ポチャン...ポチャン...
一定の感覚で水の落ちる音が聞こえる。
ポチャン...ポチャン...
暗い場所...ここはどこなのかしら?
ポチャン...ポチャン...
確か私はリサと久しぶりに話をして、それで...
ポチャン...
そう、羽沢さんにメールを送ろうとして寝ちゃったんだわ
内容...なんだったかしら?それにしても寒いわね...暖房つけ忘れた?そもそもここはどこよ、真っ暗で何も見えないわ...
「そうですね、友希那さん...貴女は何も見えていない、何も分かっていない」
この声、羽沢さん?私が何も分かっていないってどういう...
「答えなんて無い。何も無いのだから」
...?何を言っているの?はっきり言ってくれないとわからないわ。
「答えなんて無い。何も無いのだから」
それはさっき聞いたわよ。ちゃんと答えて!
「知りたい?私の身に起きたことを...あの日の、あの時の苦しみを、寂しさを」
あぁ...ようやく理解できたわ。これは私が作り出した幻聴であり、夢
「友希那さん...私は何も知りませんよ?」
そうだ、彼女は何も知らない。だって...
「あなたが全て知っているのだから」
『わたしが全て知っているのだから』
ハッと目を覚ました。何か嫌な夢を見ていた気がするがよく思い出せない。
「はぁ...はぁ...気持ち悪い...」
私は体を起こし額の汗を拭う。吐き気を催すが物は出ない。視界はぐるぐると渦を巻いているような錯覚に陥り頭はぼーっとして自分が何をしようとしたのかさえ思い出せない。着ていた服は汗でベトベトになって気分が悪い。着替えようとタンスまで歩こうと立ち上がるが、
バタン!!
歩ける訳もなく、私は膝から崩れ落ちるように倒れた。立ち上がる気力すら無く肩と腕に鈍い痛みが走る。その痛みはやがて私の全身を襲う。視界はぼやけて滲んできた。眉間につーっと生暖かいものが伝う。私は身を縮こませて涙を拭う。しかし拭えば拭うほどそれに反するかのように涙はとめどなく溢れてくる。
(友希那さん...)
やがて視界はブラックアウトし、私の意識は再び深い深い谷底へと沈んでいった。
12月23日、明日はクリスマスライブ本番。CiRCLEでのリハーサルだが他のバンドも見ている前で歌うので本番さながらの緊張感、になるはずだった。肝心の3メインのうちの1組がリハーサルが始まっても来ない。何かあったのだろうか?流石に日程を忘れるなんてこと彼女たちがするはずない。そもそもそのメンバーのうちの一人は私の大切な人、昨日の夜にお互い頑張ろうとメールで言ったはずだ。オーナーのまりなさんは忙しなくどこかへ電話をかけながらリハーサルを見続けている。私は客席の壁に寄りかかり携帯で彼女にメールを送った。電話は曲の音量であちらの声が聞こえないだろうから意味が無い。
「湊さん、気持ちは分かりますが今はライブに集中しましょう」
紗夜は私を心配そうに見つめる。そんなことは分かっている。私たちの順番はもうすぐ、仕方ないが切り替えていくしかない。ただ自分たちの番が近づけば近づくほど焦る気持ちは風船のように膨らんでいった。
「友希那...私たちの番だよ」
しかし彼女達が出入口から入ってくることは無かった。ステージに立ち、マイクを持つ。こんな気持ちで前に立つのははじめてで客席が遥か遠くに感じた。
「Roseliaです...聞いてください」
曲が始まる。しかし1曲目、2曲目と全くと言っていいほど気持ちは入らず、ただ歌っているだけ。演奏でカバーされていたがはっきり言ってこんなのを本番で客に聴かせられるものでは無い。曲が終わり拍手と歓声に包まれる。しかし私たちはさっさと楽屋へと引き返した。
パァン!!!!!
楽屋へ戻るなり私に待っていたのは紗夜からの強烈な平手打ち。乾いた音が楽屋に響き、そこにいた他のバンドのひとたちが驚いたようにこちらに注目する。
「なんですか...?今の歌...」
紗夜の声は怒りで震えている。私は俯いて何も答えない。
「何も気持ちが入ってない、あんな酷い歌を明日聴かせるつもりですか?」
そんなつもりは無い、そう答えればいいのだが私の口は動かない。
「私たちは必死に良い曲にしようと演奏しているんですよ!それを貴女の歌で台無しにするつもりですか!?」
「ちょっと...紗夜落ち着いて...」
リサが紗夜をなだめようとするがすぐに言い負かされる。私のせいだっていうのは分かっている。気持ちが入っていないなんてのも私が一番よくわかっている。私たちのやり取りを見て他のバンドの子たちは楽屋を出て行った。
「湊さん、どうするおつもりなんですか?私言いましたよね、ライブに集中してくださいと...それでこのザマですか?はっきり言って失望しました」
これだけ言われても私の心には何も届かなかった。悔しいとか、悲しいとか、そういった感情を全く感じない。そもそも私の瞳には何も映していない、何も見えていない。
「そうやってずっと黙っているつもりですか?それとも...頭の中には羽沢さんの事しか無いのですか?」
紗夜の言葉はどこか呆れたような口ぶり。
「......そうよ、気になって仕方ないのよ」
私の言葉に紗夜は深い溜息を吐いた。燐子とあこは紗夜の態度に圧倒されて口を挟もうにも挟めない様子。
「湊さん...私は人の恋愛にどうこう言うつもりはありませんでしたが、流石に今回は見逃すわけにはいきません。そもそも前までのあなたなら恋愛に現を抜かすなんてこと、絶対に無かったはずです」
「そう...かもね」
「そうかもねって......私...達は、友希那さんを...信じて、着いてきたんですよ...!それなのに......!」
燐子の怒気を帯びた声が私にぶつけられる。
「こんなの......私が好きだったRoseliaじゃ、ありません......!!友希那さんは......私たちを、見ようとしていないから......!私たちのことなんて......!何も考えてない......!」
そして燐子は荷物も持たず楽屋を飛び出して行った。
「り、りんりん!?待って!」
それを追いかけるようにあこも楽屋を出ていく。私とリサと紗夜の3人だけが取り残されてしまった。
「燐子の言う通りね...ここ最近の私は貴女達のことを何も考えてなかったのかもしれないわ」
思い出されるのは羽沢さんとのやり取りや思い出ばかり。バンドの練習やライブの事は遠い昔の出来事のように殆ど思い出せない。
「こんなことになるなら...恋愛なんてするんじゃなかったのかもね...」
ふとした呟きだった。しかし、
パァン!!!!!
またもや楽屋に乾いた音が響いた。
「今の...あの子にも同じことが言えるの?」
リサが目に涙をためて私を睨む。
「私たちだけじゃなく...!あの子の気持ちも裏切るつもりなの...!?」
鋭い言葉が私の胸に突き刺さる。私は何も言い返せなかった。
「最低だよ...!今の友希那!」
そしてリサもバッと荷物を取ると楽屋から出ていった。
紗夜は無言で立ち上がり荷物の中から着替えを取り出す。衣装を脱ぎジャージに着替えると私に向かって言い放つ。
「明日のライブは断りを入れておきます。このまま出たところで最高の演奏なんてとてもできませんし。バンドの練習もしばらく私は休ませていただきます。......湊さん、このままじゃRoseliaは本当に解散になりますよ」
楽屋の扉が閉まり、私は1人になった。楽屋で1人になったのはRoselia結成前以来だ。その頃はただフェスに出たくて純粋に高みを目指していた。いつからだろうか、その目標すらも忘れてしまったのは。いつからだろう、一人でいることが、こんなに寂しいと感じるようになったのは。楽屋には私の嗚咽を漏らす声だけが、虚しく消え入るように聞こえていた。
え?つぐみちゃんが殆ど出てこなかった?いやいやそんなことはあるかもね
「つぐ×友希那異世界転生」はいつになるだろうか