家の中から出られないよう首輪をつけられた俺。
部屋に一人残される頻度が上がった。
「本当はずっと見ていたいんだがそうもいかなくてな。祖国を守る為には色々と忙しいんだ」
なんてイレリアは言うけど監視続きで息が詰まるから少しでも一人にしてもらえるのは楽。他の人を監視につけないでいいのかとは思うけどね。この首輪を余程信頼しているんだろうか。
「この家からは出ないでくれ。殺されるかもしれない」
誰に? 現状一番俺を殺しそうなのお前じゃないの? 本人は否定してるけど、否定する理由がなくなったらすぐにでも殺しに来ない?
「アレックス・バイロンが来た事は村に知れ渡った。何年ぶりの侵略者に気が立ってるんだ皆。奴の悪行は……、いや、何でもない。忘れてくれ」
殴り掛かりたい気持ちを抑えたのは声だった。バイロンが落ち着けって言ったんだ。幻聴だってすぐわかったけどそれだけの時間で充分だった。俺は怒りをぶつける代わりに首輪の紐を握りしめる。触るの癖になってるんだ。
ふとイレリアの手が伸びる。身構えて、それで困惑した。だって頭を撫でてきたのは全くもって理解ができない。
恐怖の中に不自然に覚える微かな快感。だけど彼女は敵だ。敵に触れられたいなんて思うはずがない。そんなことってありえない。ありえないからこそやっぱり怖い。
しばらく続いたあと離れる指先。
「……あ」
「待っていてくれ。必ず戻るから」
できれば戻らないでほしいなあ。
彼女は笑って俺を見つめると、今度こそ別れを告げ部屋を去っていった。
***
脱走も許されず一人になる時間が増えた。誰もいなければ拷問のされようもないから安心できる。
だけどその夜、俺は強烈な不安感に襲われた。誰かの声が聞こえたような気がしたからだ。男だ。
ここに来るのはイレリアとソラカとたまにリヴェンしかいないのに誰だろうと思って見回す。よく見ると壁には明らかに自分のものでない影が見えた。その影は足を一歩も動かさずとも内壁を伝う。その影からは何の魔法か、男が出てきた。そう。壁の中から出てきたとしか言えなかった。
派手な青いメッシュ。大きく一つにまとめた三つ編み。何故かほぼ半裸。だけど男を見て最も印象に残る部分は目玉の付いた禍々しい大鎌と一体化した左手だった。
「誰?」
「誰でもいいだろ。お前はここで死ぬからな」
男が飛び込んでくる。速い。振り下ろされる鎌を反射的に板で防御しようとして気付く。ここじゃ魔法使えないんだった。慌てて作戦を修正。ギリギリ間に合った。致命傷から逃れたって意味で。代わりに無傷じゃなかった。
「次は落とす」
「哀れなガキだ」
二人分の声が響く。落とすって言ったのはあの男だけど、もう片方は? 目の前のような気がするけど誰もいない。喋ってなくても俺の喉を揺らすような低音だった。
『右腕』のことを知っているかのように俺の手を狙った大鎌使いは次の一手を振り下ろした。
横に飛びかろうじて避けた。先ほど斬られた手が痛むが少なくとも胴体と切り離されてはいない。左手で触れ文字通りの生命線が繋がっていることを確認し逃げる方法を考える。
ここから出る方法なら何度も考えた。作戦は全てふいになった。紐を齧って切ろうとしたら紐ごと魔法で癒されたことさえある。
紐。そうだ紐! あまり動き回ると自分の身体に絡まる可能性が高い。そしてあの鎌、殺傷力は高そうだ。少なくとも俺の歯より。
次の一撃。俺は首輪の紐を両手で掴む。これでピンと張って受ける。バチン。狙い通り。避けて、そして割けた。
これなら。後はこの家から出ればミッションコンプリート。結果論だけど襲いに来てくれてサンキュー。
そして男はさっき扉から入ってきたわけじゃなく壁から突然生えてきた。つまり何が言いたいかというと、俺の方がドアに近い。
「お前を殺す。そうして俺はゼドに認められるんだ」
「一歩間違えりゃお前はこのガキになっちまったのに?」
目の前の男は見えない二人目と会話しているらしい。
「俺が生まれた絶望の国……正せるのは俺だけだ」
男は一言だけ口にして視界から消える。速い。
壁の中を自在に駆けまわり、どこからともなく現れる影。ならできる限り影から遠ざかる。空飛べれば理想だけどその為にはまずこの部屋から出ないと。
ドアを強引に押し開けて走る。横には追従する黒い影。その中に男がいる。
家から出れば魔法が使えるようになるかもと考えてひたすら走った。廊下で少し滑った。転ばないようなんとか踏みしめ先を急ぐ。
建物の外まで出られた。足を止めないまま魔法の行使を試みる。今までずっと魔力が俺の中を巡ったまま外に出ていってくれない感覚があったけど今この瞬間それは変わった。実体化した男が振り抜く鎌を透明な板が防ぐ。そう、これだ。
『相棒』と再会した俺は気分よくなって壁を何度も貼ることに成功する。球状に全ての防御を張る全方位防壁は使わない。理由が二つある。
まずひとつ消耗が大きいこと。ふたつ、あれは文字通り全方位を防御してるせいで移動するのに向かない事。球を転がしでもしたら無理やり動けない事もないけど目が回る。
空へ繋がる階段を登ってしまえばいくら影でも追ってこれないだろうけどそれに魔力を回す余裕がない。攻撃を防ぐので精いっぱいだった。
微かな気配を頼りに壁を置いていく作業。反射神経を限界まで研ぎ澄ませる。
何度も、何度も。何度でも。
それは少しずつ確実に俺の体力を奪っていく。一方相手は俺より戦闘慣れしてるんだろう、息切れしてる様子もない。
体術に頼らず魔法だけなら俺にも勝ち目はないこともない。だけどその為には動きを止めないといけない。それに俺の力じゃ防戦一方になるのは目に見えてる。何も起きずお互いずっとここにいたらイレリアが戻ってきたとき全てが終わる。
***
魔力量がここまで多いのは見たことないよってバイロンが言ってたように、魔法での防衛には自信があった。ノクサス最高の癒し手になれるかもしれないね。彼はそう言っていた。なのにそれは今まさに打ち砕かれようとしていた。
俺が作った壁を『すり抜けて』きたから。壁を動いていた時ほど簡単じゃないみたいだけどそれで向こうには充分だった。
このまま首を刈り取られる。
見えた未来の通りにはならなかった。
空中を舞い踊る刃が男の手を切り裂き、一瞬武器を取り落としたからだ。
「チッ……邪魔が入ったか」
助かったとは言えない。遠くに見えた女の姿に俺は絶望した。女は全速力でこちらに走ってくる。
よし、逃げよう。だけどそれは阻まれた。一瞬のうちに懐に飛び込んだイレリアに手を掴まれる。速すぎだろ。
「逃げるな」
振り払おうとするけど何もできない。
「手遅れだってわからないのか」
奴らの声だ。統率の取れた動きで刃達が男に向かう。いつの間にか男の手には鎌が戻っている。
「私は諦めない」
「それが言えるのは死人を生き返らせられる奴だけだ」
見えない低音がイレリアを挑発する。
「例えば……不慮の事故で命を落としたらどうなるだろうな」
「さあな」
「俺を置いて勝手に話進めんなよ、まったくもう」
願う。この場を何とか無事に切り抜けたいと。どうやらその願いは叶ったようで大鎌使いは気が変わったといって消えていった。
男が消えた後、イレリアは俺の方を向いて問いかけた。
「……アレックス・バイロンの所へ行きたいと思わないか」
理解するまでに時間がかかった。そんな事言われるなんて思いもしてなかったわけで。行きたいか行きたくないかでいうならそりゃ行きたいよ。でも。
「帰らせてくれないんだろ」
「気が変わった」
「へ?」
お前もかよ。俺が気の抜けた声出しちゃったのは仕方ないと思う。
「私と共に来てくれないか」
「断ったら?」
「私一人で行く」
どうしようか。徹底的にイレリアを妨害してみようか。でもそれやると時間は稼げるけど確実に俺は時間切れで死ぬ。それでもいいかな。
「行かないって選択肢は」
「ない」
だよな。
「言っておくが、お前が死んだら私一人で奴を殺しに行く」
あ、それやられると止めようがない! 俺の力は防御に寄りすぎてるからイレリアを殺すのは難しかった。
しばらく考えて俺は決めた。
「良いよ」
「やはり駄目か……え?」
「案内してやるって言ってるの」
俺が決めたのは文様が消えかけてるから。文様が消えると死ぬ『右腕』は定期的にバイロンのメンテナンスが必要になる。
「そうか! そうと決まれば早速準備が必要だな」
イレリアは目を輝かせる。ずっと何考えてるかわからない女という評価だったけどこんな表情もできるんだ。
この時俺はイレリアが何を考えてたか、これから俺に何が起こるか、何ひとつ予想できていなかった。