ジ・エンド。わたしがそう確信してしまった時に事態は急変を迎えた。ずっと眠り続けていたお兄ちゃんが目を覚ましたのだ。それでみんな目を離せずにいる。
「……おはよう。遅くなってごめん」
お兄ちゃんはいつも通りの笑顔をわたしたちに向けた。
バイロンさんを殺そうとしていた刃が黒髪の人の元に戻ってくる。ともかく千載一遇のチャンスなのにわたしはなぜか素直に喜べずにいた。
お兄ちゃんはわたしに駆け寄るとひょいと抱き上げてバイロンさんのところまで連れて行ってくれた。それまで皆一歩も動かなかった。
「守りを!」
わたしたちの周りを囲うように透明な壁が生み出された。
何かがおかしい。わたしやバイロンさんはともかく、彼女たちが全員ここまでの流れを黙って見ていたというのは不自然だ。
しばしの沈黙。そこでようやく黒髪の人が刃をわたしたちに落としたけど、壁が出た後。
「イレリア! 何故とどめを刺さなかった」
「リヴェンこそゼロスを止めなかったのはどういう了見だ」
なんか仲間割れしてる。
「違う。リヴェンだけじゃないな。ソラカも何をしていた?」
「それは……どうしてかしら。まるで時間が止まったようだったわ」
「ゼロス、これがお前の能力かい。土壇場で目覚めるなんて面白いじゃないか」
「多分。気づいたらこうなってた」
お兄ちゃんは自分の能力がよくわかっていない様子だった。
「知らなくてもいいさ。ともかく私達を守りなさい」
「わかった」
壁がきらめく。防御に特化したときのお兄ちゃんは凄いって、わたし知ってるよ。
空を飛ぶ刃と風を切る大剣が壁を何度も叩くけど、お兄ちゃんがちょっと苦しそうな声を出すだけで壁はそのまま残っていた。
「死んでも守るから」
「駄目だよお兄ちゃん、死んだらわたしのこと守れないでしょ」
「私を無視していちゃつかないでくれるかな」
刃が何度も壁を突く。
大丈夫、大丈夫だからってずっと言い続けてくれるお兄ちゃんは優しくて、それがわたしは苦しかった。
***
お兄ちゃんが守ってくれていることを実感しているけど、結局不利なのには変わらなかった。壁はもうボロボロで後一度叩けば壊れるんだろうな、ってくらいになってしまった。
黒髪の人の非情な宣告が聞こえた。
「その壁を消せ。そうすればゼロス、お前だけは助けてやる」
「断る」
お兄ちゃんは(洗脳されてるんだから当然だけど)断言した。わたしだったら思わず頷いて一人だけ助かって罪悪感を抱えながら生きてしまいそうな提案を。
苦しいだろうにそれでもお兄ちゃんは笑っていた。
「大丈夫。俺が守るから。バイロンが救ってくれた命無駄にしないって」
わたしは何も言えずにいた。本当の意味で彼を救おうとしているのがどちらなのか知ってしまったから。だけどわたしがその為に死ねるかといえば。
「……ごめんね」
「ソフィアが謝ることじゃないだろ」
「お兄ちゃん、大好き」
「知ってる」
だけど彼の呪いが解けることは決してない。それならせめて最期まで英雄のまま終わらせてあげたかった。彼女たちに囚われるのは今の彼にとって途方もない屈辱のはずだから。
こんな状況でわたしは彼と出会ってから今までの事を思い返していた。お兄ちゃんと過ごしたのは短い時間のはずなのに彼と出会う前が色のない世界に思えた。不思議。
彼と出会って、妹のふりをして、旅に出て。そこでわたしは。
あることを思い出した。
「……そういうことだったんだ」
「どうしたんだいソフィア」
ふと浮かびあがってきたのは笑っちゃうくらい無茶苦茶な理論。
「えっと、
昔読んだ本を思い出す。エズリアルさんという人が書いた冒険記。彼は確かにそれが可能だと書いていた。
「そこの女」
イレリアとかいう女はわたしに話しかけてきた。
「はい」
「貴様は何故アレックス・バイロンに従っている」
「……アレックス・バイロンの部下は忠誠心が無条件についてくるんです」
「奴は『裏切ろうなどと考えない事だ』と貴様に忠告した。『忠誠心が無条件についてくる』なら必要のない言葉だろう」
確かに。
「貴様の手、何も描かれていないな」
それは。
「貴様にはゼロスと違って自由があったはずだ。その上でアレックス・バイロンに従う……つまり貴様も加害者側ということだ」
わたしに向けられる刃は壁越しに命を刈り取ろうとしていた。
「仕方ないじゃないですか。そうしないと生きられなかったんだから」
「何故自由の為に戦おうと思わない」
「あなたが強いから言えるんです、そんな事」
「洗脳を止める事をしなかったんだろう、同罪だ」
「わたしが彼を知った時には既にこの姿にされてたのよ?」
「彼を想うなら解除する方法を探せばよかったのに」
「知ったような口をきかないで! わたしは他の場所で生きていくことなんてできないのに!」
「本当にそうか? 奴隷に甘んじる以外本当に道はないのか? アレックス・バイロンの部下に明るい未来があると思うか?」
初めてだった。そんなこと言う人。
「うちの部下を誘惑しないでくれるかい」
「ソフィアとやら。抵抗しなければ命だけは保障してやろう」
「そんな言葉にソフィアは屈しない」
わたしが何か言う間もなくお兄ちゃんが答える。
再度の攻撃。耐え切れずわたしたちを守るシールドが破壊される。
壁が消えた瞬間わたしはイレリアさんの元へ猛ダッシュした。
「ソフィア!?」
「イレリアさん! 助けて!」
息を切らせて走ったこと、驚いてるかな。ここまで来ればイレリアさん達が守れる範囲内のはず。
「わたしを守ってくれたら教えます。彼の呪いを解く方法」
「あるのか!」
彼女はわかりやすく喜んだ。
「ソフィア、裏切っても無駄だよ。私は君の為に言ってるんだけどね。はっきり言って戦力外だ。それに、死ぬまで解けないのはわかりきってるだろう。可能性は万に一つも存在しない」
バイロンさん。
「今まで生かしてくれたことには感謝してる。でも本当の意味でお兄ちゃんを助けてくれるのがどっちなのか、わかっちゃったから」
「裏切りの代償は高くつくぞ」
「……わたし、信じるよ。イレリアさんたちの強さを」
「どういう事。ソフィアが裏切ったってこと」
ごめんね。
「この時が来たか。いいかいゼロス、奴らを皆殺しにしろ」
「……はい」
お兄ちゃんは日に日に言われたことをするだけに近付いている。その完成形がウィルだったんだろう。
防御壁の魔術師は右手を掲げ、手の前に何かもやのようなものを生み出す。それは次第に形を持って透明な立方体へと変わった。それも複数。
まっすぐイレリアさんに向けて射出されたそれは空中で切り刻まれて爆発した。って、お兄ちゃんがまともに攻撃魔法使えてるの初めて見た。防がれちゃってるけど。
「……約束だからな。貴様には何としてでも情報を吐いてもらうぞソフィア」
「ありがとう、わたしを信じてくれて」
わたしがあなたを信じるのと、あなたがわたしを信じるのじゃ意味が全然違うから。
裏切ったからといってわたしは特に戦力に数えられるわけじゃない。
わたしを守りながらでは一歩足りない。かといって向こう側も攻撃力が足りず膠着状態を続けている。
何度も攻撃を防ぎ続けてきたお兄ちゃんの魔力が切れた。動けないお兄ちゃんを無視してバイロンさんに飛ぶ刃。それに反応してバイロンさんは鞭を振るった。それは刃を叩き落とすのではなく。
「あっ!」
お兄ちゃんに鞭を巻き付け無理やり盾にしたのだ。イレリアさんの刃はお兄ちゃんに当たることなく急激に動きを止める。
「貴様っ……!」
そしてお兄ちゃんは盾にされたことを気にもしない。知ってる、怒れるわけがないんだよね。
「刃が止まった? これも俺の能力?」
ほらね。今までそうなった人を見ても仕方ないと思っただけなのに、今はどうしようもなく悲しい。
わたしはただ戦いを見ているだけだった。
だけど来訪者たちは強かった。巻き起こる旋風。美しき剣の舞。今度こそ追い詰めたんだ。お兄ちゃんの魔法が使えない状況になったら有利になるのは当然なわけで。
「平和的に行かないかい」
再度首に刃を突き付けられたバイロンさんは内心焦りながら話す。
「いい言葉を教えてやろう」
だけど、イレリアさんは笑って答えた。
「双方の同意が無ければ平和は実現しない」
それがバイロンさんの聞く最期の言葉になった。
彼女たちについたわたしの判断が正しかったのだ。バイロンさんは死んで、お兄ちゃんは囚われた。お兄ちゃんによると、こうやって仲間を殺されて捕まるのは二度目らしい。
「……ソフィア、何で裏切ったんだ! お前のせいでバイロンが」
残酷だけど予想通り。
術者が死んでも、右手の文様は消えていなかった。
キューブの弾丸を放とうとしたお兄ちゃんだけど、何も起こらず違和感に戸惑う。恐らく紫の人が作った結界のよう。魔法を阻害するみたい。
「わたし非戦闘員だよ。どちらについていても結果は変わらなかった。だから勝つ方を選んだ。それだけ」
「それは」
「今は敵だと思ってくれていい。でも、わたしはあなたを助けるためにそうした」
意味が分からないという顔だねお兄ちゃん。
「どういうことだ」
「お願い、わたしを信じて。わたしはお兄ちゃんのこと大好きだから」
最優先にすべき主が死んだ今、操作する権限は二番目に移るんじゃないかという仮説を立てた。上手く行くかどうかは全くわからない。
「……わかんないよ。でも、何言っても逆らえないんだろ。前と同じ」
ダメ元の懇願が、ほんの少し届いた。
「……そこの女」
ひっ。睨まれた。イレリアさん?
「は、はい」
「これは私の家族だ。貴様のものではない」
少なくともこの人は本気でそう思ってる様子。まあ、わたしの本当のお兄ちゃんじゃないからね。
「奇跡的に生きていたかと思えばこれだ。というか何故貴様の言葉は素直に聞くんだ! 私が何を言っても死にたくないばかりなのに!」
多分あなたがノクサス人じゃないからだと思います。なんて言ったら怒らせるだけなので黙っている。
「えっと、認識を改変されているからかと」
一応これはありのままの事実だ。
「そんなことわかってるさ!」
「わかってるなら聞かないでくださいよ!」
「……知ってるんだ、そんなこと」
イレリアさんは、苦しそうだった。
ult:汝平和主義者なり
・敵の戦意を強制的に喪失させる
・イメージとしてはDisarm付きリデンプション