ワンダーランドダンジョンウォーズ   作:盥メライ

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どうしても説明っぽくなってしまう回。


猫と兎のブートキャンプ

 記念すべきヘスティア・ファミリア二人目の団員、ベル・クラネル。真っ白い髪と真っ赤な瞳というこっちの世界でも珍しい色を持つ田舎から出て来たという少年は実に純朴であり、おそらくはとても素直な少年なのだろうと思う。迷宮都市を目指した理由を聞けばごまかせばいいものを女の子と出会うためだと言ってのけた。

 あまりの素直さというかバカ正直さに毒気を抜かれたというか、なんというか。とりあえず頭と心の休憩がてらベルに稽古をつけてやってほしいという神様の頼みを聞くことにした。

 曰く、以前知らぬ間にダンジョンに潜り込んだベルはゴブリンを倒して大喜びで帰ってきたとのこと。オラリオ基準の人達からするとダンジョン最弱クラスのゴブリンを相手に一喜一憂する程度の腕前、という評価なのだろう。

 戦ったことのない人間が無事に生きて帰ってきただけでも十二分に評価に値すると思うんだがなぁ。一人で行ってきたというのだから度胸もなかなかに据わっている。

 しかしまぁ、それを手放しで褒めて調子に乗せてしまうと後が怖いのは確かだ。イレギュラーだったとはいえ少し前にはミノタウロスに殺されかけているのだ。稽古云々はともかくとして一緒に行動した方がいいのは間違いない。

 人に物を教えられるほど戦闘に慣れてはいないが一日の長がある。教えられることはゼロではないだろう、とは思うもののはたしてどうすればいいのやら。元の身体ならともかく、今の俺は全くの別物だ。

 

 シャドウ・アリス。世界的に有名な作品「不思議の国のアリス」のその続編「鏡の国のアリス」を出自に持つ魔法少女っぽく改変されたキャスト。多彩なデバフを武器に戦う中距離ファイター。それが今の俺の姿だ。

 ワンダーランドウォーズというゲームにおいてプレイヤーは神筆によってキャストを操るという設定なのだからプレイヤーとキャストはイコールではないはず。どうして俺がアリスになってるんだ。こんなことなら男性キャスト使っておけばよかったと何度思ったことか。

 とはいえ、迂闊に男性キャストを使っていたらそれはそれで弊害があっただろう。やたら格好良い男性キャストのいずれかになっていたらそれに味を占めて帰りたいなんて考えなかったかもしれない。女性キャストだからこそ違和感が大きく、それ故に帰りたいという想いがしっかり生まれたとも考えられる。だからって小柄なアリスである必要はなかったろうに。

 

「あの……?」

「……あぁ、ごめん。考え事してた」

 

 とりあえずそれは置いておくとして。差し当たっての問題はベルの戦い方だ。何をどう教えるか。

 田舎から出て来たばかりだという彼は言うなればちょっと前の俺だ。戦ったことなんてないしそもそも戦い方なんて知らない。自分の向き不向きすらわからない状態だ。それの辺りを考えれば俺がゲームキャラになっていたことは幸運だったと言える。少なくとも戦い方ははっきりしているからだ。

 ……ド素人の状態でゴブリン倒してきたなら実はすごいんじゃないか?

 

「ボクから頼みはしたものの、どうやって教えるんだい?君の戦い方は参考に出来ないだろう?」

「え、どうしてですか?」

「……あまり口外しないほしいんだけど、アリスくんはちょっとレアな子でね。Lv.1ですでに魔法が二つも発現していたんだ」

「Lv.1で二つ!?」

 

 ゲームのシステムが適用されている俺とこの世界の常識とは結構な差異があるようで、何もしていないはずのLv.1で魔法が発現していることはまず有り得ないのだそうだ。

 どこまでがゲームと同じでどれくらい違っているのかはわからない。レベルアップが面倒だというのはおそらく一番大きな違いだろう。

 

「別に隠すようなことでもないと思う」

「君は自分の特異性をもう少し理解してくれないかな……」

「団員なら教えても問題ないでしょ?むしろ教えておかないと後から問題が出そう。ダンジョンで」

 

 この世界での魔法は切り札のような意味合いがあるようで持っているといないとでは大きく違うことが往々にしてあるらしいが、俺にとっての魔法は通常攻撃であり主力だ。隠そうとして隠せるものではない。

 

「み、見せてもらうことってできますか……!?」

「中距離主体だから参考にならないかもしれないけど、いい?」

「お願いします!」

「だってさ?」

「怪我しないように気をつけるんだよ?」

 

 魔法を使うことを意識すれば音もなく杖が現れる。瞳をモチーフにした意匠が施された禍々しさを感じる杖だ。この身体と同じくらいの全長なので杖としては大きめの分類だと思われる。全く重さを感じないのはこれも含めて魔法ということなのだろうか。あるいは強化されたステイタスのおかげか。

 

「それじゃあ、ついでに稽古も始めようか」

 

 ただ見せるだけでは勿体ない。ダンジョンではモンスターと戦うだけかと思いきや人間が襲ってくる可能性もゼロではない。その際相手の情報なんぞはほとんどない状態で戦わなければならない。稽古でも一回目にしか出来ない貴重な体験だ。

 その貴重な経験を出来る限り身になるようにしてやりたい。ベルのためにも、今後の俺のためにも。

 

 準備を済ませて外に出るとカッチカチに緊張した面持ちのベルが待っていた。

 

「よろしくお願いします!」

「そんなに畏まらなくても」

 

 同じファミリアに所属する、言うなれば家族の一員である俺(しかも見た目は幼女ないし少女)相手にも固い挨拶はしかし、堅苦しさよりも初々しさを感じさせた。なんとなくだが年上に気に入られるタイプな気がする。

 戦う準備をするよう伝えていたが武装らしきものはナイフ一振りのみで防具の類はほとんどない。用意するのを忘れていたのか、そもそもそんなこと考えていなかったのか。

 ……ウチが貧乏だからそもそも買うことも出来なかったのかもしれない。レベル上げに勤しむあまりまともに稼いで来ない弊害がここに。すまん、ベル。

 

「それじゃあ構えて……もらう前に、ちょっと質問。難しいことは聞かないから楽にしていい」

「質問、ですか?」

「相手をお……私、と想定して戦うことになった場合。どうする?」

 

 女の子が俺なんて言うのはあまりお上品じゃないぞ、と釘を刺されたのを思い出して寸前で訂正する。そもそも男なんだからそんなこと言われても、と最初の内は無視していたのだがギルドやら店やらダンジョンやらで会う人会う人に首を傾げられたり痛い子を見るような目で見られたりしたので一応は気にするようにしている。というか、気にするようになってしまったというか。

 

「どうするって……」

「遠距離で戦うように見える?そう見えたならどうやって戦う?……とまぁ、戦う前に考えることもあるよということを言いたかったんだけど」

「なるほど」

 

 それっぽいことを言っているがこれは時間稼ぎだ。全く案が思いつかない。人ってどうやって育てたらいいんだ。

 ゲームなら多少のアドバイスはできるのに。どうしたものか。

 

「最初のうちは深く考えなくていい。まず動いて、それがうまくいかなかったらどうすればいいか考えていくといい。……さっきと言ってることが違うな」

 

 稽古のいいところは命の危険を限りなくゼロに出来るところだ。他人の目を気にする必要がないというホームの立地も高ポイント。これを存分に活かすにはどうすればいいか。考えたところで脳筋にはまともな案が出せるわけもなく。

 

「えっと……とりあえず、どうすればいいですか?」

「とりあえず……」

 

 案ずるより産むが易し、ということで。

 

「戦ろっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつでもどうぞ?」

 

 そう言ってアリスちゃ……さん?どうやって呼んだらいいんだろう。年下にしか見えないけど先輩なんだからちゃん付けはないか。

 アリスさんは身長と同じくらいの長さの杖を両手で身体の前に捧げるように構えている。左右にゆらゆらと揺れながら佇む姿は戦闘体勢には見えないけど、杖のデザインも相まってどこか不気味な印象を受ける。

 いつでもいいという言葉通り、僕の攻撃を待っているのだろう。相手は年下かもしれないけど力は上だ。遠慮は必要ない。

 ない、けど……どうやって攻め込めばいいんだろう。

 

「……うん、初見の相手に様子見するのは間違いじゃない」

 

 迷っているだけだった僕に降って湧いた評価になんだか申し訳ない気分になる。無闇に攻め込まないのは間違いではなかったみたいだけど。

 

「相手もたぶんそうする。どんな風に戦うのか知らないから」

 

 でも、と彼女は続ける。

 

「そうしない人もいる。モンスターならすぐにでも襲いかかってくる。だから、今回はそうしようと思う」

 

 走るために踏み込んだ様子はなかった。前進のための予備動作すら全くなかった。にも関わらず、アリスさんは一瞬で距離を詰めて来た。

 5Mはあったはずの距離は手を伸ばせば届くほどに短くなっている。同時に振りかぶっていた杖に反応なんてできるはずもない。寸止めしてくれなければ無防備なところに痛撃が入っていたことは素人の僕にだってわかる。

 

「足の速いモンスターはこんな風に詰めて来たりするから、距離があっても油断しちゃいけない」

 

 杖に施された目の意匠に睨まれながら立ちすくむ。けど、怖いからじゃない。いや、怖くもあったけど……それだけじゃない。

 こんな小さな女の子でも、まるで息をするかのように人間の動きを越えてしまう。これでもまだLv.2だという。つまり、伸びしろはまだまだ残されている。つまりつまり、Lv.1の僕にはもっともっと伸びしろが残されているということで。

 僕もこんな風に。そして、いつか。

 

「英雄に……」

「ん?」

「あ、いや!?なんでもないです!?」

 

 心の中に留めておくつもりの言葉がうっかり出てしまった。聞き取れなかったらしくアリスさんは首を傾げていたので一安心。

 そういえば、アリスさんは何の為にオラリオに来たのだろう。街で見かける人達のようなギラギラした雰囲気は感じないけど、どんな目的があってダンジョンに行くのだろう。

 

「それじゃあ、次は寸止めしない。手加減はするけど、当てにいく。受け止めたり避けたり攻撃したり、自由に動いていい。はいよーいドン」

「ちょっ!?」

 

 小さな女の子が身長と同じくらいの長さの杖を片手で振り回すという常軌を逸した光景の結末は辛うじて僕の髪を掠めるに留まった。反射的にしゃがみこんだおかげで直撃は避けられたけど、こんなのはたまたまだ。腕一本なのにとんでもない速度だったぞ……!?

 

「お、反応いいね」

「ありがとうございますっ!?」

 

 続く振り下ろしも後ろに飛び退いてなんとか回避。さっきまで僕がいた場所に巻き上がる砂煙がこれもまた腕一本で振り下ろされた杖の威力を物語っている。

 砂煙をかき分けて歩いてくるアリスさんの姿に一瞬、目の前にいるのが小さな女の子であることを忘れた。まだ魔法を使ってもいないのにすでに勝てる気がしない。コツンコツンとヒールの鳴る音すら威圧感を持って迫ってくるように感じられる。

 コツン、と音が止んだ。瞬間、脳裏に蘇るさっきの光景。予備動作のない踏み込み……!

 

「おっ?」

 

 僕が取る行動は防御、そして反撃。

 踏み込み自体は全く見えなかった。でも、その後の杖を振りかぶる瞬間は見えた。

 早さで負けているなら逃げたって意味がない。上手くいくかわからなくても反撃する方がよっぽどマシだ。

 しかし、

 

「うぎィっ!?」

 

 軽く身体が浮くほどの威力をもって振り抜かれた杖の一撃はLv.1の僕の足ではその場に踏みとどまることすら許してくれない。たった一撃でこんな…………あれ?この人魔法使いじゃなかったっけ……?

 ナイフを取り落としてしまいそうになるほどに手は痺れ、崩れた体勢を立て直そうとバタつく足はもつれにもつれる。

 地面を転がりながら距離を取る僕を追いかけては…………来ない。足音がない。追撃がないなら急いで体勢を立て直して、構えて、それから。

 

「…………えっ?」

 

 翻るスカートとその下から覗くパニエ。目の前に迫る謎の発光体。気絶する直前に見えた光景はその三つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう戻ったのかい?早かったね」

「……ちょっと、ね」

 

 直撃はしないように外しはしたがLv.1が相手だと爆風だけでも十分な威力になってしまうらしい。威力は下げておいたんだけどなぁ。申し訳ないことをしてしまった。

 

「言ったろう?威力が大きくないことを気にしてるみたいだけど魔法は魔法さ。気をつけないと怪我を…………ってベル君!?」

 

 背はあまり高くないベルだが今の俺はそのベルよりもかなり小さい。背負って歩くだけでも一苦労なのだが気絶させてしまったのは俺なので文句は言えない。

 ツインテールを振り乱しながらベルに肩を貸そうと奮闘する神様だが意識のないベルをなかなか思い通りに動かせないようでひたすら俺のバランスを崩し続けている。

 

「神様、ステイタスの更新をお願いしたいんだけど」

「それ今じゃなきゃダメかい!?」

 

 いつまでも横でもぞもぞされるのもじれったいのでそーれい、と神様ごとベルをベッドに不時着させる。着地ポイント的にベルは今、幸せな夢を見ていることだろう。神様も怒った風に見せながら顔がにやけている。

 自分でやっておいてなんだが、甘酸っぱい空気を展開させるのはやめてほしい。居場所がない。

 

「更新はいいけど、戻しておいてくれよ?君のそれはボクですらよくわからないんだからな」

「りょーかい」

 

 神様の言う「それ」とは、背中に刻まれた神血についてである。

 どのファミリアの団員にも刻まれているという刺青のようなこれは不思議なことにそうそう見かけることがない。

 鍛え上げられた上半身を惜しげなく見せびらかす男性冒険者の背中はゴツゴツした筋肉があるばかりで精緻な紋様などどこにも見受けられず、布面積の少ない装備でダンジョンに挑む女性冒険者の背中は沁み一つない綺麗な肌があるばかり。

 どうにかして隠しているんだろうなぁとは思っていたが神様が俺の背中に刻んだそれを隠そうとする気配が全くないのでみんな自前でなんとかしているんだと思っていたらどうやら違うらしく、神様でさえ把握していないイレギュラーな手段によって周囲から隠しているのが現状だ。

 その手段というのがワンダーランドウォーズのシステムである。

 

 ゲームでは通常、御伽噺に登場する武器防具などをモチーフにしたサポートカードを三つ、物語の登場人物をモチーフにしたソウルカードを一つ、計四つのアシストカードを装備して試合に挑むことになる。各カードにはレベルが設定されており、該当レベルまで上昇すると効果が発動される。例えばレベル2であればレベル1、2のカードは効果を発揮するが、3以上のカードは効果が一切発揮されないということになる。

 このシステムが多少の差異を抱えながらこの世界でも適応されている。俺が早々にLv.2になれたのは魔法あってのことだが、このアシストカードによるところも大きい。

 その差異というのは、ゲームでは全く見向きもされないカードで偶然発見するに至った。

 

 レベルアップが遅いこの世界ではどうしてもレベルの低いカード、つまりステータス上昇度合いの小さいカードを選ばなければならない。

 レベル1の道具カテゴリに分類される「隠されし秘密の鍵」はゲームではまずお目にかかることのない貧弱アシストだ。それをなんとなく装備してみるとあら不思議。手元に現れたるはゲーム中のグラフィック通りのデザインの小さな鍵。念じれば出し入れ可能という特徴はあったが小さな鍵を自由に出したり消したりできたところで役に立つことはない。わずかに魔力っぽいものを感じるも特にそれ以上のものは感じられずそのままホームに戻ると背中を見た神様がツインテールを振り乱しながら驚くに至った。

 背中にあったはずの紋様がない。恩恵が失われたわけでもなく、神様が手をかけたわけでもない。あろうことか、鍵の持つ魔力によって紋様は「隠されて」しまったのだ。「隠されし」は「秘密の鍵」にかかる言葉だとは思うがこの際どうでもいい。

 

 紋様がなければステイタスの更新できねぇじゃんやべぇと焦りなんとかできないかとカードを漁った俺が見つけたのは同じくレベル1道具カテゴリの「暴かれた秘密の鍵」だった。

 鍵の魔力のおかげで背中には無事、紋様が復活した。ゲームでは「復活にかかる時間が減少する」という特殊効果こそあるものの、「隠されたものを暴く」なんて効果はなかった。

 ゲームとこの世界とで発揮される効果に差異があることに気づいてからはとにかくどんな貧弱カードでも一度は装備してみることにした。有用なものばかりではなかったが食べ物系のアシストカードは補給の出来ないダンジョンでかなり役立った。そのせいでソロ活動に拍車がかかったのは、ご愛敬というかなんというか。

 

「……だからさ、なんで君はこう、魔法使いらしからぬ成長をするのかな?」

「近接型魔法使いなんてのもそのうち流行ると思うよ」

 

 この世界における魔法使いの役割は砲台だ。

 発動のためには詠唱を必要とし、詠唱の間は無防備になってしまう。しかし一度発動してしまえばレベル差さえも覆す圧倒的な火力を発揮する、ある種切り札めいた存在が魔法使いである。

 俺に与えられた力はシャドウ・アリスの力そのもの。魔法使いとしてデザインされたキャラクターではあるが、その在り様はこの世界の魔法使いとは別物だ。

 ゲーム的な性能で言えばシャドウ・アリスは高機動低火力キャラである。低い火力を豊富なMPと優秀な足回りで補い手数を武器に戦うキャラクターだ。逆に言えば、攻めていくには手数を必要とするキャラクター、ということである。

 早さを武器に戦う魔法使いというこの世界では考えられないスタイルはステイタスにも影響し、ギルドの人曰く同レベルの前衛と遜色ない数値になっているのだとか。

 

「耐久こそ低めだけどそれ以外が軒並み高水準。いっそ耐久も鍛えてみるかい?」

「気が向いたら」

「気が向く可能性はあるんだね……」

 

 魔法のお陰で敵に近づかなくても済むためダメージを受ける回数は本職の前衛に比べれば少ない。そのため耐久の伸びはよくない。

 悪い、とまでは言えないのはそれなりに伸びてはいるからだ。魔法の優位性はあるものの被弾ゼロとまではいかない。ミノタウロスに殴られた時は心底から死ぬかと思った。

 神様から手渡された紙にはこの身体のステイタスや魔法が記載されている。見たこともない文字なのに読めてしまう、聞いたこともない言語なのに理解できるうえに話せてしまうという不思議についてはもう考えないことにした。考えるだけ無駄だ。

 

【シューティングスター】

 ・無詠唱

 ・精神力無消費

 

【ドミネイトスフィア】

 ・無詠唱

 

 よその魔法使いに見られたら闇討ち待ったなしのトンデモ性能。ただゲームの仕様が再現されているだけなのだがこの世界の魔法使い達にはそんなもの知ったことではない。バレるとかなり面倒なことになりそうなのでベルには詳細は伝えないつもりである。奴に隠し事が出来るとは、ちょっと思えない。

 これだけでも十分案件なのだがアビリティにはもっと面倒なことが起きている。

【神筆の加護】という見られただけでめんどくさくなりそうな名前のこれはいろいろ検証してみたところ以下の効果があるとわかっている。

 

 ・精神力が常に回復し続け、精神疲弊が発生しない

 ・時間経過で状態異常が回復する

 ・魔石を経験値に変換できる

 

 こちらもゲームの再現をしているだけなのだが、もはや魔法使いのみならずすべての冒険者を敵に回しかねない超性能アビリティになっている。この世界の前衛や魔法使いが負う小さくないリスクをアビリティ一つでほぼ解決するという娯楽に飢えた神々にマンマークされること間違いないレベルの高性能っぷりだ。

 とはいえ、メリットばかりがあるわけではない。デメリットがあるわけではないが。

 魔石から変換した経験値はどうやら時間経過で消失してしまうらしい。ダンジョン内部にいた時とホームに戻ってきた時とで明らかに身体の調子が違うことが何度もあった。消失する前にステイタスとして刻んでしまえば保持されることもわかってはいるが、なかなか難しい。

 状態異常が時間経過で回復するとはいえ、耐性が出来ているわけではない。回復手段を用意しなくていい、というほどの即効性はない。

 精神力が回復し続ける度合いも緩やかだ。魔法を絶え間なく撃ち続けると流石に精神力が足りなくなる。精神疲弊に陥らないのは明確なメリットだが。

 確認が終わればステイタスを写した紙はすぐ火に入れて焼失させる。うっかりでも他人に見られようものならそれはもう面倒なことになるのは火を見るよりも明らかだ。背中の隠蔽工作も忘れてはならない。

 

「しっかし、最後のアビリティがやっぱり読めないんだよね」

 

 おや、と思った。前回は特に反応がなかったのでスルーされたのだと思っていたが。

 

「神様、読めない?」

「不思議なことにね。共通語(コイネー)ではないし、神々(ボクら)が使う文字でもない」

 

 なんとなくだが予想はつく。それはこの世界と完全に関係ないところにあるシステムだからだろう。唯一ゲームのシステムが適用されている俺だけに読めるのだ。不都合はないがこれも好奇心の種になりそうでめんどくさい。

【神筆の加護】と名のついたアビリティの後にはこんな一文が記載されている。

 

 ・―――――とチケットを交換する

 

 ともすれば魔法やステイタスよりも重要と言える、この世界における俺の生命線はどうにも不明瞭である。そもそも十段階で評価されるアビリティに能力の説明が記載されているのはなんでだ。

 今までに何度かチケットは増えているので何かと交換されているはずなのだが、それがなんなのかさっぱりわからない。所持金が大きく減っていたことはなく、大量の精神力を消費したということもない。ステイタスを犠牲にしている可能性も考えたが経験値を消失する以上に調子が落ちたことはないのでそれもピンと来ない。

 

「……もしかして?」

 

 神筆の加護の効果によって得た経験値は時間経過で消失するものだと思っていたが、実はチケットと交換することによって消費されていたのではないだろうか。ゲームでは試合毎にレベルは1からになるが、試合中は取得した経験値が減少することはない。システムを適用しているならば延々と試合中であるはずの俺が経験値を失うことはないはずなのだ。

 チケットが増えるタイミングというのは未だにはっきりしない。これが経験値によって賄われていたというのなら、なんとなく腑に落ちる。ダンジョン内でチケットの残数を確認することなんてないからいつの間にか増えていたという認識になるのも不思議じゃない。

 完全にゲームと同じという訳ではないので確実だと言い切ることは出来ないが、急な思いつきにしては説得力があるように思う。対価としても安くはないし、時間をかけて得たものを消費して時間を作っていると考えればしっくりくる。

 

「読めるのかい?」

「カラスと書き物机が似ているのはなぜ?って書いてあるんだよ」

「……似てるかなぁ?」

 

 この神様もどこかぽやんとしたところがあるので内容も、俺が読めるということも伏せておこう。なるほど、敵を騙すには味方からとはこういうことか。

 喫緊の課題としてはベルの強化。空いた時間で俺のレベルアップ。

 レベル3からアシストカードに有用な効果を持つものが増えてくる。ある程度の安全を確保するためにも早急な強化が必要だ。またミノタウロスを狩りつくせばレベルアップできるだろうか。

 

「まったく君といいベル君といい……どうしてこうもレアもの出しちゃうかなぁ」

 

 独り言のような神様の呟きはしっかりと俺の耳に届いた。ベルもかよ。




はたしてベル君はどこでパニエなるものの存在を知ったのか。

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