イレリア達を追いかけて扉に向かうと、通った瞬間に景色が白く染まった。
眩しさに視界が慣れた頃、風景は白一色から変化し色づいた。広い建物の中。遠くでは訓練用の木人形に向かって武器を振るっている者もいる。軍の訓練場だろうか。多分これは、塔が見せた幻覚。
「リヴェン、ちょっと付き合ってくれない?」
振り返る。黒髪の青年、ここまで旅をしてきた彼がいた。何が起こっているかわからない状況に身構えると。
透明なサイコロ状の物体が彼の目の前に現れ私に向かって一直線で飛んできた。
これくらいの速さなら余裕で斬り落とせる。真っ二つになったそれは空中に溶けて消えた。
しばらく出方を伺っている様子のゼロスはあれ、という顔をした。
「向かってこないの?」
「貴様、何者だ」
「ゼロス・ミュラトールだよ?」
彼は無駄に整った顔を傾げる。こうして見てみるとやはり面影があるような気がする。
「姿形はそうかもしれないが中身はと聞いている。イレリアをどこへやった」
「なんて説明すればいいかな」
ゼロスの姿をした何かは語り始めた。
「最初に言っておくと、皆無事だよ。俺は誰かを傷付けたいわけじゃないから。願いを叶えたいんだ」
いつでも斬りかかれるよう警戒しつつ話を聞く。
「俺のことはゼロス・ミュラトールの中に眠っている力みたいなものだと思ってくれればいい」
「何が目的だ」
「答えは単純なんだ。皆の願いを叶える事。それが俺の願い」
「イレリアもか?」
「もちろん」
「それなら必要以上に怯える事をやめるんだな」
「だからここまで旅してきたんだけど」
「今すぐどうにかならないのか」
「……ごめん」
奴の呪いを解く条件は絶対的なもので、どうにもならないとゼロスは言っていた。そういう世界のルールなんだよ、とかなんとか。
「でね、その。俺と戦ってほしいんだ」
「は?」
「倒せば先に進めるから」
「必要があれば私はお前を殺す。だが今その必要はない。死ぬのは塔の上でだ。ここじゃない」
「俺、ゼロス本人じゃないから思い切り斬って大丈夫だよ?」
「そういう問題じゃ」
「戦わないと先に進めないって言ったら?」
これなら必要があるだろ、とゼロスは言った。
退く様子はなく、先に進む道も見当たらない。それどころか戻る場所すらない。やるしかないようだった。
***
剣を振り下ろす。空中で甲高い音を立て阻まれる。彼の最も得意とする守りの魔法が効果を発揮した。剣をそのまま押し付け続けると触れた場所が音を立てる。微かにひび割れ、小さな穴が急激に広がる。
彼の術は耐えきれなかったようで壁が弾け飛んだ。
ゼロスの表情は晴れやかだった。防護を打ち砕いたばかりだというのに。
「やっぱりだ。リヴェンは戦ってるときが一番輝いてる」
「何?」
「イレリアは戦うのが好きだからじゃなくて必要があるからそうしてるだけ。ソラカは平和を愛する人だし、ソフィアは言うまでもなく武器を振るうタイプじゃない。そう見える」
「私が、戦う為に戦っていると?」
妙な事を言う。
「戦うのが好きな人って、いると思うんだ」
そんな自覚はなかったけれど、もしかしたら間違っていないのかもしれない。剣を振るう時、生きている実感があったような気がする。かつてはそうだった、程度の話でしかないが。
「でも、祖国の為に戦おうという思いは失われてしまった」
キューブが懐に飛び込んでくる。至近距離で爆発する前にかろうじて風を引き起こし被害を最小限に抑えた。煙が晴れる。
「『ゼロス・ミュラトール』を見てたらそう思うのも仕方ないよ」
「……そう。彼を見れば」
本人ではないと自称するにも関わらず、戦い方はゼロスのそれだった。
攻撃から身を守りつつ、隙があれば動きを止めようとしてくる。
「リヴェンの願いが戦うことなら、俺はそれも叶えたい」
アイオニアの村で過ごすこと自体は嫌ではないし、むしろ心地よかった。けれど一生そこに居続けたいかという問いに私は即答できなかった。
殺したくはない。勿論殺されたくもない。
このままずっと続きそうにも思っていた戦いの時間もついに終わる。剣がまるで彼の胴体に吸い込まれるように感じた。
自分の意志に反して剣は彼の胴体を真っ二つに切り裂いた。
「……っ! ゼロス!」
ここで殺してはいけなかったはずなのに。彼を救う為にここまで来たはずなのに。どうして。
「いいんだよそれで。俺は本物じゃないって言ったろ。リヴェン、楽しかった」
え?
ゼロスは胴体を真っ二つにされた状態にも関わらず宙に浮かび、笑って話し続けた。切断面は不自然なほど綺麗でグロテスクさのかけらもない。
「……ゼロスはどうかわからないけど、俺は思うんだ。世界中の人々の願いが叶えばいいって」
男の幻覚が白く染まる。気づくと彼は消えていて。
変哲のない石造りの塔。その中に私達はいた。