「もっと早く見えていたら出かける前に忠告できたのだけれど。……彼の様子は?」
「変わらないよ、文様が薄くなっている事以外。私に対してどう接すればいいかわからないんだろうな」
つまり進展のないまま『寿命』が近づいているということ。何も策がなければ彼はもうすぐ死ぬだろう。
「私もついていっていいかしら」
「危険だぞ」
「知ってます」
ソラカはほんの少し前に私を見送った。それ自体は構わない。傷つけるのに向かない人なのだろう。
「何故今になって同行すると決めた。予言が見えたから?」
「そうね」
ソラカは深く息を吸う。言葉を丁寧に選んで発した。
「彼の傍にいたいの」
いつも通りの穏やかな表情でソラカは語る。だがその言い方は。
「……惚れたか?」
ソラカは言った後で自分の言葉がどう聞こえるか気づき違うわとぶんぶん首を振る。
「そういう意味じゃないの。彼の側にいたら、より多くの人を幸せにできる。そんな気がしたのよ」
願いを語り微笑む。
「私は皆を愛しています。でもね、私は何でもできるわけじゃない」
角の生えた癒し手は語った。
「できるのは人々に選択肢を与える事だけ。例えば、そうね。二つの悲劇があった時、その人にとってより好ましい方を選ぶ手伝いをするの」
「選ばせるだけ選ばせて高みの見物か。悲劇を回避する努力はしないのか」
「……イレリアはそう捉えるのね」
「ソラカには力があるのに! どうして何もしない。人が苦しんでいるのを見て楽しいか?」
「貴女が思っているほど私は万能じゃないわ」
「ソラカは自分を過小評価してる!」
「貴女が過大評価してるのよ。私は幸運にも貴女の命を救うことができたけれど、救えなかった人だって勿論いるわ」
「ソラカに救えない人なんていなかった!」
「貴女の観測する範囲ではね。運が良いだけよ、ここ最近は」
「行きたいと思ったのは、私も彼の傍にいた方が良い未来になると予感してるから。もし彼を救う方法があるのなら私より優れた癒し手ということになる。その力で他の人も癒せるかもしれないでしょう」
怪我や病気に対してソラカは高い治癒能力を発揮する。今上手く行っていないのは奴の方がソラカを上回っていたということか。
ソラカじゃなかったら手遅れという怪我人に何度も鉢合わせてきた。そのたびにソラカは奇跡を見せてくれた。私の力で癒せる人にしか出会ってきてないのは運が良かっただけよ、と彼女は言っていたがあれを癒せる術師はそもそもめったにいない。それに、あれだけの怪我や病気に立て続けに出会うのは違和感すらある。ソラカが怪我人に引き寄せられているのではないかと思うくらいに。
「もし彼を救うことができたとして、問題はその後なのよ」
まだ手掛かりすら掴めていないのに。奴を殺せば解けるという確信すらないのにソラカは未来を語る。
「はっきりした未来は見えないけれどね。貴女が愛したのと同じようには、彼は貴女を愛さないかもしれない」
「今と変わらないな」
「自分の幸せを追い求めることも許されず生涯彼の面倒を見続ける人生かもしれないわ」
「でなければ死ぬんだろう。なら私の道は決まっている」
ソラカは微笑んだ。
「……嫌いじゃないわ、イレリアのそういうところ」
***
できる限り傍にいた方が死から遠ざかると予言を受けた。その通りにしただけだ。
出られないようにしていたら外から襲撃を受ける。……全く、困ったものだ。
「イレリアは最近他の仕事とか無いの」
前は時々用事があるといって席を外すこともあったのだが最近はやめた。
「全部断った」
目を離すのが怖い。
「俺の監視以外にやることないの」
「だから全部断ったと言っただろう」
本気なんだ、とゼロスは心地悪そうに目をそらした。
「見られてると眠れないんだけど」
「そのうち睡魔が勝つさ。叩き起こすつもりもない。いくらでも寝ていればいいさ」
ゼロスはびくっと身体を震わせる。
「明日殺すの」
「まさか」
何だか、ずっと怖がられっぱなしだ。
結局夜も更けてからようやくゼロスは眠ることに成功した。
ただ彼の寝言を聞いていた。
「俺が守るよ」
誰を見てるのか。少なくとも私じゃないことだけは確かだ。そのような思考回路に至れない病に蝕まれたのだから。救いに来たと告げれば殺して救済するんだろその手には乗らないと言われ、呪いを解くための魔術が痛みを伴うだけなのにそれを拷問だと認識する。会話が明らかに不自然になる。
彼の目には、何が見えている?
その夜、私はソラカとリヴェンを部屋に呼んだ。ここは『彼』に与えた個室だ。眠っているその男を横に置いたまま話し始める。
「何故私を呼んだ」
結局のところ一度共闘しただけにすぎなかったからリヴェンも不思議だったのだろう。
「アレックス・バイロンについて聞きたい」
「わかった。……そこで寝ているのは」
「生き別れの兄弟なんだ。一度目を離した隙に死にかけてな。ソラカのおかげで間に合ったが私はもう彼から目を離すべきじゃなかった」
「少し過保護じゃないか」
「自覚はある」
「目的はゼロスにかけられた洗脳魔法を消し去る事」
その為に人を殺す必要があると、そういう話だ。
「奴……アレックス・バイロンは荒れ地の村に引きこもっては精神改造の魔術を行い暗殺者等を作り出しているというが。リヴェンは奴と因縁でも」
「ノクサスにいた頃に儀式を受けないかと誘われた事がある。その時は洗脳とは知らず別の理由で断っていたけれど」
断ったのは本当に偶然だったという。その術が洗脳だと知ったのは彼女がノクサスを去った後だった。
「バイロンのしもべの一人がこの国に降り立った事がある」
「ああ、銀髪の男を連れていたな」
「いいえ、彼よりずっと前」
リヴェンはそう言って過去の話を始めた。
***
アイオニアを彷徨っていたという時。リヴェンは黒い髪の少女を見かけた。控えめで大人しそうな子だった。
右手に包帯を巻いていた少女は焦点の合わない目でどこかを見つめている。少女はリヴェンを見つけると話しかけてきた。
「この近くに人が住んでいる場所はないかしら」
迷子かと判断し近くの集落に連れていった。森の中の道をゆくなかで少女は笑顔になっていった。
「思い出した。ここに私の家があるの」
少女は自分の家へと駆け出すのであった。
村では騒ぎになった。『神隠しに遭った少女が戻ってきた』と両親が泣いて少女を抱きしめる。リヴェンは勿論感謝され、熱烈な歓迎を受けた。しばらくしてリヴェンは再び旅に出た。いつかまた立ち寄ることもあるかもしれないと感じながら。
そこで終わっていれば良かった。
村は滅んでいた。生き残りはほんの僅かだった。それを知ったのはリヴェンに村を滅ぼされたのだと認識した村人が復讐に来た時だった。
あの少女は眠っている両親を刺し殺し食糧庫に火をつけたという。
「どういうことだ。彼女は偽物だったのか」
その時村人が倒れた。その後ろにいたのはナイフを握ったあの少女だった。
「いいえ、間違いなく本物よ。私はあのお方の元で世界の真理を学んだの」
「何だと」
「弱い者は滅びるべきなのよ」
「何故親を手にかけた」
「そうしなくてはいけないから。アレックス・バイロン様の為に」
自分を殺そうとしてきた少女は、ただの少女に見えない強さを秘めていた。かつてノクサス屈指の戦力として数えられていたリヴェンでさえ苦戦する程度には。
だが勝ったのはリヴェンだった。恐らく才能だけならあの少女も負けていなかった。2人を分けたのは恐らく実戦経験の差。
***
淡々とリヴェンは語る。感情を隠すように。
「わざわざ家族を殺させようとするなんて悪趣味が過ぎる」
「私もそう思うよ。これ以上奴の思い通りにさせるつもりはない」
私は二人に告げた。
「多くの呪いは術者の死によって解呪される。つまり、そういうことだ」
「上手く行かなかったら?」
ソラカが不安そうに私の目を見つめる。
「手は尽くした。奴を殺してなお『死ぬまで解けない』ままであったのならその時まで見守るさ。解けなければもう彼の命は短いから」
「……わかりました」
私は、ひとつ提案を持ちかけた。
「リヴェン。贖罪を望むなら私と共に来い、奴を殺す為に」
「どういうつもりだ」
「言った通り。奴を殺して洗脳が解ければ少しは死者も浮かばれるだろう。それに、共に戦ったからわかる。リヴェンの実力は十分だ」
彼女はしばし悩んだ。勿論リヴェンにとっては家族でも何でもないわけで、断られても仕方ない
「……行くよ」
良かった。
「作戦は道中で考えるわ。彼絡みの未来はいまいち見えづらいから」
ソラカはずっとゼロスの事を未来が見えづらい人だと評している。
「……頼む。それにしても、なぜ見えないんだろうな」
「わからない。けれど彼のような人は好きよ。それだけ可能性が大きいってことだから」