窓から降る星の光。魔法を封じられ刀で脅されながら生活を送る日々。
紐付きの首輪をつけられた。魔法は使えないし刃物は俺の手の届く範囲から撤去されたらしい。
このままだとソラカに拷問されてイレリアにみじん切りにされて殺される未来は目に見えてるから、俺は一つ考えた。
その名も紐齧り大作戦。ネーミングセンスゼロ? ほっとけ。
首輪をつけてからは常時見られ続ける事はなくなったので(一人になれる時間があるのは地味に助かっている。用意された服に着替える時にイレリアがガン見してたのは本当に気まずかった)、夜にこっそり起きてひたすら口に咥えた。
だけど結論、見た目よりも丈夫に作られているらしいこの紐は一晩で噛み千切れるものではなかった。
空の色が黒から赤に、そして青に変わる。小さな鳥たちは窓の近くに集まって合唱を始めている。
ずっと眠いと思いながら噛んでたんだけど、明け方になると眠気がふっと消えた。身体にはまだ違和感があるのに妙に目が冴えている。なるほど、寝ないとこうなるのか。
とはいえ、このまま何日かやれば行けそうな気がする。
「おはようございます。調子はどうですか」
ソラカの声。噛んでいた場所を握って隠しつつ俺は適当に答える。
「まあまあかな」
「ではこれから貴方に魔法をかけますね。本日はアプローチを変えてみたいと思います。マイナスをゼロにすると考えるのではなく、今がプラスであると考えてゼロに戻すのです」
また拷問タイムか。
「つまりどういうこと」
「『呪いを解く』のではなくて『強化の術を止める』。これらは似ているようで細かい術式も違うので」
長々しい魔法理論の解説が続いた。
「……そう。勝手にすれば、抵抗しても無駄なんだろ」
「ごめんなさい」
何度も魔法をかけられたけど、途中でソラカは詠唱を止めるから俺が死ぬことはなかった。前に俺が死ぬと何かしらイレリアに不利益があるらしくて失敗したらソラカも結構危ない目に遭いそうな言い分だったことを思い出す。
つまり今は俺を殺さないだろうって信じて受け入れるしかない。
「っ……。やっぱり痛いな、これ」
「我慢してください」
いつも通り痛みに耐えるだけ。ずっと紐を握っていたこともソラカは怪しまなかったみまい。
今日も成果なし。俺の右腕に描かれた模様は魔法で痛むだけ。これでおしまい。
終わった後、だいたいソラカは俺に食べ物をくれる。苦行に耐えられるように体力をつけさせたいってわけか。最初こそ毒を警戒したけどソラカの「いつでも斬り殺せるのにわざわざ毒殺する必要あるかしら」って言葉に納得してからは普通に食べてる。
「ここ最近怪我や病気の人を見つけることが増えたんです」
それを俺に話してどうしたいんだろう。
「今日も帰り道で人が倒れているのを見て」
「へえ」
「どうやら獣に襲われたようで。一命を取り留めましたがもし私が偶然通りかからなかったらと思うと」
ソラカは基本的に優しいように見える。ソフィアを大人っぽくした感じ。けど前に俺の事は人間扱いしていない発言をしたことがある。仲間には優しいけど敵には容赦ないってことかなあ。
「まるで私が癒すべき人が向こうから集まってくるようで……これから忙しくなりそうです」
そう呟きながらソラカは胸の前できゅっと手を握っている。そのまま忙殺されて俺の監視をおろそかにすればいいんだけど。
「ですが心配はありません。私がここにいられないときはイレリアが貴方の事を守ってくれますから」
嫌だなーそれ。っていうか守るって何の皮肉? 何で微笑んでるの?
「今の貴方には嫌がる以外の選択肢はありませんか」
顔に出てたようでソラカは嫌そうな表情を浮かべた。
「閉じ込められて痛い目にあわされて、それで喜べって方が無理だよ」
「……それは」
ソラカは俺を見つめて尋ねた。
「それは、イレリアが相手だから?」
どうなんだろう。
「例えば貴方が忠誠を誓う相手に同じことをされて、嫌がりますか」
「それは」
「……どのような点が違うと思いますか?」
その時部屋の外から呼ぶ声が聞こえた。イレリアだった。ソラカは話を聞くとすぐ行きます、あとお願いしますねとだけ告げて出ていった。入れ替わりに部屋にはイレリアが入ってくる。
「獣の群れが村人を襲ってきたそうで撃退に時間がかかってしまって。後はソラカが治癒魔法をかけてくれるって」
聞いてもいないのに話しているイレリアはさっきまでソラカが座っていた席に座る。
「暖かいな」
さっきまで人が座ってたからね。
「……どうして今更」
「何?」
「ただの独り言だよ」
まだ殺すつもりじゃないようだけどいつ気が変わるかわからない。気が付いたら胴体から頭がさよならしかねない。今も宙に浮かび続けている刃はふるふると小さく動いている。「わーい人を斬れるぞ」って言ってないだろうな?
「話をしようじゃないか」
「だから死んでも情報吐かないって」
って言ったら、予想外の反応だった。イレリアは一度息を止めて。それからはっきり言った。
「それでも構わないさ」
ぞくり。この女が何考えてるか読めないのはいつものことだけど、この笑顔は、何。
「そうなの?」
「ああ。今日はいい天気だな」
「友達いないの?」
「待てそれはどういう意味だ」
「わざわざ捕虜と今日の天気の話するってよっぽど」
「だから捕虜じゃないって言ってるだろう!」
「じゃあ何なんだよ!」
「それは……保護を」
「殺して救済するんだろ、そういうの困る」
「違う」
「違うの?」
「殺したくはない!」
激情。突然テーブルを叩くイレリアに俺は戸惑った。
一瞬言い方に引っかかるものを覚えた気がしたけど何だったかな。
「じゃあこのまま」
「できることならそうしたいさ。だが私はその紋様を消さなければならないんだ」
この人本当に何なの。殺したくないけど心臓は止めたいみたいなこと言ってるんだけど。
「無茶苦茶だな。何、生きたままコレ消えたら殺さないでくれるわけ?」
手を見せながら聞いてみる。無理だと思うけど。死ぬまで消えないと思うんだけど。
「私はその為に……まさか手があるのか」
「え? あー、何だっけ、あと少しで思い出せそうなんだけど」
俺にもわからないので適当な事を言ってごまかす。こうすれば俺を殺すの待ってくれるかもしれないから。
「文様は確実に薄くなっている。残された時間は長くない」
「ソラカのせいじゃないの。あのよくわかんない儀式」
「違う! それだけは!」
イレリアはソラカと比べると随分精神不安定に見える。リヴェンは……あんまりよく話さないからわかんない。
一番ピリピリしてるのは、国を守るために敵である俺から何とかして話を聞こうとしてるから? 違うな。情報吐かなくてもいいからって言ってたし。じゃあ何でだよ。
不意に何か暖かいものを感じた。噛み傷を隠した手の中がほんのりと。何が起きてるか今ここで開いて確認するわけにはいかないから代わりに握ってる手にぎゅっと力を入れた。
「ソラカの回復魔法だ」
イレリアは説明する。
「どういうこと」
「かなり大掛かりな力になってしまうが、必要とあらば広範囲を癒せるんだ。村一つはいけるんじゃないか」
知らなかった。
「そんな凄い奴がどうして俺の所に」
「私が我儘を言ってゼロスを診てもらってるんだ。治せるといいんだが」
「俺ピンピンしてますけど」
それからいくつか大したことない話をしてイレリアは出ていった。
誰もいない事を確認して俺はそっと手を開いた。
切断とまではいかなかったけど確かにあったはずの紐の傷が見当たらない。ここじゃなかったっけ。そう思って他の所も見るけど変わる部分は見当たらなかった。
「おっかしいな」
紐を手で撫でてみるけど、やっぱりわからない。
手の中が暖かくなってたからもしかしたらソラカが『回復』したのかもしれない。そんなのアリかよ。
しばらくそうやっていると強烈な眠気に襲われた。
そういや徹夜明けだった。俺は、あっという間に意識が落ちていった。
***
夢にまた、黒髪の乙女が現れる。俺はそこでようやく『気づいて』しまった。
「……イレリア?」
「どうした」
お前だったのかよ。俺の夢に何度も出てきて壊そうとしてくるのは。
「別に」
「私が守るから」
夢を見るたびに文様が薄くなるのは、彼女が俺を殺そうとしていたからだったのか、と。そう思った。
怖いけど、夢の中のイレリアは無害だった。俺の命を狙っているはずなのに、不思議なほど優しい。
現実に引き戻される。
「……あれ?」
目覚めた時俺は何の夢を見たのか何も思い出せなかった。