「……なんか、まだ口の中が甘い気が」
夕食後、一人っきりになった部屋で勉強を行っているカミツレ。真耶から渡された『自主学習用参考書:代表候補生:入門編』の問題を、時々コーヒーで口内を洗うようにしながら次々と片付けていく。昼食に食べたセシリアのサンドウィッチは、まるでデザートのようだった。今日は言えなかったが必ず言わなければ、あれは絶対にやばいと思う。
「さてと、織斑先生は喜んでくれているかな?」
カミツレの部屋は通常の生徒の部屋ではなく、使われなくなった教員室をリフォームする形で再利用された。人数的な問題と、部屋数でこのような扱いになり当初はプレハブ小屋のような物を作るという案もあったが、明らかな格差になるとされ、廃部屋同然扱いの教員室が再利用された。その為かこの部屋にはキッチンが備え付けられており、それを使って兄からの贈り物を調理した料理を千冬へと送ってきた。日頃のお礼と胃を労わって欲しいという意味で。
『…すまない、本当に助かる……。一夏とかラウラとか、その他の馬鹿な生徒のせいで胃がな……』
と疲れを表に出しながら安堵する千冬の表情を見て、この学園での仕事は本当に過酷なんだなっと再認識したのであった。真耶にも同じ物を送ったが、彼女にも喜んで貰えてカミツレとしては万々歳である。先生方に他にも何か贈った方が良いのかなと思いつつも、ペンを動かし続けていく。がそんな時、部屋の扉を数回ノックする音が聞こえてきた。ペンを置きドアへと向かう、まずチェーンを掛けてからそっと開ける。
「今いいだろうか、少し話をしたいのだが」
「ボーデヴィッヒ……?ああ、構わない」
自分を訪ねて来たのは噂の転校生の一人、ラウラ・ボーデヴィッヒであった。千冬の台詞から彼女との関係があるのは必然、警戒すべきかどうかは迷い所。千冬からは、出来る事ならば仲良くして欲しいと言われている。後問題は起こさないでくれと、まあ大丈夫だろうと思い部屋へと上げる。コーヒーを淹れて差し出し、共に座る。
「すまん、邪魔をしたか」
「いや自習してただけだから、余り気にしないでくれ」
「自ら鍛錬か、感心だな」
「入学してからずっとだからな、もう習慣みたいなもんだ」
肩を竦めながらコーヒーを飲むカミツレを、ラウラはじっと見つめている。興味深い対象を観察する研究者のような眼差しを、向けながら同じくコーヒーを啜る。しかしラウラは素直に感心していた、恐らく彼の言葉に嘘はないだろう。報告書通りに入学から既に数ヶ月、彼は毎日鍛錬を続けている事になる。それを裏付けるかのような授業での動き、そして鍛えられている身体。真実だと理解する。
「んで、俺に何か用か。大した歓迎は出来ないがな」
「幾つか質問したい事がある。その代わりというのもなんだが、私が提供出来る物であれば、提供しよう。無論、先払いでも良いぞ」
「提供って……質問とかでもいいのか?」
「当然だ。私から情報を提供する訳だからな」
そう言われると、幾つか聞いてみたい事が沸きあがってくる。ラウラへと先に断ってから質問をする事にした。
「んじゃ無粋かもしれないが…ドイツも、男性IS操縦士が目的なのか?同時に入ってきたデュノアも怪しすぎる。悪いけど俺は疑り深くなっててな。そっちの政府が何を考えているのか、ハッキリして貰えると助かる」
「フッ随分とストレートだな。私好みな質問だ、では答えよう。知らん」
「……えっ?」
想定外の言葉に拍子抜けしてしまったカミツレは、間抜けな声を上げてしまった。知らない、とはどういう事だろうか。誇張表現抜きで、ガチで知らないのだろうか。ラウラはそんな顔を楽しむようにしながら、続けた。
「私は政治家じゃない、軍人だ。国の上層部が何を考えてるかなぞ、私は知らん。政府が国を動かし、国が軍を動かし、軍人が軍の命令に従う。軍とはそういう物で、軍人は軍によって動かれる者なだけだ」
「……じゃあ、明確な政府の考えは分からないと?」
「私はただ、学園に出向しろと命令されただけだからな」
そう言いながら再びコーヒーを啜る、それに合わせて自分も啜るが如何にも信じていいのか分からない。自分の勘として彼女の言葉に嘘はないと思う。しかし、軍人である以上に、心を隠し通す事は出来るだろう。それによって真実を隠されていたら、如何しよう。兎に角今は彼女の言葉を信じ、後日真耶辺りに相談を持ち掛けるとしよう。
「そっか、分かった。変な事を聞いて済まなかった」
「何、お前の立場を考えれば当然の質問だ。学園に入った以上、学生として過ごそうと思っている。それは間違いなく本心だと言っておこう」
「……分かった。それとついでになんで、織斑にあんな事を言ったんだ?」
それを聞かれると、ラウラは少々恥ずかしそうに頬を欠いた。困り顔を浮かべながら、応えると言ってしまったからには応えねばな、と口を開く。
「恥ずかしい話なのだが……私はその、軍人でな。昔に織斑先生に指導をして貰った恩がある。しかし、教官が大会の連覇を仕掛けた時に、奴が攫われた影響でそれを断念したと聞いてな。妙に……イライラしてな」
「それが、あの認めないって言葉の理由か?」
「ああ……今思えばなんと幼稚な言葉なんだ…後日、奴には謝罪せんとな。そもそも奴とて被害者なのだから……」
ラウラ・ボーデヴィッヒという少女はもっと、荒々しいのかと思っていたがそんな事はなかった、十分に思慮深い。それでいて歳相応に子供っぽいだけなのだと分かった。それだけでも収穫のような気がする。
「有難う、もう俺の方はいいよ」
「了解した。では、私もストレートに言おう」
ラウラは静かに立ち上がりながらカミツレの隣に座り、真っ直ぐに瞳を見つめながら手を取った。いきなりの事に驚くが、正直女子に身体を触られたり、凝視されるのは学園生活で慣れたので何ともない……何ともないと感じる事が、一番の問題かもしれないが。
「カミツレ、我がドイツ軍に来い。私の部下として歓迎するぞ」
「……えっ」
「言っておくがこれは本気だ。私の直属の部下として動けるように手配する、階級は准尉を用意出来る。親族への手配に其方が望む事は出来る限り実現させよう。どうだ」
「待て待て待て待て!何、何が起きてるの!?」
「私が、お前を、勧誘した。お前が欲しい。軍人がいやなら、私が扶養する元で生活し、定期的に協力してもらう形にも出来るが」
「だから待てと言っておろうがぁぁぁっっ!!!」
思わず、素が出てしまったカミツレは大声を出しながらラウラから一歩退いた。がしかし、ラウラも負けじと前へと踏み出しながら見つめながら手を握ってくる。混乱しかかった頭を必死に冷やし、冷静になろうとする……が、その際にもラウラはドイツに来いと言い続けて来る。攻められる時にガンガン攻めてくる。
「ふぅぅぅっ……うん、まずボーデヴィッヒ」
「ラウラで構わんぞ」
「あっそう……んじゃまず、何で俺が欲しいんだよ」
「まあ国云々は知らんと言ったが、政府は恐らく男性IS操縦士を確保したいと考えているだろう。だがそれは一切抜きで私はお前が欲しいと思っている」
「なんでだよ、だから」
「お前が優秀だからだ」
誇張表現抜きでラウラはそう言い切った、今日に至るまでラウラはIS学園にて起きている事を調べ尽くしている。入学初日からカミツレが真耶に弟子入りした事、セシリアと引き分けになった事、対抗戦にて正体不明のISに立ち向かい、撃破に貢献した事。あらゆる事を調べ尽くしている、それらを加味した上でラウラは部隊を預かる身として、彼が欲しいと思った。
「やめろお世辞とか……何も出ないぞ」
「世辞?違うな、これは正当な賞賛でありお前の評価だ。努力し続けた結果、お前は今の実力を持っている。それは正当に評価され、賞賛されるべき事だ。国の一部の政治家は、織斑 一夏の方を優先すべきだと言っているが私は違う。お前にこそ価値がある、そう私の勘が言っているのだ」
真正面から此処まで褒められた事が無かったカミツレは思わず、赤面し顔を背けた。そんな反応をする彼に、好感触だなっと確かな手ごたえを感じるラウラ。
「そしてお前が求めているのは後ろ盾、そうだろう。私と私の部隊、そしてドイツがお前を守ろう。それだけではない、お前の家族も守ると確約しよう。少なからず、お前はドイツへと来て貰う必要はあるが、私が責任を持ってお前を守ろう」
「……」
「もう一度、言おう。私はお前が欲しいのだカミツレ」
真っ直ぐすぎる目と心で放たれた強靭な矢、それは的確にカミツレの動揺を誘いつつも明確な理由を述べた上で、此方へのメリットを提示した。これは、思った以上に、凄い少女だ。
「……軍に入らなくても良いって言ったが、それだと矛盾してるんじゃないか」
「正確には、軍の管理下にあるISメーカーの所属となって貰う。そこの協力者として、軍を経由し政府に協力してもらう事になる。そのメーカーは私の部隊が重宝していてな、十分私はお前を手に入れているよ」
「こういうのってさ、もっとこう……仲良くなってから提示するもんじゃないか……?」
「言っただろう、ストレートに言うと。前もって言った方が信頼し易いだろう」
未だに見つめ続けてくるラウラ、その瞳は徐々に何か違う物に見えてきてしまった…。答えを言い淀んでしまう、此処まで自分が欲している物を明確化している上に、此処まで力強く言われると呑まれてしまう。如何したものか…と素直に返答に困っていたその時、部屋がノックされた。
「カミツレさん、宜しいでしょうか?」
「邪魔が入ったか……まあいい、返答は今度聞かせて貰おう。ではな、カミツレ」
手を放した彼女は敬礼をしながら、扉を開けて出て行ってしまった。途中、セシリアと出くわし何をやっていたのかと聞かれるが
「さて、何の事やら」
と誤魔化しそのまま去っていく。そんなラウラの行動にカミツレは思わず
「参ったなおい……そりゃ、織斑先生っぽい筈だよ」
と呟いてしまった。