IS 苦難の中の力   作:魔女っ子アルト姫

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第110話

―――寒い。思わずそんな事を思いながら目が覚めた、身体的な機能として眼が活動を再開した。先ほどのような一時的な物ではない、まだぼんやりと視界がブレているが世界が見える。寒いというのは誤りだと言わんばかりに身体の周囲では暖かな熱を保持した物が囲んでいる。暖かな毛布布団に湯たんぽ、まるで病人を看護するかのような物ばかりに少女はやや困惑した。耳を撫でるかのような何かを切る規則正しい音が聞こえてくる、そんな音ならば身体が反応するはずだが反応しない。異常な疲労と低体温症による物ではない、それを脅威になると身体が認識していない。

 

「(なんなんだ…この音は…?)」

 

金属が何かを切断する音、それに間違い無い。自分が聞き間違いをする筈はない、ならば一体何なのだ。まともに動かせるのは首から上のみ、何とか首を動かして周囲の状況把握に努めようとする。そこで見たのはキッチンと思われるものに向かって料理をしている長髪の男の姿だった。その手には包丁が握られており、野菜を刻んではなべに移して煮込んでいる。その音だったのか……?と思っていると視線を感じたのか男が此方を見た。

 

「(―――っ!?第二の男性IS操縦者、杉山 カミツレ……!?)」

 

少女はカミツレの事を知っていた、世界的にも有名であるし自分の目標(ターゲット)の一人でもあった。そんな人物の顔を忘れるわけがない、そんな男と出会った場合の処置は決まっている。捕獲、不可能な場合は殺す事…が今自分にはそのための力も満足に動かせる身体すらない。何も出来ない、いや目の前の男に殺されるのかと思った。近づいて手を差し伸べてくるカミツレに息を飲んだ、が何も襲ってこない。強いて言うのであれば額に手が触れられただけだった。

 

「フム…大分温まって来てるな、意識はハッキリしてる?」

「ッ―――あ、ああっ」

「そりゃ良かった。もう少し待って貰っても良いか、もう直ぐ特製のお粥が出来上がるから。温まるぞ」

 

微笑み掛けられた少女は思わず目を白黒させてしまった、何故笑いかけるのか全く理解が出来ない。そもそも何で自分がこんな状況に陥っているのかすら分からない。記憶が曖昧になっている、必死に記憶を探ると最後に映っているのは自分からISを奪い取り去って行った篠ノ之 束の邪悪な笑みが映っていた。身体を起こそうとするが全く動かない、身体のダメージが余りにも深刻すぎる……!!

 

「無理はしない方が良いぞ、束さんが念入りにダメージを蓄積させたって言ってたからまともに動けないだろ」

「お前は……奴と関係があるのか……!?」

「まあね、後お前のいた組織は束さんが壊滅させたって」

「……ハッ?」

 

間抜けな声が上がった。組織が、亡国機業(ファントム・タスク)が壊滅した……?あの強大且つ異常な組織がたった一人の女の手によって壊滅させられたというのか。受け入れられない現実を突きつけられた少女は呆然としたまま、目を白黒させ続けた。次第に落ち着いてくる頭で必死に考える、こんな嘘を言ったとして奴に何の特があるのか。高々エージェント一人を動揺させてどうなる、本当に壊滅してしまっているなら態々自分から情報を引き出そうとする意味もない。交錯していく頭で必死に導き出した事、それは―――

 

「私は、私は―――織斑 千冬のクローン、織斑 マドカだ!!」

「あっそういう名前なのか、宜しく」

 

少女の独白、それに素直に挨拶だと思ったのかカミツレは挨拶を返した。しかしマドカは呆然としたまま自分を見つめていた。本来許可されていない機密事項を口にした場合、体内のナノマシンによって自分は即座に殺される手筈になっている……それなのに自分は確かに生きている……。生きている、これは組織が完全に崩壊し呪縛から開放された、と言っていいのだろうか……。

 

「な、何故……私は生きている……!?何故、体内のナノマシンは私を殺さない!!?」

「随分物騒なもん中に入れてるなぁ…いや入れさせられてるのか。心配しなくてもそのナノマシンなら、束さんが注射したナノマシンが殺してる筈だぞ」

「ナノマシンを、殺す……?」

「ああ。監視目的の為に打ち込んだって言ってた」

 

次々に明らかにされていく展開にマドカは頭がついて行かなくなって来た。亡国機業によって打ち込まれ体内にあった筈の監視ナノマシン、それが自分の言葉に一切反応していないのは確実。それは体内にナノマシンが存在しない事を示唆している、組織が壊滅しない限り永遠と自分を呪縛する筈の鎖が今ないという事なのか……?

 

「まさか、そんな…亡国機業が壊滅したというのか……!?」

「束さんがそう言ってたから多分本当だと思うぞ。よしっ出来たっと」

 

何もかもが引っくり返ってしまったかのような不思議な浮遊感が身体に入り込んで、まるで宙に身体が浮いているかのようだ。今まであった筈の常識や真実が目を覚ますと全て壊れていた、これをどうやって咀嚼すればいいのだ。だが幾ら否定した所で今は変わらない、なんとか飲み込むしかないのだろうが……そんな時、傍にカミツレが座った。その手には器に盛られた野菜入りのお粥が入っている、美味しそうな匂いが嗅覚に直撃し腹の虫が鳴ってしまう。

 

「腹は減ってるみたいだな」

「減ってなど(ぐっ~)……」

「減ってるんだな」

 

否定しようもない、作戦行動前に余計な物は食べないようにしていた。食欲を擽る香りは容赦なくマドカの腹の虫を鳴かせていく、幾ら訓練した人間とは言え生理現象まで完全に制御出来る訳がない。まだ動けないだろうマドカへとスプーンにお粥を入れて運んでやる。

 

「ほれ口開けな、まだ動けないんだから」

「ぐっ……人を要介護者のように……」

「実際今のお前は充分要介護者だと思う」

「ぬぅっ……んぁっ―――」

 

観念したのか大人しく口を開けたマドカはそのままお粥を口に入れてもらい、それを咀嚼する。食べやすいように柔らかく煮込まれた野菜は口に入れると解けるように消えていく、米の甘味と野菜の旨み、そして薄い塩味が弱っていた味覚を優しく包みこむ。飲み込むと身体へとそれは落ちていき、内部から身体を少しずつ温めていく。

 

「っ―――美味い」

 

初めて体験するかのような美味しさに思わず言葉が出た、別に食事は栄養補給をする為の行為と思った事はない。一流のレストランで食事をした事もあるし、そこで出て来たフレンチも食べた事もある。それに比べたら酷く質素で簡単な料理だ、全然凝っていない料理な筈なのに―――今までの人生で一番美味しく感じられた。気付けば次の物を待つように口を開け、運ばれて来るそれを食べる事に夢中になっていた。

 

マドカは初めてだらけの事に困惑しながら、全部食べてくれた事に喜んでいるカミツレの顔を見てまた動揺した。


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