もう一度家族に会いたいと叶わぬ願いを星に告げた夜。いくら流れ星だって人を生き返らせる事はできないのにと自嘲する。
その日から私は彼の夢を見るようになった。細かい内容はあまり覚えていないけれど。
そして彼に現実で出会ったとき。私は理解するのが遅れた。彼が何故私に牙をむくのか。そもそも彼は本当に彼なのか。あの時は柄にもなく動揺していたのだ。私は彼を狙わなかった。密着されている状態で斬ろうとすると自分まで巻き込まれるからっていうのがひとつ。
私は人を殺した。本当に仕留めたいのは別の相手だったが。恐らくあれも洗脳の被害者なのだろう。主を狙った刃を彼は自分の身体で受け止めた、一切の躊躇いもなく。
状況を整理する。二度目に出会った時彼は主の盾になった。自分の命を度外視して主を助けようとするそれを私は捕らえた。
死んだと思っていた兄弟が生きていたこと。その兄弟が闇の魔術で洗脳されていたこと。しかもそれは死ぬまで解けないと言われている。回復魔法に熟練したソラカでさえも呪いを解くまでに至らなかった。
彼−ゼロス・ミュラトールと呼ばれていたがミュラトールなどという姓は知らない−の手を取るソラカはおぞましい呪いだと言っていたけれど、アイオニアの呪術師たちも手掛かりさえ掴めなかった。
「さっさと殺せば? 簡単だろ」
ゼロス・ミュラトール(この姓で呼ぶのは非常に癪だが)は時々そうやって挑発するが彼は前提条件を見誤っている。
「殺すつもりはない」
「何やっても無駄だから。俺に人質としての価値なんてないし」
なんて。
「見捨てられると分かっていて従うのか」
「え?」
よくわからないという顔。やはり奴をそのままにはしておけない。
「……私だったらそんな事させない」
「何の話?」
「今のお前には理解できない事だよ」
洗脳の影響なのだろう。どれだけ私達が彼を助けようとしてもその想いは伝わらない。解呪方法を探ってくれているソラカに対して笑顔で拷問を続ける悪魔だと罵ったのだから。確かに少々治療が痛むかもしれませんとソラカは言ってたけれど。
私の事もどうやら快楽殺人者か何かだと認識しているらしい。彼の視界はどうしようもなく歪められてしまっている。恐ろしき術のせいで。
それでいて、ゼロスはその割に冷静だった。
仲間の仇だと言って無我夢中で襲い掛かってくるわけでもない。奴のしもべである以上感情などに支配されないよう心を弄られているんだろう。もう一人のしもべはそうだった。怒りも悲しみもとうに奪われたのだろう。
わかんないよと彼は言った。彼にとっての私は謎の女以上になりえない。
術者を殺せば呪いも解けるのではないかと考えた私はこっそり出ていくことにしたが、気づいたソラカはどうやら追いかけてきたらしい。
「戻った方がいいわ」
息を切らせてわざわざここまで来てくれたからには何か事情があるのだろう。だが、それでも。
「やらなければいけないことがあるんだ」
奴を。私の奇跡を穢したという男を。
「……アレックス・バイロンを殺す。違いますか?」
息を呑んだ。ソラカはどうもこれから何が起こるか知っているような言動を時々取るのだが、今回も見透かされた。
「このまま殺しに旅立てばゼロスさんが死ぬ。そういう未来が見えたから伝えに来たの」
「っ……!」
「だから、ひとつだけ聞きます」
ソラカは私の目を見つめてきた。
「彼を救う事はすなわち世界の摂理を敵に回すことと同じ。貴女の人生は大きく変わってしまうでしょう。後悔するかもしれません。それでも彼を選びますか?」
「当たり前だ。家族以上に大切なものなんてない」
このまま彼を見捨てた方が絶対後悔する。それだけは確かだ。
「ふふっ。わかりました、一度すぐ戻ってください。敵を滅しに向かう時は彼を連れていくことです」
ソラカはそうなるとわかっていたような微笑みを浮かべ並走した。
「連れていけと? 敵に回るに決まっているだろう」
「はい。それでも彼を連れて行かなければ戻った時には全く別の要因で死んでいるわ」
一見根拠のない発言だがこれはソラカの予言なのだ。きっと正しいのだろう。
「それは……ソラカが見ているわけにはいかないのか」
「私じゃ弱いんです。貴女のそばにいること、それこそが彼を守る力になる。貴女がそれを願う限り」
道なりに走り続けていたところ前方に赤い何かが横たわっているのを目撃する。そのまま走って近づくとそれはどうやら倒れている男だった。
男の目の前で足を止める。ソラカは血の臭いに怯むこともなく男の容態を確認した。
「脈はあるみたいね、よかった」
ソラカは男に触れ力を送り込んだ。ソラカが持っている癒しの力を人に分け与えるのだ。
「先に行って。治療を終えたら行くわ」
「頼む」
ソラカが癒しの術をかけるのをちらりと見て私は先に進んだ。
「……目を覚まして。貴方はここで終わる人じゃない」
ひたすら駆けた先でそれを見た。
一度戻れという助言はこの上なく完璧だった。私が辿り着いたまさにその瞬間彼は命を刈り取られそうになっていたのだから。
大鎌を手にした半裸の男がゼロスに襲い掛かる。男のことは知っていた。シエダ・ケイン。私とは違うやり方で祖国を守ろうとしている奴だ。元々はノクサス生まれという噂を聞いたことがある。きっと使い捨ての駒にでもされかけたんだろうな。そしてケインは帝国への怒りまでは奪われなかった。
ゼロスの姿を私は覚えている。都合良く利用されて死ぬだけだと告げたのに彼の答えは「それの何が悪いの」だったことを。駒として死ぬ未来を『幸せ』と呼んだ事が、私は苦しかった。
多少無茶をする用意もあった。死にさえしなければいずれ追いついてくるだろうソラカの治癒が間に合うと判断して。
加速しケインの元へ飛び込む。狙うのは手。闇の力を秘めた鎌を一旦手から落とさせる。初めてこの技を見たソラカは「武器を奪うだけの剣技を生み出すなんてイレリアは優しい人ね」なんて言っていたが果たしてそういうものだろうか。
「ってか手遅れだってわからないのか」
ケインの左手には鎌が戻っている。
「私は諦めない」
まだ方法はあるはずなんだ。ひとつ試していない事があるのだから。するとケインのものではない低音が響いた。話には聞いている。あの鎌はただの武器ではない、生きているのだ。名前をラーストという。
「それが言えるのは死人を生き返らせられる奴だけだ」
「例えば呪いをかけた男が不慮の事故で命を落としたらどうなるだろうな」
「……ならやってみろ」
「俺を置いて勝手に話進めんなよな」
ケインは悪態をつく。しばらく口論をしたのちにケインは気が変わった様子で影に溶け消えていった。
意味がわからないという顔をしたゼロスの手を掴んだまま私はある提案をした。
貴様はもうじき死ぬ。その後に私は貴様の主を殺しに行くとしよう、と。さもなくば私と共に来い。止められるものなら止めてみせろ。
概ねこのような内容の話を。
彼は反発したものの他に方法はないと判断したのだろう、最終的には私に従った。
もうじき死ぬというのは事実だった。洗脳が解ける事と、死ぬ事が一体化しているのは、認めたくないけれど。