村の中心に作られた小さな公園。時々バイロンさんの部下が戦闘訓練に使ったりもする場所なの。部下といえば、『右腕』はいま訳あってひとりもいない。あまり無差別には増やせないみたい。ウィルとお兄ちゃんは死んじゃったしアニーちゃんはティバーズに邪魔されて『右腕』にできない理由がある。わたしは『右腕』にすると能力が失われるかもしれないって理由でずっとそのまま。嘘が見抜けないソフィア・ミュラトールなんてゴミだしね。
無造作に置かれた四角い石(バイロンさん曰く椅子代わりのつもりで置いたものだから自由に座ってくれて構わない)の上にわたしとアニーちゃんは隣り合って座っていた。
「痛い目にあっちゃえって思ったの」
隣に座っているアニーちゃんはティバーズを抱きしめながらわたしにそう話してくれた。
「お母さんあたしのこといじめるからキライって」
その結果アニーちゃんのお母さんは両足を失うことになった。その事件のことは今でも覚えてる。
「……そっか。誰だっていじめられたら気分よくないよね」
「でも本当にそうなっちゃって怖かった」
「そっか」
「魔法でこんなことできちゃうって知らなかった」
「でも今のアニーちゃんは知ってる」
わたしもわかるから。人とは違う力を考えず振るう代償は。
「一歩ずつ練習すればいいのよ。これから力をコントロールしていけばいい」
「ソフィアもそうやってできるようになったの?」
「コントロールは前より良くなったかな」
でも、わたしがコントロールできるようになったのは力じゃなくて。
***
作戦会議だと呼ばれてバイロンさんの家にいたときだった。
「ゼロスはいい子だったよね」
「そう、ですね」
「純粋で人を疑うことを知らない。ソフィアみたいじゃないか」
「わたしはお兄ちゃんみたいに純粋じゃないです」
人を疑うことは確かに知らないけど別に信じてるわけじゃない。木から離れたらリンゴは落ちるけど、それは果たして『信じる』類のものだろうか。
「星に願いをかけたら彼が浜に流れ着いてきたんだ」
なんてバイロンさんは語る。
「才能に溢れた青年を自分の思うがままにできる。素晴らしい日々だったよ」
そう。わたしも楽しかった。お兄ちゃんはわたしの望む答えを返してくれたから。それを無意識でやってるんだから凄い。
でも、だけど。あんな男一人に夢中になってどうするのと心の中で自嘲する。ほら、いなくなっちゃったじゃない。
話しているとそれは突然に訪れた。
三人の女たちが家に押し入ってきた。そのうちの一人、長い黒髪の美女が横抱きにしている男をわたしは知っていた。
「お兄ちゃん……!」
黒髪の人のその少し後ろには角の生えた優しそうな女の人と、きりっとした銀髪の女の人が並んでいる。
「単刀直入に聞く。ゼロスの洗脳を解け。さもなくば貴様の首が飛ぶことになる」
それって。聴こえてきた音にわたしは震えた。だってその言い方だと彼はまだ。
「生きてるんですか?」
「右手の紋が薄れている以外は無事だ。私は彼を救う為ここまで来たんだ」
口角が上がるのを抑えられない。
「よかった。よかったよお……」
彼の笑顔を思い出して涙がこぼれる。嬉し涙なんて流したのは初めて。
わたしの夢はまだ失われていない。
「ソフィア。お前という化物の居場所が他にあると思うかい? 裏切ろうなどと考えない事だ」
それは。本当のことだ
「……裏切ろうと考えられるのか?」
黒髪の人は怪訝な顔をした。
バイロンさんは手を挙げて女の人たちに質問した。
「解いたら首を飛ばさないと約束してくれるかな」
「
黒髪の女の人はお兄ちゃんを近くの床に寝かせた。心配はしてない。無事なのは間違いないはずだから
「つまりそれは、解除したら君は私を殺さないという意味で間違いないね? 宣言してくれるなら
「
「ありがとう、約束してくれて」
その言葉を聞いてバイロンさんは何か唱え始めた。昔教えてくれた古代語だった。それっぽい呪文詠唱。カッコつけるのも大事さなんて言ってたっけ。
「
黒髪の女の人は眠ったままのお兄ちゃんの手を確認するとバイロンさんの元へ走る。宙に舞う刃がバイロンさんの首を狙った。間一髪回避しながらも紫色の糸がはらはらと落ちる。
銀髪の人がいつの間にかわたしのすぐそばにいて、一歩でも動いたら殺すと耳元で囁かれた。そんなこと言われたら動けるわけがない。
***
「ゼロス、起きなさい」
バイロンさんの言葉にも動じずお兄ちゃんはずっと眠ったままだ。
空を踊る刃が統率された動きでバイロンさんを狙い撃つ。鞭を取り出して弾く。
銀髪の人が大きな剣を振るう。当たってはいないようだけど動ける場所を狭めている。
そしてわたしが何かをする隙はない。銀髪の人はどうやらバイロンさんを牽制しながらもわたしへの警戒を最優先にしているようで一歩踏み出した瞬間にあの大剣がわたしを斬り殺すだろう。
気が付くと黒髪の人とバイロンさんの一騎打ちみたいになっていた。
守るように刃が彼女の周りを駆け巡る。剣を持たない剣士はどうやらリーチの差で有利だった。
わたしはただ辺りを見回す。倒れているお兄ちゃんを起こすことができたらと思うけど。
「応援してますから!」
何度か叫んだあと銀髪の人が言った。
「叫ぶな。彼が起きてしまうだろう。大きな音を立てるな」
と。駄目だったか。
「寝てるだけなんですか」
小声で聞いてみる。
「そうだな。守るために来た。無駄にいたぶったりしない」
剣の舞だけじゃなくて彼女の身体能力も高い。もしかしたら身体強化魔法みたいなこともしてるのかな。わたしには縁のない話なんだけどね。
飛び上がった彼女は刃の側面を何度も足場にして空中を駆け回る。バイロンさんの懐に飛び込み切り裂いた。
咄嗟に手で庇ったけれど腕が斬られて痛々しいことになっている。
バイロンさんは聞いた。
「祖国を守る英雄様がわざわざ私の所まで来るとは暇みたいだね」
「黙れ」
変な事したらジ・エンドのわたしは、バイロンさんの戦いを見ているだけしかできなかった。だって無理だよこんなの。
流石に三人相手は無理があったんだろう。こっちも同じじゃないかって? わたしは戦力外でお兄ちゃんはこんなときでもぐっすりなんだよ。頭数に入るわけない。
っていうか、どうしてこの状況で寝てられるんだろうお兄ちゃん。角のお姉さんが何かしてるのかなあ。まあそれを止める権限も実力もわたしにはないけど。
あはは。どうしようもないよこんなの。
「難しいね。……大事な時に限って届かない」
そうだね、されてる。
「私の願いは叶ったはずだったのにな。助けておくれよ、私の流れ星」
ついに首に空飛ぶ刃を突き付けられてバイロンさんは呟いた。
「ようやく私が望む現実を作り上げたのに。運命の力は君たちの方が強いという事か」
「最終通告だ。呪いを解け」
黒髪の人が冷たく言い放つ。
「できる事ならそうしてあげたいんだが、無理だよ。こればかりは私の意思でどうこうできる問題じゃない。これは世界のルールなんだ。私を殺すより死人を生き返らせる方法を探した方がいい」
「そうか、ならば死ね」
その刃を少し滑らせるだけで全てが終わるはずだった。だけど彼女はそうしなかった。
視界の横で何かが動いた。目をやるとそれは眠り続けていたはずの。
「……お兄ちゃん」
彼はいつのまにか立ち上がっている。彼から光が生み出され辺り一面に降り注いだ。それはわたしたち全員を包み込む。光を浴びると不思議と不安が和らぐ。
「俺が守るから」
わたしも、バイロンさんも、角の人も、わたしに不審な動きがあれば斬ると言っていた銀髪の人も、バイロンさんを殺そうとしていた黒髪の人も。なぜかただ目が離せずにいた。