IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第104話

「ふぅっ……」

 

その日、久しぶりに食事を楽しむという感覚を思い出した千冬は晩酌に一本だけと決めている缶ビールを注ぎつつも溜息交じりに幸福感を実感していた。学園の教師という立ち位置に落ち着いてから数年経つが、此処最近の充実感は今までは味わった事がない物だった。教える喜びと成長していく生徒を見守る事の楽しさを漸く知る事が出来たと思えている、そんな思いの根幹にいるのはやはり目の前にいる彼がくれた物なのだろうか。

 

「今日のは今朝収穫した物だから食感違うでしょ?」

「だな、新鮮さと瑞々しさが桁違いだ。大根の刺身は初めてだが…癖になる味だな」

「でしょ?」

 

共に食卓を囲んでいる男であり自分の弟と同じく教え子である杉山 カミツレ、正直カミツレのお陰で漸く教師としての楽しさを実感できたといっても過言ではなかった。今まで自分のクラスに集まってくる女子生徒の殆どは自分の事をアイドルか何かだと思って騒ぎ、まともに授業は聞かない、無駄にプライドが高いという者ばかりだった。

 

彼は境遇や環境の影響もあっただろうが騒がずに一教師として接してくれる、予習復習しっかりやって勉学意欲高い、努力を結果として出してる、授業態度が真面目と自分が求め続けてきた完璧に近い優等生であった。そしてそんな彼に触発されるようにクラス内の環境も変わっている。一番感謝すべきなのは自分の弟の事についてだった。当初は参考書を捨てるというとんでもない事をやらかしてどうなるか不安だった一夏が―――

 

「キャノンボール・ファストにて3位入賞」

 

という快挙を果たすまでに成長してくれている。そんな現実に思わず千冬は涙すら流してしまっていた。精神的にも大きく成長を果たしており喜びしか沸いてこない。

 

「しかし…別に作りに来なくても構わないのだぞ、体調も良好で私自身で管理出来るようにはなっている」

「本当にそれで良いんですかね、千冬さん俺の料理を楽しみにしてるくせに」

「……やれやれ教師として少し情けなくはあるがな」

「食べたい物がある、それに教師も生徒もないと思いますけどね」

「最もだな」

 

そう思いながらも今度こそビールに手を付けつつ、洗い物を始めるカミツレの方を見つめる。如何にも今この状況に不思議な感覚を覚えずにはいられない自分がいる、一夏と共にいるかのような、家族と共に過ごしているような一時に覚える安らぎを……。気付けば彼との付き合いも長くなってきている。

 

「さてとこれで終わりっと。野菜スティックは明日には食べられますから、加減して食べてくださいよ」

「ああ分かっているさ、何時もスマンな」

「もう慣れちゃいましたよ、それじゃあ失礼しますよ」

 

仕込などを終えたカミツレはそのまま部屋から去っていく、そして口にするビールは少し味が変わっているような気がしてきてしまった。思わず舌打ちをしながら千冬は毒づいた。

 

「これも真耶のせいか……私がこんな気持ちを抱えなければいけないとはな……」

 

一夏が3位入賞という快挙を成し遂げた数日後、生徒達の健闘や運営に関った教師陣を労った飲み会に参加した時の事だった。思わず将来についての話があった、IS学園という特異的な職場についている彼女らにとっては異性との触れ合いは全くないと言っても過言ではない。男性からしてもやや触れ辛いのか、合コンに参加しても一歩引いた目で見られる為に出会いがない。そんな状況を嘆いている時に不意に一夏とカミツレの名が上がった。

 

『でも実際織斑君と杉山君ってかなりいい男よね~』

『本当よね、織斑君なんか自然とプリント運びとか手伝ってくれるし。杉山君なんて職員室に野菜スティックとか料理の差し入れまでしてくれたもんね』

『実家が農家さんなんだっけ、本当にあれ美味しかったもんね』

 

学園で接する機会も多い例外的な男である二人に焦点が当たるのも致し方がなかった、千冬もまあしょうがないだろうと一夏の名前がでてくるのは容認していた。客観的に見ても一夏は優良な物件になっているのは認めるべき事なのは事実だ、そしてカミツレも料理の腕前や気遣いや相手を思いやる気持ちなどを考えてもパートナーとしては一級品だという事も。

 

『そう言えば山田先生は杉山君の師匠でしたね、もしかして杉山君の事意識してたり?』

 

酒による酔いもあってか真耶へと矛先が向いた、この中で一番の付き合いがあり絆を持っているのは間違いなく真耶なのだから自然な流れでもある。

 

『意識ですか…まあ最初は男の子でしたし色々思っちゃいましたけど、段々と弟子として見るようになっちゃって意識はしなくなっちゃってましたね。もう可愛い弟子ですよカミツレ君は』

『えっ~つまんないなぁ』

『でもカミツレ君が良い男なのは認めますよ。お料理は美味しいしマッサージの腕も一流、カミツレ君と結婚する人は幸せさんですね。そう言えばカミツレ君って年上好きな所あるかもしれませんね』

『『『という事はチャンスあり!!?』』』

『コラコラ、ナチュラルに生徒を狙うな』

 

と流石に口を挟んだ千冬だったが、その時不意にカミツレの事を強く思ってしまった。そしてカミツレにならば身を委ねて見ても悪くはないかもしれないとさえ思ってしまう。唯一の救いなのはカミツレは年下という事、それでストライクゾーンから外れていて本当に良かったと思っている……。

 

「私も、女だったという事なのか……?」

 

そう思ってみるとまたビールの味が変化し今度は美味くなった、上手く折り合いを付けられたと思って良いのだろうか。仄かに暖まる心を無意識に顔を背けながら、また酒を煽った。

 

 

「カッ君ご飯食べに来たよっ~!!」

「また突然……ってもう慣れましたけどね、直ぐ作りますから座ってください」




あれ……千冬さんってヒロイン枠じゃなかった筈なのになぁ…。

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