宝の浜って呼ばれていた場所。
俺がそれを見たのは偶然だった。男が浜辺に流れ着いていた。海水に濡れきった黒い服。
もし人が流れてきたらここに連れてきてくれ。バイロンが言っていた通りにしようと男に手を差し出す。
「っ……! 離せ」
俺が伸ばした右手を見た瞬間男は表情を変えた。この模様が怖いとかかな。
「大丈夫。ちょっと来てほしいところがあるんだ」
「だから離せと言っているだろう」
「今連れてくから」
「必要ない!」
「このままだと」
必ずと言われたからどうにかしなきゃと引っ張ったら腕が痛んだ。
ナイフで切られたことに一瞬遅れて気が付く。慌てて飛びのく。
「残念だが……せめて安らかに眠れ」
男のナイフは不自然に黒く煌めく。魔法か。何か恐ろしいものがそこにあるのだと感じさせられる。
死にたくない。そう思った。またあの刃が自分に届いてほしくない。
突き出されるナイフをひたすら避ける。避ける。避ける。足に何かぶつかる。ただの小石かもしれない。でもそのせいで。避けきれない。俺を刺そうとしたナイフは何か硬いものに当たるような音を立て止まった。その場所を見る。何もない。いや違う。見えにくいけど『ある』んだ。透明なガラスのようなものが宙に浮いている。
「っ……貴様も魔術師か!」
発動は無意識。だけど力が使えるなら好都合。一瞬だけ生まれた隙を活かして距離をとってもう一度。
「……ノクサスの外道め」
男の持つナイフが一層黒くなり、刃からは煙のようなものが立ち上る。
外道めと言われても覚えてないし、もし本当にそうだったとしてもはいそうですかと殺されるわけにはいかない。
宙に透明な壁が浮かぶ。それは刃を受け止め甲高い音を立てる。自分自身が斬られたときには到底及ばないけど、ちょっと痛い気がする。気のせいなのかもしれないけど。
その時右手の傷から血が吸い取られた。行き先はあのナイフだ。
「なっ……」
慌てて傷を手で抑えるのに。血はその間をすり抜けていく。
「無駄だ」
このまま吸われたら死ぬかもしれない。『壁』を出そうとするけどこの状況でどうやら意味はない。壁を避けるように宙を走る血の軌跡がそれを示していた。
ついにふらつき始める。ああ、どうにかしなきゃ。
「我が祖国の糧となれ」
そんな声を聴きながら。
あれを止めないといけない。そう思って走るけど追いつけない。すぐに息切れしてしまう。
自分の身体でダメなら他の方法はどうだろう。自分の中にある力を目の前の男にぶつけるイメージ。なのに何も起こってはくれない。それどころか男は俺のエネルギーを受けて心地よさそうにしている。
逃げたほうがいいのかもしれない。バイロンに助けを求めるしか。でもたどり着けるだろうか。広場を突っ切って……ソフィアを巻き込みたくない。
それに、そもそもたどり着けるかわからない。血を吸われているせいか立ってるのがやっとだ。
ふと魔力が見えるんだ、とバイロンが語ったことを思い出した。恐ろしい魔力量だ、とも。それならいっそ。
「……俺を見て」
ありったけの力を拡散する。この村のどこかにいるだろう人に届くようにと。
「な、何だその気配は」
辺りに力を広げるようなイメージを描く。
男はしばらく呆然としていたけれど、我に返って俺の方へ走ってきた。
一方の俺はもう限界だった。白い砂の上に倒れこむ。
このまま殺されるんだろうな。動けない俺に、男はナイフを振り上げる。死ぬのか。
このままであれば。
「終わるのは君の方だ」
ナイフが空へと舞い上がり地面に突き刺さった。ナイフに吸い込まれる血が止まる。バイロンの手に握られている鞭が刃を止めたようだ。
隙を逃さず連撃。二撃目で男の胴体に鞭が絡みつく。バイロンは犬を繋ぐ首輪みたいに男を引っ張った。そのまま男は引きずられていく。あの鞭も浜から流れ着いた魔法の品だったりするんだろうか。
「なっ……」
「やはりゼロスだったか」
「見えた?」
「見えたよ」
「よく耐えてくれた。後は私に任せてくれ」
こうして、俺の初めての戦いは終わった。