一夏くん、強くなろうか。 作:妙見
ぶっちゃけ例の大雨のせいでした。
騒ぎを聞きつけて駆けつけた寮監の千冬によって、一夏と投げ飛ばされた篠ノ之箒と名乗る少女は一時的に拘束され、事情を聴取された。
「なるほど、事態は把握した。木刀も篠ノ之のもので相違無い。だが、ノックもなしに入室した織斑にも一部非が在るということで、喧嘩両成敗に従って双方に厳重注意を言い渡す。次は容赦なく罰則を言い渡すから覚悟しておけ」
「異議なし」
「わ、私もですか!?」
全てに納得した一夏は頷くも、箒だけは異議を唱えた。
「何だ?入学して早々退学の果てに少年院送りになりたいのか?」
「っ……なんでもありません」
千冬にひと睨みされて黙る箒を見た一夏は、思い出した様に手を叩いた。
「ああ、どっかで見たことがあると思ったら柳韻先生のところの箒か!!お前も入学していたなんてなあ」
すると、箒は何か気が抜けたのかずっこけてしまった。千冬も釣られてバランスを崩すも、持ちこたえる。
「い、今更気づいたのか!?幼馴染の顔を忘れていたとでも……」
「ああ、全く気づかなかった。ココ最近は鍛錬漬けだったからなあ……小中学校のクラスメイトも7割近く忘れちまった」
あっけからんと言う一夏に対して、箒の表情はこの世総ての憂鬱を押し固めたかのような沈痛なものであった。
「そうか……忘れていたか……」
「おいおい、流石に何年も経ってるんだぜ?流石に面影ないって。だけど、お前は忘れたくても忘れられる様な奴じゃなかったぜ」
「そ、そうか……覚えておいてくれていたのか」
そんな言葉をかけられて、箒の表情に赤みが差す。その様子を見て、一夏は箒が他人との触れ合いに飢えているのではないかと疑った。
ISの生みの親である篠ノ之束の妹である箒は、ISが世に出ると同時に一家が身柄を保護するという名目のもと離散した。箒自身も政府の人間に連れられて街から出ていった光景を一夏はぼんやりと覚えていた。
篠ノ之箒とのファーストコンタクトは一夏自身あまり覚えていない。小学生の頃、彼女がいじめられていた時に庇い立てして喧嘩した事が事の発端だったような気がすると認識している程度だ。しかし、助けてやった事が嬉しかったのかは解らないが、四六時中一夏と行動を供にしたがるようになり、一夏が他のクラスメイトと会話していると仏頂面の箒が無理やり引き剥がしてしまうという困った事態も多々あった。結果、箒の人間関係は家族と織斑家以外に対してはほぼ皆無と言っても良かった。
──そんな状態で一人きりになったら色々と困っただろうなあ。
一夏は内心嘆息した。この幼馴染はひょっとしたら別れてから何も変わっていないのではないのかと心配になったからだ。今は気分がいいのか終始穏やかな表情だが、授業中や休憩時間中は終始鋭い視線で何者も寄せ付けないようにしている様子が目立つ様がまさにそれだ。
「まあ、箒もガキじゃないんだ。俺が面倒を見てやる義理もないしな」
一夏は思考を打ち切った。今となっては既に摩耗してしまった思い出の残滓にこれ以上かまけている暇なんて無いからだ。千冬から改めて注意事項を言い渡された一夏は箒を一瞥することなく部屋へと戻った。
部屋へと戻った一夏は荷解きを完全に終わらせると、机に向き直り復習を始めるべく教科書を広げた。しばらくすると、箒がいそいそと戻ってきていた。
「な、なあ一夏……」
「何だ?」
話しかけてくる箒に対して、一夏は背中越しに応える。
「ひょっとして私と同室になったのはお前の希望だったのか?」
「いや」
「っ……そうか」
そっけない返事に、箒は軽くため息を吐いた。期待していた返答が返って来なかったのだろうか。
「さ、さっきの投げ技は見事だった。剣道を続けてくれていたんだな」
「ちょっと違うな。剣道じゃなくて剣術の一手の
「剣術……?」
怪訝な色を含んだ返答に、一夏は復習を中断して向き直った。
「ああ、剣術だよ。良い師匠に巡り会えてな。その人達から教わったんだ」
「剣道じゃないのか……?」
「おう、だが強くなれたから結果オーライだ」
一夏は大きく伸びをすると教科書類を片付け、シャワー室へ向かった。バスタブが存在しないことに大きく落胆すると、簡単に身を清め、寝間着に着替えて部屋に戻った。本格的に体を洗うのは朝と決めている。
「は、早かったな」
制服から寝間着に着替えた姿に面食らったのか、箒は少々裏返った声で迎える。
「まあな、そろそろ寝ようと思うんだがお前はどうする?」
ベッドに体を横たえながら一夏は目をつぶる。
「私も寝ようと思う……」
「そうか、おやすみ」
一夏は短く切り上げると、あっという間に寝息を立て始めた。
篠ノ之箒にとってはこの日は激動の一日であった。想いを寄せていた幼馴染、織斑一夏と6年ぶりに再会したのだ。政府の役人に引き剥がされて以来、彼のことを想わない日はなかった。孤独も、IS開発者の妹だと気取られた際に向けられる奇異の視線も総て、一夏という心の支えがあったからこそ耐えることが出来た。そして、ニュースで一夏がIS学園に入学することを知った箒の心境は、文字通り天にも昇るほどの歓喜に打ち震えた。
──一夏に逢える。逢うだけでなく、共に居られる。
そう期待して出会った一夏は、大きく様変わりしていた。まず成長に伴い身長が大きく伸び、贔屓ではないが格好良くなっていた。しかし、誰も寄せ付けないような鋭い視線が唯一の気がかりであった。箒の記憶の中の一夏は、もっと優しい雰囲気を纏った好青年という印象を持っていたからだ。
そして、最悪の事態が待っていた。一夏は箒なぞ眼中に無いと言った態度で一日を過ごしていた。それどころか箒自身の存在に全く気付いていなかったのだ。
──何かあるだろう!?普通幼馴染と再会したら何かあって然るべきだろう!?
恋によって盲目化した彼女は、一夏も自らに懸想しているに違いないという矛盾を、疑うことなく受け入れていた。その歪みが軋みを上げるのはもう少し先のお話。
午前4時30分。織斑一夏は目を覚ます。未だ寝息を立てている箒を起こさぬように、運動着たるジャージに袖を通し、木刀を手に取る。そして、まだ解かれていない荷物の中に一本の丸太を認めると、持っていた木刀を口に咥え、丸太を担いだ。
外に出た一夏は、IS学園の校庭を横切り、浜辺へと向かう。人工島として建立されている学園は四方を海に囲まれている。赴けば浜辺は簡単に見つかった。
「よし、ここにしようか」
一夏は担いでいた丸太を地面に突き刺し、近くの庭石を拝借して地面に打ち付けて固定した。そして、木刀を構え、上段に振りかぶる。
「それじゃあ……始めるか!!」
その日、IS学園寮の者たちは一斉に叩き起こされた。聞いたこともないような叫び声のような轟音を耳にしたのだ。世界最強たる織斑千冬もその例に漏れず、瞬時に敵襲を想定し、手早く着替えるとパジャマ姿で慌てて出てきた山田先生と合流すると、学園の警備員と共に声のする方へと走っていった。
「エーーーーッ!!イヤァーーーーッ!!チェエーーーッ!!」
そこには、文字通り半狂乱になって砂浜に立てた丸太に向かって木刀を乱打する一夏が居た。口角から泡を飛ばしつつ、端正な顔を気迫で惜しみなく歪ませ、正気を失ったかのごとく木刀を振り回す。既に丸太には縦横に傷が走り、一夏の腕力が同年代のそれとは隔絶した差を誇っていることが伺えた。
この場に居た教員達は、誰も近寄ることが出来なかった。眼前にいるのは発狂したように木刀を振り回す世界唯一の貴重な存在。傷つけずに取り押さえる以前に自身が脅かされる可能性がある。
「お、織斑くん!何をやっているのですか!?危ないからやめなさい!!」
教員の一人が意を決して声を掛けるも、一夏の手は止まらない。徐々に丸太からは焦げ臭い匂いとともに白煙が立ち上り始めた。木刀との間に生じた摩擦熱によって発火しかけているのだ。
「っでえええええいぁっ!!」
一際大きい絶叫とともに振り下ろされた一撃が放たれた瞬間、木刀は中程から折れ、波打ち際に突き刺さった。
「よっしゃああああ!!やっと折れたあああ!!」
先ほどまで浮かべていた鬼面は疾うに消え失せ、少年相応の歓喜の色を浮かべて狂喜乱舞する。呆然とする教職員達に一夏が気付いたのは、東の空が白み始めた頃だった