どこにでもいる高校生。利己的だが情に流されやすい。雫に惚れている。万能者。またの名を器用貧乏。
プロローグ
「うおっ、やべえ、遅刻じゃん!」
慌てて家を出て自転車に跨り全力で漕ぎ出す。普段なら通学路には学生が歩いているはずなのだが、今は誰もいない。まあ、始業のチャイムまで残り10分もなく、しかもここからの距離が20分はかかる位置だと考えれば当然と言えるだろう。
「……いや、まだ間に合う!」
自転車の回転数を上げる。ジャキジャキと軋みを上げているが気にしない。通行人があまりの音の大きさにギョッとした顔をしている。だが気にしない。気にしないったら気にしない!
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「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
僕ーー南雲ハジメが下駄箱に靴を閉まっていると後ろからひどく息の切れた音が聞こえる。心当たりがあるなーと思いながら振り向くとそこには高校で唯一仲の良い友達がいた。
「……どうしたの?涼夜君」
ハジメの友達、有賀涼夜は成績、運動、性格、顔全てにおいて平均より高い。だが「涼夜より○○の方が凄いよね」というふうに誰かと比べるとどこかで劣るというなんていうか(本人は割と気にしているので本人に言うと失礼だが)器用貧乏な奴だ。
「お、おっす、ゴホッ、ハ、ジメ」
涼夜は喋るのも辛いらしく時折咳き込んでいる。下駄箱に靴をしまいながら息を整えている友達にハジメは少し呆れたような目を向ける。
「ふぅ〜、疲れた。いやぁ流石に10分で走って来るのは堪えたわ」
「君は化け物か」
「うわっ、ひでえなぁ」
涼夜は冗談だと思い、笑って返しながら鞄の中からタオルを出して額の汗を拭う。ハジメとしては冗談ではなく割と本気で言っていたのだが。
ハジメは涼夜の家の位置を知っているのでそれがいかに頭がおかしい発言か理解していた。
「とりあえず教室に行こうぜ。もうすぐなりそうだからな」
「そうだね」
それからはゲームの話や学校内の噂など他愛のない話をしていた。ハジメは教室に入るまでのこの時間だけが唯一学校に来ることへの忌避感を感じずにいられる。
そうする内に教室の前に着いた。これから起こることについて憂鬱になりながらも扉の取っ手に手を添える。
「いつものことだが、気にするなよ」
ハジメの内心を慮ってか、涼夜は口にする。そんな友達の優しさにちょっとは心が軽くなったのを感じつつハジメはガララという音とともに扉を開ける。するとクラスメイトの視線がハジメに集まる。
「よぉ、キモオタ! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」
「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」
嫉妬、侮蔑の視線を向けながら嘲笑を上げているのはいつもハジメに絡んで来る檜山たち4人組だ。そのまま無視して自分の席に向かおうとすると後から入ってきた涼夜が
「ハジメ〜昨日のFPS面白かったな!流石に徹夜は堪えたけどな」
などと大きな声で言った。もちろん昨日はFPSなんてやっていなかったし、ハジメも徹夜まではしていない。これは檜山たちに対する牽制の言葉だ。
こんな風にいつもハジメのフォローをするので男子からの差別的な目や、女子からの侮蔑の視線は前よりは少しは減ってきた。それでもハジメを敵視する奴らは消えないのだが。
「南雲君、有賀君おはよう!ギリギリは良くないよ?もっと早く来ようよ」
今話しかけてきた女子が男子の敵意の原因だ。現にこの瞬間に男子の視線が増加した。「なに勝手に白崎さんと話してんだ!あ゛あ゛⁉︎」という心の声が聞こえてきそうだ。
「あ、ああ。おはよう白崎さん」
白崎香織、学校の2大女神と呼ばれるほどに整った容姿をしており、面倒見が良く誰かに頼られたときは笑顔でそれにあたっている。正直ハジメに構う理由がわからないのだ。これを涼夜に言うとなぜかニヤニヤして「さあな」とか言うもんだから堪ったものではない。
「おはよう、白崎さん。昨日ハジメをゲームに付き合わせたんだ。勘弁してくれないかな?」
涼夜も笑顔で挨拶をする。だが心なしか顔が少し引き攣っているのは気のせいではないはずだ。
「香織、2人がそう言ってるんだから世話を焼くのはほどほどにしておいた方がいいんじゃないか?」
そう言って現れたのはイケメン天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。簡単に言うと涼夜の上位互換である。
「おはよう。毎日大変ね」
「やる気のないやつに構っても意味ねえぞ」
光輝の後ろから現れたのは八重樫雫、坂上龍太郎だ。この4人は幼馴染でよく一緒にいる。ハジメにとっては全員が目立つので正直関わって欲しくない相手でもあった。
ハジメはどうすればこの状況から逃れることができるだろうと思考を巡らせていると始業開始のチャイムが鳴った。そこで先生が入ってきたのでみんな席に着く。
内心てホッとしていると後ろの席にいる涼夜に「ラッキーだったな」と言われ、苦笑するしかなかった。
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昼休みの喧騒に包まれてようやく目覚めた親友に涼夜は声をかける。
「ハジメ、起きたか?」
「あ、うん。まだ眠いけど」
「なら、空き教室に行くか。確かあそこなら誰もいないだろ」
涼夜はヨッコラセとまるでおじいさんのような声を出して立ち上がる。ハジメはまだ意識がしっかりと覚醒していないのかゆっくりと立ち上がり、机の中のゼリー飲料を漁っている。
「……おい、ハジメ。早くしないとーーーっ、遅かったか」
あまりにもハジメの動きが遅かったので面倒くさいことになると忠告しようとしたが時すでにお寿司。ハジメの近くに香織が弁当を持って近づいてきた。
「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」
不穏な空気が教室を満たし始めた。ハジメは頰を引攣らせながら涼夜の方を見る。涼夜はその視線を受けると肩を諌めた。どうやらハジメ自身で解決してくれという感じだ。
涼夜からの救援を諦めたハジメは抵抗を試みる。
「あ~、誘ってくれて有難う、白崎さん。でも、僕たちは教室じゃないところで食べようとしてるから天之河君達と食べたらどうかな?」
そう言って、暗に他で食べてくるから白崎さんは幼馴染と食べたらどうかな?という雰囲気を出してみた。断るのも「何様だ!」と思われそうだが、お昼休憩の間ずっと針のむしろよりは幾分マシだ。
しかし、その程度の抵抗など意味をなさないとばかり香織は追撃をかける。
「えっ!なら私も一緒について行っていいかな?ほら、みんなで食べた方がおいしいと思うよ!」
(もう勘弁して下さい! 気づいて! 周りの空気に気づいて!)
刻一刻と増していく圧力に、ハジメが冷や汗を流していると横から救援が来た。
「白崎さん、ごめんな。ちょっとハジメと内密に話したいことがあるんだ。だから今日は遠慮してくれないかな?」
涼夜はハジメの肩に手を置いて断りを入れる。「この視線が気にならないのか⁉︎」というハジメの視線はスルー。
その言葉にさらに援護射撃。
「香織。こっちで一緒に食べましょ。南雲たちも男同士で喋りたいことでもあるのよ」
雫からの言葉に香織も諦めたようで「……また今度、一緒に食べようね」と返してくれた。
雫に目で礼を言うと、視線で「感謝は隣に言って」と訴えていたのでハジメは隣の涼夜にお礼を言った。
涼夜はハジメの肩をポンと叩くと教室を出ようと歩き出した。ハジメはその後をついていこうとする。だがそれは急に床からの光によって遮られる。
その光の出所を探すと光輝の下の魔法陣らしき模様からだった。
「お、おい。これって……」
「……」
涼夜は魔法陣を見て言葉を詰まらす。ハジメも今起きている状況について言葉を発せない。だが2人の頭の中では共通の認識があった。
((あ、これ異世界召喚じゃね?))
光が大きくなり教室を包み込む。そして光が止んだ後には誰もいなくなっていた。