺されるかな。それとも生きたまま囚われるのかな。どちらにせよお兄ちゃんの主観でしあわせにはなれないだろうな、と胸が痛む。
ベッドの上から彼を見上げた状態のままわたしはひとつ問いかけてみる。
「生きたまま文様が消えた事ってないんですよね」
確認だ。
「無いよ、今まで一度も。そしてこれからも。私は神……いや、世界と契約した。死ぬまで絶対に消えない忠誠を得る異能をね」
不敵な笑み。自信があるらしい。
わたしはその言葉が事実だと理解する。理解してしまう。
「もし、万が一ですけど、そんなことないと思うんですけどバイロンさんが敵に殺されたりしたらどうなるんですか?」
「ソフィア。言っておくが私を殺しても無駄だよ。少なくとも私の死では解除されない」
「別にわたしが暗殺考えるわけじゃないですってば」
「わかってるよ。もし、万が一、そんなことないと思うけど聞いてみただけだ。念の為ね」
「はい……お兄ちゃんが死なないと消えないんですね」
「その通りだ」
うまく笑えてるだろうか。
「向こうからしたらどう思うだろうね」
彼は笑っていた。やけに楽しそうに。
「……ソフィア、君にひとつ頼みがある。私の研究を引き継いでくれないか」
「はい」
「今から荒唐無稽な真実を伝える。……これはソフィアにしか頼めない事だ」
わたしはそれを聞いて衝撃を受ける。同時に真実であるとも理解した。できてしまった。
そして紫色の支配者は部屋を出ていった。
出ていったことを確認してから自分の感情を開放する。
ベッドに潜り込んだ。今まで堪えてきたものが頬を伝う。喪失感を埋めるように布団を抱きしめる。
別に『右腕』が死ぬなんて珍しいことじゃなかったのに。
「……お兄ちゃん」
叶う事ならずっとお兄ちゃんと呼んでいたかった。彼が死ぬまで自由を奪われた人形だとわかっていてそれでも手放したくなかったの。
彼の自由を取り戻すのは無理。バイロンさんがそれを望んだとしても。あるいは誰かに殺されたとしても。それでもゼロスが死なない限りは絶対に無理だと自信満々で語っていた。
これが夢ならどれだけ良かっただろうね。
いつから失いたくないと感じたのかすらもはや思い出せない。気が付いたらわたしが奪われていた。わたしたちが奪ってきた相手に。
短い間だったけど、彼はわたしに夢を見せてくれた。わたしなんかには勿体ないくらいの夢を見せつけて消えていった。まるで思い出の流れ星。星に手は届かない。
お兄ちゃんが死ぬ所に立ち会わなかったのは幸運だったのかもしれない。操られたことを知って最後にわたしを罵倒するかもしれないから。
それともまだ生きてるかな。だとしたらわたしのことなんて忘れて幸せに……なんて、なれるわけないか。使い捨てられてもいいと思いながら死んでいく未来しか見えない。
そして、彼を捨てる事すらもうできない。
色々なこと。思い返していた。産まれてから今までの事。
誰かの言葉が嘘だと無邪気に口にしてしまったことで、わたしは敵を作ってしまった。血の繋がった人間でさえ例外じゃない。
化け物。そう言われたわたしは、たぶん悲しかったんだと思う。
事実を指摘されただけで何で泣いてるの。そう言われても止まらなかった。わたしはあの時まだ幼かったから。今なら、無様に理由なく人前で泣くなんてしない。
家族でさえ見放した化け物を、あろうことか特別な道具だと告げる人がいた。
君は化け物なんかじゃないとかは一度も言わなかった。優しい嘘なんてわたしには無意味どころか有害だから。尊重してくれる人だと、最初思ったの。
それでわたしはいろいろな人を見てきた。わたしは他の道具たちを可哀そうなんて一方的に憐れんでいた。
憐憫と諦観だけが日常だったわたしを変えたのはお兄ちゃんだった。ゼロス・ミュラトール。彼はアレックス・バイロンの人形の一人でしかなかったけど、わたしを家族だと扱った。
一緒に旅に出た。
帰ってから物語を読んだ。あれはわたしにはちょっと刺激が強すぎたかな。今でも心の奥に残ってしまった。だけど心に残ったなんて言えないから笑ってごまかす。
そして最期にお兄ちゃんは命と引き換えにわたしを救った。昔のわたしだったらきっと何も思わず日常に戻ったはず。戻れたはずなのに。
わたしは、自我を失えなかった人形は、不遜にも人間になろうとしてしまった。化物なのにね。
旅から帰ってきたわたしは倒れて、夢とも現実ともわからない世界を見た。無邪気な少女が眠る私の横で告げる。
夢うつつの中で聞こえた言葉を、思い出しちゃったの。
"
「あのねあのね、あたしこれを伝えに来たの。そこで寝てる子このままだと死んじゃう」
「治す方法はないのか」
「待ってちゃダメ、戻ってこないから」
「バイロンの事?」
「手の色が消え家族が涙を流す」
「聞いた言葉そのままだけど、右手ってそれかな?」
"
不思議とそれが現実に起こったことだと理解できる。『不思議と理解できる』のはいつものことだけど。
「死ぬまで忠誠を誓う、か」
命を捨ててまでわたしを守ってくれた人にわたしは何もできなかった。
「でも怖いよ」
死んだら奴隷ですらいられなくなる。ずっとそれが怖くて踏み出せなかった。自由に命を賭けられるほどわたしは強くないから。
「何で気づかなかったんだろう」
「おかえりお兄ちゃんって言いたかったな」
その言葉が届くことはもうないけれど。