扉の先に感じる力。一歩踏み入る。
一変した景色。草原を撫でる風、ひとつふたつ雲があるだけの青空。
その先に、彼の後ろ姿が。
ゼロスさんは振り返って私に微笑みかけました。
「あ、ソラカ。……その、ありがとう」
「何かしたかしら」
記憶をたどるけど、礼を言われるような事が思いつかなくて首を傾げる。
「俺の事助けようとしてくれてるでしょ」
驚きました。彼はまだ感謝できないはずなのですから。
「……っ! 貴方、ひょっとして呪いが」
彼は首を横に振りました。
「それはまだ。ここは夢の中みたいなものだから話せるだけ。どうにもならないんだ、一度死ぬまで」
俺自体ゼロス本人っていうよりその中にある深層心理なんだけどねと彼は笑った。
「二度目の生にしか希望はないと」
「そういうこと」
暖かい視線を受けながらも私は不安でした。
「この塔には確かに世界を変える力が満ちているわ。でも、本当に上手く行くのかしら」
信じきれてはいないの。人を癒す為に長い時を過ごしてきた私ですら完全に成功した例を見たことがないのだから。
けれど他に希望はないから。だから私たちはここまで来た。
私の問いに彼はこう答えてくれた。
「大丈夫だと思う。ソフィアを信じてほしい」
「信用しているのね」
「ソフィアを騙せる奴なんていないよ」
それは何故か確信に聞こえました。
しばらく彼と話して、ふと疑問を投げかけてみる。
「わかりました。ところで……ゼロスさんはこの世界で、何故死人が蘇ることが非常に珍しいのだと思いますか」
不死者として彷徨う例もあるから、あくまで『非常に珍しい』。彼は首を傾げた。
「え? 普通あり得ない事だからじゃないの?」
「例えば時間を遡る術は高度な奇跡ですが、それでも私は見たことがある」
魔法でしかできない事は難易度が高いけれど、あくまでそれは『難易度が高い』に留まる。
「けれど、死者蘇生は他の多くの奇跡と根本的に違うのではないかと考えているわ」
長い、長い時を見続け。癒しの術だけなら誰にも負けないと思うくらいには力を高めて。それでも境地に辿り着けなかったのは何故か。死の淵から蘇ることと、死から戻ることに根本的な違いがあるのではと疑った。
「死者を呼び戻そうとして失敗する物語は多いわ。例えばある国の王が妻を取り戻そうとした結果、彼の住む国全体に不死の呪いをかけてしまった話。その島に住んでいる亡霊と対峙したことがあるけれど、彼は全てに死を与えようとしていた。それが素晴らしいものだと全く疑わずに」
「蘇生を試みる人なら何度も見てきたわ。めったに成功することはなかったけれど」
「やっぱり難しいんだ」
いくつかの伝説を思い返す。それが叶うかは別として、願う事は理解できる。
「死霊術で蘇った剣士が術者に命令されて、それを果たす前に獣に首を噛み千切られた事があるの。でもおかしいのよ。儀式の場は厳重に管理されていて獣なんて入れなかったはず」
「何が言いたいんだ」
息を吸い込む。私の、仮説は。
「もしもこの世界に、死者蘇生を阻む仕組みがあったら」
「は?」
「『完全な蘇生は不可能』と思われている理由が実際には『完全に蘇生された瞬間殺される』だとしたら」
一瞬、強い風が吹く。思わず目を閉じた彼はゆっくり目を開きなおす。
「……それじゃ、俺が生き返ってもどうにもならない?」
「試してみないとわからないわ」
元凶の命ですら断ち切れなかった呪い。彼を救う為なら一線を越えるつもりのイレリアを止めようとは思わなかった。これが確実な策とは言えないけれど、他に方法はないという未来が見えてしまったから。
「塔の力は信じてる。けれど気を付けていきましょう」
たった一人の為に生命を冒涜する価値があるのかと非難する者もいるかもしれない。けれど私はゼロス・ミュラトールと名乗ったこの男に生きていてほしかった。
彼の手を取る。今の彼には隷属の印は刻まれていない。彼曰く呪いは解けていないそうだからこの場所が幻想であるという証なのでしょう。無が描かれたその手を、現実にしてみせる。
「ゼロスさん、死なないでね。……あ、違う。死なないといけないのかしら。ともかく最終的には無事でいて」
「ん、努力するよ」
彼の無事を望むのは、彼が生きていればいつか多くの人を救えるのではないかという予言めいた直感がひとつ。
もうひとつは。
「貴方を失ったら今度こそイレリアが壊れてしまう気がするから」
「あれが壊れるとかちょっと想像つかないんだけど」
「完全無欠に見えるかもしれないわね、だけど」
一度目を離した隙に奪われたトラウマが残っているのでしょう。彼女はずっと苦しんでいた。
『殺さない。殺すはずがないだろう。私がどれだけ』
あの横顔が、今も残って離れないの。