ワンダーランドダンジョンウォーズ   作:盥メライ

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前回投稿からゲームのバージョン、年度と、あろうことか元号まで変わっている。


迷宮狂騒曲

 ベルとダンジョンに潜るようになって数日。戦い方がわからないと言っていたのが嘘のように戦闘スタイルが形になってきた。

 一対一ならヒットアンドアウェイを繰り返したり急接近から一撃必殺を狙ったり、ちょっと前まで田舎の少年だったとは思えないほど良い動きをしている。一対多数になった場合も焦ることなく持ち前の健脚で相手を攪乱し一対一の状況を作り出すなど危機管理能力も低くない。功を焦らず無理だと思えば一気に安全圏まで下がる思い切りのよさもある。

 武装がリーチの短いナイフのためどうしても生傷は絶えないがダンジョンに向かうことを嫌がる様子はない。なかなかどうして、根性のある奴だ。

 などと偉そうに言っている俺はモンスターの攻撃が届かない距離から一方的に魔法をぶっ放しているだけである。この手段が取れるのであれば使わない理由はないが、ベルと同じように突撃できるかと言われれば……ちょっと覚悟する時間がほしいところである。出来ないとは言わない。やったことはあるのだ。やりたいかは別問題として。

 

 ダンジョン進行と並行しているホームでの訓練でも回数を重ねるごとに驚くほど動きが良くなっていく。

 せっかくアシストカードの中にいろんな武器があるのならとそれらを使っての訓練も行っている。各種武器の取り扱いに熟達しているわけではないので俺の動きなんて付け焼刃もいいところなのだが。経験値ゼロより幾分マシだろうという考えの元やるだけやってしまえと振り回している。

 それぞれの専門に見られたら鼻で笑われること請け合いの技術のなさだがステイタスだけはなかなかの数値なので見栄えはそれほど悪くないはず。

 ベルの得物はほぼすべての武器種にリーチで負けている。その辺りの短所を解決したとまでは思わないが考えておかなければならない、という姿勢は身に付いたと思う。それだけでも十分な収穫だ。

 

 俺のメイン武装である魔法への対策も本人なりにいろいろ考えているようだ。ショートレンジで連発してくる魔法使いなんてほとんどいないだろうからその対策がどこまで活きるかはわからないが。

 最初こそ退く、避ける、躱すと逃げの一辺倒だったが訓練を重ねるほどに前に避ける、撃つ前に潰しにかかる、高速で動き続けて的を絞らせない、など攻めを意識した行動を取るようになった。

 うっかりすると一撃もらいそうなほど動きが良い。というか、足の速さだけならもう負けてるんじゃないか。

 訓練実戦また訓練を繰り返し、さぁ今日はどういう訓練をしようかと考えていたところ、ベルから休みの申請を受けた。

 

「ちょっと行きたいところがあって、明日から自由時間をもらえたりは……」

 

 悪いことをしているわけではないのに申し訳なさそうに話すベルに、なんだかこちらが意地悪をしているかのような気分になってしまう。

 

「装備を整えるなら、少しは出してあげられるけど」

「いえ、武器屋に行くわけでは……」

 

 おや、と思う。買い物目的じゃないとするなら……友人でも出来たのだろうか。食事の約束でもしてたか。

 それくらいなら全然構わない。なんなら懐からいくらかでも出す所存。

 しかしベルは固辞。装備を整える必要のない俺はお金の使いどころがないのでベルに渡してもいいのに。

 

「じゃ、明日から訓練はちょっとお休みにしよう。入り用になったら言って。ダンジョン行くなら、それも言っといて」

「ありがとうございます!」

 

 友達を作るような時間あったかなぁ、と思い返すと訓練やらダンジョン行くやらでかなりの時間ベルを拘束してしまっていたことに気づく。

 ……もうちょっとちゃんと計画立てるようにしよう。神様含め三人しかいないファミリアで当人以外は異性という状況。血縁者ならまだしも元は赤の他人だ。気を遣って落ち着けないことだってあるだろう。一人の時間は作ってやらねば。

 

 

 

 

 ベルを見送った後、時間を持て余した俺はダンジョンに向かった。自分にとっても久々の自由時間はなかなかに有意義な時間になったと思う。

 安全マージンを確保しつつ思う存分魔法を撃ちまくる。フレンドリーファイアを考えなくてもいい状況というのは魔法使いにとってかなり爽快なのではないだろうか。被弾を抑えられた分だけ備品を補給しなくて済むし、食料の問題は内容がかなり偏ることにさえ目を瞑ればアシストカードで賄うことが出来る。

 上層で暴れ回っただけだったが、稼いだ分がまるまる手元に残ったおかげで懐はかなり潤沢だ。普段は節制のためと利用することのなかった飲食店を覗いてみようと思うくらいに。

 一度ホームに戻ってみるとベルも神様もまだ帰って来ていなかった。このまま出かけてしまうと神様に外食することを伝えられないが……お土産買って帰ればたぶん大丈夫だろう。普段より豪勢な食事ができれば翌日のバイトにも精が出るというものだ。……割と貯えに余裕が出てきたのになんでバイトしてるんだろう、神様。

 

 一人で座れて適度に賑やかな店、と探していたところ店員が女性のみという変わった店を見つけた。粗暴な冒険者も少なくないオラリオでよくそんな編成で店やっていけるなぁと思いながら入ってみたらこれが当たりだった。

 おバカがバカやるのを抑制できるだけの胆力を持った女性店員達のお陰で賑やかではあるが店は平和だ。酒飲んで騒ぐ程度なら放置しているのでちょっとだけ賑やかすぎるところもあるが。

 料理も美味い。一人で食べるには一品あたりの量が多いのさえなんとかなれば文句のつけどころがない。……次来ることがあれば量は控えめで注文しよう。

 お酒の入った一団の賑やか度合いがうるさいくらいになってきたのでさっさと食べ終えて店を出ようかと思ったところ、見覚えのある頭が視界の端に映った。

 いたなら声かけてくれてもよかったのにと近づこうと思った時、事は起きた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「よりによってこの店で食い逃げするとは、やりおるなぁ」

「あいつ大丈夫か?死ぬんじゃないか?」

「そこまでのことは流石に……いやわからんが」

「まぁ俺らにゃ関係ない話だ。飲め飲め」

 

 白い頭の少年が代金を払わずに出ていったことで店内は一瞬だけ静まり返り、しかしすぐに元の喧騒に埋め尽くされた。

 

「ごちそうさま」

 

 不吉と謳われる少女が口を開くまでは。

 不思議なほどによく通るその声は酒精の中にあっても頭に響き、波紋のように沈黙が広がっていく。冒険者に限らず、オラリオ全体でも最年少に類するであろうその少女の存在は、知らぬ者の方が少なかった。

 Lv.2冒険者【闇猫(キティ)】アリス。昇格の洗礼にと手を出した冒険者たちは全て返り討ちに遭い、一つとして無傷で済んだパーティは存在しないと噂されている。店の中にも座りの悪そうに顔を顰める者が散見された。

 

「店員さん、勘定お願い。さっきの子の分も」

「え、あぁ、えっと、はい…………」

「たぶん明日あたり本人が持ってくると思うけど、それも受け取ってもらっていい」

「なんだい、同じファミリアの団員かい?」

「私が団長。あの子は新入り。心配いらないよ、ちょっと居心地が悪かっただけで料理に不満があるわけじゃないから」

「そこを気にしてるわけじゃないんだがね」

 

 多くの視線を集めながらも少女は意に介することなく、混み合う店内を苦もなくするりするりと抜けていく。

 

「身内がバカにされて言い返しもしねぇ。団員が腰抜けなら団長は腑抜けってか」

「ベート、それ以上は許さん」

「さっきは否定しなかったろうが」

 

 狼人の声もまた耳目を集めるに足るほど通って聞こえた。それを諫める声もまた、よく通った。声に応じてか、少女はドアの前で足を止める。

 すわ乱闘かと期待し盛り立てる者、引き起こされるであろう被害を避けるべく端に逃げる者、諫める者、銘々が思い思いの行動を取るなか、少女は振り返り、しかし何も言わずに去っていった。

 その場にいた客の幾人かが口を揃え、震えながらに証言した。夜の闇を背に琥珀色の瞳は爛と輝き、柔く弧を描く口元。薄く笑みを浮かべた少女の後ろに深紫の髑髏が笑うのを見たと。

 酔客の戯言だと笑い飛ばされるような証言は、たった一人の冒険者の言葉で現実に起きたことなのだと膾炙されるようになった。

 

「怖いなぁ、あの子」

 

【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナも同じものを見ていた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 こつん、と音が聞こえたような気がした。幻聴まで聞こえるなんてとうとう終わったと、霞む視界の中で思った。

 強くもないのに、弱いのに。憧れて、その背中に追いつこうだなんて考えて。

 モンスターの群れが全て消えたのを見て緊張が弛む。途端に、無視していた痛みが全身を苛み始めた。武器として使っていたモンスターの爪が傷つけた手のひらから止めどなく血が滴り続ける。

 放っておくだけで死んでしまいそうなほどに傷ついた身体。一歩踏み出すことさえも辛いほどの疲労に武器を取り落としそうになり慌てて握り直す。

 

 両手に握った武器が今の僕の生命線だ。いつモンスターが現れるかわからない状況で戦う術を失えば、途端に僕はダンジョンに呑まれるだろう。

 激情に駆られ、準備もしないままにダンジョンに潜って、人知れず死にかけている。なんて無茶なことを。僕だってそう思う。それでも、足は止まらなかった。

 これ以上の戦闘は無理だ、引き返さないと。そう、ようやく冷静になって考えられたのに。

 壁に亀裂が入り、新たにモンスターが生み出された。さっきと同じ影のようなモンスターが、さっきよりも数を増して。

 構えることも、退くこともできず、ただ立ち尽くす。諦めたわけじゃない。でも、力が入らない。

 

「どうして、どうして…………!」

 

 僕はこんなにも弱い。

 そう何度も都合よく助けてくれる他人なんていない。

 音もなく近づいてくるモンスターが大きく爪を振り上げるのが見えて、僕は、

 

 ―――――コツン

 

 いつからか聞こえていた靴音が近づいてくるのに合わせて身体から力を抜いた。

 倒れこんだ視界の先で見慣れた影が長大な杖を振り回しモンスターを薙ぎ払うのが見えた。

 状況はまだ変わっていない。これから彼女は僕という荷物を背負って戦わなければならない。

 一つ魔法を放つごとにモンスター達がまとめて吹き飛んでいく。杖の一振りで影は切り裂かれ、弾ける光と共に砕け散る。僕との訓練の時は手加減していたのだと、まざまざと思い知らされる。戦うことはおろか、近づくことさえ許さない、強者の戦闘。それでも数の上では劣勢だ。あちらは多数、こちらは二人。

 戦わなきゃ。それに、謝らなきゃ。あぁ、でも、もう目を開けていられないや。

 

 

 

 

 次に目を開けた時には、すでにホームに向かう道中だった。

 猫の耳を模した髪飾りが目の前に映り、状況を把握する。結局自分は再び起き上がることは出来ず、影のような、小さな女の子に背負われているのだと。

 すぐに退こうとしても身体は言うことを利かない。ただの身じろぎ以上のことすらできない。

 

「ごめん、なさい…………」

 

 口を動かすだけで精一杯だった。顔も見ないまま、背負われたままで。

 

「強くなりたい?」

 

 謝ったことについて、彼女は何も言わなかった。返ってきたのはとても単純な質問。普段みたいに人を煙に巻く猫のような飄々とした雰囲気ではない、真摯な問い。

 強くなりたい。もっと早く、もっと強く。誰にも負けないよう、それこそ英雄のように。

 その問いの答えに、僕は迷わない。

 

「君はまだ弱い」

 

 誰の目にも明らかな事実が言葉になって僕の胸を貫いた。けれど、続く言葉は僕を支えてくれた。寄り添うように、影のように。

 

「強くなるまでは、少しくらい無茶してもいいよ。君の背中には私がいてあげよう」

「……今は、背負われてます」

家族(ファミリア)だからね」

 

 一定のリズムで揺れる身体に少しずつ瞼が重くなり、意識が遠退いていく。先のブラックアウトとは異なる、安らぎから来る意識の断絶。

 

「ありがとう、ございます」

「そっちが欲しかったんだよ」

 

 ございますはなくてもよかったけど、と穏やかな声。顔を見なくても微笑んでいるのがわかった。

 締め付けられるほどに胸を満たす安心感に揺られながら、僕はゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 背中で寝落ちしたベルがちゃんと呼吸していることに安堵のため息が零れる。間一髪とはあのことだ。ダンジョンを出た今でさえ冷や汗が止まらない。

 食事を終えた後、ホームで待っていたのはバイトが長引いて疲れた顔をした神様だった。ベルの姿は、なかった。

 あんな風に言われた後じゃあまっすぐ帰り辛いだろうし、帰りは遅くなるだろうなぁと楽観視していた。神様がぽつりと呟いた独り言が聞こえるまでは。

 

「またミノタウロスに追いかけられるようなことは起きてないよなぁ……」

 

 ぞっとした。忘れていたのだ。純朴そうな田舎の少年に見えて思いもよらない大胆さを見せることがあると。少し前にそれで死にかけていたことを。

 ダンジョンにいる、それもいつもより深く潜っていると勘が言っていた。もしも俺があんな風に言われたらどう思うか。俺だって男だ。悔しくて、無茶をしてでも強くなりたいと思うこともあるだろう。それを実行に移すほどの気力があるかどうかは別として。

 困ったことに、そして称賛すべきことに、ベルにはそれを実行するだけの気概があった。

 さして時間をかけずに見つけられたのは運がよかった。おそらくはベルの運だろう。俺の運がいいならそもそもこんな世界に来ることはなかったはず。

 装備もまともに整えないままに行われた自殺紛いのダンジョンアタック。組織としては傍迷惑だと思わずにいられない。

 

 ……が、それに暴走に至る気持ちがわからないでもないのだ。ファミリアの団長としてはダメな思考かもしれないが、個人的にはベルの行動に一定の理解を示したいと思う。手放しに称賛したりは流石に出来ないが。

 周りが見えなくなるほどの激情。傷ついた身体を気にも留めない強行軍。

 放っておけばいつか取り返しのつかない事態になる。反省しないわけではないだろう。それを上回る強さへの欲求があるだけで。

 手綱を取るのは、たぶん無理だ。窘める自信がないのもあるが理由としてはスキルの存在が一番大きい。

 

 憧憬一途(リアリス・フレーゼ)。ここ最近の急成長はこのレアスキルに起因している。最大限に活かすためには多少以上の無茶が必要だ。

 頭を押さえつけて堅実にやれ、なんて育て方をすればスキルが死ぬ。

 しかし、思うままにやらせて好きなようにしろ、なんて放し方をすればベルが死ぬ。

 さてどうするかと考えるも、良い案は特に浮かばない。というのも、答えなんて最初から決まっているようなものだからだ。

 

 ベルに言ったように、俺は背中にいよう。

 成長を妨げず、一人で無茶をさせず、ついでに俺も強くなる。一石三鳥だ。

 ……とはいえ、最近では一日の長なんて言ってる余裕が吹き飛ぶ速度でベルが成長しているのでこのままだと背中にいるつもりがあっさり置いて行かれてしまう。

 跳ね回る兎を追いかけられるように。兎が安心して駆け回れるように。俺も強くなることを真剣に考えなければ。

 

 ……差し当たっては、猪突猛進な弟分の真似でもしてみようか。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 その少女の姿はよく見られるものではあった。

 役割を分担し複数で挑むのが定石であり前提でもあるダンジョン攻略において、数少ないソロで挑み続ける冒険者。

 手にしているのは自身の身の丈を超える長大な杖一振りのみ。食料や回復薬などの備品はおろか、魔石を回収するための入れ物すら持たない、あり得ないほどの軽装。

 黒を基調としたドレス姿は明りも朧な中層にあっては影に溶け込んでいると錯覚させるほどに存在感を薄れさせる。

 只闇の中に瞳を揺らがせ、音もなく往く様は二つ名である【闇猫】に相応しい異様であった。

 その異様はしかし、今はどす黒い赤色が台無しにしていた。まだらに赤く染められた髪は何が起きたかを物語っている。

 

「バカが、てめぇの実力を過信するからそうなるんだ!ザマぁみろ!」

 

 投げつけられた嘲笑に少女は応えない。

 当人の年齢が不明だったために見送られたが、見た目通りの年齢であればLv.2到達の最年少記録を更新したかもしれないほどの天凛。それに嫉妬を覚えるものは決して少なくはなかった。

 悪意を持った目は偶然にも見ていた。活動する者の少なくなる夜半、一人ダンジョンに潜っていく少女の姿を。嫉妬の行く先が今、少女の置かれている状況を作り上げていた。

 

「怪物進呈にしては数が少ないね?」

「強がりにしちゃ覇気がねぇな。なんなら命乞いでもしてみるか?上手く出来れば地上に連れてってやる。その可愛いツラを汚してやりてぇって奴はごまんといるからな。いい値で売れるだろうよ!おら、いい声で鳴いてみろ!」

 

 一方的な恨みを持った冒険者達は手を組み、ダンジョン内で【闇猫】を抹殺する計画を立てた。モンスターの群れをおびき寄せ、押し付ける。迷宮都市史上、数えきれないほどのパーティを壊滅させてきた怪物進呈を意図的に行うという単純ながらも非情で効果的な作戦だった。

 男が誘導に成功したのはLv.2相当と分類されるミノタウロス。戦って勝てる相手ではないが、誘導するだけならば一人でも事足りた。何より、男はこの手段に手慣れていた。

 他にも協力者が何体かのモンスターを連れてくる手筈になっている。Lv.2であればミノタウロス単体では大きな障害にはならないが、それが複数となり、別のモンスターも加わるとなれば話は変わる。更に目の敵である【闇猫】は魔法使い。詠唱する暇さえなく肉塊へと姿を変えるだろう。できればとどめは自分で差してやりたい。自分よりも上位のいけ好かない冒険者が絶望に顔を歪ませる姿を想像した男はボウガンの柄を握りしめながら薄暗い笑みを浮かべていた。

 

「ウサギみたいなのも犬みたいなのも、もうお腹いっぱい。似たようなセリフも三回目。お友達はあと何人?何を用意したの?早めに言っておいてよ」

 

 当の【闇猫】は怖がるどころかつまらなさそうに喋るばかりで命乞いする気配など微塵もない。

 追加のモンスターを待たずにもう撃ってしまうかと逸る男を制するかのように、通路の奥から猛牛の影がゆらりと現れた。途端に苛立ちは霧散し、抑えきれない笑みが歪んだ笑顔を作る。

 

「あァそうだ。ミノタウロスをぶち殺しまくってLv.2になったんだろ?どうやったのか後学に見せてくれよ」

 

 魔法使いが前衛もなしにミノタウロスと戦う。前衛職ならまだしも、直接的な戦闘をしない魔法使いでは苦しいだろう。一体だけならなんとかなるかもしれないがそれが他のモンスターと同時に襲ってくる。詠唱の途中に距離を詰められてなぶり殺しにされるのがオチだ。

 男は【闇猫】について調べはしたが、どんな手を使ってミノタウロスを撃破したかまでは調べられなかった。少なくともLv.1でミノタウロスを撃破したことだけは事実であり、Lv.2となっている現在では、一対一の状況になれば恐らく以前より容易く倒してしまうだろう。

 しかし一対多だ。魔法に頼った戦い方をしているのであれば状況は絶望的なはず。それに自分もいる。一撃でミノタウロスを仕留めることの出来る魔法だったとしても、詠唱の隙に矢をぶち込んでやればそれで終わりだ。ボウガンを武器に選んだのは格上相手に遠距離から妨害を仕掛けるためだけだった。モンスターを利用しなければ追い詰められないのは歯痒いところではあったが、男は自身の実力を認識していた。Lv.1の自分ではモンスターに囲まれた状況でLv.2冒険者を相手に立ち回ることはできない。

 絶好の状況に燻っていた野心が顔を覗かせる。ある程度【闇猫】が悪あがきをしたところで横槍を入れ、弱ったモンスター共に止めを刺せば自分の経験値の足しにもなるのでは。上手く行けば自分も昇格できるのではないか。男の笑いは止まらない。

 

「犬もどきは大火事で黒焦げ。ウサギもどきは岩の剣山。あなたはどうなる?」

「いいことを教えてやろう。俺が用意したのは四匹のミノタウロスだ。二匹遅れちゃあいるが、もうすぐ来る。前衛もいない魔法使いがどれだけ足掻けるか楽しみだ」

「じゃあもう失敗だ。逃げる準備した方がいいよ」

「あぁ?」

 

 言うが早いか、手に持った杖を一振りするとミノタウロスに向けて光弾が発射された。魔法を発動したようだったが、詠唱した様子がなかったことに男は驚愕する。見落としたのか、詠唱後に溜めておけるものなのか、男には判別がつかなかった。

 じりじりと距離を詰めていたミノタウロスは突然の攻撃に反応できず顔面に直撃。相当な衝撃があったのか、直撃を受けたミノタウロスは仰向けに吹き飛んだ。

 それを見てか、攻撃を受けなかったもう一匹が即座に行動を開始。巨体を支える足が地面の岩盤を強烈に蹴りつけ、一気に加速する。

 自らの身長を優に超える怪物が目の前に迫って尚、【闇猫】は平然としていた。何も感じていないかのような表情で淡々とミノタウロスの脇をすれ違うようにすり抜け突進を回避。風圧で乱れた髪を手櫛で整える余裕さえ見せていた。

 多少の想定外はあったものの、男の側にも余裕があった。手負いのガキ一人殺す程度、訳がない。それに相手はあの【闇猫】だ、とどめが刺せずとも見殺しにして逃げたところで心は痛まない。

 

「私もいいことを教えてあげよう。これね、全部返り血なんだ。ミノタウロス三匹分。洗ったら落ちるかなぁ。それに鼻が曲がりそうなんだよ。消臭剤とか持ってたりしない?」

 

 だらだらと喋り続けるのを無視して心臓に狙いを定めた。何の変哲もないただのボウガンでは人間一人を一撃で殺すには心許ない威力だが、防がれてもそれはそれで構わない。矢に意識を割いた分だけミノタウロスへの対応が遅れる。男の中で【闇猫】の死は確定事項だった。

 だが相手は襲ってきたパーティをいくつも壊滅させたと噂される格上の冒険者だ。最後になって油断しないようにと男はようやく気を引き締めた。それと同時に何かが覆いかぶさったように視界が少し暗くなり、

 

「前に飛ばないと死ぬよ?」

 

 どうでもいい戯言が突如自分への警告に変わり、何かが空を切る音が聞こえた。

 その後に耳に届いたのは何者の雄叫び。岩が砕かれる音。自分の身体が宙へと投げ出され、床に落ちる音。一瞬の出来事の間だったが男の思考は今までになく高速で働いていた。

 反射的に身体が動いたおかげか直撃はもらってない、いつの間に後ろに、この雄叫びの主は、なんで身体が動かない。

 …………まて、あいつは三匹分と言ったか?

 

「いい反応だったね」

 

 自分の前に佇む【闇猫】は想定外のミノタウロスと相対しながらつまらなさそうに言った。身を隠していた場所から飛び出すことで辛くも奇襲を回避できたらしいが、ミノタウロスに囲まれた【闇猫】のところまで転がり出てしまった。

 もはや闇討ちどうこうなどと画策している余裕などない。自分は咆哮をまともに受けて動けない。動けたところで三匹のミノタウロスを同時に相手にするなどできない。

 

「お、俺が誘導できたのは四匹だ……!三匹殺ってきたってんならあとの二匹は俺が連れて来たんじゃねぇ……!」

「その状態で喋れるんだ。意外と根性ある?」

「時間を稼げ……!俺が回復できりゃ逃げる算段はある!信用できねえだろうが今は聞け!」

 

 殺してやろうと思った相手と共闘するなど冗談ではないが、そんな相手と心中するよりは幾分マシだ。【闇猫】だってここで死ぬよりは共闘することを選ぶだろう。

 男は自身の身体が咆哮の影響から思いのほか早く回復していくことに内心で驚きながらも冷静に状況を分析しようと努めた。臆病と蔑まれるほどの慎重さが今まで命運を繋ぎ、今なお男を生かしていた。

 計画が失敗し、自分が一人の時にモンスターに囲まれてしまった最悪の場合さえ想定して逃げる準備を整えていた。ミノタウロスに囲まれるのは誤算だったが、Lv.2冒険者がいるのならここからの逃走も不可能ではない。

 

「お友達は失敗したけど、それ私のせいじゃないんだよ」

「今そんなこと言ってる場合かよ!?」

「私に会う前にもう失敗してた。たぶんだけど、思ったよりモンスターの数が多かったんじゃないかな」

「それがなんだってんだ……!」

「ここで問題です。ミノタウロスは何匹いるでしょう?」

 

 ふざけてる場合か、と男は声をあげなかった。否、あげられなかった。

 魔法の直撃を受けて倒れていたミノタウロスが起き上がり、怒気を示すかのように雄叫びをあげた。輪唱するかのように他のミノタウロスもそれに続く。

 男の数え間違いでなければそれは四匹分の咆哮だった。

 

「増えやがった……!」

 

 見れば自分の背後から現れたミノタウロスの後ろに、更にもう一匹。

 戦慄しながらも冷静でいるように努めていた。恐怖に呑まれた瞬間、生きてここを出ることは叶わない。

 一匹くらいなら増えてもどうとでもなる……。強制停止から回復した身体に喝を入れ、折れそうな心を無理矢理に奮い立たせる。

 

「おい【闇猫】、援護しやがれ。俺がなんとかしてやる」

「それは頼もしい。それじゃあ五匹くらいお願いしてもいいかな?」

「あぁ!?」

 

 この期に及んでまだふざけるかと怒鳴り散らしたくなったが、しかし男は声をあげることができなかった。

 中層の広間と広間を繋ぐ通路。暗がりの向こうに猛牛の影が揺れているのを見た。見てしまった。

 

「な、……ぁ……」

「まだ増えるねぇ。パーティでもするのかな」

 

 共鳴する咆哮が男の精神を揺さぶり、本能的な恐怖が心を蝕む。再びの強制停止は男から立ち向かう意思を根こそぎ奪い去った。

 ここに至っても気の抜けたような【闇猫】の呑気なお喋りが辛うじて男の意識を繋いでいた。

 

「猫の手が借りたくなったら言って。出来る範囲で助けてあげよう」

 

 気だるげな口調とは裏腹に少女の顔は戦意に満ち満ちていた。

 瞳は爛と輝き、目に見えるほどに練り上げられた魔力が毒々しい色の霧となって杖に絡みつく。

 モンスターの群を睨みつける目に怯えの気配は欠片もない。

 

「我慢もそろそろ限界。今日はいろいろあって機嫌悪いから、八つ当たりするからね。遠慮も容赦も期待しないように」

 

 滅茶苦茶にしてあげる、と吐き捨てる少女。その背で深紫の髑髏が笑っていた。




いらっしゃるかどうかわからないけど「ワンダーランドウォーズ知らないけどダンまち知ってるからなんとなく読んでるぜ!」という方向けの簡単な説明。



『Wonderland Wars』
セガから発表されたオンライン対戦アーケードゲーム。分類はMOBA。相手の拠点を潰せば勝ち。
キャラクターは全て御伽噺の登場人物。桃太郎とかピーターパンとか。
シンデレラも白雪姫も戦っている。眠り姫は寝ながら戦っている。
チャットが豊富。チャットの掛け合いでプレイヤーの腹筋を直接攻撃できるくらいに豊富。




『シャドウ・アリス』
「鏡の国のアリス」を出自に持つ、アリスを魔法少女っぽく改変したキャラクター。
「不思議の国のアリス」を出自に持つ『リトル・アリス』というキャラクターも別に存在している。というか『リトル・アリス』の登場の方が先。もう一人のアリス。

いわゆる低火力スピードキャラ。素の火力は低いがMPが豊富で足回りが優秀。
被ダメージ時のボイスが割とまじで痛そう。

拙作の主人公(が中に入ってる)。
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