魔力で形成された髑髏が輪郭をぼやかせ、噴き上がる魔力と共に杖に纏わりつく。
杖の先に施された目の意匠に収束し、ただの球体となってもなお滲み出る禍々しさに陰りはない。
振るう動きに合わせて深紫の霧をたなびかせるそれはモンスターの群に向けて振るわれた途端、杖の先から放たれた。
戦いの口火を切った攻撃はやや後方に立つミノタウロスに命中。着弾と同時に破裂し、群を覆うほどの紫煙が舞い上がる。
見た目からして毒々しい色合いのそれはしかし、目に見えるほどの影響を与えた様子はなかった。
「てめぇの魔法は牛頭共に傷一つつけらんねぇのかよ!?」
地に這いつくばったまま叫ぶ男にアリスは一瞥もくれず、突っ込んで来るミノタウロスを見据えて杖に構えていた。大上段に構える姿は堂に入ってはいたが、魔導士の物理的攻撃による迎撃など悪手でしかない。
「正気かよ!?ヤケ起こしてんじゃねぇ!」
もはや逃げるにも手遅れなほど距離は詰まり、全体重と突進の勢いを乗せた剛腕が振り下ろされる。
硬いものが肉を叩く、鈍く濁った音が響いた。
次は俺かと目を背け、身体を強張らせていた男の耳に錆びた歯車を無理矢理回したかのような音が届く。
恐る恐る顔を上げた男の目に映ったのは杖を一文字に振り切った体勢のアリスと不自然な角度まで首の回ったミノタウロスの姿。いかなる手段によるものか、必殺の勢いをもって振り下ろされたはずの腕は乱雑にむしり取ったかのように肉が抉れている。
やがて、ゆっくりと。
頭だけが天を仰いだままのミノタウロスは地面に倒れ、それきり動かなくなった。
「ギディ、それお願い」
何が起きたのかもわからないまま戦闘圏から引きずり出される男の目に映るのは圧倒的とすら言える魔法戦闘。
杖から放たれた光弾は命中と同時に破裂し、Lv.2相当と分類されるミノタウロスの身体を容易に吹き飛ばした。駆け出す出足を挫き、振り上げた腕はあらぬ方向へと弾かれる。
五芒星を象った魔法の弾丸は残像を残すほどの速度で回転しながら不規則な軌道で飛び回り近づくことすら許さない。
一対多数の数的不利を跳ね返す、魔弾の結界による一方的な中距離戦闘。これが【闇猫】の真骨頂であると男は確信した。
しかし、と続けて思考を巡らせる。
現状で優位なのは間違いないが【闇猫】は魔導士だ。補給もなしに戦い続けてはいずれ精神疲弊に陥るのは目に見えている。仮に一撃でも受けようものならあの矮躯では耐えられるとは思えない。
隙をついて逃走する。戦闘に巻き込まれている状況ならともかく、モンスターを含めた全員の目が自身から離れている間に離脱するべき。男はそう結論づけ、強制停止から回復していた身体を確かめるように手足に力を入れた。起き上がる動作に咆哮の影響は残っておらず、すぐにでも走り出せる。
そういえば、と男は動きを止める。自分を引っ張り出したのは誰だ。固まったまま動けなかった身体を戦闘圏内から引き離したのは。
地面に打ち付けた手足も、多少なり傷ついたはずの背中も、何故か痛まない。抗うことすら出来なかったミノタウロスの咆哮からあまりにも早く回復したのは何故だ。
身体が動くならどうでもいいと思う一方、【闇猫】の仲間がいる可能性に思い至る。
もし、もう一人いるならば。姿を隠し、支援に徹している誰かがいるのなら。自分一人で逃げるより成功の確率は高いのでは。
「邪魔ぁ!」
戦闘への注意がおろそかになっていた男は苛立ちと焦りの入り混じったその声に反応することができず、横合いから強く腕を引かれるままに地面へと倒れ込んだ。
声の主、アリスは壁のようにそびえる岩に着地し数瞬の後、改めて地面に着地した。
腕をさすり顔を顰める姿から、思い通りにならないことへの苛立ちが見受けられた。
「あんだけぶっ放して抑えきれねぇのかよ……?」
Lv.2といえど体格は幼子そのもの。耐久のステイタスもさして高くはないのだろう。防御を成功させたうえで、離れていた男のところまで吹き飛ばされてしまったらしい。
大きな負傷もなく戦闘は続行可能のようではあったが、はたしていつまで耐えられるのか。
「……無駄に吠えられないように気を遣ってたのに。もういいや」
再び濃密な魔力を纏い始めた杖を逆手に構え、アリスは岩盤を砕かんばかりに蹴りつけミノタウロスの群へと疾走を開始する。ちらりと見えた横顔には堪忍袋の緒が切れたとでも言わんばかりの形相を浮かべていた。
猛牛に呼応するように猛り立つ【闇猫】に男の懸念は急速に高まっていく。
男の側まで吹き飛ばされたということは不可侵にも見えた結界が破られたということであり、つまるところ【闇猫】一人ではミノタウロスを抑えきれないことを意味している。
逃げるための方策もなくはないが、自分が自由に動けることが大前提だった。気まぐれを起こしたミノタウロスが自分を狙ったり、再び咆哮の大合唱が起きればその時点で詰む。
思考は巡るも決断は出来ず、震える足は今すぐこの場所からの逃走を訴えている。
焦燥感に駆られるまま走り出してしまいそうになる、刹那。
「伏せといた方が身のためにゃー」
鉄火場にあってなお全く気の抜けたような声に、男は冷静さを取り戻した。
まだ【闇猫】は戦えている、今は大人しく、と身をひそめる男ははたと声の聞こえた方に目を向けた。
「……は?」
紺と白の縞模様の服を着た猫のような何かが男のすぐ横に座っていた。
◇ ◇ ◇
咆哮ぶちかまされないようがんばってヘイト集めて削ってたのにあんな煽り方されるとは心外な。
嫌がらせのつもりだったのかあわよくば殺すつもりだったのか知らないがそれを一旦置いて助けてやってるんだ、文句をつけられる筋合いはない。
……ぶん殴ってやろうかとも思ったが手加減に失敗すればLv.1では耐えられない。この怒りはミノタウロスにぶつけよう。奴の処遇は地上でなんとかするとして、とりあえず牛の群を捌いていかねば。
一番手前に見えているミノタウロスが迎撃の構えを取ったのが見えた。交錯の瞬間にカウンターを決める腹積もりのようだ。
……連中のことをごり押ししかできない思考回路の単純な脳筋モンスターだと思っていたが、どうやらそれなりに学習能力があるらしい。
近寄った途端に吹き飛ばされた同族を見てからは不用意な接近を控えるようになった。射程を見切ったわけではないと思うが、一定距離以内には近づこうともしない。
一回の攻撃で一発しか撃たないのを見てか、単独で仕掛けてくることもなくなった。接近を許してしまったのだって複数同時に襲ってきたからだ。
短い時間の戦闘で地味ながらも、じわじわと、魔導士を確実に潰すための成長を見せるミノタウロス。そんな連中に殴れば吹き飛ぶ程度の耐久だとばれてしまっている。
そんな紙耐久の魔導士が距離の優位を捨てて突撃してくるなんて恰好の的でしかない。だからこそカウンターという選択肢を取ったのだろう。懐に入れて、確実に仕留めるために。
2Mを越す巨体が一撃必殺と言わんばかりに右腕を振り上げた。タイミングも完璧だ。Lv.2になってステイタスが伸びているとはいえ、まともに受ければただでは済むまい。
受ければの話、だ。
振り下ろされた剛腕は俺の少し前方で岩盤を砕いた。
全速力からの急停止。ベルがよくやる手段である。足首にかかる負担は凄まじいがそこはLv.2の身体能力。通常の人間では有り得ない挙動にも身体が悲鳴を上げることはない。ブーツの方が心配だ。
命中を疑わず全力で振り下ろしたミノタウロスはこちらに頭を差し出すかのような体勢で止まっている。狙ったとはいえ、ここまで上手く行くとちょっと面白い。零れそうな笑みを噛み殺しつつ急停止で得た反動を活かし頭目掛けて杖を振り下ろす。
筋肉の塊と表現されても違和感のない体格を持つミノタウロスにLv.2魔導士の打撃が通じるかというと、これはちょっと怪しい。Lv.3ならいけるかもしれないが。
強靭な肉体に打撃は通りにくく、切り裂くにも一苦労。前衛ですら一筋縄ではいかない相手に細腕魔導士の打撃が通用するのか。
そのための先手。向こうの方でうちの猫とだべってる男は紫の球体を見て魔法と言ったが、アレは魔法ではない。
完全に同一ではないが、ゲームシステムが適用されているこの身体は「魔法は最大三つ」というこの世界の理を一応は守りつつ裏技的に外れていく成長を見せた。他人からすれば魔法にしか見えないであろうアレはスキルの産物なのである。
ゲームと同じ名前を与えられ、しかしこちらの世界では【虚風旋影】と背中に綴られたそれは【ウィークバルーン】と読む。直撃は言わずもがな、余波に触れただけでも効果は十全に発揮される。
スキルの効果は「防御力の低下」だ。
「おやすみぃっ!」
インパクトの瞬間に魔法を撃ち込みつつ、振り抜く。打撃に魔法を乗せる意味があるのかどうか定かではないが、顎を撃ち抜いて頭を揺らしてやるつもりだったさっきの奴は首が半回転したのでたぶん無意味ではない。
ノーガードの後頭部にぶち込まれたミノタウロスはそのまま地面に吸い込まれるように頭から倒れた。あまりの勢いに地面に打ち付けた頭が一度跳ね返るくらいの会心の一撃だったのだが、消える気配がないので撃破には至らなかったようだ。ぴくりとも動く気配がないので一旦放置。
仲間がやられたのを見て怒りを覚えたか、雄叫びを上げながら走り出すミノタウロス達。一匹だけ俺にたどり着けるようにルートを制限、誘導し、タイミングを見計らって魔法を撃つ。
【シューティングスター】は精神力消費ゼロで撃つことができる。撃ち出された光弾は射程限界に到達、もしくは何がしかにヒットすることで発生する爆発はミノタウロス相手でも吹き飛ばすことができた。初訓練でベルの意識が飛んだのはこれの爆風によるものだ。
【ドミネイトスフィア】は少量の精神力を消費するが射程範囲内ならば自由な軌道を描いて飛ばすことが出来る。曲線も直角も蛇行でも、射程の許す限りは自由。高速で回転し続ける五芒星を象った魔法の弾丸は当たったものを強烈に弾く。
杖さえあれば発声せずとも撃てるこれらの魔法には広範囲を一網打尽にする制圧力も、一点突破の超火力もない。火や風といった属性もない。強いて言うならば衝撃が属性みたいなものだ。
発生速度、連射性は他の魔法を大きく上回る利点だが、魔法自体の威力は低い。攻撃力の低さを補うのがさきのスキルだがそれ一つで火力不足を帳消しに出来るほどゲームもこの世界も甘くはない。
当たるように撃つだけでは足りない。一撃で倒せない以上、どのように当てるかを考える必要があった。零細ファミリアの懐事情を無視してまで一人でダンジョンに潜り続けたのは操作デバイスなんてないこの世界で魔法を使いこなすためだった。
いくつもの流星を置き去りに、遮るもののない俺との距離をミノタウロスは急速に詰めてくる。殴りかかるのではなく、そのままタックルを仕掛けてくる体勢だ。
回避の素振りも見せず突っ立ったままの俺になんの疑いもなく突撃を敢行するミノタウロス。衝突の瞬間まで一秒もかからないほどの距離になる、その直前。
正面から見えないよう背に向けて撃ち身体で隠していた魔法がするりと俺の前に滑り込み、十分な距離の助走を経た突撃の勢いを殺しきってミノタウロスを弾き飛ばした。
【ドミネイトスフィア】は射程の許す限りで自由な軌道を描く。その場で停滞してから急に動くのも、通り過ぎてから戻ってくるのも、一度下がってから前方に飛んでいくのも。
反撃が来るなど思いもしなかっただろう。地を踏む足取りは揺れに揺れ、先ほどまでの力強さはない。生まれたての牛のようだ。
その背中を、通り過ぎたはずの星が弾く。手をついて完全な転倒こそ避けてはいるが、膝をついてしまってはもはや回避も攻撃も望めまい。
複数の高速回転する星がミノタウロスに殺到する。地に着いた手を弾き、下がる頭を弾き、跳ね上がった背中を弾き、頭を抱えるように防御する腕すらも弾く。
事前に描いた軌道に従って距離を詰める星々。その間に挟まれたミノタウロス。弾くことも出来ないほどに狭まった星の間で逃げ場を失った衝撃の行方は言わずもがな。
一度ヒットすれば攻撃判定を失うゲームとは違って、この世界にそんな決まりはない。切れ味の鈍いチェーンソー。角張ったグラインダー。どう表現するかは人によるだろうが、どっちにしても生み出される結果は同じだ。ミノタウロスの返り血、四匹目。
半分になって崩れ落ちるミノタウロスの向こうから追加がちらほらと見えている。視界の端っこで男性が絶望に打ちひしがれているのが見えたがうちの優秀な猫がついているのでよほどのことがない限りは死にはしないだろうと思う。
一匹倒すのに豪勢に撃ちすぎて精神力の残量が少しばかり心許ないが、魔法を控えればそのうち回復する。
念のためにと用意して使わずにいるままの隠し玉もある。時間を稼ぐだけなら簡単だ。魔法を使わない近接戦闘を見越して装備しておいた武器カードがここで光る。
刀身だけで身長の半分を優に超えてしまう、真っ当な体格での使用を考えていないかのような一振り。重量も拵相応のものだが、今のステイタスなら振り回すのに支障はない。
【武蔵坊の大薙刀】はステイタスの強化度合いそのものは大したことはないが、武器として振るうならこれほどの業物はそうそうないだろう。重量も相まって斬れ味は鋭く、持ち主の逸話を武器性能として体現したのか、折れも曲がりもしない。ゲーム上の特殊効果である「防御力上昇」も発揮されることは確認済だ。
優れた武器が手の内にあり、優秀な補助が控え、こちらの魔法を撃ち破る術は向こうにはない。遅れを取っているのは頭数だけ。負ける要素を探す方が難しい。
さっさと片づけて、帰りに美味しいものでも買って帰ろう。その前にシャワーと、事を起こした奴の後始末も考えておかないといけない。
刃が通り辛い肉質なんてもはや考慮する必要はない。下ごしらえは済んでいるのだ。追加の連中だってかけるのは手間だけでいい。
……魔法やスキル、反則じみたアシスト群があるからこそ強行軍はなんとかなっている。
身一つでダンジョンに潜ったベルは本当、なんというか。帰ったら一回褒めてあげよう。
◇ ◇ ◇
「お前、何者なんだよ……」
助かったのに文句があるのかと睨んでみるとバツの悪そうに男は押し黙る。助けてやったのに礼の一つも言わなかったなこの人。
さして時間をかけることなく群を殲滅した後、おかわりが来る前にさっさと帰るぞとドロップアイテムや魔石に後ろ髪を引かれる男の尻を蹴り飛ばして帰途についた。拾う暇もバックパックもなかったし、そもそも戦闘に参加してない奴に分け前を主張する権利なんぞあるか。
「その猫も……新種か?テイマーだったのか?」
先の戦闘でもひっそりと貢献していた喋る猫について男が腰引け気味に尋ねてくる。
アシストカードとは別枠で一枚だけ装備することができるソウルカードは単純にステイタスを強化するだけには収まらない。
御伽噺の登場人物をモチーフにしたソウルカードは専用のゲージが溜まると、試合中ランダムで選ばれた地点から巨人として召喚される。
囚人服を着た猫【ギディ】はレベル1のソウルカードだ。強化値はそれほどでもないが試合開始から効果を発揮してくれる。巨人としては【回復陣】という能力を持つ。範囲内にいればHPが少しずつ回復し、MPの回復速度が上昇する魔法陣を展開する補助系の巨人だ。
縦横に狭い構造が少なくないダンジョンで巨人はどうやって出てくるんだろうと疑問に思っていたが、まさかカードイラストに描かれた姿そのままで現れるとは思わなかった。
「ごしゅじーん、お腹すいたにゃー」
「私もだにゃー」
「にゃー?」
「にゃー」
中身と頭がからっぽな会話で男の質問をなかったことにする。お腹が空いているのは本当かもしれないがアシストカードから食料を出そうにも武器で枠を埋めているため編成し直さないといけない。その間無防備になってしまうし、見ず知らずの上こちらを害そうとしてきた相手に無暗に手の内を見せるつもりはない。
申し訳ないが今しばらくは我慢しててくれ。帰ったらなんか美味しいの買ってあげるからな。カリカリとかあるかな、オラリオ。
夜中に潜り込んで、今はどのくらいの時間だろう。夜が明けてはいそうだがまだ冒険者とすれ違っていない。冒険者どころかモンスターとも遭遇しない。疲労も無視できないくらいには溜まっているのでありがたくはある。が、なんとなくわかってしまう。これは良い状況ではない。
冒険者が通ったためにいないわけではなく、近くで発生した戦闘に引っ張られて空白が出来ているわけでもない。ただただモンスターがいない。
予想が外れることを願いながら杖を出す。ギディも何かを感じ取ったか足取りが少し固くなった。
男の方は流石というべきなのか、霧の中から何がしかの予兆を見つけ出そうとしきりに辺りを見回している。
原因は霧の向こうに転がっていた。正しくは寝ていたと言うべきか、あるいは身を隠していたのか。俺達に気づいてかタイミングの偶然の一致か、のそりと身体を起こしてこちらを睥睨している。
ミノタウロスほどの体高はないが、全長は今まで見てきたモンスターの中で一番長い。
「インファントドラゴンだと……!?」
男の呻くような呟きにアドバイザーによるスパルタ授業の記憶が蘇る。
階層主とやらが存在しない上層における、実質的な階層主だとかなんとか。
遭遇することも稀と言われるモンスターがよりによってこのタイミングで姿を現した。
「あぁもうっ!」
口をついて出た嘆きは俺の苛立ちというより女の子の癇癪の色が濃く感じられて我が事ながらちょっと気持ち悪い。
幸か不幸か、しばらく戦闘がなかったので精神力だけは潤沢だ。隠し玉の準備も整っている。
一匹と一人に声もかけずに走る。長々と戦闘を続けるだけの集中力が俺にはもうない。余裕を取り戻してきた男に背中を撃たれないとも限らない。
精神力を使い切って一気に仕留める。狙うは短期決戦だ。
手足はそれほど長くはないが、胴体は太く尻尾が長い。頑丈そうな身体に比べ、首は細長く頭もそれほど大きくはない。
小柄な俺を脅威と思っていないのか、動き出す気配のないドラゴンに内心ほくそ笑む。弱点部位が動かないのはいいことだ。
俺を見下ろす頭が弓を引くようにじわりと下がった。タイミングを合わせて食いつく体勢だ。そうだ、それが欲しいんだこっちは。
走りながら杖を振り回しいくつもの星を展開させる。全てばらばらの軌道を描き、最後には首に殺到するように。
スキル一発分の精神力を残し、突貫。杖を片手に、もう片方の手には大薙刀を。
ドラゴンが更に首を引いた瞬間に【虚風旋影】を前方に放ち、同時に杖を放り投げる。命中を待たずに強く地面を蹴りつけ跳躍すればコンマ数秒の差で踏み切った位置にドラゴンの歯が噛み合う音が聞こえた。防御力の下がる魔力の塊は美味しかっただろうか。たぶん死ぬほど不味いだろう。
空中で【武蔵坊の大薙刀】を具現化し落下の勢い回転を加えながら伸び切った首めがけて叩きつける。
不安定な体勢ではあったが分厚い刃の一撃は鱗を砕き、刀身の半ばまで食い込んだ。綺麗に捉えた感触はあったが両断とまではいかなかった。普通のモンスターならほとんど倒したようなものだが、弱る気配がないのは流石と言うべきか。
柄から手を離せば身体は重力に従って落ちていく。これを狙って再度首をたわめ、力を溜めるドラゴン。痛みを耐えながら攻撃を仕掛けるとはなかなかガッツに溢れた奴め。
ここまでは、予定通り。
マスタースキルという、ゲームにおいて全員共通で使用できるスキルがある。MPを消費するのではなく、クールタイムが経過すればレベルに関係なく使用できるものだ。
効果も様々で上手く使えば非常に強力なのだが、一試合に使用できるのは一種類のみ。種類ごとに使用回数が定められており、使い切ればその試合ではもう使用できなくなる。
使用可能な状況ならノータイムで発動できるものだったがこの世界では詠唱が必要になった。詠唱完了後すぐに発動してしまうためタイミングの取り方がゲームの時より難しくなってしまっている。
もしもに備えつつ使わずにおいたままの隠し玉。背中の神血に記されない、完全にゲームシステム由来のスキル。一回目のクールタイムはとうに終わっている。
あとはタイミング勝負。
「『星の流転と共に』」
薙刀を手放し、空中で無手となった俺に竜の顎が迫る。
息が生臭い。口が俺の胴体より遥かにでかい。歯が、棘のようで、杭のような、凶悪そうな。
あぁ、今!
「『流れ行け!』」
強烈に噛み合う歯が俺の身体を捕らえ、しかしすり抜ける。
一瞬、重力も慣性も無視してやや斜めに移動し、効果が終了したところでまた真っすぐに落下する。
【スターブリンク】は短い距離を高速で移動する特殊スキルだ。各種行動の硬直を無視して発動することが可能であり、最大の特徴として発動から効果終了まで全ての攻撃を無効化する。一秒にも満たない効果時間も使いどころを見極めれば一瞬の間隙を突くに十分な効果を発揮する。
誰もいない空を噛んだドラゴンに遅れてきた魔法が殺到、隙だらけの首を釣瓶打ちに……とはいかなかった。いくつかは当たるも、多くは外れている。
そこまでは、計算済み。全部が当たる必要はないんだ。一発でも当たれば。
着地と同時に具現化させたのは薙刀に並ぶ長物。地面を踏みしめ身体を軸に振り上げれば重厚な刀身が重力に逆らって弧を描く。
唸りを上げる【美髯公の青龍偃月刀】の斬撃と鱗を強烈に抉りながら首を下に押し込む魔法の弾丸。
僅かな抵抗を見せながら、偃月刀は綺麗な半円を描ききった。狙い通りと嘯くには力業に過ぎるかもしれないが文句を言う者はいない。ドラゴンというファンタジーで定番の強敵が相手でちょっと緊張したが、上層相応なんだな。
灰と消えていく身体の中から今までに見たことない大きな魔石が現れる。持って帰れば大きな収入になることは間違いないのだが……あの男に運ばせたら持ち逃げされそうな気がするし、ギディに持ってもらうには大きすぎる。俺が持ったらまともに戦える人員がいない。
仕方ない、諦めよう。放置して誰かに持っていかれても癪だし、砕いてしまえ。
「おい!?」
三つまで装備できるアシストカード。レアリティで言えばSRに類する【武蔵坊の大薙刀】と【美髯公の青龍偃月刀】に続く最後の一枠。
【木こりの斧】で叩き割る。業物でもなんでもないただの斧である。レアリティもノーマルとレアですらない。ただ、取り回しが先の二つより格段に利く。
狭い通路ならこちらの方が何かと便利だろうと装備しておいたものだ。最初に叩き割るものがドラゴンの魔石になるとは夢にも思わなかった。
男の制止を聞こえないふりをして振り下ろせば思ったほどの抵抗もなく、甲高い音を立てて魔石は砕け散った。経験値として吸収してしまえばよかったかなとも思ったが、男の目もあるので自重。
「上まで走って帰るよ。遅れたら置いていく」
ここから上のモンスターなら苦戦することもないだろう。走れば置き去りにできるし、今の俺なら一撃で倒すのも難しくない。蟻にだけ注意しておけば囲まれることもない。
中層でうろうろ出来るくらいには慣れているらしい男については心配するつもりはないが、ギディはどうだろう。そろそろ空腹が限界なんじゃないか。サイズも普通の猫と大差ない。走ったら置いてけぼりにしてしまうかもしれない。
「ギディ、だっこしてあげよう」
「くさいから嫌にゃ」
ご主人をくさいって言ったかこのやろう。
迷宮内を連れ回して酷使した上に血塗れのハグは確かにひどい仕打ちだと思うし、申し訳ないとも思う。だがもう気を遣ってやる余裕がない。後で思う存分水浴びしてくれ。その時は人目につかないように頼む。俺には帰ってもまだやることがあるのだ。疲れたけど、もうひとがんばりしないといけない。
……今回みたいな連中がもう湧いてこないように、ここいらで一つ策を講じる必要がある。差し当ってはこの事態を作り上げた馬鹿野郎を締め上げる。俺の前に現れたのが三人というだけで、手を貸した奴だってそれなりにいるだろう。
もう二度と手を出そうと思えなくなるように。顔すら見たくないと思うように。
猫は本来、狩猟する動物だ。狩られる側が本当はどちらなのか、思い知らせてやろう。
などと意気込んだはいいが空回りとは正にこのことで。無事地上に帰還を果たしたものの、ギルドに入るなり発生した騒ぎのせいで策は何一つとして進展しなかった。挙句、実行犯の男には逃げられる始末。策だなんだと言いながら所詮は脳筋一般人の思いつきでしかなかった。
血塗れの人間くらい見慣れてるんじゃないのか。そういう騒ぎが欲しかったんじゃないんだってば、もう。
ダンまち的スキルの漢字表記考えるの大変。
ワンダー知ってる方向け小ネタ
魔法
【シューティングスター】「S」hooting「S」tar
【ドミネイトスフィア】「D」ominate「S」phere
ストレートショット、ドローショットからの命名でした。
ビルドの理由
【武蔵坊の大薙刀】【美髯公の青龍偃月刀】【木こりの斧】【ギディ】
レベル2なのになんでレベル1アシストで揃えてんの?と疑問を覚えたかと思うのです。
「ステイタスを下げないこと」を考えつつ、ドローを盛って武器として有用なもの、と考えてこの三つを選びました。
作中のように武器として使用する場合、武器カテゴリのレベル2アシストにまともな武器があんまりないという事情もあります。鍋とか釣り竿とかなんです。
ギディを選んだのは欲しいステイタスを盛る、回復陣による援護、見た目もコンパクトと話に入れやすかったからです。
あとは趣味です。実装は初期に近いくらいなのにVerが4まで進んでいる現状でも採用されうる優秀な子。囚人服っぽいのを着てるのは謎ですが。