塔の上でキンドレッドが見逃してくれて(この表現が正しいと思う)俺たちはそれぞれ帰ることになった。
当たり前のように俺を連れて行こうとするイレリアに、俺は素直に従った。彼女のことは信じられる。
彼女が今まで俺の為に何をしてくれたかを思えば、もう信じてしまうしかないのだ。
あとは『帰るべき場所』に導くというポータルを開けるだけ。
皆の見守る中イレリアに手を引かれ、空いたほうの手は二人で時計に触れる。時計に空いた穴の先には自然豊かな風景の中心にある家が見えた。風に揺れる木はなぜか手を振ってるように見えた。
「……帰るぞ」
他の皆は、と一瞬後ろを振り返る。大丈夫だよと言いたげなソフィアの視線。
イレリアと一緒に飛び込む。
怖いことなんてなかった。
***
ついに戻ってきた。
イレリアに手を引かれるまま目の前にある木製の建物に連れていかれる。
「ここに住んでるの?」
「ああ」
「生まれた家?」
「まさか。家族全員で暮らすには狭すぎるよ」
部屋の中まで案内されて、そのまま椅子のようなものに座らされる。確かに小さい。
「あのさ……手、そろそろ」
「悪かった」
パッと離してくれた。嫌いじゃないけどなんか落ち着かなくて。ごめん。
ゆっくりしていってほしいという彼女の願い通りに話を聞いていた。
生まれた家からはあえて離れたと彼女は言う。
他にやるべきことがたくさんあるから帰る時間がないというのが一つ。
残っていたら過去に囚われ続けてしまうというのが一つ。
ノクサス人に家族を皆殺しにされたことで、家そのものが持つ自我の罪悪感に自分でもどうしていいかわからないというのが一つ。理屈では恨むべきは自宅でない事は知っているけれど、それでも。
「私はあの場にいて平常心でいられる気がしないから」
「お前に頼みがあるんだ」
「頼み?」
「……いつか私の実家に挨拶に来てくれないか」
私達の、じゃなくて私の。記憶のない俺への配慮なのかも。
「もちろん」
****
話している間に夜になった。けど他の誰かが来る気配はない。
そういえばどうしたんだろうとイレリアに聞いてみると、
「皆『帰るべき場所』が違ったんだろう」
と返答された。
「……そう、なのかな」
「あの女にもやるべきことがあるはずだ」
「一人で大丈夫かな」
「お前と出会う前から生きてこれたんだ。きっと大丈夫さ」
俺は少しの心配はあるもののイレリアを信じることにした。リヴェンだってソラカだって強いし、何よりソフィアが騙されるわけないから。
「ところでイレリアが俺と同じ部屋で寝る必要は」
「あるに決まっているだろう。留守を襲われたらどうする」
「ここ家の中」
「馬鹿か! お前それで一度死にかけたんだぞ!?」
「……ああ、大鎌使いか」
それだけじゃないと彼女は言った。留守中に家族を殺されたことがトラウマで次こそは絶対失いたくない。そんな風に彼女は長々と語ってくれた。記憶のない俺には家族の名前を聞いても何も思い浮かべられなかったけれど。
「わかった、気を付けるよ」
「私が守るから」
決意を固めた中に優しさが見える視線。何も覚えていない俺が受けていいものだろうかと戸惑うくらいの。
「ゼロスを守るためなら、不可能だって可能にしてみせるさ」
不可能を可能に。事実彼女はそれを成し遂げてくれた。『死ぬまで決して』解けない術から、あろうことか一度殺して生き返らせるなんて無茶苦茶な手段で解放してくれたのだ。
生き返れて本当に良かった。彼女の平穏のために。
「ありがとう。まだ思い出せないけど、もう忘れない。皆が救ってくれたもの、俺が救えなかったもの」
俺はふとある人の事を思い出してしまった。死者の骨を操る無表情な魔術師。それを殺したのはイレリアだったけど、どうすれば避けられたのかは思いつかなかった。俺が前提を疑えていれば。でも、そもそもあれは疑えなくなる魔法なわけで。
「奴の被害者を殺したのは私の罪だ」
「違うよ、俺が言いたいのはそういうことじゃなくて。少なくともイレリアのせいじゃない」
「ただ忘れない。それだけ」
「イレリアがどれだけ俺の事愛してくれてるのかも、忘れないから」
俺は結局受け入れざるを得ないのだ。重くて深くて、純粋な愛を。
だから俺も、愛すべき人と同じ純粋さを返すと決めた。
「何もなかった俺に何もかもを与えてくれた、その恩を返したいんだ」
ひとまずはこれで第一部完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
もともとイレリアの兄弟が実装されますようにと願ったところからこの物語は始まりました。
それに加えて様々な欲望を詰め込んだのが今作です。
諦められなかったその情熱がミュラトールという幻覚を生み出したのです。自分の作り上げた世界を愛すると同時に、いつかこの幻覚を必要とする日が終わりますようにとも矛盾した感情を抱いています。
彼が本物ではないような描かれ方をしたのは微かな可能性を待ち続けているから。
名前だけを差し替えようと本気で悩むのは本物の登場を諦められないから。彼が一個の個体として確立するためにはその名から改めるべきではと内なる声が囁きます。(名前候補の最有力はナユタで、これにもケイン実装まえだったかに流れた嘘リークという元ネタがあります)
本物が現れるまで待つべきだと理性は言っているのに止められなかった。
まだ見ぬ『彼』に会いたい。きっとイレリアも喜んでくれるはずだから。
それが、『夢見る』私の最大の願いなのです。