遂に訪れてしまった国家代表による指導期間の終了日、各学年を指導していた代表達は担当していた学年の子等の成長などを喜んだり此処の部分を気を付けるようにとアドバイスを残したりしながら自分達に出来る事を続けていた。そんな中で一番これを残念がっていたのはカミツレと婚約を発表し、今日に至るまで私的な時間のほぼ全てと言って過言ではないほどに愛する彼と過ごしていたヨランドであった。
他の恋人らと違い国家代表という大きな看板を背負っている為、学園に簡単に顔を出す事が出来ない。そうなると指導期間が終わると通話などでしかカミツレと会う事が出来ない、それらを理解した上でセシリア達はヨランドに譲りカミツレと甘い空間を作り上げていたという。と言ってもヨランドが積極的にカミツレ分を得ようと行動していたので、彼が完全に飲まれていたのは言うまでもなく周囲は寧ろ同情の視線を送っていたとの事……。
そんな国家代表達が学園を離れる前に職員らが企画したイベントが開かれる事となった。各学年を指導した代表が各学園の代表者と行うエキシビジョンマッチである。自らが教えた生徒達との特別試合、それらを了承した代表達はやる気十分でそれぞれが担当した学年から選抜された生徒との戦いと望む事となった。そしてその第一試合はフランス国家代表 ヨランド・ルブランとイギリス国家代表候補生 杉山 カミツレの戦いとなった。恋人同士の戦いという意味合いもあってか、生徒達は大興奮しながらどちらが勝つのかというので賭けまで行われているとの事。尚、賭けの元締めは千冬によって制裁されたとか。
「フゥゥゥッッ…気を鎮めて、気持ちを落ち着かせる…」
対戦前のピットでは座禅を組むかのように座りこんでカミツレが精神統一を行っている。訪れてくれたヨランドへのリベンジマッチ、一度ヨランドとの戦いで敗れている自分が何処まで成長しているかを見せる為の戦いが間もなく始まろうとしている。
「カミツレさん、ヨランドさんに対する勝率はどの程度なのですか?」
カミツレの応援を兼ねて同じくイギリス代表候補生で恋人のセシリアもピット内に姿を見せていた。
「正直勝ち目なんてないと思ってるよ俺は…俺をレベル50としたらヨランドさんは間違いなく90台だからね」
「納得が行ってしまいますね…それにヨランドさんはカミツレさんの師匠でもありますから、どんな戦術が得意で戦い方の傾向なども把握している事でしょう」
『私の分析ではカミツレの勝利の確率は多く見積もっても8%です』
「た、たった8%なのですか!!?」
想像以上の低確率に驚いてしまった、これは本当にカミツレの勝利なんて夢のまた夢。奇跡を起こすレベルでないと勝てないと言う現実を叩き付けている事になる。そう思いつつもカミツレにハッキリ言いすぎなのではないかとカチドキに感情を向けるが、肝心の彼は全く怒りもしないし寧ろその程度が妥当、いや思っていた以上に高いと言いたげな表情を作っていた。
「なんだ天鱗が出てくる確率に星5が出てくる可能性よりも十分あるじゃないか、上等だな。俺は2~3%位だと思ってたからな」
『カミツレ、貴方はもう少し自分を評価しても良いのですよ?貴方は自己評価が余りに低いです』
「慢心するよりはいいだろ、人間謙虚な位が丁度いいんだよ」
『何を言いますか、某コーポレーションの会長が良く言っているではありませんか。欲望こそ生きるエネルギー、素晴らしいぃっ!!!と』
「流石にあの人と一緒にされたくはねぇぞ…」
8%という確率すら高いと思えてしまっているカミツレの自身の低評価、しかしそれは彼本人の美徳でもある。慢心せずに歩み続けるというのはそれだけで重要な素質であるのだから。常に自分の力量を客観的に評価出来るのだから。
『ヨランドに見せていない作戦は幾つかありますが、どれか使用致しますか?』
「そうだな…例のあれ、今回使うぞ」
『…ッ!遂に、ですか…しかしあれは理論上の物まだ一度も練習してないですよ?』
「だからこそやってみるんだろ、失敗してもヨランドさんに意見を貰えるし良い事尽くめじゃないか」
何やら取っておきの作戦があるのか会話する二人の声は明るい、二人にとって敗北する事なんて本当に些細な事で強くなる事が目的なのだろう。ヨランドとの対決もその糧にする為の物でしかない、例え待っているのが敗北だったとしてもこの人はそれすら飲み込んで、自分の糧にしてしまうのだろう。今までそうだったようにこれからもずっと……強い意志を内包して、その意志が成長を支えている。
「よし、という訳で準備頼むぞカチドキ。俺とお前のコンビネーションを見せてやるぞ!!」
『OK! START YOU'RE ENGINE!!』
「どうやらやる気は十分って事らしいな。おしっ!!!」
立ち上がって気合を入れたカミツレ、気持ちを完全に落ち着いているしこれならば完璧なパフォーマンスをやる事が出来そうだ。
「カ、カミツレさんっ…!!」
「んっ?なんだいセシリア―――」
振り返ったカミツレ、そんな彼へと飛び込むように抱きついたセシリアはそのまま彼の唇を奪った。そのまま強引に舌をカミツレの口内に入れて優しく舌を絡み合わせる。突然の事で驚いてしまい目を見開いた、しかし…次第にそれを受け入れて気付けばカミツレも共に舌を動かす。暫しの間、水音がピット内に反響していた。そんな音が静まった時、二人には銀色の橋が出来ていた。
「どうかご存分に…応援の願いを込めた、キスです…」
「…有難う、一層元気が出たよ。戻ってきたら今度は俺がお返しにキスをするよ」
そう言いながら頬にキスをして、カミツレは相棒を展開した。その目には熱い闘志を燃やしながらアリーナへと飛び出して行った。超満員のアリーナ、そこで師匠であるヨランドは愛機である美しいトリコロールで彩られている『シャティーナ・ブラーボ』を纏いながら自分を待ちうけていた。
「お待ちしておりましたわツェレ。さあ私に貴方の強さを見せてください…!!」
「存分に味わってくださいよ、俺の思いと努力が織り成すパジェントをっ!!」