「こんの……大馬鹿者がぁぁぁぁっっっ!!!!!」
「ちふごぼばぁぁぁぁぁ!!!?」
ピットへと戻った直後、一夏を待っていたのは額に幾つもの青筋を立てながら激昂していた千冬による鉄拳であった。瞬間、カミツレ、セシリア、鈴は目の前で人間が物理法則を無視しているかのような吹き飛び方をしているかのような物を目撃してしまった。殴られた一夏は重力の影響を受けていないのか真っ直ぐに壁へと吹き飛ばされたのだから。あれで一夏は生きているのかと心配になったが普通に殴られた頬を押さえてもがいているのを見ると先程のは幻覚だったのだろう……そうであったと信じる事にしよう。
「いってぇぇぇぇぇええええっっっ!!!?ほ、骨が逝ったぁぁぁぁぁっっっ!!!?」
「痛いか、痛みを感じるか!!!」
「当たり前だろ千冬姉ぇぇぇぇっっ!!!!??マジで骨がピシっていったぁぁぁっっ!!!?」
「それが私が味わった不安と心配の痛み、そして何より貴様の愚かな行為によって迷惑を被った凰、杉山、オルコットの苦労の分だ!!!貴様が妙な事など言い出す事が無ければ、後3分で教師陣が突入出来たものをお前は、お前はぁぁぁぁっ!!!!私がどれだけ心配し肝を冷やしたのかも分かっているのかお前はぁぁぁぁあああ!!!!!!!」
「ギャアアアアアアアア!!!!」
更にもう一発、今度は反対側にビンタだが炸裂した。千冬ほどの人間が放つビンタは、きっと最早ビンタでは無い何かと化しているのだろう。鞭打というべき代物だろうか、凄まじく良い音を立てながら炸裂したのだからその威力は推して計るべきだろう。その一撃で一夏の意識は完全に朦朧としてしまっている、恐ろしい……あれが自分に向けられると思うと、鳥肌が止まらない。既に鈴はその想像をしてしまったのか身体を抱きしめている。
「……千冬さん、今度は私に……」
胸倉を掴み、感情のままに説教しながら揺さぶっている千冬だが箒の言葉に正気に戻ったのか一夏を下ろした。既にグロッキーな一夏だが助かったのが分かるのか、ふっと顔を上げそこにあった箒に感謝の意を込めて微笑んだ。しかしそれを見た箒は一気に涙目になりながら千冬に負けず劣らずのビンタを一夏に炸裂させ、彼に抱き付きながら大泣きし始めた。
「馬鹿馬鹿馬鹿一夏の大馬鹿ぁぁぁぁ!!!!!一体どれだけ私が、私が心配していると思って、いるんだぁぁぁぁっ!!!早く、戻ればいいのにお前ときたら。お前ときたら……大馬鹿者ぉぉぉぉ!!!!しかも、最後は無茶な事をしてそれでお前が死んで、死んでしまったら私は如何したら良いんだぁぁぁっ……もう、もう寂しい思いなんてしたくは無いんだ……一夏ぁぁぁぁぁっ……」
大粒の涙を流しながらしがみ付くかのように胸の内を語った箒に一同は沈黙した。千冬も箒と同じように心配していた筈だが、教師という立場や様々な思いが交錯する内に心配だったと素直に言えなくなってしまった千冬の分まで言ったかのような言葉と激情の流れにその場の全員が飲まれてしまっていた。同時にある意味この場で一番一夏の事を想っていたのは彼女だと分かった。千冬も勿論心配していただろうが、正確にはあの場にいた全員を心配していたので一番で言えば箒だろう。
「っ……フッ良いわね、あんなに素直に男の為に泣けるなんて」
一瞬胸の中で痛みがしたのを感じた鈴だが直ぐにその傷みは消滅してしまっていた、そして気付けば一夏に抱きつく箒を痛々しいながらも微笑ましい笑みを浮かべながら見つめながら箒の事を羨ましげに言った。思わず彼女の肩を叩いたカミツレ、鈴はそれを素直に受け取りつつ彼の手に触れて有難うと礼を述べた。
「それにしても……あれだけ箒さんが想いを打ち明けていますのに織斑さん無反応ですわね」
「……無反応?おいまさか……」
セシリアの言葉にまさかと思いつつそっと接近し顔を覗きこんでみると……白目を剥いて気を失っていたのでカミツレは思わず全力でズッコケた。
「気絶してんのかよ!?しまらねえなおい!!しかもこのタイミングで!?最悪すぎんだろ!」
「……あ~もしかして、千冬さんの一撃が強すぎてそれで限界だったのね……」
「そこへ篠ノ之さんの一撃で……」
「意識が刈り取られたと……?」
「多分……」
そう言われた箒は赤くなった顔を上げながら自分で一夏の顔を確認して見ると本当に白目を剥いているではないか。箒は急激に恥ずかしくなってきたのか今まで以上に顔を真っ赤にさせてしまった。
「い、い、い、い、いっ……一夏のバカァァァァァァァァッッッ!!!!!!!!!」
一夏にもう一発加えた箒は顔を真っ赤にしたまま、泣きながらそのままピットから走り去って行ってしまった。まあ無理も無い事だろう……自分の思いの全てをぶつけたのに当の本人は完全に気絶して聞いておらず、周囲の人間に聞かれただけで終わってしまっているのだから。恥ずかしくなって逃げ出したくなるのも無理は無い……。この時ばかりは4人の心は一つになり、箒が不憫でしょうがなくなった。そして再び開いたピットの入り口、今度は何かと思って見れば其処に居たのは真耶であった。
「ハァハァハァハァ……カ、カミツレ君!!」
「真耶先生……い、一応無事に帰ってきました」
座りこんだままだが敬礼をしつつ無事である事を示す、真耶はそれを見ると様々な感情が込み上げてしまいくしゃくしゃになった顔から箒と同じように大粒の涙を流しながらカミツレへとダイブするかのように抱きついた。
「うわぁぁぁぁぁん心配してたんでずよぉぉぉぉぉっっっ!!!!お、お、お、織斑君を連れて直ぐに戻ると思ったのに、ぞのまま戦っぢゃうんでずがらぁぁぁぁ!!!」
「わぁぁあああ真耶先生、落ち着いてください!!?いやマジでおちついてぇぇ!!?」
カミツレを抱きかかえるかのような形で抱き付いている真耶はカミツレの頭を胸に抱き寄せるかのような形で号泣している。カミツレはダイレクトで真耶の感触を受けている、その事でパニックを起こしてしまい何がなんだか分からなくなってしまっていた。目を少し逸らせば真耶の胸、其方を見ないようにしても如何したらいいのか分からなくなってしまう。
「わ、私だってカミツレさんにあんな大胆な事をした事無いのに……!!!!!で、でも山田先生はカミツレさんの師匠で心配しているのは事実だしあの位は……しかし…!!!」
「兎に角よがっだぁぁぁぁ!!!」
「分かりましたから離してください先生ぃぃぃぃぃっっ!!!!???」
「千冬さん」
「なんだ」
「なんか私凄い呆れてる筈なんですけど、これが、平和なんだなぁって実感してます」
「奇遇だな。私もだ」
この日は当人達の疲労も考えてそのまま解散となり、詳しい事情聴取などは翌日する事になった。漸く真耶から開放されたカミツレは、げっそりとしていたが今度は抱き付いてきたセシリアの対処に追われてしまいベットに入る頃にはフラフラになっていた。