一夏くん、強くなろうか。 作:妙見
姦しい痴話喧嘩は千冬の一喝によって文字通り沈静化した。騒動の中心であったポニーテールと金髪サイドロールは頭から煙を出しながら文字通り机に突っ伏している。千冬から一喝と共に出席簿の一撃を食らったせいだ。
一夏は心中で簡単に念仏を唱えた。あの様子だと1時間は痛みが引かないだろう。哀れに思うが同情はしない。
「そうだ、授業を始める前に再来週に行うクラス代表対抗戦の人員選出を行う」
教壇に立った千冬が思い出したかのように告げた。またしても聞き慣れない内容に、一夏は慌てて手を上げた。
「織斑、どうした?」
「クラス代表ってなんですか?」
「慌てるな、これから説明する。クラス代表というのは、生徒一人をそれぞれのクラスから代表で選出することにより、クラス対抗戦というISバトルや、生徒会会議や委員会への出席といった学級委員の様な役割を一年間担うといったところか。今の時点でのお前たちに差は無いようなものだが、競争と言いうものは向上心を得てして産むものだ。よく考えて選出しろ」
興味がない話題が始まったので、一夏は教科書を開いてわからない単語の再確認を始めたどうせ一番ISに詳しいやつがなるべくしてなるのであろう。それだけでなく、一夏は自由時間の大半を自己鍛錬と勉学に充てがう予定であったのだ。
──悪いがつまらん鎧遊びなら他所でやってくれ。
またしても聞き慣れない単語を目撃して頭を抱えた瞬間、さっきまで突っ伏していたブロンド少女が椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
「納得がいきませんわ!!この様な選出は認められません!わたくしはイギリスの代表候補生です。このセシリア・オルコットを差し置いてどこぞの馬の骨かもわからない極東の雄猿風情に代表になられては困ります!」
「待て、雄猿って俺が推薦されていたのか?おかしくないか!?今までISに触れたこともないようなやつを、そんな重要なポジションに置くなんてどうかしてるんじゃないか!?」
セシリアの罵倒に合わせるように一夏も立ち上がって叫んだ。このままだと詰まらない役割を一年も担わされてしまう事になる。そればかりは避けなければならない。
「え~?だって唯一の男子が居るんだよ?」
「そうそう、希少なんだから有効利用しないとね!!」
「こ、こいつら……」
完全な話題性のみでの選考理由に、見世物として扱われている現状。一夏の怒りのボルテージが急上昇し始めた。
「いい加減に……」
一夏の手が腰元に添えられ、見えない剣を掴んだ。老人たちに天禀を磨きに磨き上げられた彼の五体は、人体を破壊できる境地にまで研がれていた。あと数歩前進すれば、先程心無い言葉を投げた女子二人の頭蓋は容易に砕けるだろう。
無論、一夏に殺意はなく、前髪を一房ばかり毟り取る位の仕置で済ますつもりであったのだが、セシリアのさらなる罵倒が彼の逆鱗に触れた。
「第一、この後進的な国に滞在しなければならないことすら私にとっては屈辱なのです!そこに住む品性が劣る者たちに教えを請わねばならないわたくしの苦痛なんて……」
「おい、今なんて言った?」
急に教室の温度が急降下した。さっきまでセシリアに釘付けだった生徒たちの視線は、織斑一夏に注がれる。
「な、何ですの貴方。わたくしを……」
「なんて言ったのか聞いてるんだよ?誰が品性が劣るって?この国に住むものだっけかなあ?それだとよぉ、俺の姉もひっくるめて侮辱してることになるんだよなぁ?それ判って言ってるのか?」
「それがどうかしまして?」
「俺の姉は千冬姉だ、そこに座ってる
セシリアの表情がみるみる青ざめていく。相対して、一夏の表情は赤みを増していく。
「俺の家族をバカにして五体満足で祖国に帰れると思うなよ?その高慢ちきな鼻ァ、削ぎ落として逆さまにくっつけてやる!覚悟しろ!」
何処からか取り出した脇差サイズの木刀を、特異な掴みで握りしめると、一夏は身を乗り出し──。
「早々問題を起こそうとするな馬鹿者」
ブーメランのように飛来した出席簿が顔面にクリーンヒットし、一夏は昏倒した。
「さて、オルコット。命が惜しければこいつの前で口は慎め。それでは織斑は推薦、オルコットは自薦ということで、来週の月曜日に第三アリーナでクラス代表決定戦を行う。文句はないな?それでは授業を行う」
「は、はい!!」
千冬は手を叩いてこの場を締めると、失神している一夏を叩き起こし、教壇へ戻った。
放課後、一夏は山田先生を捕まえて解らなかった単語などの質問攻めを行っており、自主的に補習を行っていた。山田先生も一夏の熱意を汲み取ってくれたのか、嫌な顔ひとつすらせずにとことん付き合ってくれていた。但し、男性への免疫がないせいか、時折あらぬ妄想に耽って補習が中断されてしまう有様が唯一の欠点というべきか。下手をすると男性の上半身の裸でさえ赤面しかねないのではなかろうか。
「助かりました、どうにか右と左の区別は付きそうです。千冬姉はこういうのあまり教えてくれなかったから……」
「ISを動かせる男性というイレギュラーですからね、仕方ないですよ。一般常識レベルは十分に押さえているので予習と復習を忘れなければすぐに追いつけますよ!」
どうしようもない知識不足という有様であっても、満面の笑顔で丁寧に指導してくれる山田先生に一夏は涼風斎の面影を見た。
「織斑、寮の部屋割が急遽変更になった。お前は今日から寮住まいだ」
急に教室のドアが開くと、千冬が書類を持ってやって来た。
「すでに部屋にはお前が指定していた荷物が運び込まれている。着替えと携帯の充電器と……後は何なんだ?めちゃくちゃ重い包が複数あったが?」
「少なくともそれがないと意地でも帰宅するつもりでした」
「……面倒を起こすなよ?」
「大丈夫です。少なくともこちらから起こす気はないですよ」
「そこが心配なんだ馬鹿者」
軽い出席簿の一撃をお見舞いすると、千冬は1025室と書かれた鍵を一夏に渡した。
「夕食は18時から19時、一年生用の食堂で摂れ。部屋にシャワーがあるからそこで身を清めろ。良いな」
「了解」
「山田先生、職員会議が20分後にあるから遅れないように」
「も、もうそんな時間ですか!?ごめんなさい織斑くん!補習はまた明日でお願いします!!」
「良いですよ、元々こっちが色々無茶言ったんですから、またよろしくおねがいします」
慌ただしく教室から出ていく山田先生を見送りながら一夏は今後の鍛錬や学問についてなんとかやっていけそうかもしれないと一筋の希望を見出したのであった。
「師匠が言いそうだなあ、嫁にするならああいうのを選べって」
「何をませている!!」
「ぐはっ!!」
独り言が漏れていたらしく、千冬から再度もらった出席簿の一撃は本気の威力だった。
1025室に向かった一夏は、きっちりと手入れが行き届いている調度品等に見向きもせずに、早速届いていた荷物の荷解きを始めた。道着にジャージ。素振り用の木剣に撃剣用の木刀などがあれよという間に広げられる。
「ようし、あとは運動場の片隅に立木でも立ててやればいいか。中学のときには桜の木を枯らして怒られたからなあ……師匠のように一呼吸に三十回の打ち込みってどうやったら出来るんだろう」
あの魔窟とも言える館に住まう老人たちに追いつくべく日々奮闘しているが、未だに追いついている自覚がない。
とは言え、今更諦めるつもりもない。何処まで行けるかわからないが、現在の環境は少なくともマイナスにはならないはずだ。
「よぉし、絶対強くなってやる!!」
決意も新たに立ち上がった一夏の視界には今まさに迫ってくる木刀の先端が見えた。
「ぬ!」
しかし、木刀は一夏の額を突き割る事はなく、魔法のように彼の手に収まっていた。なんて事とはない。眼前に迫る木刀を掴み、身を捻ると同時に足払いを仕掛けて相手のバランスを崩し、奪い取ったのだ。
「ぐあっ!!」
相手は墨の河を思わせる黒髪を振り乱しながら、ベッドへと倒れた。大胆にもバスタオル一枚の出で立ちのそれは、自らが負けることなど夢にも思わなかったのか、完全に呼吸が乱れ、戦意が半ばほど折れかかっていた。
「十年早かったな、曲者」
一夏は残心を解くことなく、曲者の面を拝もうと、髪の毛を手にくくりつけると、奪った木刀の切先で顔を上げさせた。
「イタタタタ!!?」
ブチブチと髪が数本抜ける音がするが、気にしない。あの様な襲撃を仕掛けてくる時点で容赦や手心と言ったものは一夏の根幹から消えて失せていたのだ。
「何だお前か、何の用事で剣を向けたのかは知らないが、相手が悪かったな」
顔を検めた一夏は、休憩時間にセシリアと口論をしていた女生徒だと気付くと、木刀を片手に廊下へ出た。大胆かつラフな格好で談笑していた女生徒達の表情が瞬時に凍りつくが、一夏は両手を上げて叫ぶように言った。
「各方!心配することはない、木刀を向けてきた乱心者を取り押さえたが故、寮監若しくは教師を何名か連れてきてはもらえないだろうか。訳はその時話す!!」
まだ興奮が冷めないのか、師匠譲りの口調で弁明する一夏の迫力に完全に気圧された女生徒達によって連れてこられた教師陣に叩き起こされるまで、ポニーテールの少女は着替えもせずにベッドの上で震えていたのは言うまでもなかった。
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