夢うつつの中視線を感じる。目を開けて確かめるとイレリアと目が合った。ベッドで寝てる俺を見つめていたらしい。だからそれ落ち着かないんだって。害はないってわかってるつもりだけど、それでも。
「寝覚めはどうだ」
「どうだって言われてもあんまりよくわかんない。ってかまさかずっと俺の事見てた?」
「ずっとではない」
「そう」
イレリアが悪い奴じゃないことはわかってる。むしろ命の恩人だってことを頭では理解しているはずなのに、どうにも得体が知れないと思ってしまう。何を考えているのかわからないからなんだと思う。
どうしてそこまでしてくれるのかわからなかったから。でもソフィアがこっそり家族愛だって教えてくれた。それだけでここまでしてくれるの?と思ったけれど、彼女はどうやら単純にそういう人らしい。
そうこうしてると声が聞こえた。
「ごはんできたよー」
ソフィアだった。
「あれ? イレリアさんまだ見てたんですか?」
「私の勝手だ」
「兄弟が4人もいたって話してた割にはひとりに対して愛が重すぎませんか」
「……それの何が悪い」
「別に悪いとかじゃないですけど」
ということで皆で食卓へ。
ジリアンの時間魔法をも組み合わせて作ったものらしいそれは(とはいっても劣化を防ぐとかその程度らしい)食べた俺の時間を止めた。
要するに、めっちゃ美味しい。
ソフィアは隣でにこにこしている。すっかり俺の隣が定位置だ。でもちょっと近くない? 喜んでるならいいけどさ。反対側にはイレリアが座っている。この構図にも慣れてしまいそうだ。いやいいんだけど。
「わたし、心を込めて作ったんだよ」
「ありがとな」
「この程度で私の妹を名乗ろうとは10年早いが」
だからなんでイレリアはそういう事言うんだよ。
「え? 彼のそばで10年修行してもいいんですか? ありがとうございます」
「私がいつそんなことを」
……二人って仲悪いんだろうか。
ともかく食事を終え、少し落ち着いてから帰宅の準備に入ろうとする。
なんとジリアンが時空魔法で送ってくれるらしい。一方通行だからくれぐれも忘れ物はないようにって。あまりに親切だ。この塔には外敵を阻む力があるけど出ていく分には難しくない、らしい。
今まで知らなかったある部屋(この塔何部屋あるんだろう。明らかに見た目より広い気がするんだけどこれも時空魔法ってやつなのかな)に案内されると、そこには巨大な時計らしき何かが動いていた。この塔巨大な時計多すぎだろ。いくら時の塔って呼ばれてるからって。
「これが」
「時空転移装置じゃ。多少魔力を補充する必要があるが、補充が終わればこれで家まで送れるじゃろう」
「ありがとうございます」
場所と場所を繋ぐ魔力の穴、ポータルと呼ばれるものを利用させてもらうらしい。何故こんな都合のいいものが置いてあるのかとか詳しい原理とかよくわからないけど使えればそれでいいか。
「魔力の補充ってどうやるの?」
「こうして、こうじゃ」
ジリアンは時計に触りながら実演してくれた。
「俺にも手伝えることないかな。俺も一応魔法使いだし、もし俺の力が必要とかだったら」
「病み上がりならぬ死に上がりに無理させるわけにはいかんよ」
言われてみれば。ちょっと前まで死んでたんだった。
「そうだぞ。これでお前に何かあったら私は発狂する自信がある」
「何の自信だよ」
でも無茶苦茶とも言い切れないのがイレリアの怖いところ。
「わかった。……あれ?」
一瞬の違和感。理由もわからず背筋が冷える。
俺たちのほかに誰かがいるわけでもない。気のせいだろうと転送装置が起動するのを待つ。
待つ。
あれ?
待ってるんだけど。
「おかしいのう」
動かない。ジリアンは首をかしげている。
――見つけましたよ。
女性の声が聞こえた気がして辺りを見回す。でも違う。誰の声でもない。じゃあ何? 幻聴? それにしては随分とリアルな。
死の近づく気配を感じて咄嗟に防壁を作り出す。俺めがけて飛んできた矢が弾かれる。矢? どうして?
「因果を捻じ曲げた者よ、眠りなさい」
「逃げられると思うなよ」
それを放ったのは金色に輝く獣たち。片方は弓を構え、もう片方は舌なめずりをした。
気づいたソフィアがか細い声で呟くのが聞こえた。
「そんな……わたし、知ってる。対の死神、キンドレッド」
「ご存じでしたか」
「なら話は早いな。死んでもらおう」
「生あるものは全ていつか死を迎える。そこに例外はありません。ねえ、狼さん?」
「もちろんだ子羊。そこのお前、ズルはいけねえな」
狼は俺に向かってそう言った。
「俺、何かした?」
彼らとは面識すらない、はずだ。
「何かどころではありません。死から戻った者は全て狩られる運命にあるのです」
「他の方法で解ければ一度死ぬ必要もなかったんだけど」
「ええ、貴方はそうすべきでした」
死んでから生き返る必要があった。そう伝えようとした俺より先にイレリアが尋ねた。
「出来ないからここまで来たんだ。どうすれば良かったんだ? 最高の癒し手に頼んでも元凶を殺しても解けない呪いを」
イレリアの刃はカタカタと空中で震える。
「一度でも死なねばならないというなら、それは『手遅れ』というのですよ」
「……どうやら貴様とは相成れないようだな」
俺と獣たちの間に立つイレリアを守るよう魔法壁を保つ。もし俺が守れなかったら俺の代わりに貫かれるだろう場所に立つ彼女を。
庇っているように、いや実際そうなんだろう。彼女の描く剣の舞はただただ美しかった。
俺の盾になんてならなくていい。俺が盾なんだから。そう言ったとしても彼女が聞かないのはわかりきっていた。
******
先にリヴェンがキンドレッドに斬りかかった。子羊はバックステップで回避してから射撃。いくつかの矢はリヴェンが切り落としながら前進する。
隙ができたところを横から狼が噛みつこうとしたがそこに壁を貼る。衝撃を受けて狼は一度弾き飛ばされるがすぐに体勢を整えてもう一撃。それも魔法射撃で止める。『これ』の威力は大したほどじゃないけど軽い足止めくらいはできるはずだ。
俺はその場から動かず皆を守ることに専念する。ソフィアもいるから。
「受け入れなさい」
その言葉が耳に届いた瞬間ふらつく。呪われたかのように体力を奪われる感覚。あいつらは何をした?
攻撃を防ごうとするけど魔力が足りない。まだ少し時間がかかる。
俺の守りよりキンドレッドの矢の威力が上回る。数は上回っているはずなのに戦況には絶望しか見えなかった。
ソラカの癒しでなんとか命を繋いだ俺はありったけの魔力を開放する。
あの時。呪われたままの俺がソフィアを『救い出し』た時を思い出す。誰もが戦うことを忘れて周りの時間が止まった世界を。
「どうか」
繋がった。俺の周りを覆う力が、あたたかな空気に溶ける。
上手くいったつもりだった。そのはずなのに止まってくれない。
「何で」
死は俺の事情を気にかけることなく近づいてくる。
「……俺は」
死にたくない。要するに体験談。またあの痛みを感じるのはやっぱり嫌だ。
なのに俺たちは何もできなかった。
必死に魔力を壁にしようとするけど、うまくいかない。代わりに感じたのは辺りに満ちる感覚。イレリアからソフィアを守ろうとしていた時の感じが近い。
キンドレッドの雰囲気が変わる。
「狼さん、ひとつ考えたことがあるのですが」
「何だ子羊。言ってみろ」
俺に聞こえないように何か話している。
「……ひとつ、提案があります」
勝てるビジョンが見えない中、許されたのはただ話を聞くことだけだった。