傷と貧血による症状も収まってきたある日、改めてバイロンに旅立ちを命じられた。
「村、危なくなるんだろ。……逃げるみたいでなんか嫌だ」
「君は逃げるんじゃない。強くなって戻ってくるだけさ」
「戻ってきたら誰もいなかったら?」
「ははっ、私がそんな弱いように見えるかい」
「もしかしたらってことも」
バイロンは自身の髪を弄りながら答える。ゼロスの悩みなど杞憂だと言い切った。
「だからね。私はあえて君に頼みたい。ソフィアを守ってくれと」
「ソフィアを」
「あの子の力は偏っていてね。純粋な暴力とは魔法で戦えないんだ」
「私と祖国の為にと思ってさ」
「……わかった」
理由はない。根拠はない。それでも、そうしなきゃと思った。
***
旅に出る前に準備が必要だからと出掛けたのは港町だった。そこはゼロスが過ごした村とは比べ物にならない程人が溢れていた。気を抜くとはぐれてしまいそうな経験は初めてだ。
「お兄ちゃん、じゃあ行こっか。いろいろあるからいいもの見つけられるかな」
市場に溢れる品々にゼロスは魅了されていた。バイロンからお小遣いをもらったのでその範囲でなら何を買ってもいいと言われた。
客を呼び込もうと人々が声を張り上げる。色々なものがあってどれを見ればいいのかわからない。
ソフィアは人々の言葉を聞いては見極めていた。
「ジェリコ・スウェイン御用達っていう嘘は本人が来たら危ないんじゃないかなあ」
「大丈夫か?」
「わたしは大丈夫。見抜く力はずっと残ってるよ」
「あんまり使いっぱなしだと疲れないかなって」
「ずっと使い続けてきたから大丈夫だよ」
「そうか? それならいいんだけど」
辺りを見回して、ゼロスはある品に興味を示した。しかし何故かと問われればわからないとしか答えようがない。それは手に乗るサイズの小さな白い石像だった。しかしあまりに不格好だ。かろうじて人型をしている。女性だろうか。
「これに興味があるのか? アイオニア起源のものでね、魔力が込められているんだ」
店主が話しかけてきた。
「魔力?」
「そう、魔力さ。アイオニアという国のことは知ってるかい」
「えっと」
知るか。だがその問いにはソフィアが代わって答えた。
「霊的現象が引き起こされる魔法国家。独特の文化を持つ島国ですよね」
「そうそう。なかなか物知りだな嬢ちゃん。そこの兄ちゃんはひょっとして」
遮るようにソフィアは言葉を紡いだ。
「わたしの兄です」
「そうか? ……んで前にアイオニア行った軍人の奴が譲ってくれたものなんだ」
店主にソフィアはいくつか質問を投げかけた。
「魔力のある像なんですね。この像を持つことで何か目に見える効果はあるんですか?」
「ああ、あるぞ。一言でいってしまえば幸運を呼ぶものだな、持ってれば長者も夢じゃない」
言葉を聞きソフィアの表情が一瞬歪むがすぐに何ともないといういつもの優しい少女に戻る。
「軍人さんが像の効果を言ってたんですか?」
「ああ」
「……そんな凄いものをどうして譲ってくれたんですか?」
「あ、ああ。話には幸運を得たら像を他の人間に譲らないと運が逃げてしまうらしくてね」
「あなたはこの像を手に入れて何か幸運を得ました?」
「最近嫁が身ごもってな。諦めかけていたところなんだが」
「おめでとうございます。じゃあそれ、ガラクタじゃないんですね」
「だからそう言ってるだろう」
これはガラクタではない。店主の言葉を聞きソフィア・ミュラトールは確信した。
「……大体事情はわかりました」
一方ゼロスは妙にその像に惹かれていた。
「ソフィア、これ買ってもいい?」
「だめ」
意外にも即答。
「何で?」
「それは……だって、なんでそんな変な像を」
ソフィアの眉は下がり、言葉は不明瞭だ。
「可愛いのに」
「う……アイオニアの物なんだよ? 魔法かかってるって言ってたし危ないかも」
心配してるんだよという顔でソフィアはゼロスを見上げる。
「だったら後でバイロンに見てもらえば」
「お金だってタダじゃないし」
「でもギリギリ俺の出せる分で買えそうだし」
「駄目ったら駄目だもん」
だもんってなんだ。ゼロスはちょっと可愛いと思った。
「何でだよ」
口論を続けるゼロスとソフィア。しばらく話しても折れないと判断したソフィアはゼロスを連れて店を離れ彼の耳元に囁いた。
「あれ魔力は込められてるっていうのは本当だけど幸運の像じゃないよあれ。ただのガラクタ」
「え?」
「軍人から譲ってもらった、は本当。でも幸運を呼ぶって部分は全部嘘。赤ちゃんができたっていうのは本当だね」
ソフィア・ミュラトールは欺けない。
「うーん……それでも、あれ逃がしたらなんとなく後悔しそうで」
なんとなく。何故かゼロスはそう思った。
「え、ガラクタでもいいってこと?」
「それ聞いても欲しいって何故か思うんだ。ひょっとして俺洗脳でもされたのかな」
笑いながらそう口にするゼロスに、ソフィアは一瞬固まった。
「え? どうしてそう思うのお兄ちゃん」
あれ。思ったより深刻に捉えられてしまった。
「冗談だって。ただのガラクタなんだろ? 本気で洗脳されたなんて思ってないから」
「……よかった。それならいいんだけど。よし、お兄ちゃんちょっと待っててね」
すぐにいつも通りの笑顔に変わるとソフィアは店主の方へと向かっていった。
「あの、この像なんですけど最後にひとつだけ質問いいですか?」
「構わんよ」
「この像を所有、譲渡、破棄することで持ち主や周りに不利益が及ぶことはありませんか?」
「ないって言ってるだろう。買うか?」
デメリットがないというのは本当のようだ。メリットもないが。
ソフィアはしばらく店主と雑談してから何かを囁いた。
「……その部分は嘘ですね」
「は?」
店主と話した最初からの会話全てについて真偽を当てる。どの部分が真実でどの部分が嘘だ。当然百発百中だ。
顔を青くする店主にソフィアは天使のような笑顔で問いかけた。
「ところでこの像買うとしたら代金はいくらですかー?」
「た、タダでいい持って行ってくれ」
店主は顔を青くする。
「ありがとうございます! あとわたしのことは秘密にするって約束してくださいね」
店主は首をぶんぶん縦に振る。ソフィアは甘い声で尋ねた。
「……喋れますよね。口頭で返事してもらえませんか?」
「する! 秘密にするから」
「わーい、よかった。はいお兄ちゃん、これ」
結局ゼロスはその像をタダで貰ってしまった。手に取った瞬間右手にちくりと痛みを感じる。像に尖った場所でもあっただろうか。気を付けて撫でてみるがわからない。気のせいかな。なら別にいいか。