涼夜は呆然としていた。目の前で起きた光景が頭から離れない。何度も何度も自分の頰を抓る。その痛みがこれが現実だと突きつけてくる。
「何をしている!早く出るぞ!」
そんなメルドの声も右から左へと流れていく。側で香織が必死にハジメを助けようと動いていた。
(香織が叫んでるな。助けようとしてるのか
……なのになぜ俺は動かない。
理由はわかってる。
ーーー俺の力では助けられない。
そう、感じてしまったからだ。
俺は俺がとてつもなく情けない)
「涼夜!立て!ここから出るぞ!」
涼夜はメルドの声に反応できない。もう、心をシャットダウンしてしまったからだ。
「くそっ、立て!走るぞ!」
メルドは涼夜の腕を掴み、強引に立ち上がらせる。そしてこの階層から逃げるように走る。涼夜はメルドに連れられるままに転ばないために走る。
もう、涼夜はこの先のことを覚えていない。というよりも騎士団以外のメンバーはみな、心ここに在らず状態だったので誰も覚えていない。騎士団の人達が魔物を片付けてくれなければ涼夜達はとっくに全滅していただろう。
そうしてなんとか地上に帰還した涼夜達。宿に戻るとみんな泥のように眠った。今日の出来事を忘れるように。
翌日、高速馬車で王城に戻った涼夜達はハジメの死亡報告をしていた。それを聞いてショックを受けていた国王とイシュタルであったが、それで死んだのが《無能》と呼ばれたハジメだと分かると安堵した。
それに激昂した涼夜は国王の前に詰め寄ろうとしたが周りに止められた。
「くそっ、なんで安堵したんだよ!1人死んだんだぞ!無能って呼ばれてるやつならいいってか⁉︎ふざけんなよ!」
「落ち着け!涼夜!」
メルドに羽交い締めにされて動きが取れなくなる。そして振りほどくのが無理だと分かると抵抗をやめ、ボソボソと呟いた。
「なんでだよ、なんで1番頑張ってたやつがこんな風に言われなきゃいけないんだよ、ちくしょう」
その言葉はクラスメイトの心に重い何かを取り付けた。
***************
「……雫、香織はどうしたんだ?姿が見えないが」
報告が終わり自室に戻れと言われたが戻る気力もなかった涼夜は廊下でぼうっとしていた。そしたら隣で同じように立っていた雫に気がついたので姿が見えなかった香織について尋ねてみた。
「……寝てるわ。貴方は覚えてないでしょうけど香織はハジメが消えてあまりにも錯乱していたから気絶させられたのよ。それでショックからなのかまだ目をさましてないの」
あれを見たら涼夜よりも怒りそうな少女だ。涼夜よりもダメージが多そうだ。
「そうか」
「………」
涼夜はそれっきり口を開かなかった。雫は何か言いたそうだったが上手く言葉が出ない。
長い長い沈黙が流れる。
「……じゃあ、俺、部屋に戻るわ。雫もあんまり長くここにいるなよ」
それを切ったのは意外にも涼夜だった。
「……ええ、わかったわ」
かけるべき言葉をかけられず、雫は涼夜の背中を見つめることしかできなかった。
涼夜は部屋に戻ると備えつけられている椅子に座り、窓の外をぼうっと眺めていた。
どれくらい経ったのかはわからないが陽が傾き、星がちらほらと見えるようになった頃、涼夜は立ち上がり、机の上に置いてあったノートを手に取る。
このノートはハジメと涼夜の研究ノートであり、この世界をどう回ろうかと考え、歴史書や地図などの気になった言葉を見つけ書き留めていたものだ。
それを開き、感慨深げに読み耽る涼夜。
(ああ、こんなところがあったなぁ。……それにここはハジメが行きたいって言ってたっけ……ん?これは……)
パラパラとページをめくっていた涼夜だったがふとあるページに目が留まった。
それは大迷宮についての文献を書き記したものだった。
【大迷宮は7つあるとされていて、その内判明しているのはオルクス、グリューエン、氷雪洞窟の3つだけであり、他の迷宮は存在自体があやふやである。なお、それぞれの大迷宮の最奥には財宝が隠されているという。中には神代にあったとされる魔法の効果が付属されたアーティファクトも存在すると言われている。
考察:地図から察するに恐らくだが残りの4つのうち3つの大迷宮はハルツィナ樹海、ライセン大峡谷、メルジーネにあると思われる。】
「……神代魔法なら」
涼夜は神代魔法のページを開く。少しページをめくる手が早くなっている。
【神代魔法。それは各地で戦争が頻繁に起きていた時代に存在したと言われる魔法である。神代魔法には空間を超越したり、傷を瞬く間に癒したり、死者を蘇生したりするものがあると言われている。
備考:空間移動や癒す魔法はあると思うが、死者を蘇生する魔法はないと思う。そんなのがあるのなら今頃古代から生き続けている人がいるはずだ。】
ちなみに備考欄については文献の他に涼夜とハジメが考え、補足という形で書いた。
「……死者を蘇生する魔法か」
涼夜はポツリと呟く。小さな声の割にどこか力強さを感じる。
(……蘇生魔法。ありえないと断じるのが普通だ。そんなものあるわけがない。
………だが、あるかもしれないという可能性を捨てられない。捨てきれない。なら賭けてもいいんじゃないか。何もやらないよりはましだ。
ーーーできることに全力で。それが俺だったな。
よし、大迷宮攻略に向けて準備をしよう。
まず、俺には力が足りない。
……1週間でどうにかしよう。俺の技能とチート集団の力を借りれば余裕だろう。
次に物資だな。持ち運べる量には限りがあるから錬成で四次元ポケットっぽいの作れないだろうか……まあ、そこはできたらで。とりあえず収納の多い服を作ろう。アイテムは超大事だからな。
そしてどこの大迷宮を踏破するかだが、本当ならオルクス大迷宮一択なのだが、正直、オルクス大迷宮は無理だ。あのレベルの魔物を俺1人で相手にしたら死んでしまう。なら他の大迷宮に行ってクリアした方がましだ。
……ごめん、ハジメ。あとで必ず行くから。
最後に、どうやってこの国を抜けるかだ。今思いつくだけで2通りあるが、どれも確実性にかける。……まあ、これも幸い時間はある。1週間で決めればいいか)
涼夜が思考を続ければ続けるほど瞳の奥に焔が灯り、メラメラと燃え上がる。
思考を終えた涼夜の瞳には決して消えることのない覚悟の焔が渦巻いていた。
「しゃあ!出来ることを全力で!とりあえず
涼夜は心に刻みつけるように声に出して自分を鼓舞する。言っていることはガチのキチガイだが。さすが努力の男である。
涼夜は外に出て王城にある色々な素材を分けてもらい、自分の部屋に持ち込む。その量は部屋の半分以上を埋め尽くすほどである。
これを片っ端から錬成したり、調合したりする。ひたすら錬成、調合、錬成、調合……と、頭がおかしくなりそうな量を創造していく。
涼夜はこれを朝までひたすら集中力を途切れされることなくやりきる。
そして涼夜らそのまま寝ることなく、クラスメイトの一人一人を訪ね、それぞれの技能についてコツややり方を教えてもらう。その時に頭を下げて全力で懇願する。誠意は大事というのが涼夜のスタンスだ。
夜までに教えて貰えたのは生徒の4分の1だけだがこれでも涼夜は全力で全ての技能に取り組み、1つ習得するのに1時間はかかった。しかも、1人当たり2つ以上は技能を持っているので同じ人の前に何時間もいたりした。
夕飯を食べて終えた後、涼夜はメルドに無理を言って郊外に出て沢山の魔物の素材、鉱物、薬草を採取してきた。それを自室に持ち帰り、昨日と同じようにただひたすらに錬成、調合を繰り返す。
そしてまた、朝まで繰り返した。
朝がくるとまたクラスメイトに聞きにいく。
これを涼夜は3日間、繰り返した。
***************
……流石に涼夜はやりすぎた。
いつも寝る間を惜しんで努力をしてきた涼夜。いつもは1日あれば達成するのでなんとかなっていた。
だが今回はそれは適用しない。強くなるという目標に際限など存在しないのだから。
しかも、その方法しか知らない為に、どの程度でセーブすればいいかわからなかった。
故に涼夜は限界を超えてまで努力をしだした。
結果、睡眠を不要と捨てたことで思考力が低下し、体力も落ち、周りを見る余裕も失った。
ただ力を求めるだけの人間になりさがった。
それを見ていられなかった人が2人…
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今日も涼夜は目の下にクマを作りながらも生徒に聞きに行く。檜山達と光輝達以外には全員に聞き終えた。なので今日は光輝達に聞きに行く。
その途中で、涼夜は昨日ようやく目覚めた香織に出会った。
「涼夜くん!」
「……………ああ、香織か。ちょうどいいや、治癒魔法を教えてくれ」
涼夜は香織に声をかけられたことに気づくのが遅れていた。連日の疲れからだろうか。かなり生気のない顔になっている。しかも、いつもの気遣いがない。ようやく目覚めた香織に対して、いつもなら慰る態度をとるはずなのに。
「ダメだよ!ハジメくんを助ける為に頑張っているのはわかっているけどやり過ぎだよ!早く休んで!」
香織の悲痛な声が響く。いつもの涼夜ではないことは返事からわかっていた。涼夜の本質を知る人が見れば涼夜はかなり痛々しい。
「……何言ってやがる香織。ハジメのためじゃねえ。俺が強くなるためにやってんだ。休みなんて要らないんだよ。まだ強さが足りないんだから」
思わず腕を掴んでしまった香織を涼夜は振り払う。そして香織に顔を向ける。涼夜の瞳は最初の夜のような覚悟が宿った目ではなく、覚悟の奥に濁りが混じった目になっていた。心が憔悴しきっている。
「ーーっ。でももしその状態でハジメくんを助け出しても私も雫もハジメくんも喜ばないよ!だから休んでよぉ」
涼夜の瞳を見て、もう心が限界だったのか最後の言葉を言うと同時に香織は涙を流してしまった。
「ーーーーごめん。香織も大変だったはずなのに心配かけさせて。……俺、休むよ。香織、ありがとう」
香織の言葉でようやく涼夜は自分が馬鹿なことをしていると自覚した。
「自分が今やっていることはただのエゴ」だと。
全力でやるとは言ったが身を犠牲にしてまでやる必要はなかった。
涼夜は香織の側に行き、背中をさすった。すると香織が涼夜の胸に顔を埋め、静かに泣く。
香織の涙の暖かさとすすり泣く声を聞きながら涼夜は心の中で自嘲する。
(……ああ、なんで俺はこんなに間違えるんだよ)
涼夜は香織が泣き止むまで天井を見続けていた。まるでその先にある青空を幻視しているかのように。
この光景を遠くで見ている人が1人いたがすぐにその場を離れた。その心にかかった靄がなんなのかわからないまま。
その頃のハジメ。
1日目
クマに襲われ、神結晶の前でガクブル。
2日目
涼夜に助けを求める。だが来ない。
3日目
涼夜に助けを求める。心が荒み始める。
4日目
涼夜に助けを求める。心が荒んだ。
5日目
涼夜に助けを求める。死にたい心と死にたくない心の矛盾に苦しむ。←今ここ