サーヴァント・アーチャー『エミヤ』が召喚されてから一夜明け。
彼は無事にカルデアに馴染み、どころかその手腕で幾人もを魅了しカルデアの料理長の名誉まで戴いた次の日。
昨日と同じく朝食の為に食堂に赴いた立香が目にしたのは、簡素ながらも昨日の朝食とは段違いのクオリティを誇る食物を幸せそうな顔で頬張るカルデアスタッフの幾人かと、赤い外套を脱ぎ捨て精力的に料理活動に勤しむサーヴァント一騎の姿だった。
昨日の夜も思っていた事だが、筋骨隆々の長身の男性が料理をしている、というのは些か違和感というかなんというか。
だがその如何にもな戦士の見た目がせわしなく動き回る様もあり、『厨房という名の戦場』で戦う一人として似合ってもいるというか。
違和感があるのに似合っているとも感じる。なんとも奇妙な光景だった。
もっとも味に関しては心配ないと昨夜の催しで大いに実感した所であり。むしろ自分の体重がどんどん増加していくのではという心配を抱く程ではあるが。
どんな地域のどんな料理も用意してみせようと豪語していた彼の新料理長ではあったが、あまり凝ったものや豪勢に分類されるようなものは特別な事態でもないと、とオルガマリーを初め責任者一同に止められていた。
それもあってか彼が料理長になってはじめてのこの朝食は、質素に画一されたものを皆に等しく届けているようだった。
質素であっても手を抜いてはいないのが、食べる人と作る彼の表情から窺い知れる。
よく見れば、厨房にはエミヤ以外にも幾人かのスタッフが居て、エミヤの指示を受けて作業をしていた。
いくらエミヤの腕がいいからといって、彼はサーヴァントであり、戦闘員だ。
有事には料理などしている訳にもいかない、なんて時の為に指導でもしているのだろう。
そんな、目に映るものについての考えをつらつらと浮かべながら、立香は食事受け取りの待機列に並び、自分のぶんを受け取り、朝食をとった。
すごくおいしかった。
技術部の責任者であるレオナルド・ダヴィンチは、あるひとつの作業を進めていた。
人工的な手段での英霊の能力向上は可能であるか?というものだ。
現状新たに英霊を召喚できるかどうかの目処はなく、最悪今ある戦力だけで事態の収拾に向かわなくてはいけない。
ならばせめて、その今ある戦力を強化する事はできないだろうか、と考えるのはある種自然な成り行きだった。
英霊強化の着想の元はある。アッシュという存在だ。
彼は何かしらの手段によって自身の霊基情報を改竄し、能力の向上を行なう事が出来るらしい。
曰く『ソウルの御業』だとかなんだとか。全てのものには『ソウル』と呼ばれる力の源が存在し、それを用いて自分の肉体を作り変えている、らしい。
その効果は一時的なものではなく、永続するのだとか。
詳しい原理は「よくは知らん。専門ではない」らしいので簡単にしか聞けなかったが、彼の元いた場所では割と一般的な技術であった様だ。
『ソウル』——魂。第三魔法の様なものだろうか。物質化はしているようには見えないが、あるいは魂そのものというわけではないのか。
何かと混ぜ合わせて出来た物が形を為しているだけなのか——或は形などないのか。
ともかく彼は『ソウル』なるものを認識し、数量を把握しているらしい。
何かを殺せば、『ソウル』は手に入れる事ができる。
で、あるならば。
『魂喰い』という手段を用いれば英霊もまたステータスを一時的にだが強化する事も出来る存在である。
もしも『ソウルの御業』が『それ』と似通っているとするならば、その原理を解明し、英霊にも流用できるのであれば。
人間の魂ではなく、話に聞く特異点で出会ったという敵性存在——使い魔、魔獣等の『ソウル』を回収し、それで英霊が強化できるなら。
それはきっと、大きな力となるだろう。
とはいえ、本来英霊の永続的な強化、霊基情報の改竄は実質不可能に近い。
英霊は不変の存在であり、だからこそ彼らは『英霊』であって、召喚する事が可能なのだ。
特にカルデア式のサーヴァントは特異点へのレイシフトを行なう関係上、霊基情報というのはかなりデリケートな扱いをしなければならない。
些細な書き換えにより、最悪英霊の消失という事態も考えられる。
やるとするなら、まずは『ソウルの御業』の解析の方からか——等と、考えていたのだが。
「————驚いたな。出来てしまった」
ヒントがあったとはいえ、割とあっさり出来てしまった。
『ソウルの御業』の解析ではなく、『ソウル』の方——魂の擬似的な物質化について、だが。
出来上がった『それ』は、球状のものだった。
霊的な物を可視化させる類いの魔術式を展開させながら、ある魂——霊基情報の一部——と魔力、生命力なんかを概念的に掛け合わせてみた所、何故か勝手に最初から物質化された球状の物が出来上がった。
大きさは掌に乗せられる程度のもの。
重さはなく、しかし重力の影響などは受けているように見える。
触った感覚はないが、視覚的には触っていると認識できるし、持つ事もできる。
強く握ると、なんと胡散してしまった。……というよりは、自分の身体に取り込まれた様子だ。
元にした魂がダヴィンチ自らのものだったが故の現象だろうか。
ともかくもそれらしい物体の生成は出来てしまった。ただ、手順そのものはおおよそ特殊なものとは言い難いのが気になりはする。
適当に物は試しと行なったそれは、過去に似た様な状況で似た様な工程のものがあった筈だが、このような結果にはならなかった筈。
『ソウル』なる概念を認識した事の影響か——或は『アッシュ』がこのカルデアに訪れたが故だろうか。
存在を認識してはじめて生成が可能になる類いのものだったのか、彼が『この世界』に持ち込んだ法則なのか。
どちらにせよ、概念的なアプローチが必要だった、という事ではあるのだろうが。
出来上がったものは『ソウル』そのものではないようだが——アッシュがこのような物質を所持していたり、入手していた等の報告はなかった——これは彼がソウルとして扱えるものなのか。
自分の魂以外を材料にした場合は、胡散させるとどのような結果になるのか。そもそも胡散ではなく他の現象が起こるのかどうか。
疑問は尽きない。だが目標には一歩近付いたと言える。
しかし次の段階は危険性が高い。やはり『御業』の解析を進めるほうが先だろう。
そうと決まれば、とダヴィンチは参考の為に縛り付けておいたアッシュに様々な質問を投げかける。
——ちなみにアッシュを拘束している道具は、召喚された英霊が制御不能になる等の事態に備えて主にダヴィンチが作成しておいた霊子の結合などの働きを阻害する器具だ。所定の場所に設置されていたり一定の階級以上の職員が持っていたりする。
存在していると知られるのは色々と面倒な事態になるような代物なので、記録には残っていないし一般の職員は知らないし、正式な名前はない。
「いい加減に拘束を解いてもらいたいものだが。答えられるものも話したくなくなるぞ」
「んー。まあ別にいいんだけど、終わったら付け直させてくれたまえよ?外したと所長にバレると煩いからね」
「………………貴公」
『非協力的或いは危険性有りと判断されるサーヴァントへの対処』とかいう取り決めに基づいた筈の処置の一つを、全く逡巡もなしに勝手に変更する。
色々な意味で問題なダヴィンチの態度に、アッシュは溜め息混じりに呟いて境遇については諦めた。
あのヒステリックな、土壇場で何をしでかすかわからぬ『マスター』よりは幾分かマシか、と。
話は通じはする。それだけでアレよりは幾分かマシだと。話は通じても話を聞かなさそうな所が既に見えているが。
「————ところでこの『ソウルもどき』。私は『種火』って呼ぼうと思ってるんだけど」
「——バイタルは正常。いや、『普通』だと言えます。まるで普通の人間のそれのようだ」
一般の医療スタッフを退出させた状態で行なったオルガマリーのメディカルチェックの結果だ。
彼女の現状を知る為にも、必要な事だった。しかしその結果がどうなるかわからない以上、彼女の死を悟られる事態を防ぐ為に、その作業は医療部門のトップであるロマニ一人で行なわれた。
彼女は死人だ。肉体は既になく、故にその身体は霊的な組成だとばかり思っていたのだが。
結果は一般的な生者、生きている人間と同一のものだと数値は示している。
肉があり、骨があり、内蔵があり、神経があり、血が通っていて。
しかし血液は、大気に触れると途端に煙の様に消えてしまった。
異常だった。おかしな事態だった。おかしくないと計測される事がおかしい。
「『エーテル体で構成されていないサーヴァント』……そういう表現が一番近いでしょうか」
「…………おかしい、という意味がある事だけは伝わったわ」
サーヴァントの身体はエーテル体である。
過去の英雄、つまりは人間の身体とほぼ同一の組成だが、その大元が霊的物質エーテルから成っている。
見た目、機能は人間と同じだが厳密には人間の身体ではない。
それはオルガマリーの現状と同じだった。サーヴァントと違うのはその素材がエーテルではない、魔術世界でも未知のものであるという事。
それをロマ二なりにわかりやすく端的に表したつもりの言葉だったが、残念ながらそれだけだと意味不明だった。
「ああいや実際その通りなんですけどね!?いやそういう意味じゃなくてですね!!」
「別に、怒ってはいないわ」
実感が湧かないだけ。
物憂げな表情で呟くオルガマリーを見て、ロマニ・アーキマンも顔を伏せた。
自分は死んだ。それは状況からしてわかっているつもりだった。
だが肉体を持ち、普段と変わらず活動している自分に気付いた時に、自分が生きていると錯覚しそうになる。
自分の足で歩き、飲食も睡眠も出来て、数値的にも普通の人間そのものだと言う。
自分は死んでいるのだという認識が、段々と薄れていくようだった。
それは、あるがままを正しく認識できない事は、魔術師として、『カルデアの人間』として、あってはならない事だというのに。
そうオルガマリーは思っていたし、彼女の言葉からそう考えていると察したロマニは口を噤むしかなかった。
人は自らの死を肯定する事なんてできやしない。それは当たり前の事である。
生物は生きている限り、自分の事を意識的にしろ無意識的にしろ肯定して生きている。
死とはおよそ生きるという行為の対極に位置するものだ。
死を認めるという事は、自らの生の否定する事。
自らを否定しながら生きていける人間など、存在する筈もない。
しかしそれを、『死の肯定』をオルガマリーは行なわなければならない。少なくとも彼女はそう思っていた。
カルデアがやろうとしている事は『認識』というものがとても大きな意味を持つ。
物事を正しく観測し、認識し、確立させていく。
そのプロセスを、自らですら正しく認識できていないものが行なっていい訳がない——と。
ロマニは彼女の意固地さと根っこのどうしようもなく臆病な部分を知っている。
自らの立場、現状、これから。全てが彼女に降り掛かり、圧し潰そうとしている。
そう思い、感じたロマニは、けれど何も言うことができない。
自分が何を言っても、彼女はきっと聞き入れる事はしないだろう。
彼女は勝手に思い悩み、勝手に吹っ切れたり解決したり。そんな人間だ。
気付けばもうだいぶ長い付き合いと言えるかもしれない、微妙な付き合いからロマニはオルガマリーという人間をそう理解していた。
実際に、それは概ねその通りなのだ。
「——ともかく。この事はくれぐれも内密に。今のカルデアには余裕も余力もないわ。トップが不調だと思われるのは士気に大いに影響します」
目を瞑りため息をひとつ吐いて、オルガマリーは自らを取り巻く事情を一旦頭から締め出すことにした。
襲撃により多大な被害を受けたばかりか、外部との一切の連絡が途絶された今、残った者達はひとつに纏まらなければならない。
その集団のトップが重大な『欠陥』をい抱えていると思われてしまえば、結束などできないだろう。
少なくともオルガマリーはそう考え、その末の口止めだった。
ロマニはその言葉に神妙に頷き、けれどと1つだけ忠告を、絞り出すように発した。
何かあれば隠さずに僕かダヴィンチに告げるように、と。
オルガマリーは孤独な人間だ。孤高というには人間味が有り過ぎる。
このカルデアで数少ない彼女が頼りにしていた人間の一人も——レフ・ライノールも、襲撃の犠牲になった。
今の彼女には頼れる人間はいないだろう。忠告もおそらくは聞き入れられる事もないだろう。
わかっていても、それでもロマニは告げた。
いつか彼女が重荷を捨てて寄りかかれる人間が現れることを祈りながら。
ロマニのその忠告に、オルガマリーはただ一言だけ、「考えておくわ」と返事をした。
管制室から連絡が入ったのはそのすぐ後だった。
————特異点と思われる反応が見つかった、と。
「——フランス?1431年の?」
ぽかんと口を開けながら漏れ出た立香の呟きだった。
集合をかけられ、指令室へと集められた人員に告げられた発見された特異点の座標だった。
特異点。カルデアが観測した歴史的な異常地点。
未曾有の危機である原因不明の外部との途絶。その手がかりとなると言われているもの。
それがあると昨日のミーティングで聞き、そこへ『レイシフト』という一種のワープのようなもので向かい、事態の収拾を図る。
そこまでは理解していた立香だったが、それがフランスという異国、しかも500年以上も前の時代だとは、予想していなかった。
単純にミーティングの大部分を聞き流していた事もあったが、立香が初めて経験した特異点である『特異点A』は、彼の故郷の日本であり、時代も今とそう変わらない所だった。
無意識に現代日本のどこかに特異点が散らばっていると思ってしまっても、まあ不思議はないというべきか。
考えてみればその『特異点A』も10年近く時代を遡っていた訳であるが。
「えっと、つまりはタイムスリップ……みたいなものですかね」
手を上げながらの意見……というよりまるで学校での先生への質問のような調子の立香に、オルガマリーは頭を痛めながらも「もうそれでいいわ」と吐き捨てた。
理解を求めている時間はない。その認識で今は間違ってはいないのだし。
「ともかくさっきも言った通り目標地点はフランスのあたり。それも1451年——ジャンヌ・ダルクが処刑されたとされる年よ」
ジャンヌ・ダルク。
その名前には立香にも聞き覚えがあった。
故郷日本で随一の、或いはゆいいつ知名度を誇る歴史上の偉人。
聖女ジャンヌ。その彼女が死んだ年のフランス。
「何がそこを特異点たらしめるのかはわからない。ジャンヌ・ダルクが処刑を免れたのか、はたまた彼女がそもそも歴史上に現れずフランスが敗北したのか——考えられる事は色々あるけれど、結局の所現地へ行って直接確かめない事には何も始まらないわ」
その場所と時間には必ず何らかの意味がある。
ジャンヌが何らかのカギを握っていると考えられはするが、詳しい事はカルデアからでは何もわからない。
実際に向かい、実際に観測して初めて、そこが何故特異点となったのかを考える足がかりが出来る。
そうやって原因を特定し、それを取り除く事でカルデアの目的は成る——
「まずレイシフトするのは2名。マスターの藤丸立香。デミ・サーヴァントのマシュ・キリエライト」
「……え?」
「あの、エミヤ先輩はわかりますが、アッシュさんは……?」
既にカルデアに在る戦力であるサーヴァントの2騎、エミヤとアッシュがレイシフトする人員に含まれていない事に疑問を抱いた立香とマシュ。
二人の疑問は知っている事情や知識の程度の違いはあれど中身は概ね同じだった。
少ない。事態へ当たるのには明らかに。
疑問の声に話を遮られた形のオルガマリーは額に青筋を浮かべ怒声を発しかけるがそれを飲み込み、「話は最後まで聞くように」とため息交じりで答えた。
「2名はレイシフトした後に近くの地脈、霊脈を確保。マシュの盾を設置してカルデアとの中継を確立。その後に追加人員であるサーヴァントを向かわせます」
「二人が後なのは人体のレイシフトは成功データがあるけど、サーヴァントのデータは揃ってないからなんだよねぇ。機材に何かないとは言い切れないし、万全を期してってやつ?」
カルデア最後のマスターとなった立香は重要な人物だが、それと同等程度には戦力となるサーヴァントもまた重要だった。
爆発事故の中心は司令部やレイシフトの為の機材であるコフィンの真下、一応の復旧はしたものの不具合や細工がされてる事は否定できない。
一応の成功体験のある生身の人間のレイシフトを行い、各種データを取ってから初のサーヴァントのレイシフトを行う。リスク管理の一つだ。
そういった事情を踏まえての簡潔なダヴィンチの説明であり、そこまではマシュが把握している事情からの予測内容と一致していた。
だがそこに『アッシュ』は含まれていない。
彼は厳密にはサーヴァントではないとはいえ、既にレイシフトをした存在であり——そこまで考えて、マシュは気付いた。
果たして彼はレイシフトをしたのだろうか、と。
特異点での遭遇と共闘、カルデアへ帰還後の交流——等があり、エミヤと違い彼に記憶の持続性があったりでなんとなく忘れていたが、自分たちのカルデアへの帰還時にアッシュはその場にはいなかった。
つまり彼は厳密にはレイシフトを行ってはいないのでは?
「仮称サーヴァントのアッシュくんの場合はまた事情が異なる。彼はレイシフトを行うことが出来ないらしいんだ」
「とは言えそれは特異点へ赴けないという事でもない。——オルガマリー」
マシュの疑問の答えとも言えるダヴィンチの注釈とそこへ補足を入れる当人であるアッシュ。
彼に呼びかけられたオルガマリーは懐から『何か』を取り出し、そのまま『それ』を立香へ手渡す。
受け取った立香は『それ』をまじまじと眺める。
何かの破片のようだ。ほんのりと暖かく感じもするし、どこか寂しさもある気がする。
「それは『欠片』だ。『篝火の剣』の破片の、その欠片」
何とも言えない『それ』の感覚に集中していると、アッシュが語りかけてくる。
『欠片』。『篝火の剣』の——あの不思議な捻くれた剣の一部。
オルガマリーが所持していて、だからそれはきっと——
「——『触媒』?」
「に近い。私を此処に呼ぶことが出来たのはそれと、その大盾が所以であろうな」
曰く、それは『篝火』との繋がりであり、それとマシュの持つ大盾が組み合わされば、アッシュはレイシフト先にも行けるだろうとの事だった。
つまりは——
「最悪の場合、カルデアからのサーヴァントの派遣が不可能な場合でも、アッシュは同行できるという事よ」
「まあ、そんな最悪はそうないだろうし、いざそうなっても戦闘の間だけでも送り込んだりだとか工夫して対処してみせるさ」
思っていたよりも良くはなさそうな状況なのではと立香は一瞬考えるも、まあなんとかなるか、と気を取り直す。
マシュという頼れる先輩——の筈だが当人からは立香こそが先輩であると訂正される。カルデアでは間違いなくマシュの方が先輩なのに——がいるし、アッシュも同行できる。
その面子はオルガマリーがいないとはいえ『特異点A』で事態の収拾を成し得た面子であるし——
「——そういえば、所長は行かないんですか?」
その一言にオルガマリーは大きく眉を寄せ顔を顰め、これ見よがしに溜め息を吐いてみせた。
何か不味い事聞いたかなと立香は思い——そういえば昨日行かないと聞かされたばかりだったなと思い出して冷や汗を流す。
これ絶対怒られるやつだと思いながら、もはや何も言わず甘んじて叱責を受けようと諦めた。
諦めたというより、何か言うと更に藪蛇になりそうだと直感したので黙っている事にした。
「私は『カルデア』の責任者——指揮官よ。前回の『特異点』はアクシデントで例外的なだけで本来は後方で指示するわ。それに私に戦闘能力はないし、現地へ行くよりこちらから逐次当たった方が効率的なのよ」
人員も少ないし尚更——そう自嘲気味に答えたオルガマリーには、様々な感情が渦巻いているようだった。
立香には詳細に読み取ることなど出来ないが——なんとなく、立香とマシュだけに危険を背負わせる現状を憂いている事はわかった。
ならば。
思う事はもちろんある。けれど成せるのが自分しかいないというのなら。
自分は一人ではない。マシュがいる。アッシュがいる。それにカルデアの皆がいる。
昨夜の食事会で随分な人数と交流した。そこで彼らもまた戦っているし、自分だけを送り出す事を苦々しく思う者もいると知った。
支えてくれる人がいるのだ。自分一人の孤独な戦いでは決してない。
「藤丸立香、特異点へ向かいます!!」
万感の思いを込めた、少し震えが見て取れるその言葉に、オルガマリーらは少しだけ目を伏せ、感謝の言葉を告げた。
「状況を整理します。目標地点は1431年フランス。そこに藤丸立香、マシュ・キリエライト両名はレイシフトを行い、中継地点を確保したのちサーヴァントを派遣。戦力が整い次第探索を開始し、『特異点』たらしめる原因を特定、排除すること」
「まずは安全第一だ。時間に余裕があるのかどうかもわからないが、焦って行動するよりは慎重に行動するように」
「バイタルは常にこちらでモニターするよ。何かあれば少しの物資であればそちらに送れると思う」
オルガマリーが今回の目標を改めて告げ、ダヴィンチが方針を忠告、ロマニが異常が起こればすぐにわかりある程度なら対処も可能だろうと補足する。
500年以上の異国となれば、もはやそれは別世界だ。慎重に事に当たらなくてはならない。
「注意点を述べます。まずは『特異点』となっているのだから、何が起こるかわからない、というのは肝に銘じること。次に一度レイシフトを行えばすぐには戻れなくなるということ。事態が終息するまであちらからのレイシフトは行えないわ。そして最後に——」
さらっと聞き逃せない事柄が含まれていた気がするが、オルガマリーの言葉を固唾を飲んで待つ。
重大な点の注意の、最後に持ってくることだ。よほど意味があるのだろうと遮らずに待った。さっき呆れられたし。
「————現地の人間との過度な接触は避けて、深入りしないこと。以上よ」
些か不思議なその言葉に、立香は内心首を傾げながらも了承した。
——かくして、カルデアスの異常から端を発した未曾有の災害より初の能動的なレイシフトが行われることになった。
行先は1431年、フランス。
そこで彼らは初めて、一連の事態の深刻さを目の当たりにすることになる。
(えげつない爆死をしたり無職になったりしたので)初投稿です