幻覚の部屋を終える。
その先には何度も障壁があった。
垂れ下がった鉄球が揺れ動き命を狙う部屋。
宙に浮かぶ無数の時計が神秘的な光を発していた。それに触れると金色の像にされ時間が止まる。止まっている間に狙われれば避ける術はない。抜ける事を怖がるソフィアとなんなら置いていっても構わないがというイレリアが喧嘩していたがソラカがなんとかとりなそうとしていた。イレリアは結局ゼロスの説得に折れソフィアを狙うことはやめたようだったが。
幾多の部屋を潜り抜け、ようやく大きな扉があった。ソフィアの話によるとここに塔の主が住んでいるらしい。
きい、と音を立て巨大な扉がゆっくりと開く。
「来たか」
老人がそこにいた。長い時を経てきたのだろう、伸びきった白髪と髭が照明の光を浴びて青みがかって見えた。
「あなたがジリアンさん?」
「いかにも」
「早速なんですけど……わたしたちの願いをかなえてもらえませんか」
「彼を生き返らせてくれ。私の家族なんだ」
聞こえているはずの音がゼロスの耳には遠い。綺麗な雑音。世界を見るレンズが歪められた末路だった。2人の声に対してジリアンは尋ねた。
「何故生者を蘇らせたいのか聞いても?」
「死ぬまで解けない呪いをかけられているから。私の光を取り戻しに来た」
「それでわざわざここまでとな。術者を倒すわけには行かぬのか」
「元凶はもう殺した」
ジリアンはその言葉に納得したようで、対象者であるゼロスの様子を見る。
そして眉をひそめた。
「これは……相当質の悪い」
死ぬまで解けないというのも納得じゃ。ジリアンの言葉にソフィアは心の中でそうでしょ、と呟いた。
忠誠心が異様に高い特殊部隊。精神を戻らなくなるまで破壊したのだから当たり前のことだ。逃げるなんて無理だとずっと思っていた。剣の舞が、深すぎる愛が少女を突き動かしたあのときまで。
「死と同時に呪いが消える、理屈はわからないけどそういうものなんだって」
「……よかろう。時間軸の因果を以て協力しよう。わしのできる範囲でな」
「ありがとうございます!」
ソフィアはまるで無防備な少女のようにジリアンの言葉に喜んだ。
半信半疑で縋らざるを得ないのとはわけが違う。
彼らは儀式の準備を終えた。
いざ開始というとき。イレリアの第一声に、対象の光は抵抗した。
「死ぬ準備はできたかゼロス」
言葉が悪すぎた。
咄嗟に『壁』を張り刃を弾く準備をする。しかし彼に刃が飛ぶ前にソフィアの声が響いた。
「イレリアさん!? その言い方じゃびっくりしちゃうでしょ。お兄ちゃんも落ち着いてよ。イレリアさんは助けようとしてくれてるんだから」
ゼロスはその言葉に大人しくなる。舌打ちが聞こえる。ソフィアはびくっと身体を震わせるがすぐに姿勢を整えた。二人の女はにらみ合っている。
「ま、待てよ。あんまりソフィアの事いじめるなって」
「いじめてなどいない!」
「ね、ずっとこうなんです。あと少しだから」
イレリアはしばらく言い合った後渋々退いた。
「本当にすまなかった。私はただお前を救う為にこの刃で」
「こ、殺しは救いにならないって前にも言ったと思うんだけど」
「はあ……」
しかし、そんなゼロスの耳に届く声があった。
「言い方間違えちゃっただけなの。死んでも生き返るから安心して。そう聞いてるから」
ソフィア・ミュラトールの絶対証明。
ゼロスは覚悟を決めた。その言葉を発したのが他の誰でもないソフィアだったからこそ。
「今ここで死んで生き返らないと、すぐに死んで二度と生き返れなくなるの」
「……わかった」
呪いの残滓と彼女には世界が違って見えているという事実。だから信じた。信じられた。
「残された時間は長くない。早く、儀式を」
ジリアンが合図すると、辺りに魔力がひしめき合い、時計の針が巻き戻った。
『クロノシフト』。眼前の存在の時を僅かに巻き戻し蘇生させるジリアンの秘術。
−−マリオネットの糸を斬れ。肉体と魂を引き離せ。生命と不可分の絶望を変えてみせろ。
向けられる刃が唯一の解法だと言われてもゼロスは戸惑う。だが、それしかないとソフィアは語る。
ゼロスは信じた。ソフィア・ミュラトールを。
ソフィアがいうのだからそうなのだろう。
目を閉じてゼロスは時間を待つ。
「大丈夫だから。本当に生き返れるからね」
一瞬胸に鋭い痛みが刺す。ほんの一瞬を自覚するか否かで世界は黒に染まりきる。
一瞬とも永遠ともつかぬ時間を超えて彼の世界は白に染まりなおす。
もう一度生の世界に舞い戻った。
目を覚ました彼の手には相変わらず文様が見守っていた。
------
「駄目か」
再度貫く衝撃。死への誘い。
つかの間、また意識が闇の中に引きずり込まれる。
「何故だ。ジリアン……貴様」
「気持ちはわかるけれどイレリア、落ち着いて」
「刻んだ方がいいかしら」
俺、死ぬんだろうか? やっぱりイレリアを信じるべきじゃなかったのか?
「ジリアンさん。皆こう言ってるけど、わたしはあなたが本気で生き返らせようとしてるのわかってる。何か問題があったんでしょう?」
いや、イレリアが騙したわけないや。だってソフィアが気づかないとかありえないし。
「単純に術で蘇らせても意味がないようじゃ」
「理由に何か心当たりはありますか」
ソラカの声が聞こえる。
「……肉体を死ぬ直前に巻き戻す事はできる。しかしそれは、厳密には『死んだ後に蘇らせる』ではない」
「他に方法はないんですか」
「難しいのう」
「『難しい』? という事は方法がないわけではないんですね」
ソフィアが希望を持った声でそう言った。
「ひとつだけ可能性はある。……アレを使うしかないじゃろう」
死の間際っていうのに、妙に落ち着いてる気がする。逆に、間際だから色々浮かんでくるのかな。
「これはワシ自身の魔法ではないからのう……何が起きるか」
「さっさとしろ」
イレリアはピリピリしている気がする。
「兄でないものを兄と呼ぶ哀れな女よ」
「いくらでも哀れんでくださって結構ですよ。恵んでいただけるのなら」
「おぬしらに忠告しておこう。この魔法……『リバイブ』は神話の時代に葬られたとされるもの。何が起こるかわからんぞ」
黒の世界をあてどなく彷徨う俺の視界に鮮やかな色彩がなだれ込んでくる。こっちにおいで。ソフィアがそう言ったような気がして手を伸ばす。走ろうとするけれど、その場で足を動かしているだけのような気がして少しずつしか進んでくれない。
色の元へ近づくほどに俺の頭の中で考えていたことがはっきりしてくる。最近ずっと、難しいこと考えられない気がしてたから。
「遺失魔法をまさかこんな使い方するとは思わんかったがのう」
「ええ、私もまさかこんな癒し方があるとは思わなかったわ。逆転の発想ね。あと少しよ、貴方を信じてる」
ジリアンとソラカの声だけが聞こえてくる。
「祖国の為に使い捨てられる道具を放っておけなかった。昔の私みたいで」
リヴェン、それって。
「お兄ちゃん、わたしを捨てないでくれてありがとう。少しは役に立てたかな?」
少しも何も役に立ちっぱなしだよ。ソフィアが本当のことだって教えてくれるから俺は安心できたんだ。
「お前が幸せならそれで。本当に、それだけでいいんだ」
イレリアの声があまりに優しくて、綺麗だ。俺は怖いばかりで気づかなかった。
彼女はきっと最初から綺麗だったのに。
見えない何かに誘われ現実へとたどり着く。
そこで俺は、ようやく俺自身の旅路を思い出した。
バイロンとソフィアの前で目を覚ましてから、今ここに至るまでの記憶を。