「すっげ……」
空中に繰り広げられている激しい戦い、いや一方的な展開に一夏は思わず息を飲んだ。代表候補生である二人の強さは実際に戦った事がある一夏も知っている。尋常ではなく強い、自分では勝てるビジョンが全く浮かばなかったほど。それなのに、カミツレは真耶と共に打倒してしまった。実際は判定による終了に近い物だろうが、実質的な勝利には変わりは無い。打ち合わせなんてしている暇なんてなかった筈、それなのにあれだけのコンビネーション。あれが、カミツレの実力だというのだろうか……。
「……俺だって、俺だって絶対そこへ行ってやる。お前に行けて、俺に行けない筈がない……!!」
静かな闘志を燃やす一夏は降下してくるカミツレを鋭く見つめるよう、視線を投げ掛ける。遥か先へと行ってしまっている彼、それに追いつくのはどれだけ大変なのかは分からないが、自分だってきっと出来る筈だと心に決めながら更なる努力を誓う。そして目の前で千冬に賞賛の言葉を受けるカミツレに、思わず嫉妬の炎を燃やしてしまった。
「クソ、俺だって、千冬姉に褒められるんだ……!」
「杉山、矢張りまだまだ経験不足だな。それに今回の結果は、普段指導をして貰っている真耶のお陰だという事を忘れるなよ」
「分かってるつもりですよ、先生。俺だって今回の成果が自分の力だと思ってません。真耶先生だからこそ、出来たと思ってます」
「分かっているならいい。だが、それを差し引いても良い呼吸の合わせだった。良いタッグの模範だった」
「ありがとうございます」
それを受け取り頭を下げる。真耶だからこそこの結果、それは重々承知している。ある意味、この学園で自分を一番知っている相手が真耶なのだから。自分に基礎や応用を教えてくれたのも彼女、指導や補習を一番してくれたのも彼女だ。互いの呼吸は知らず知らずの内に、重ね合わせる事が出来ていた。何時か、彼女以外ともこんな事が、出来るようになるのかは分からないが、それはそれで楽しみになる。
この後授業は順調に進んで行くかと思いきや、真耶とカミツレのタッグプレーに触発されたのか方法を教えて欲しいという声が殺到してしまった。それを千冬が無理矢理鎮圧しつつ、班を作り、その各班を専用機持ち達が指導員となって教える事になった。が、その時に男子に生徒が集中する事が発生し、久しぶりに千冬の雷が炸裂した授業となった。
そして昼休み、生徒にとっては美味しい昼食を取ったり、遊んだり、勉強したり、思い思いの時間を過ごす自由時間。一同は転入生であるシャルや乱の挨拶も兼ねて共に昼食を取る事になり、屋上に弁当を持って集まる事となった。今日の食堂にはシャルル目的の女子達が集まるというのも、大きな理由である。ラウラも誘ってみたのだが、ドイツから届いている荷物の整理を優先したいので辞退させて貰う、との事だった。
「う~んいい天気だな、屋上が使えて良かったな!」
「まあ、そうだな。少しピクニック気分のようだ」
「えっと、皆さん有難うね。態々僕の為に、こんな会を開いてもらっちゃって」
「いいのよ別に、それにアンタだけの為じゃないし」
「ごめんお姉ちゃん遅れた!!」
屋上へと遅れて顔を出した乱。如何やら廊下は食堂へと向かう女子の波で溢れ返っているらしく、それを突破するのに時間が掛かってしまったようだ。乱はカミツレを視界に捉えると顔を赤らめながら、彼の正面に座るが、カミツレの隣に座っているセシリアを見ると、鋭い視線を投げ掛けるがセシリアも負けじと、視線を投げ返す。折角の集まりだというのに空気が悪くなりかけるが、鈴がそれじゃあ始めましょうと適当に声を上げて昼食会を始める事となった。
「それにしても、やっぱり学園の人って皆自炊してるの?」
シャルルがそう言うのも、自分以外の全員が弁当を持ってきていたからだ。自分は転入初日なので、購買で買って来た惣菜パン。しかし乱は普段から自炊していたので忘れずに作ってきたらしい。勿論、カミツレも弁当を作ってきている。
「まあな、俺は昔から千冬姉に料理作ってたし。今日は箒と一緒に作ったけど」
「うむ」
「偶に程度だけどねー。此処には食堂あるし」
「同じくですわ。しかし、カミツレさんもお料理出来たのですね」
「ああ。家から野菜とかが送られてきたからな、それを使って作った」
珍しく弁当を作ってきたカミツレ、その理由は家の兄からの贈り物であった。家で作った有機栽培で作られた新鮮な野菜が大量に送られて来たのだ。頑張っている弟への兄からの激励、それで作った弁当はカミツレにとって思い出深く、家庭の味である。
「にしても……二人、そっくりだな……」
一夏は思わず鈴と乱を見て呟いた。確かに鈴と乱は良く似ている。瓜二つと言っても過言ではない程に似ている。しかしそれを聞いて乱は気分を悪くしたのか、一夏から視線を逸らし鼻を鳴らした。鈴は面倒臭そうに溜息を吐きながら一夏に言った。
「一夏、アタシは如何でもいいって思ってるけど乱にとってはそういうのって大嫌いなのよ。だから止めてくんない?」
「えっあっそうなのか!?悪い!!」
「……ふん」
完全に気分を害された乱は、臍を曲げてしまったのか一夏の方を向かなくなった。一夏は悪い事言った、ごめんと謝り続けている、当人もきっと謝罪は受け取っているつもりだろうが素直になれないのだろう。そしてその矛先は何故かカミツレへと向く事となった。
「あのカミツレさん、今日ちょっと作る量間違ったんですけど、少しいかがですか!?」
「あれ、良いのか?」
「ハイ是非!!」
そう言いながら差し出してきたタッパーの中には、蒸した鶏をソースで和えた料理である
「美味いなこれ、香りもいいし」
「やったっ!!」
「いいなぁカミツレ……それどうやって作るんだ?えっと、乱さん……」
「……自分で調べれば?」
「ファ、ファーストコンタクト失敗の弊害が……」
がっくりと頭を下げてしまう一夏には失礼だが、これは確かに美味い。是非ともレシピが知りたくなるような味わいだ、後で教えて欲しいと思っていると今度はセシリアが咳払いをした。
「カミツレさん、実は私もカミツレさんに食べて頂きたくて、サンドウィッチを作ってきたんですの」
「セ、セシリアも?な、なんか悪いな……」
「いえお気に為さらず、さあお召し上がりになってください♪」
笑顔で差し出してくるバケット、その中身は綺麗に作られているサンドウィッチ。どれも綺麗な彩りと盛り付け方が素晴らしい一品、流石は貴族であるセシリア。料理の腕前さえも一級品という事なのだろうか、それを何処か悔しそうに見つめている乱、勝ち誇るかのような表情のセシリア。何処か重苦しい空気から逃げるように、サンドウィッチを頬張るが一口食べた瞬間、カミツレの思考が死んだ。
「ッッ!?!?!?」
決して顔に出していないが、口の中はとんでもない事になっていた。襲い掛かってきたのは異様なまでの甘味、生クリームと蜂蜜、そして餡を一緒に口に中に入れたかのような猛烈な甘さが口の中を貫いていく。一体何を入れたらこんな事になるのか、別の意味でレシピが知りたくなる。正直言って食べられるような代物ではない……が
「如何でしょうか、カミツレさん?」
此方をハニカミながら見つめているセシリアの顔を見るとそれを正直に言う訳にもいかない、というよりも今まで散々世話になっている彼女を、このような場で傷つけたくはないと思ってしまった。一対一ならまだしも、他の皆もいる前で言える訳もない。咀嚼する度に溢れてくる甘味を耐えながら、必死に顔を取り繕いながら飲み込んだ。
「ま、まあ悪くはないよと思うよ」
「本当ですか!!矢張り私は料理においてもエリート!!では是非残りもどうぞ!!」
「あ、有難う…じゃ、じゃあ代わりに俺の弁当食べて、いいよ……」
「ほ、本当ですの!?で、ではいただきますわ……!」
その後、セシリアはこの世の春を迎えたかのような表情でカミツレの弁当を食し、一方カミツレは必死に耐えながら彼女の作ったサンドウィッチを食べきった。
「カミツレさん、これからは私がお弁当をお作り致しますわね♪」
「い、いや今度は俺がセシリアに弁当を、作るよ…」
「まあ♪」
「ぐぎぎぎぎっ……なんて、羨ましい……!!」
「り、鈴。なんか恐くないか……?」
「……やっぱり分からないのねアンタ」
この後、カミツレは口の中の甘さを中和する為、大量のコーヒーを飲んだとか。