扉を開けるとその先は螺旋階段だった。魔法壁を使って真上に飛ぼうと試してみたけどなぜか上がれなかった。魔力が歪んでいるのか僅かに浮き上がるばかりで横にしか飛べない。仕方ないので足で登る。それだけなんだけど、ただただ階段が長かった。どれくらいの時間が経ったかわからない。ほんの少しの間に感じるようで、数日登り続けているような感じもする。
足音達が響く。俺は何となく、今までの事を考えていた。
いつの間にか連行されて、塔に登ることになったのは何故だろう。疑問は多い。どうして俺を『生き返らせる』事を試みているのか。どうしてソフィアが裏切ったのか。そして、どうしてバイロンを連れて行かなかったのか。聞いても答えはなかった。
「登り終わったらきっと全部わかるよ」
ソフィアはずっとそう言っていた。泣きそうな顔をして。
「わたしを、信じて。旅を終えるまでの間だけでいいから」
「信じたい」
「……うん。ありがとう。わたしのこと、嫌いにならないでね」
「どうしたんだいきなり」
「ううん、なんでもない。全然たいしたことじゃないの」
やっと階段の一番上にたどり着いた。そこにはひとつだけ扉があった。
鋭い視線を感じる。勝手にしろと言いたげに見えたのでじゃあそうさせてもらおうとドアを開ける。開けた瞬間、後ろから突き飛ばされて部屋に押し込まれた。
「イレリア、お前なっ……え?」
突き飛ばされたのかと思って後ろを振り返る。何もない真っ白な空間だった。眩しさに目を細める。明らかに不自然だ。通ってきたはずの扉が、『存在していない』。無だ。
「何だよこれ」
理解ができないまま立ち上がり、辺りを見回す。白い部屋じゃない。白しかない。部屋であることすら認識できない純粋な白。一色の世界は足場すら見えない。どうやって自分が立ったかすら理解できない。
そうこうしていると目の前の光景が一瞬のうちに色づいた。
見覚えのある家の中にいた。自分の故郷(厳密には『初めて記憶を取り戻した時にいた村』だが)だ。
窓の外を見ている人に驚いた。いるはずのない人がそこにいたからだ。アレックス・バイロンは外の景色から目を離さない。声をかけてみるけど反応はない。無視されたのかと思ったけど、肩を軽く叩いた瞬間違和感に気づく。
俺の手が、肩をすり抜けた。
ああ、これは現実じゃないんだな。例えばいつか水晶玉が見せた未来のように。
何かあるんだろうかと俺も窓を見てみる。偶然目に入ったのは真昼の星。あるはずのない流星。
「ふふ……綺麗だね」
バイロンは俺が見ているなんて思いもしない様子で外に出ていく。俺も追いかけるけど気づかれる様子はまったくない。気づいてくれてもいいのに。
星に導かれるままに歩いた。結局流れ星が落ちた場所は浜辺だった。『宝の浜』と呼ばれ、色々なものが流れ着くという不思議な場所。
先客がいた。ソフィアだった。でもやっぱり俺のことは見えていないらしい。
「わたしも今来たところで。息はあるみたいなんですけど」
倒れていた男を見て俺は思わず声をあげた。だって、これ。
俺だ。俺が記憶を失う前の話なのだろうか。
二人は話してから(話の内容は何故かよく聞こえなかった)何かを決めたようだ。
「本当にやるんですか」
「ああ。先に描いてしまったほうがいい」
「わたしのときはそんなこと言わなかったのに」
「能力が必要だからだよ」
「……あなたはいつだってそうですね」
そうして『俺』は運ばれていった。家のベッドの上に。
バイロンは針らしきものを持っている。何も気づかない様子で寝ている『俺』の右手に触れる。
「この子は本当に綺麗な魔力を持っているね」
そう呟いて針を眠っている俺の手に当てる。まだ何も描かれていないその場所に。
「魔力の変質もなさそうだ。……始めようか」
ソフィアはバイロンを手伝っている様子だけど、何故かとても悲しそうに見えた。
今までその儀式を行う瞬間を目の当たりにしたことはなかったなと気づく。ソフィアはそもそも一度も施されたことはないらしいしアニーの時は熊に邪魔されてできなかったっていうし。
『俺』に描かれる文様。俺は何もできないまま見守っていた。
「はい、完成」
そうやって笑う横顔と裏腹に『俺』はびくっと震えた。
「たすけて」
うなされながらの寝言。何を見ているんだろう。
「大丈夫だよ。じきに怖がることなんてなくなる」
「これでお前も私のものだ、永遠に」
その時『俺』が目を覚ました。
「目は覚めたかい? どこまで覚えてる?」
バイロンは優しげに声をかける。
「誰?」
『俺』は首を傾げる。
「今までの記憶はないのかな」
その言葉に頷いた。
「じゃあその事を口に出して言ってみてくれ」
このやりとり。思い出した。一番最初に目を覚ました時だ。
「ゼロスって呼ばれてた気がする。覚えてるの名前だけだけど」
ぼんやりとだけ覚えてる。でも、俺の名前を呼んだのは誰なんだろう。
「もしかしたらはじめまして、って言った方がいいのかもしれないね。わたしはソフィア。ソフィア・ミュラトール。よろしくねお兄ちゃん」
***
また、景色が変わる。夜に僅かな明かりだけをつけてソフィアが机に向かっている。ひとりぼっち。泣き声が聞こえる事に胸が締め付けられる。
「お兄ちゃんは、きっと幸せなんだろうね」
まるで自分は違うみたいな言い方。励まそうにも声は届かない。
「こんなに苦しくなるくらいなら死ぬまで何も考えない奴隷でいた方がマシだったのかな」
具体的に何を悩んでいるのかはわからない、けど。
「でもわたしにはそれすら許されない。自由がないなら、せめて従う喜びがほしかった」
伝わらないのは承知の上でソフィアの頭を撫でる。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
その一言だけを呟いて彼女も、この部屋も、景色は消えていった。