ゼロス・ミュラトールです。主を庇って敵に捕らわれたんだけど、殺さないと言われて絶賛軟禁生活中。
監禁ってほど自由は奪われていなくて、外に出る以外のことは大体できる。ちなみに脱走防止に紐付きの首輪をつけられています。犬かよ。なんか魔法的なものらしいけど詳しいことは知らない。
外に出られないこと以外は意外と快適で驚いた。食事も味良いし。俺を食うつもりなのかってくらい高待遇です。怖いなあ。時々魔法でいたぶられるのと、何故かイレリアと食卓を囲むことになったこと以外に不満といえることがないので不安。
ライス文化ってことでいいのかな。普段はパン食べることのほうが多いから新鮮。
二本の棒で挟んで食べるのがこの辺りのやり方らしいけど、苦戦したらため息つきながらスプーンをと思わしきものを渡してきた。絶対こんなこともできない雑魚かって思われた気がする。
食事中も俺を捉えて離さない眼光。イレリアはずっと俺の事を見ていた。二人で食事してる状況ちょっと意味わかんない。
「何でずっと見てるの」
「目を離したら死にそうだから」
そういうことね、監視して自殺させないようにしてるわけだ。死人に口なしって言うもんな。情報吐く前に死なれるわけにはいかないんだろう。
逆に言えば言わなきゃ殺されることはないってことだ。めちゃくちゃ痛いかもしれないけど。やれるものならやってみろってんだ。
実はあまり緊張して喉を通らない。けどやめてほしいとは言えない。一歩間違えたら殺されそう。根拠はないんだけどきっとそうだ。でも俺が死ぬってことはソフィアが助かるって予言の通りになるのかな。それなら俺の人生にも意味があったってものだけど。
「アレックス・バイロン」
ふとイレリアはその名前を口にする。
「奴に利用されて見捨てられた自覚はないのか。肉の壁にされたようなものじゃないか」
一瞬だけ頭の中に浮かんで消えた感情が何なのかわからないまま、俺は黙った。
「忠誠など誓うのはやめておけ。あんな男に」
スプーンを取り落とした。テーブルの上に無機質な音が響く。胸を切り裂かれたような衝撃。何を言ってるのかわからない。けど、彼女が俺のすべてを否定したことだけは理解できた。
感情が理不尽に湧き上がってくる。自分でもどうして泣き始めてるのか。
「待て、泣くな」
そんなこと言われたって。
「何もなかった俺に、何もかもを与えてくれた」
だから、そんな風に言われるのは嫌なんだ。
拾い直したスプーンを思わず握りしめていた。衝動的に振り上げて、俺は隣に暖かさを感じた。
「ソフィア?」
改めて横を見るけどソフィアはいない。当たり前か。
頬に痛みが走る。何かが触れたことに気づく。
イレリアの武器だった。空を飛ぶ無数の刃の一つ。彼女が強いのは散々聞かされてきた。
「っ……ゼロス!」
些細な切り傷を見てイレリアは複雑な表情をしている。
「痛かっただろう」
翻訳するなら私の刃で苦しんでくれて何より、だろうか。
「すまなかった」
皮肉しかない謝罪が響いていた。
だけど何より不思議だったのは、殺気ひとつなく俺を狙う刃がまるでソフィアみたいだったってこと。敵意を感じ取れない、つまり完璧に隠しきった刃。感じるべき違和感を自覚するまで時間がかかったこと。
***
その日も実験だった。ソラカっていう女の人が魔法をかけてくる。向こうの思う通りにはいっていないようだ。
俺は寝具に仰向けに寝かされる。ソラカは俺の右手を取って何か唱える。焼けるような痛みが繰り返される。
それは別に耐えられる。このくらいで情報吐いたりしないからバイロンやソフィアは安心してほしい。俺はここで死ぬと思うけど、奴らに不利なことは言わないからさ。
「一旦休憩にしましょう」
現在進行形で苦痛を与えてくる相手なのに何故か彼女の前では棘が抜けてしまう。ほんわかした感じがソフィアに似てるからかな。いやそれにしても。
痛みが止まって深呼吸した。息を吸い込むだけで心地よかったのはこの辺りの空気がきれいだからかな。空気といえばゾウンはヤバかったな。あれずっと住んでておかしくならない? 大丈夫? 大丈夫じゃなさそう。
「何故アレックス・バイロンの身代わりになろうとしたのですか」
「身体が勝手に動いてた」
理由なんてないよ。ただ、そうしなきゃいけないと思ったんだ。
「彼を庇った事、後悔していますか?」
「まさか。何回でも同じことするよ」
「……そうですよね」
ソラカが悲しそうに見えた。何で悲しそうなのかはさっぱりわからないけど。
終わったあとソラカがバナナくれた。消耗するので栄養取らないといけませんって言われたけど、誰のせいで消耗してると思ってるんだ。
痛いことたくさんするのにふいに優しくされると困る。困るよ。
バナナはどうやらこの近くで取れる品種らしい。見た目は黄色くて皮がついてて、多分普通のバナナだ。美味しい。
ソラカも目の前でかぶりついている。
「さっさと殺せばいいのに」
同じこと何回も言ってる気がするけど。
「それを決める権限は私にはありません」
「誰ならあるの? イレリア?」
「はい」
「……ソラカはあの女の命令で俺に術かけてるの?」
「命令ではありません。私が自主的に協力しています」
「それは、どうして」
「目の前の人が苦しんでいるのを見ていられませんから」
俺は苦しんでいるのに拷問をやめてはくれないよな。どうやら俺は人にカウントされていないらしい。母性あふれる女神かと思ったらこれだよ。やっぱりイレリアの仲間にはろくなやつがいないのか?
「イレリアが貴方の事話してましたよ」
何の話。処刑の段取り?
「怖がらないで、貴方を傷つける話ではありません」
一瞬意識が左に向く。そこには誰もいない。癖の理由はわかってる。相手の言葉が嘘かどうか確かめたいから。
「これだけ伝えさせて。イレリアはね、本当はとても優しい人なの」
「嘘だろ。『右腕』がバイロンを裏切るくらいありえない」
俺の手に書かれた文様を消すつもりだと明確に言ってるのに、俺を救おうとしている。矛盾してる。
「……そう、ですか」
「俺は死ぬまで裏切らないよ」
微妙な空気の中、俺はただ横になっていた。