やっぱり亡国ってでかいわ色んな意味で。
「あ"っ~いてぇ~……まだ顔がいてぇぜ…」
顔を抑えて自販機からブラックコーヒーを買いながらぼやくイーリス、確かにあれは自分が悪いが顔面の骨が軋むほどに締め上げる事もないだろうに…。最近嵌ってしまった映画の影響であんな事をした自分が悪いのだが…取り敢えずオーバーホールする訓練機の費用と扉の修繕費は完全に自分持ち、そして千冬から押し付けられた反省文10枚…まるで自分が問題だらけの生徒のような罰だ。
「いやまあ現状そうなんだろうけどさ…ハァ何を書けって言うんだよ……」
「あらっ何を黄昏ているのかしら?」
「…チッお前かよアリーシャ」
「随分な言い方ねぇ」
ソファに腰掛けていた自分へと目を向けて近づいてきたのは自分と同じく国家代表の地位に着きつつも2代目ブリュンヒルデと呼び声高いイタリア代表である「アリーシャ・ジョセスターフ」であった。相変わらず日本被れなのか、それとも日本を馬鹿にしているのか分からないが肩から胸元まで露出した着崩した着物にピンヒール。長身に長い髪、しかし彼女にも痛々しい所がある。自国が開発したISの起動実験中の事故で負傷して右目と右腕を失っている。右目には眼帯が付けられており、着物の右側はダボつきながら垂れ下がっている。しかし、彼女は余り気にしていないのか笑みを浮かべ続けている。
「貴方の事だから何か壊して、千冬からお説教されたって所かしらぁ?」
「うるっせぇなぁ…どっか行けよ」
「紅茶を買ってからね」
そう言いながらのんびりと自販機に向かい、ラインナップにある数種類の紅茶に悩みながら、そこに居続けるアリーシャに思わず溜息が漏れてしまうイーリス。面倒な奴に見付かった物だと言わんばかりの態度だ。何処かのんびりとしているアリーシャ、噂ではこの学園にいる間に千冬と決闘をするのではないかと言われているが本人にその気はなく、純粋に生徒を指導するために来ている。
「そー言えばよ。お前千冬と勝負つけなくていいのか?」
「貴方もそれを聞くのぉ?全く此処に居る人はそればっかりねぇ」
「そりゃ気になるからだろ」
「私は別にそんな気はなかったわよぉ?千冬にも千冬なりの事情があったからこそ欠場した、私もそれは理解しているし寧ろ私はあれで一層千冬を尊敬した。好敵手とか名誉とかそんな物より家族が大事って言えるなんて素敵じゃない」
そう言いながら漸くどの紅茶を買うのか決まったのか、小銭を入れてボタンを押すアリーシャ。彼女も彼女なりに千冬の事情を汲み取って理解しているつもりでいる。千冬にとっての一夏はそれほどに大切な存在という事、そもそも自分が千冬と決着を付けたいと世間に流れているのはマスコミが流した物で彼女本人としては別段そこまで固執していない。千冬が戦いたいというのであれば戦おうと思っている程度にしか考えていない。ブリュンヒルデを辞退しているのは、千冬と戦えていないからと言うのは事実、だがそれに拘ってなどいないし、寧ろ世間に流れている話にウンザリしているレベル。
「何時までもくだらない事には拘らないのぉ私。今興味あるのはそうね…千冬の結婚相手がいるかどうか位かしらね?」
「いやいる訳ねぇだろ。あの
「フフフッ今の事聞かれたらまた怒られるわよぉ?」
「けっもう説教されてんだ、もう怖くねえよ」
「んじゃまた千冬さん呼びましょうか」
「え"っ……」
錆付いた歯車のように首を回しながら背後から聞こえてきた声に振り向いてみる、そこにはヨランドと共に立っているカミツレの姿があった。
「あらぁヨランドこんばんわぁ~♪そちらは噂の杉山 カミツレ君でいいのかしらぁ~?」
「ええこんばんわアリーシャ。そうこちらが私の弟子でもあるツェレですわ」
「どうも杉山 カミツレと言います。有名なアリーシャ・ジョセスターフさんに会えて光栄です」
「ヨランドからお話は良く伺ってるわぁ~♪とっても優秀で真面目な男の子だってぇ~…アリーシャ・ジョセスターフ、改めて宜しくねぇ~」
「はい宜しくです」
差し出される手を握り返すカミツレに微笑を返すアリーシャ。おっとりとして温和そうな雰囲気を醸し出している目の前の美女に千冬とは真逆な印象を抱くカミツレ、千冬が凛としてカッコ良い武人とするならば彼女は穏やかで優しい聖母といった感じだろう。ライバルとなると矢張り気質も反対になるのだろうか…。無視され続けているイーリスは顔を引き攣らせながらカミツレに語り掛ける。
「なあ頼むから呼ばないでくれよ、なっ…?あの時の事は謝るから勘弁してくれ……千冬のアイアンクローはもう喰らいたくねぇんだ……」
「じゃあ筋肉バスターなら良いんですね」
「余計に喰らいたくねえよ股関節が火吹くわ!?あいつなら余裕で出来るだろうからやだよ!!」
まさか筋肉バスターが通じるとは思わなかったのか、少し驚いた顔をするカミツレ。取り敢えず呼ばない事を言うとイーリスは安心したように座り直す、しかしメールはしないとは言ってないのでカチドキ経由でメールを送信して貰う事にした。別段千冬はこれで怒りはしなかった、カミツレという相手がいる事も知らずにこんな事を言っている相手など相手にする意味もない、という事らしい。
「それでヨランドとカミツレ君は如何したのぉ~?」
「わたくしはツェレの指導が終わったのでこれからツェレの部屋でご飯をご馳走になる所ですわ」
「あらいいわねぇ~♪」
「宜しければアリーシャさんも如何です?一人分増えても変わりませんし」
「それじゃあお邪魔じゃなければいいかしらぁ~♪」
「ええどうぞどうぞ」
「…なぁそれってあたしも誘われたりしないかな…?」
「あっコーリングさんも来ます?」
「……うん行く」
何処か小さくなっているイーリスも今夜の晩餐に参加する事が決定した。今夜は千冬に真耶、ヨランドにナタル、アリーシャにイーリスという凄まじい面子がカミツレの部屋に集まる事になったのである。