「ああうん、一応元気にやってるよ。ああ大変だけどさ、やらなきゃいけないんだからやるしかないだろ?そっちも好い加減にアイドルのケツ追いかけるの自重して、真面目に結婚相手でも探したら如何だよ29歳」
アリーナ近くの廊下、壁により掛かりながら電話を耳を当てながら明るい声で言葉を口にしながら爽やかな笑みを浮かべているカミツレの姿があった。それを横目で視界に捉えた女子は基本的に一夏派であったが普段はクールだが今のように偶に見せる笑顔もいいなぁと心ときめいていた。そんな事も露知らず、電話に夢中になってしまっているカミツレ。電話の相手は自分の兄である杉山 一海、現在祖父の跡を継いで農場主となっている。本来はそんな兄と共に農業をする筈だったのだが……まあ今嘆いていても現実は変わらない。やめるとしよう。
「分かってる分かってるよ、うんちゃんと帰るからさ。その時はさ、兄貴特製の料理で迎えてくれよ。ああそれじゃあね」
電話を切ってポケットにしまうが思わず心がホッとしたかのような感覚に陥ってしまった。今までメールでしかやり取りが出来なかった家族とのやり取り。しかし今こうして聞く事が出来た兄の声に途轍もない安心感が心を突き抜けていく。思わず身体を壁に委ねてしまうほどの安心感にも似た高揚感が堪っていくのを感じる。
「やっぱり、兄貴は優しいよな。何だかんだ言って……」
少々の間、その感覚に身を浸るとアリーナのピットへと入っていく。超満員となっているアリーナ、今日は待ち侘びられていた「クラス代表対抗戦」の当日。会場入りする事が出来なかった生徒達はリアルタイムモニターを食い入るように見つめている。本来カミツレはそれに興味はなく見るつもりはなかったのだが、真耶から代表候補生の実力やテクニックを合法的に見る事が出来るのだから見た方がいいと言われた為に観戦する事となった。観客席は人がいっぱいである為に一夏側のピットで観戦出来るように手配までしてくれた。本当に素晴らしい師匠だと感激しつつピットへと入るとそこにはモニターを見つめている箒とセシリアがおり、此方に気付いて近寄ってきた。
「お待ちしておりましたカミツレさん、お兄様へのお電話はお済みになられましたか?」
「ああ元気そうで安心したよ」
「それは何よりですわ、それに……心なしかカミツレさんも先ほどよりも元気そうですわね」
やっぱりそのように見えるらしい、確かに兄と会話できた事は此処最近で一番良かった事とも言える。心から安心が出来た、それによって如何やら無意識なうちに笑みを浮かべていたらしい。そんな事で気分的に盛り上がっているカミツレはセシリアにエスコートされるようにピット内のモニターへと目を向けた。そこではアリーナで向かい合うように待機している一夏の「白式」と、鈴のISである「甲龍」が鎮座している。
「カミツレさん、織斑さんは凰さんに勝てると思いますか?」
「勝てる、一夏は勝つに決まっている」
「あの、篠ノ之さんお気持ちは分かりますが私はカミツレさんに聞いているのですが……」
「難しいと思うぞ、彼女の事を調べさせて貰ったけどとんでもないじゃねえか」
一夏が勝つ事を信じて疑っていない箒はカミツレの素直な言葉に怒りを感じたのか鋭く睨みつけるが、それを一切取り合わずにカミツレは述べる。凰 鈴音は僅か数年で一から代表候補生の座へと昇りつめた紛れもない天才、才能だけではなくそれを引き出す為のセンスや努力を惜しまなかった為に超短期間での急成長を遂げ今では次期中国国家代表を考察する際には必ず名が上がるまでになっている。
「紛れもない強者だ、確実とまでは言わないけど織斑は負けるだろうな」
「なんだと!!貴様、一夏だって今日まで頑張ってきたんだぞ、それを侮辱するのか!!?」
「努力を笑う訳ないだろ、俺だって努力してる身なんだ。だけど経験って奴は努力だけで覆せるほど小さなもんじゃない」
「ならばお前は何故オルコットに勝てた!!それだって努力の結晶だろうが!!!」
そこでカミツレ自身の事を引き出す箒、彼だって圧倒的に経験で劣っている筈なのにセシリア相手にあれだけの健闘をしたじゃないか。それなら一夏はきっと勝てる筈だと彼女は信じて疑わないでいる、確かに自分はそうかもしれないがそれが全て同じとは限らないしあれが唯の努力ではない。
「あの時はセシリアの事も深くまで調べた。調べられる限りの機体特性や武装、戦い方の特徴とかもな。それを元に真耶先生と一緒にそれに対抗出来る為に特訓をしたからこそ戦えた。だが織斑はそんな事したのか?してないだろ。実力の格差がありすぎる場合は相手に対する対抗戦術がないとまともに戦えないのさ」
「それほどまでに対抗策を講じられると私としては嬉しい限りですわね♪そこまでの相手だと認められているのと同義ですもの」
箒は思わず何も言えなくなってしまった。彼女はカミツレの努力がどれほどの物なのか詳細を知らない。故にこの発言は致し方ないかもしれない。一夏と同じ立場である彼があそこまで頑張れたのだから努力した一夏だってきっと、という願望の現われなのだろう。
「だ、だが一夏は千冬さんに指導をしてもらっているのだ。勝てるに決まっている!!」
「へぇ。遂に織斑先生もやったんだ、それじゃあ織斑先生が何処まで織斑の力を高めたか見ようじゃないか」
「そうですわね、これはこれで見る価値があるように思えますわ」
次第に箒は感じるようになっていた、目の前の男は一夏とは全く違う場所に立っているように感じられる。最初こそ一緒、いや一夏より下に見ていた存在は今では遥か格上に座しながらも自分を驕る事無く客観的に評価し思考する冷静な戦士のよう。そんな彼の言葉を受けて先ほどまでなかった不安がどんどん増幅されてきてしまった。それを誤魔化すように一夏なら大丈夫と自分を励ますように気持ちを大きくしていくがまるで効果がないのか、ただただ不安だけが大きくなっていった。