永遠の夢路   作:闇と帽子と何かの旅人

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ショパンはこの世界を自分の夢だと思い旅をしていた。
彼はこの夢が終わる頃には自分の命が燃え尽きてしまう事を自覚している。
そんな最後の旅で彼が見つけ出す答えとは―――


雨だれのetude

 

 「これは私の夢……ポルカさん。あなたが抗おうとも、この夢が壊れる事は無い」

 

◇◇◇

 

 ポルカは目を覚ます。

 朝の陽射しに照らされている身体をベットから投げ出し着替えを済まし、先ほどまで見ていた夢を思い出そうとするが、おぼろげであまり思い出せない。

 ポルカは母に呼ばれ朝食ができたと伝えられながらふと、今日は体の調子も良い。とても良い一日になりそうな予感だと思った。

 ポルカはそう思いながら一緒に食事をしている母親に提案しはじめる。

 

 「母さん、今日は体の調子も良いから街へ出て花封薬を売りに行こうと思うの」

 

 花封薬というのはここテヌート村の特産品であり、ポルカの家で作られている薬であった。

 最近では鉱封薬という新しい薬が出てきて、あまり売れ行きは良くない。ポルカの提案に母のソルフェージュは心配そうにしている。

 だがソルフェージュは手伝いをしたいという娘の気持ちを汲み、リタルダントの街へ出かけることを承諾した。 

 

 「ポルカ……無理をしないでね?」

 

 母さんは心配性ねと言いポルカは朝食を平らげる。

 食事を終えたポルカは花封薬の入ったカゴを手に取り出かける準備をする。

 

 「それじゃあ母さん行ってきます」

 

 ソルフェージュは慈しみの表情で娘を見送る。

 こうやって娘を何度見送っただろうか、何度見送ろうが娘を思う母の気持ちが変わる事は無い。

 

 玄関を飛び出し目に入ってくるのどかな風景。テヌート村は自然の豊かな綺麗な村。

 水車が回る音に牛の鳴き声のコーラス。まるでフルートのような鳥のさえずり。村全体がまるで小さな楽団のようだ。

 

 村の演奏に見送られ、ポルカはテヌート村を出ようとしたが家の花畑に倒れている人影を見つける。大変だわ。そう思いポルカは慌てて倒れた人へ駆け寄り問いかける。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 シルクハットを被り紳士と形容するのがしっくりくる様な格好の男性が倒れていた。

 ポルカの問いかけに気付いたのか男性は立ち上がり心配させてしまった事への謝罪をする。

 

 「すみません。あまりにも綺麗な場所だったのでつい眠ってしまって」

 

 ポルカの心配を他所に飄々としている男性をみてポルカはほっとするやいなや、つい笑ってしまった。

 

 「可笑しな人。でも良かった。テヌート村の事を褒めてくれて私も住人として嬉しいわ」

 

 ポルカは初対面にも関わらず、何故か親しみの持てるその人物と打ち解けた。

 ショパンと名乗るその人は帽子を外し優雅な振る舞いで自己紹介をしはじめる。

 テヌート村のような田舎には不釣合いな貴族的な礼儀正しさだった。

 ポルカはまるで自分を褒められたかのように喜びながらテヌート村を案内しはじめる。ショパンは紹介されるその一つ一つを聞きながら、時折感心し思いに耽る。どこか懐かしさを感じているようだった。 

 

 「ショパンさんはテヌート村に滞在されるんですか?」

 

 ポルカは疑問に思ったことをショパンに問うていた。

 ポルカの質問にショパンは遠くを見つめながら答える。

 

 「ええ、特に行く当てもありませんから。それにこの村やポルカさんの事をもっと知りたいと思いました」

 

 だったら夜に森に行きませんかとポルカはショパンを誘う。夜は幻想的な風景でとてもきれいなんですとポルカは熱弁をふるいながら。

 ポルカの熱意に一瞬たじろぎながらも心を動かされショパンは答えた。

 

 「幻想的ですか……楽しみにしてますよポルカさん」

 

 その答えにポルカは満足する。しかしショパンを案内していて忘れていたがポルカは街へ行く途中だった。

 その事をショパンに説明しポルカはまた後でと言い駆け出そうとするが、普段あまり走ったりしないポルカは躓きそうになる。

 しかしあわやというタイミングでショパンに支えられて事なきを得る。 

 そしてショパンは村を案内してくれたお礼がしたいと言い、ポルカが街へ行き花封薬を売るのを手伝うとのべた。

 

 「やっぱり今日は良い一日になりそう」

 

 そう小声で呟くポルカにどうしたのかとショパンは問う。

 

 「ふふ、なんでもないですよ! それじゃあいきましょうかショパンさん」

 

 二人はゆっくりと歩幅を合わせながらテヌート村をあとにした。

 

 

◇◇◇

 

 リタルダントは静かな港町だった。しかしあまり経済状況は良いとも言えず、家が無い者達や親の居ない子供達が盗みを働く事もある。

 街の人間は自分達の生活で手一杯なのだろう。その子供達の存在をまるでマンホールの蓋で塞ぐかのように閉じ込めていた。

 

 アレグレットとビート。二人もこの街で大人達から見放された子供達だった。

 

 「にいちゃん、今日もパン盗みにいくの?」

 

 ビートの問いにアレグレットは答える。生きる為には仕方が無い。パンを少し盗られてもパン屋に明日はやってくるだろうが、自分達はパンを盗らなければ明日を迎える事ができなくなってしまう。

 弟分のビートは兄貴分のアレグレットの講釈を聞きながら今日のパンを品定めする。パン屋の店先には無防備にも新商品のパンが並んでいた。

 

 「ビート。俺はあっちのパンを狙うからお前はあっちを頼んだ!」

 

 しかしアレグレットの提案にビートは難色を示す。

 

 「えー? 僕の方のパン前に食べてまずかった奴だよーあんなのまた食べる気しないって」

 

 アレグレットは無駄に口うるさい弟分の愚痴にしょうがないと諦め、別のパンを狙うように指示しながら手際よくパンを盗み出す。作戦通りパンを盗むことにした二人はパン屋に追いかけられるも無事逃げおおせた。日課の食料調達は無事に成功したのだ。

 

 パン屋は無くなったパンを見てため息を付く。そのため息は子供達にパンを盗まれたことへのため息ではなく、一部の商品が盗まれなかったことへのため息だった。

 

 「あいつらも狙わないほどこのパンはダメだったか」

 

 パン屋の嘆きは港町特有のカモメの声にかき消された。

 

 

◇◇◇

 

 ショパンはリタルダントへ着き花封薬の売り子を始めるポルカを見守る。

 

 「すみませんポルカさん。私は花封薬についてあまり知らないので手伝いにならなくて」

 

 ショパンの気遣いにポルカは笑顔で返す。見守っててくれるだけで十分ですよと言い街の人に声をかけ始めた。

 ショパンは売り子をしているポルカを見守りつつ、それほど大きい街ではないがテヌート村よりは人も多く、港町特有の賑やかさもあるとリタルダントの街を眺めながら思いに耽る。

 しかし花封薬はあまり売れ行きが良いとは言えず、ただポルカの綺麗な声だけがひとり街の中で響いていた。

 

 ふとショパンはあたりから聞こえる雑音に気付いた。港の辺りで喧嘩をしている男達を見つける。ポルカはショパンが気付くよりも先に喧嘩を仲裁しに駆け出していた。

 

 男が一人が喧嘩の弾みで倒れていたのを見たポルカはすぐさま駆け寄り何かを施している。

 ショパンはその様子を見ながら妹の事を思い出していた。 

 

 「エミリア……」

 

 そう呟いたショパンの声もまた港町に流れる鳥の声や海のさざめきにかき消されていた。

 手当てを終えたポルカが怪我をしていた男性に優しく声を掛けるが、男性は感謝をするどころかポルカを侮蔑し突き飛ばしながら立ち去っていく。

 

 ショパンは慌ててポルカに駆け寄り支えながら先ほどの男性の行動に憤りを露にする。

 

 「大丈夫ですよショパンさん。なれていますから」

 

 ソレは慣れていいものなのだろうか。ポルカは先ほどの男性の対応を怒るどころか、さもそれが当たり前のように話す。

 困惑しているショパンにポルカは冷静な口調で説明しはじめる。

 

 魔法を使える者は皆不治の病に冒されている証なのだと。 

 そして魔法が使える事それ自体が人から忌み嫌われるのだと。

 

 「私はただ、自分の魔法を使って誰かを助けられたらいいと思っているだけなのに」

 

 ショパンは自身の病と重ねながら、魔法というモノの実情を垣間見たような気がした。

 そう話すポルカの悲しそうな表情にショパンは励ましの声をかけようとするが遮られる。 

 ポルカに対して声を掛ける少年二人組の声が周囲に広がってゆく。

 

 「姉ちゃん。さっきの魔法すごかったね、もう一回見せて!」

 

 ビートは物珍しそうな顔でポルカに話しかけている。その表情は純粋でまるで星を見るような眼差しであった。

 

 「こらビート! いきなり話しかけたら失礼だろ」 

 

 アレグレットはビートをたしなめながらポルカに気を遣っている様子で、落ちつかない気持ちを隠せずにいるようだ。

 二人は自己紹介をしながらポルカに改めて先ほどの件をなぐさめる。

 ポルカは突然話しかけられたことにびっくりしているが、悪意のない人だとわかりポルカは笑顔を見せ会話を始める。

 

 「あなた達は平気なの? 私が魔法を使う所見てたんでしょ?」

 

 アレグレットはポルカの問いに対して当たり前のように持論を語る。

 

 「平気も何もあんなの迷信だろ? 魔法がうつるっていうのは」

 

 アレグレットは身を持って知っていたのだ。孤児達の面倒を見ている側面、病気にかかる子供の面倒をみる事も多かった。中には魔法を使えるようになってしまい、そのまま亡くなった子も居た。アレグレットとビートは魔法の使える子供達の看病や世話をしていたが自分達が病気にはならなかったと語る。

 ショパンはそんな二人の話を聞きながら、魔法というものはまた違う何かなのかと考えポルカに問うていた。

 

 「ポルカさん。魔法という物は何なのでしょうか?」

 

 ショパンの空を掴みたいようなそんな質問にポルカは微笑みながら答える。

 

 「魔法は病にかかった人の(トラスティ)の輝きから生まれるといわれてるの、私の場合は胸の中から暖かい気持ちが溢れて、その気持ちを人に渡して癒してあげられるの」

 

 彼女はショパンに笑顔で語りかける。その表情がショパンには見覚えがあった。

 ショパンにとって魔法を語るポルカの笑顔は儚く、いたいけな少女の作り笑いに胸が締め付けられる気持ちで、ショパンは今にもこの感情をピアノに吐露したいと思っていた。

 胸にこだまする、この感情を。言葉で伝えきれないこの悲しみを。

 

 かつてショパンはいくつもの悲しみに正面から向き合う事ができなかった。

 ショパンはポルカと自身の(エミリア)とを重ね合わせていた。

 人生の中での最初の悲しみ(エミリアの死)に近いこの感情を。

 

 「ポルカさん、あなたは優しい人なのでしょう。だからこそ困難に立ち向かい人々の心を解かしていく。ただあなたの優しさは心に響く。心無き者達はきっとあなたの事を疎ましく思うでしょう」

 

 凍てついた心も、その優しさで救い。悲しみに囚われた人もその灯りで導いてくれるだろう。

 まるで風前の灯のように彼女の心は輝いている。

 ショパンにとってポルカはエミリアに似て、太陽の光に照らされなければ輝けない、淡く寂寥感を連想させるような、月の輝きのようだと感じていた。

 

 「おい、おっさん。変なこと言ってポルカが困ってるじゃねえか」

 

 ふとショパンは己の創造から戻り、あたりを見渡す。

 ポルカは困ったように笑いながら、アレグレットは少し怒ったような表情で、ビートは口をぽかーんと開いたままだった。

 

 「アレグレット、この人はショパンさんって言って……えっと、何をしてる方でしたっけ?」

 

 ポルカはショパンを二人に紹介しようとするが言葉を詰まらす。

 ショパンは自分がきちんと名乗っていなかったのを思い出し、改めて自分を語り始める。

 

 「私はフレデリック・ショパン。今は旅する音楽家とでも言っておきましょうか」

 

 ポルカやビートはショパンの振る舞いに目をキラキラさせながら何か弾いてと、ねだる様な表情を見せている。不必要なショパンの優雅な所作にアレグレットは少し訝しみを持っていた。

 

 「ピアノがあれば一曲お聞かせできるのですが、今はモノマネぐらいしか出来ませんね」

 

 妙に砕けた表情でショパンは微笑む。

 ポルカはショパンの可笑しな表情を見てつられて笑っていた。

 アレグレットはまたもショパンを睨んでいたが、弟分のビートがショパンと同じような可笑しな表情でアレグレットに笑顔を要求していた。

 

 「ほら! にいちゃんも笑って笑って!」

 

 ビートやショパンの可笑しな表情につられアレグレットは苦笑しながら、音楽家というよりは旅芸人ではないかと心の中でひとりごちる。

 

 団欒としたその場で突如ポルカが発作を起こし苦しみながら倒れこむ。三人はポルカの側に駆け寄った。ポルカの呼吸は荒く、ビートは慌てふためき医者を呼ぶかとオロオロとしていた。

 だがそんなポルカをショパンだけは先ほどとはうって変わって、一人冷静な表情でポルカに手を添えている。

 その様子をアレグレットとビートは呆然と立ちすくみながら見て、ビートは思わずつぶやく。

 

 「ショパンさんの魔法、綺麗だね」

 

 魔法で苦しむ少女を助けようとショパンは己の魔法を使っている。ポルカは魔法により発作が治まり安らかな表情に戻っていた。アレグレットとビートはその様子をみて胸を撫で下ろす。

 

 落ち着いたポルカがショパンに礼を言う。

 

 「ありがとうございます、でもショパンさんも魔法が使えたんですね」

 

 ポルカは助けてもらって嬉しい反面、ショパンも自分と同じで残り少ない命だという事を知って悲しげな表情を見せていた。

 そんなポルカを見てショパンは励ましの言葉を紡ぎだす。

 

 「魔法と言うのは誰かを助けるために使える素敵な力です。ポルカさん、私はあなたを助けられたことが嬉しいんですよ」

 

 それは紛れもない本心からの言葉であり、ショパンは慈しみの表情を見せていた。かつて助けることの出来なかった妹の面影をポルカに見据えながら。

 

 ポルカから笑い声が漏れる。やっぱり可笑しな人と呟きながら先ほどよりもポルカは笑顔を輝かせている。アレグレットはポルカを笑顔に惹かれていた。月の引力に海の満ち潮が揺らめくように。

 

 ポルカはそろそろ日も落ちてきたわと言いながら帰り支度を始めている。

 アレグレットは帰り道でまた倒れたら大変だと言い、ポルカを家まで送ると意気揚々と宣言するが、ビートに家までの道知らないじゃんと突っ込まれてポルカに笑われてしまう。

 

 「だったら皆を私の家に招待するわ」 

 

 ポルカは私が倒れた事は母さんには内緒ね、と付け加えながらもそう言い。ショパンやアレグレットとビートを自分の家に招待する。

 その日の帰路は賑やかで愉快な、まるでおとぎ話の挿絵(1ページ)のようだった。

 

◇ 

 

 テヌート村に辿り付く頃には、空一面が暗くなり、星々が顔を覗かせていた。

 星々が輝く空に月はきらびやかに、まるで夜の主役は自分だと言わんばかりに光を放っている。

 昼の情景とうって変わって夜のテヌート村は静かで虫の声がたゆたい、時折鳥の鳴き声が虫の声をかき消すように聴こえては静まるコーラスのようであった。

 

 「母さんただいま」

 

 元気よく笑顔で家に帰ったポルカは母に今日の楽しい一日を話し始めようとしていたが、母に後ろの客人の説明を促されショパン達を紹介をし始める。

 

 「ごめんなさいね。娘が迷惑をかけたようで」

 

 ポルカの母ソルフェージュは謝りながらそして娘を送ってきてくれたことに感謝する。

 ポルカは晩御飯も食べてってと言い、三人は促されるまま馳走になる。

 

 「わぁ、このシチューおいしい!」

 

 ビートは久方ぶりの温かい食事に目を輝かせ舌鼓を打っている。

 アレグレットはビートが食べこぼしたりしているのを拭いたり世話を焼きながらもシチューの味には満足し頬を緩ませている。

 ショパンは表情こそ固い表情だがキノコが絶品だと呟きながら一番に食べ終わっていた。

 

 「母さんのシチューは絶品でしょう」

 

 ポルカは母の手料理を食べながら、おいしいという感想をまるで自分が褒められているかのごとく喜んでいた。そんな娘の様子にソルフェージュは慈愛に満ちた笑顔を向ける。

 食事も終わり段落が着いたところでポルカは思い出したかのように昼間の約束をショパンに尋ねていた。

 テヌート村の夜の森は幻想的で美しいから見に行こう。昼間の約束はこうでしたよねとショパンは尋ね返す。

 そんなやり取りにビートは自分も行きたいと手を上げる。ポルカは笑顔で皆で行きましょうと言い、森に出かける準備を済ます。

 アレグレットは食後の満腹感と幸福感に包まれながら、夜の散歩という響きに心をときめかせていた。

 4人は森に入り幻想的な夜の景色に心を通わせ楽しげに歩み始める。森をポルカに案内されながらショパンとアレグレットにビートは楽しそうに夜の散策に勤しむ。

 

 「ビート! あんまりはしゃぎ過ぎて魔物を起こすなよ」

 

 アレグレットの注意も束の間ビートは魔物を起こしてしまう。

 すぐさまショパンが駆け寄り魔法で魔物を眠らせる。

 

 「大丈夫ですかビート君。夜の森は素敵ですが、はしゃぎ過ぎはダメですよ。演奏会のように静かに楽しみましょう」

 

 ショパンに注意されて小声で反省しているビートを見てポルカは笑いを堪えていた。

 4人は森の開けた場所にたどり着く。辺り一帯に咲く紫色の花が、まるで夜空の満天の星々のように一行を出迎える。

 

 「鏡天花といわれていて、夜にしか咲かない花なの。どうしてもこれを見せたくって」

 

 ポルカの説明に耳を傾けながら三人はそれぞれ花に心を奪われている。

 ショパンは初めて見る景色に心を奪われ、言葉をうまく紡ぎ出せないでいた。

 ビートは手にぶら下げていたカメラで写真を撮りながら瞳を輝かす。

 アレグレットは花を見ながらポルカに話しかけ謝意とともに気持ちを伝える。

 

 「綺麗な花だな、ポルカみたいだ」

 

 アレグレットの言葉は気の利いた言葉のように思えたがポルカは浮かない顔をしていた。

 

 「別名、死灯花」

 

 ポルカの声に一気に場が静まり返り。まるでそこに何も無かったかのような、闇が全てを包み込むような静けさに包まれる。

 

 「死灯花?」

 

 ショパンは尋ねるような口調でポルカに話しかけ答えを待っている。

 

 「ええ……この花は夜にしか咲かないから、死を現す花だと呼ばれていて忌み嫌われているの。まるで私のように……」

 

 アレグレットは自分が放った言葉でポルカを傷つけてしまったのではないかと謝罪する。

 

 「いいのよアレグレット。あなたは純粋にこの花を見て綺麗だって言ってくれたんだもの」

 

 ポルカの声は寂しげで今にも消えてなくなってしまいそうだったが、笑顔だけは花に負けない輝きを放っていた。

 ショパンは先ほどポルカに言われた鏡天花と死灯花。二つの花名を頭に思い浮かべながらポルカと花を見比べる。

 ポルカはショパンに声をかけ、約束どおり花を一緒に見てくれてありがとうと感謝の意を述べる。

 

 「ショパンさん、この花を鏡天花と呼ぶか死灯花と呼ぶかで迷っているのでしょう?」

 

 まるで見透かされたかのようなポルカの言葉にショパンは驚きを隠せないでいた。

 

 「ポルカさん、あなたは確かにこの花のように儚げな少女だ。しかしあなたの輝きは花の輝きではなく月の輝きに似ていると私は思います」

 

 しかしショパンは話していて同時にこう考える。月は太陽に照らされ輝く、花も太陽の光を浴びて咲き誇るのだと。

 計らずともショパンは自分が思っている以上にポルカとエミリアの二人を重ね合わせていたのだと思い知らされていた。 

 

 「ねえねえ皆でこの花と一緒に写真を撮ろうよ!」

 

 淀んだ空気を打ち払うかのようにビートはここで写真を撮らないかと提案する。

 ビートは一瞬アレグレットの方に誇らしげな顔をしてみせる。

 アレグレットは弟分の計らいにやれやれと言った感じを見せたが、ビートにそっと小声で感謝の言葉を伝える。

 

 「じゃあ撮るよー、みんな笑顔でー」

 

 ビートは溢れんばかりの笑顔を見せながらカメラのシャッターを押す。静かな森でシャッター音が鳴り響き、アレグレットとポルカの二人がはにかむ笑顔で並び、少し奥でショパンが帽子に手をかけ微笑む。カメラは花と夜空を背景に笑顔の3人を写しながら輝く。

 

 撮影が終わってビートは写真を見つめながら、自分の写真を撮ってないのに気付く。

 所在なさげに落ち込むビートだったが、ショパンはしゃがみながらビートに視線を合わせて優しく言葉を投げかける。

 

 「ビート君。私が撮ってあげましょう」

 

 ショパンはそう言いながらビートにカメラを借り受けると、先ほどのビートを真似るかのように溢れんばかりの笑顔でシャッターを切る。

 笑顔のビートを囲むようにポルカとアレグレットの三人の愛らしい作品(しゃしん)がうまれていた。

 

 写真を撮り終え帰路につく一行の笑い声は森の静けさには不釣合いではあったが、とても愉快で森の動物達は温かく見守っていた。

 ポルカは今日は家に泊まっていってと申し出三人に笑顔を向ける、だが大勢で泊まるのは迷惑だろうとショパンは辞退しようとしていたのだが、ポルカは大丈夫だと言い放つ。

 

 「もう夜も遅いし、それに沢山の人が泊まるなんてとても楽しそうだもの」

 

 その言葉に甘えることを決め、ポルカの家に泊まる事を3人は快諾する。

 

 「にいちゃんふかふかのベットだよ!」

 

 部屋に着くなりビートは喜びを全身で表現していた。 

 ショパンとアレグレットとビートの三人は同じ部屋でベットで横になっている。

 落ち着けとビートをたしなめていたアレグレットだったが、自身も柔らかいベットには勝てないようで、笑顔と一緒に吐息をこぼして寝てしまう。

 

 そんな二人を見守っていたショパンだったが、部屋の外で何やらポルカの声がしたので扉越しに聞き耳を立てていた。

 けして盗み疑義しているわけではない。ピアニストゆえ音に敏感なのだと心の中で言い訳をしながら。

 

 ポルカは意を決したような低く芯のこもった声で母親のソルフェージュと会話をしていた。

 

 「母さん。明日私は旅に出るわ」

 

 突然の娘の発表に驚くが、それでも理由を聞かずソルフェージュは娘に語りかける。

 

 「そう……あなたの望むまま進みなさい、私はここであなたの帰りを待っているから」

 

 温かく慈愛の溢れる言葉で(ポルカ)を応援し抱きしめる。

 扉越しにも伝わる温かさに触れショパンは安心し寝ようかと後ろを振り向くと。

 

 「盗み聞きか?」

  

 いつの間にか目を覚ましたアレグレットがショパンの後ろで険しい表情を浮かべている。

 ショパンはアレグレットにポルカが心配でついと謝っておきながらも、子供は早く寝る時間ですよと諭しながらベットに戻っていく。

 アレグレットはショパンと一緒に盗み聞きしていた内容を思い返しながら一人呟く。

 

 「旅か……」

  

 

 ◇

 

 翌朝ショパンが目覚めると部屋はもぬけの殻でアレグレットとビートは一足先にリタルダントへ帰ったとポルカから伝えられる。

 

 ショパンはゆったりとした朝に身を任せポルカとソルフェージュと朝食を共にしていた。

 そんな静かな時間に喧騒が舞い戻る。

 

 「ポルカ! 俺も一緒に旅に出るよ!」

 

 アレグレットの声が静かな家の中にこだまする。

 ビートが遅れながら家に入りアレグレットの発言について説明を始めた。

 

 「にいちゃんがポルカ姉ちゃんと旅がしたいって、僕が寝てる間になんか決めちゃったみたいなんだよ」

 

 ビートはアレグレットの突飛な行動に首を傾げていたがショパンは合点がいった様で、微笑みながら旅をするのは良い事だと褒め称える。

 ポルカもアレグレットの行動が突然過ぎて口を開けていたが、元々旅をする事を決めていたのでせっかくなら人数の多いほうがいいと喜びを口にしていた。  

 

 「楽しくなりそうね、よろしくねアレグレット。ビートくん」

 

 ショパンは笑顔の3人とどこか寂しげなソルフェージュを交互に見比べていた。

 ポルカはショパンにも一緒に旅に出ないかと誘うものの。ショパンは遠慮し、見送るだけに留まった。

 ポルカの家でソルフェージュとショパンが三人の門出を見送る。

 過ぎ去る喧騒がテヌート村を出て行き、残された静けさと郷愁にショパンは思いを膨らます。

 

 ショパン自身故郷(ワルシャワ)を出る時に家族や友人に見送られた事を思い出し、心を打ちつけていた。

 しかしながら旅に出て、とどのつまり一度も帰ることが無かった故郷。

 ショパンは隣にたたずむソルフェージュを見てかつての自分の家族と照らし合わせてしまっていた。

 

 「ソルフェージュさん、私も旅をした事があるんですよ。長い旅を」

 

 語られる言葉にはここからでは届かないであろう家族へ宛てたショパンの気持ちも入り混じる。

 

 「この旅でポルカさんは大切な事を見つけ出せると私は思います」

 

 ソルフェージュはショパンの言葉をただ静かに聞き頷く。

 励ましなのか、はたまた自身の出来なかった贖罪なのか、ショパンは果たせなかった望郷の思いと邂逅し自然と頬に雫がこぼれる。

 ふと空を見上げ空の色が変わっているのに気付く。

 

 「雨……ですか……」

 

 ショパンは降り始める小雨に気付き、ポツリポツリと呟く。

 濡れてはいけないとソルフェージュはショパンに家の中へと戻りましょうと促そうとしたが、ある事に気付く。 

 

 「あの子ったら傘を忘れてるわ」

 

 ショパンは緊張した表情から一転、紐解かれた様に微笑みポルカに傘を渡してきますとソルフェージュに伝える。

 ソルフェージュはよろしくお願いしますと、子を思う母のありきたりで普遍的な言葉をショパンに託す。

 

 ショパンはその姿をみて、故郷に残した母の思いとはこのような気持ちなのだと胸に響かせ、そっと胸にしまい込む。

 ソルフェージュから傘を受け取り足早に駆けようとするが、足を止め振り返る。

 帽子に手をかけながら行って来ますと軽やかな表情で微笑み返し、思いのこもった言葉も伝えてゆく。

 

 「旅が終わったら、ポルカさんを連れて必ずテヌート村に帰ってきます」

 

 雨が降るテヌート村は泣いているような寂しげな表情をしていたが、悲しみの涙ではなく、旅に出た者達を祝福するかのような喜びの(あめ)だった。

 

 

 

 「はぁ、にいちゃん雨強くなってきたね」

 

 降りしきる雨の中ビートは愚痴をこぼすようにため息を付き機嫌を悪くしている。

 アゴゴの森と呼ばれる木々の生い茂った森の中で3人の旅は始まっていた。

 テヌート村からリタルダントへ続く街道とは反対方向の道に進むと、このアゴゴの森にたどり着く。

 雨のせいか普段より鬱蒼としているこの森は街道よりもすこし凶暴な魔物が住んではいたが、森の深い場所へ足を踏み入れなければ襲っては来ない為、それほど危険性は無い。

 森の中の街道に沿って旅をする分には健やかなる旅路と自然の愛しさを約束してくれるだろう。

 

 「ビート。いやなら別についてこなくても良いんだぜ?」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべアレグレットはビートをからかう。

 ビートはこれぐらい平気だと胸を張りながら主張するが雨脚は強くなる一方であった。

 二人の楽しそうな掛け合いを見て笑みをこぼしているポルカは木陰を指してすこし雨宿りしましょうと二人に提案し笑顔を振りまく。 

 

 「あそこの木なんか大きくていいんじゃないかしら」

 

 ポルカはまるで無邪気にはしゃぐ子供のようにビートの手を引っ張りながら木陰へ急ぎ早に走っていく。

 そんな二人を眺めながらアレグレットはポルカの身体の心配をしていた。

 元気そうに走るポルカに一抹の不安を感じるも、杞憂に終わる事を願いながら始まった旅路を力強く踏みしめる。

 だが明るく考えた未来を吹き飛ばすようにアレグレットに走っていった方向から悲鳴が聞こえた。

 アレグレットは何事かと急いで二人の向かった木陰へ全力で走る。

 そこには片眼鏡(モノクル)を掛けた青年が刀をポルカとビートに突きつけていた。

 倒れているポルカと彼女を庇うように震えながら立っているビートの姿を目の当たりにし、アレグレットは嫌な気分が胸を締め付けるのを振り払おうと懸命に抗う。

 

 「ポルカ! ビート! 無事か!」

 

 ビートの前に立ち眼前の相手と対峙する。

 服装や所作で貴族然としている、いけ好かない人間だと瞬時に相手を認識し相手を睥睨しながらアレグレットは何があったのかと問いただす。

 すると片眼鏡の男は自分はさも被害者だといわんばかりに振舞いながら語り始める。

 

 「私は光るアゴゴが居ないかとこの子達に聞いていただけですよ。そして私に気安く触れようとしたから叩き払っただけですが?」

 

 ビートは震えていたがアレグレットにしがみつきながら反論をする。

 

 「この眼鏡のにいちゃんが怪我をしていて、ポルカ姉ちゃんがそれを治そうとしたんだ」

 

 ビートの言葉をかき消すように片眼鏡の男は声を荒げる。

 

 「魔法を使おうと薄汚れた手で私に触れようとしたからだ!」

 

 街の住人がポルカを突き飛ばした光景が脳裏を過ぎる。 

 アレグレットはあの場に居て何も出来なかった。ただポルカが傷付くのを見るだけだった。

 今はどうだろうか、アレグレットは毅然とした態度で相手を睨み返しながら心の思いをぶつける。

 

 「だからって、いきなり子供を突き飛ばす理由にはならないだろ!」

 

 握っていた拳が震える。しかし片眼鏡の男は刀を構え始める。

 

 「煩いハエだ。どうせこの先短い命でしょう、今楽にしてさしあげますよ」

 

 突然刀を振るわれ、庇うようにアレグレットは剣を構え後ろの二人を守ろうとする。

 しかし力量の差か、次第に追い詰められ刀を突きつけられる。

 

 「ハエにしては小賢しく持ちこたえましたね」

 

 片眼鏡の男はそう言いながらアレグレットに刀を振るう。

 アレグレットは自分の力の弱さを嘆く。

 

 ポルカを助けられなかった。

 

 アレグレットの瞳には悔しさで涙が溢れ出ていた、その涙を流してしまうかの如く雨の勢いは止むどころか刻々と勢いを増し雑音(アレグレットの声)をかき消す。

 

 「雷鳴は天にあり、雷光は野を照らす!」

 

 声が鳴り響く。その瞬間雷鳴が轟き辺りには静けさだけが舞い戻る。

 アレグレットは駆けつけるショパンの声を聞き安心したのか、ポルカに微笑みながら気を失う。

 

 片眼鏡の男は息も絶え絶えに乱入者を睨み返すが、喉元にタクトを突きつけられ己の敗北を悟り悔しさの余り表情を歪めながら走り去って行く。

 

 ショパンは敵を排除し、ほっと一息付いたあと泣きじゃくるビートの頭を撫でる。

 気を失いながらも守ろうとしているアレグレットを見てショパンは礼を言う。

 二人に傘を差し出し降り続く雨を見ながらひとりごちた。 

 

 「止まない雨はありませんから」





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